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2012/02/29
女性研究者支援事業の中締め
本学の女性研究者支援モデル育成事業も3年間の予算がまもなく終了し、4月からは本学独自で男女共同参画事業を推進することになる。男女共同参画推進室はそのまま残ると期待しているが、今後の講演会やシンポジウムの実施にも予算上の制限が生じるであろうし、何よりもこれまで尽力いただいた推進室のスタッフの方々は任期が終了すると伺っている。しかし予算が終了した時点で男女共同参画が達成されるわけではなく、種々の制度はもちろん男女の意識の改革もけして簡単ではないと思われるので、ワークライフバランスに向けて粘り強い活動が必要であろう。予算が少ないのに事業を進めるには、何らかのドライビングフォースがないとすぐに行き詰まると思われる。事業の「中締め」にあたり、今後も男女共同参画を進めるべき目標あるいは根拠を整理しておく必要があると思っている。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成18年12月)によると、2055年(平成67)の日本の総人口は9、000万人、高齢化率40.5%と予想されている。しかし2055年は今から43年後であり少しイメージしにくい。その前の2030年、今から18年後では総人口は1億1522万人、高齢化率は31.8%と予想され、すなわちあと20年もしないうちに超高齢化社会が訪れると言われている。単に高齢化率(65歳以上の老人の割合)が高いというだけでなく、老人の中でも後期高齢者(75歳以上の方)の割合がほぼ倍増し、出生数は2005年の半分以下となるそうである(超高齢社会の基礎知識、鈴木 隆雄著、講談社現代新書)。
このような社会のなかで、これまでのように男性が労働して女性は主婦として家庭を守るという、一番多いタイプの家庭で日本の社会が支えられるというのは考えにくいのではないか。男女とも働くか、あるいは外国から多くの労働者を雇用するかしないと、経済の成長は保てないだろうし、高齢者福祉を始めとする社会保障のレベルを維持できないであろう。
日本では女性の年齢階級別労働力率が欧米に比較して低く、現状の出産適齢期の女性の労働力率の低下(すなわち出産・育児のための離職)によるM字型のカーブを、もしもスウェーデン並に上昇させると、労働力人口は528万人増加するという試算もある(総務省統計局、労働力調査より、平成21年)。

(男女共同参画白書22年度版、第1部、特集13図、内閣府)
これは将来の労働力の確保のためにはむしろ幸いなことである。すなわち女性が出産後も離職せずに労働力として活動することこそ、労働者の数の維持または増加に繋がり、経済成長や消費者数や社会保障の担い手を支えることにつながると考えられる。収入が伸びない中で、これからは男性も女性も必死に働かないと社会の活力を維持できないばかりか、家庭の総収入も維持できないのではないかと思う。従って、そのことが可能になるような子育て支援を含む社会制度を構築していくべきだと考える。
振り返ってみると、私たちの世代の人たちは、男の子は転んで擦り傷を作っても「男の子でしょう。我慢しなさい。」と言われ、女の子は何か主張すると「女の子でしょう。おとなしくしなさい。」と言われて、育ってきたように思う。たとえば女性がある年齢を過ぎると価値が下がると思われたり、「まだお嫁にいかないの?」と言われたり、会社員の方は結婚退職を余儀なくされるなど、社会の労働力としては補助的な役割しか期待されていなかったと思う。しかしこれからはそうであってはならない。男性も女性も働かないと生活が成り立たないし、また医療の分野でも介護の分野でも必要な労働力を確保できないのだと思う。たとえば女性医師はそれぞれの科で責任をもって医療に当たるべきだし、今後ますます割合が増える女性医師が子育てで離職すれば秋田県の医療は崩壊しかねない。
男女が共に働くべきであることを整った言葉で表現したのが「ワークライフバランス」であろうか。ワークライフバランス憲章(2007年)によれば、「男性も女性もやりがいや充実感を感じながら働き、責任を果たすとともにその能力を発揮し、人生の各段階において多様な生き方が選択・実現できる社会」とあるが、そのような理想を議論する以前に、極めて早いスピードで超高齢化社会がきてしまいかねない。それほど日本は変革を必要としている状況だと思う。
今夜も医学部の駐車場では吹雪となり、頬を突き刺す。車の雪払いも容易でない。日本の社会は今は吹雪の状況かもしれない。しかし冬の後に必ず春が来るように、男女共同社会の実現を突破口として、老人も若者も落ち着いて生活できる暖かい社会にむけて前進したいものだ。

医学系研究科 形態解析学・器官構造学講座 阿部 寛
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2012/02/09
日常生活におけるデザインのちから
究極のデザインとは、普遍的な、機能性と美しさを兼ね備えたものだと思います。ひとえにデザインと言いましても様々なものがありますので、今回はキッチン雑貨のデザインに目を向けてみたいと思います。

柳宗理氏は昨年12月に亡くなりましたが、日本が誇る工業デザイナーで、そのシンプルで美しいデザインのフォルムと機能性に定評があります。
我が家にも柳宗理氏デザインの「ブレッドナイフ」と「バターナイフ」があり、どちらの品もこれ以上のモノに出合うことはないだろうと感じます。というのも、一度お使いになるとわかりますが、機能性が高い道具を使うと、動作が楽になり、様々な負担を減らしてくれます。

100円ショップで何でも手に入る時代に、私が手にしているバターナイフは1本2000円のお品ですが、きっと死ぬまで使うことができるものです。「この品は一生モノだ」という出会いにこそ、究極のデザインとしての価値があるのでしょう。おそらく皆さんの周りにも「これは一生モノだ」と思われる品があるはず。それこそがあなたの日常を豊かにしてくれる究極のデザインなのです。
(コロコニスタッフ 中川)



