特別対談 「秋田大学に期待すること」

秋田大学は特別対談企画として「秋田大学に期待すること」をテーマに、菅義偉内閣官房長官(湯沢市出身)と 山本文雄学長との対談を行いました。 「知の創生を通じて地域と共に発展し、地域と共に歩む」という存立の理念を掲げる秋田大学。
菅長官の故郷・秋田にある秋田大学が地域にとってどうあるべきか、また秋大生をはじめとする若い世代に向けてメッセージをいただきました。

どんなに厳しい状況にあっても必ず春は来る、強い精神力を育んでくれた故郷・秋田


菅 義 偉 (Yoshihide Suga)
1948年秋田県生まれ。1973年法政大学法学部卒業。1975年衆議院議員秘書、1984年通産大臣秘書官、1987年横浜市議会議員を経て、1996年衆議院議員に初当選。
その後、国土交通大臣政務官、経済産業大臣政務官、総務副大臣を歴任。
2006年総務大臣を経て、2012年内閣官房長官・国家安全保障強化担当大臣に就任。
現在、内閣官房長官・沖縄基地負担軽減担当大臣を務める。

山本:お忙しい中、お時間を取っていただきありがとうございます。今回は「秋田大学に期待すること」をテーマに菅長官からお話を伺い、故郷・秋田の大学である秋田大学の学生らに対して、菅長官のこれまでのご経験から貴重なお話、メッセージをいただけければと思っております。よろしくお願いします。

山本:分と言うよりは、秒刻みの毎日だと思われますが、菅長官にとって故郷・秋田はどんな「存在」でしょうか。

:私は高校を卒業して東京へ行ったため、秋田での生活よりも東京での生活の方が長くなりましたが、秋田はある意味で私を育ててくれたところです。私が一番ありがたいと思っているのは、秋田で18年間生活したことで四季を明確に感じることができたことです。
 私の故郷である湯沢の秋ノ宮は、当時ものすごく雪が多く、寒さも厳しいところでした。しかし、どんなに雪が多くても毎年春になると雪が解け、土が見えてくると、何となく心が前向きになりました。そのような生活を経験したおかげで、打たれ強いというか辛抱強いというか、どんなに厳しい状況にあっても「必ず春は来る」という思い、強い精神力が育まれたと思っています。ある意味で怖いものはないと言いますか、何があっても一旦きちんと受け止めて、冷静にどうしようかと考えられるようになったのは、秋田での生活のおかけだという風に思っています。
 官房長官の職は様々な事案が後を絶たないので、そういう中で故郷へ帰ってくると何となく元気が出ますね。私は長男ということもあり、特に秋田からは離れられないというか切っても切れない関係にあります。例えば、政策でふるさと納税などを担当してきましたが、やはり地方で生活をしていたということが原点になっていますね。

地域を大事に、そして特色ある大学づくりを


山 本 文 雄 (Fumio Yamamoto)
1948年福岡県生まれ。1975年鳥取大学医学部卒業。専門は心臓血管外科。
1981年鳥取大学医学部附属病院助手、1991年国立循環器病センター第三循環器外科医長。
1998年秋田大学医学部教授、2014年同大理事(研究・国際・産学連携・情報担当)・副学長を経て、2016年に就任。

山本:秋田大学は地域に根ざした大学であること強く意識しています。地域貢献を軸に、なおかつ最先端の教育研究をしていくことが使命となりますが、故郷にある大学として、地域にとってどうあるべきかについてお話を伺えればと思います。

:やはり地域を大事にしてほしいですね。地域のために経済界などの様々な業界の人たちと連携しながら地域に必要な人材を育ててほしいです。また、大学ですので世界で通用できる人材を育てていくことも必要であると思います。地方大学はそういった人材を育成することが一つの使命であると思います。
 それとやはり特色ある大学になってほしいと思っています。秋田大学の売りはこれだというものがものすごく大事な時代になってきていると思いますね。

山本:菅長官がおっしゃることは私も常々思っております。 秋田鉱山専門学校をルーツとする秋田大学は、平成26年4月には国際資源学部を新設し、これまでの教育文化学部、医学部、工学資源学部の3学部体制から国際資源学部、教育文化学部、医学部、理工学部の4学部体制へと学部再編を行ってきました。
 特に、国際資源学部は資源を網羅的に学ぶことができる我が国唯一の「資源学」を対象とした学部ということで、特色のある学部として全国からも注目されていることもあり、世界をフィールドに資源の最先端を学び、国際舞台で活躍できる資源人材を輩出することが秋田大学の一つの強味と言えるのではないかと思っております。

グローバルな視点を持った人材を輩出するために海外留学の強化へ

山本:秋田大学の国際化対応として、外国人留学生を200人受け入れるという目標を掲げ、何とか実現することができました。今後は海外留学をする日本人学生の数を伸ばしたいと思っておりますが、このことについてご意見はございますか。

:海外留学をする日本人学生の数が少ないのは全国的な傾向であるかと思いますが、一つの要因としては少子化が挙げられると思います。それと同時に日本が成熟しきっていると言いますか、その中で何となくまとまった学生が多くなってきているのかなと思います。
 ただ、そういう時だからこそ海外留学できる環境を整え、グローバルな視点を持った人材を育てていくことが大事だと思っています。国としても海外留学をしたいと考えている学生たちを積極的に応援していきたいと思っています。

卒業生が秋田県に残れる仕組みづくりを

山本:秋田大学の存在は、いかに地域を意識するかということ抜きには始まらないと思っております。秋田県が抱える問題として、少子高齢化、医療、健康対策、雇用・産業創出などが挙げられるかと思いますが、これらの地域課題に対して秋田大学が果たすべき役割についてお話を伺えればと思います。

:地域を活性化するためには、やはり秋田大学を卒業した人たちが秋田県内に残れるようにしていかなければならないと思います。雇用の面で言えば、就職活動の段階で企業訪問に行くとかではなく、普段から学生と地元企業が交流できる機会をぜひ作ってほしいですね。。

学生時代に人生を模索することも大事

山本:学生を含め今の若者は、私たちの若い頃と違って、おとなしいと言いますか、こじんまりしていると言いますか、何か活気がないように見えるのですが、このことについて菅長官はどのように感じられておりますか。

:そういう世代ということになるのかもしれませんが、人生に迷っている人が少ないように感じます。もっと迷った方が良いような感じがしますね。何となくですが、人生の基本的な部分を考えている人が少ないように思えますね。

山本:私もその辺のことを感じることがありまして、私たちが学生の頃は大きな夢を持ち、こうなりたい、ああなりたいと思いながら色々なことをやってきたような気がします。ところが、今の若者は夢が小さいというのでしょうか、もっと大きな夢を持って行動しても良いのではないかと思うことがあります。

:例えば、良い大学に入り良い会社に入ることは、良い人生とも思えますが、私は人生としては面白くないと思いますね。ただ、そのように思っている人が多いようには感じます。もっと根本的に、自分は何をしたいのか何が向いているのか、人生とはどういうものだろうか、答えは簡単には出るものではないと思いますが、学生時代にそこを模索することも大事だと思います。私は学生時代ものすごくいい加減な生活を送っていましたが、常に何が一番良いのかということを考えていました。そして、もしかしたら政治の場が一番良いではないかと思ったのが26歳くらいの時でしたね。

自分には何が向いているか、そこで一生を送りたいということを考えた

山本:菅長官のホームページで「法律は国を変える、国は国民が変える」というメッセージを書かれているのを拝見しましたが、そのような気持ちで政治家になられたということでしょうか。

:そこまでではありませんが、ただ高校を卒業して東京へ出て工場で働いたりしましたが、結果的に何も良いことがありませんでした。そこで、人生を見直して自分には何が向いているかということを考え、そこで自分の一生を送りたいということを考えていましたね。そして、それが政治の世界なのかと考えるようになり、政治の世界に飛び込んだのが26歳を過ぎてからでした。田舎者ですし誰の伝手もありませんでしたので、そこに入るまでが大変でした。
 政治の世界に入ってからも横浜市議会議員は私にとっては遠い存在でしたが、人生というのは分からないもので、横浜市議会議員選挙に出馬し当選させてもらってからですかね、自分の意思が明確になってきました。ただ、そこにたどり着くまでは時間はかかりましたし、色々な試行錯誤を重ねてきましたので、結構大変でしたね。

山本:それはやはり政治にたどり着いたというのは何かを変えたいという気持ちがあったからでしょうか。

:おぼろげにあったのは、私が小さい時から秋田では冬になると出稼ぎに多くの人が行き、冬になると父親がいなくなるという生活、こんな生活はおかしいというのが私の頭の中に小さい時からずっとありました。家族なのになぜ一緒に生活できないのだろうという思いがありましたし、そういうのを変えたいと思っていましたね。

山本:お父様がすばらしい人格者であったと菅長官に関する書籍で紹介されているのを拝見しました。

:父親も社会のしくみに何となく反発していた感じで、米所・秋田でこれからの農家は米ではなく、イチゴだと言ってずっとやっていた人でしたね。父親にはすごく反発しましたが、今思うと父親にすごく影響されていたのだろうと思います。

一回限りの人生、自分が納得のいく人生を送ってほしい

山本:菅長官のホームページや、長官に関する書籍などを色々と拝見させていただきましたが、大変ご苦労されてきたのだなと感じました。

:結構そういう話が出てきますが、今思うと私にとっては苦労ではなかったですね。確かにアルバイトはたくさんやりましたし、はたから見ればそう思われるかもしれませんが、ある意味では当たり前みたいな感じでやってきました。

山本:そういった若い頃のご経験も踏まえて、是非、秋田大学の学生たちにメッセージをお願いできればと思います。そして、秋田大学の教職員に対してもお願いします。

:まず学生さんたちに言いたいのは、人生というのは一回しかないということですね。一回限りの人生ですから、やはり自分が納得のいく人生を送ってほしいと思います。あと瞬間、瞬間を大事にしてほしいですね。自分が納得しなければ、ずっと挑戦し続ければいいと思いますし、学生時代は時間がありますので、色々な体験をし、自分はなぜ生きていくのかということを真剣に考えてほしいですね。そして、今を大事にというか、この瞬間を大事にしながら学生生活を送ってほしいと思います。
 教職員の皆さんにはですね、私の母親と姉が教師をしていたこともあり、教師の場合、子供たちに対する影響がものすごくあることを実感していますので、特に大学生はちょうど社会に出る直前ですので、先生方にはそれぞれの専門分野はもちろんですが、学生に対して、もっと人生というのも教えてほしいと思います。その専門は何のために役立つのか、そういう根本を分からないでやっている学生も多いように感じますね。もっと学生との深い交流をしてほしいですね。

山本:確かに私たちが学生の頃は先生とそういう話もよくしていたような気がします。今は単に自分の教えることを教え、時々学生と交流するぐらいで、なかなか深い交流ができていないという風に感じていますね。

:教職員の皆さんには、勉強以外の場でも積極的に学生と接触してほしいと思います。

:私にとって秋田大学というのは憧れの大学ですし、地域にとってはものすごく大事な大学だと思います。今までは何となく経済界などと連携するのは悪いみたいなところがありましたが、そういうのはルールをきちんと作ってやってですね、様々な業界と大いに連携し合ってほしいと思いますね。


山本:文部科学省の新規重点補助事業である「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」のプロジェクトが平成27年度に採択され、平成27年度から5年間で学生の県内就職率10%アップを目指した取組を行っていくこととしています。
 そのためには、やはり産業界にも強くなってもらわなければなりませんし、大学もそれだけのステータスを上げていかなければならないと感じております。
 これから非常に責任ある立場でやっていかなければならないという認識はしておりますし、頑張っていきたいと思っておりますので、今後ともご助力よろしくお願いいたします。
今日は本当にありがとうございました。