秋田大学研究者 渡邊和仁講師

Lab Interview

運動によって起こるヒトの生体反応の謎に迫る

運動中の「からだの不思議」を明らかに

 私たちのからだの中では一体何が起こっているのだろうか?スポーツ経験がある人は、試合中や練習中にふと、そんな疑問を持ったことがあるかもしれません。渡邊先生も自身の学生時代のスポーツ経験を通してこのような疑問を抱き、運動によって起こるからだの変化に強く興味を持つようになったそうです。

 運動中には、呼吸、循環、代謝など、からだの様々な機能が活性化します。普段、このような生体内の変化を意識することはないかもしれませんが、実はこれらの生理機能が非常に巧妙に働くことによって、ヒトは運動を長時間続けることができたり、激しい運動を行ったりすることが可能となるのです。
 しかし、運動中に生体内で起こっている現象やその仕組みについてすべて解明されているとは言えず、未だ科学的に説明できないことも数多くあります。その謎を一つ一つ紐解き、アスリート・指導者の活動を支える知見や、日々の健康に役立つ情報を広く発信することを目標としながら、渡邊先生は運動中の生理機能に関する研究に取り組んでいます。

「個人差」を切り口に運動中の血液循環を捉える

 習慣的な運動は心臓や血管の機能を高め、心疾患や脳血管疾患、またそれらの危険因子となる高血圧や動脈硬化の予防などに有効であるとして広く推奨されています。しかし、運動の効果には、実は大きな個人差が存在することも明らかにされています。
 つまり、同じ運動を同じ強度・時間・頻度で行っても、効果を得やすい人がいる一方でほとんど効果が得られない人も中にはいるのです。せっかく運動を行っても効果が得られないとなると、運動を苦痛に感じてしまうようになるでしょう。
 このような状況に陥ることがないよう、誰にでも効果が出る方法を考案できれば良いのですが、そのためには、なぜ運動の効果に大きな個人差が生まれるのかを深く理解する必要があります。

自転車運動負荷装置を用いた実験の様子

 運動をしているときには、心臓から全身(特に筋肉)にたくさんの血液が送り出され、それに伴って血液の通り道である血管にはたくさん血液が流れるようになります。このような変化は心臓や血管へ大きな刺激となり、これが何度も繰り返されることによって心臓や血管に構造的・機能的な変化が起こり、循環器疾患リスクの低減や持久的運動能力の向上などにつながると考えられています。
 したがって、運動効果の個人差を理解するためには、心臓や血管への刺激、つまり運動中に起こる血液循環の変化が重要なカギを握ると思われます。こうした背景をもとに、渡邊先生は運動中の血液の循環のしかたについて、個人によってどのように違うのか、その違いがどのような仕組みで生まれるのか、といった視点から調べる実験を行っています。

 これまでの実験から、運動中には心臓から送り出される血液の量や血管内での血液の流れやすさ(流れにくさ)などに大きな個人差が生まれていることや、筋肉での代謝で作り出される物質にかかわる反射メカニズムがその個人差発生の一因となっていることなどが明らかになったそうです。
 しかし、運動中の血液循環の個人差に関して明らかになっているのはまだほんの一部に過ぎません。今後、このテーマに関する基礎研究をさらに積み重ねていき、やがて「なぜ、運動の効果に大きな個人差が生まれるのか」という問いの答えにたどり着くよう研究を進めたいと渡邊先生は言います。

「運動×暑熱ストレス」に着目した研究

暑熱下運動負荷中の心臓超音波検査

 運動中の血液循環は、運動を行う環境によって大きく影響を受けることが知られています。例えば、真夏の炎天下のような暑熱環境下では、運動を続けていると体温が大きく上昇したり、多量の発汗によって体水分が減少(脱水)したりします。そうなると、心臓から送り出される血液の量(心拍出量)や筋肉の血流量が減少するなど、血液の循環に負の影響が及ぶのです。これは身体にとって非常に大きな負担となり、運動パフォーマンスの低下、ひいては熱中症発症の誘因にもなります。
 地球温暖化や、昨今の新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛・運動不足の影響から、このようなスポーツ活動中の熱中症への懸念がますます高まってきており、その対策を強化することが求められています。渡邊先生は、そのための土台となる基礎的知見の集積が重要であると考え、暑熱ストレスの影響に着目した研究も進めています。

 最近では、海外の研究機関との共同研究において、暑熱下運動中の脱水により心拍出量が減少してしまう仕組みの解明に取り組んだそうです。
 超音波検査(心エコー・血管エコー)による循環測定技術を利用し、暑熱下運動中の血液循環の変化を調べた結果、脱水に伴う心拍出量の減少は、左心室内に入り込む血液量の減少が主な原因となっていることが実証され、これには筋肉など末梢組織での血流低下と強い関わりがあることが明らかとなりました。
 さらに、意外なことに、このとき心臓の収縮性や拡張性などの機能は、心拍出量が減少しているにもかかわらず低下しておらず、むしろ心臓の機能は脱水によって若干高まる傾向があることも分かってきました。
 つまり、心拍出量の変化のしかたは心臓自体の機能変化によって決まるのではなく、筋肉などの末梢側の血流変化によって大きく影響を受けている可能性があるのです。
 「末梢側の要因がどのようにして中心部の応答(心拍出量)に影響を及ぼすのか、なぜ脱水になると心臓の機能が高まるのか、などは現在のところ明らかとなっておらず、その解明に向けてさらに研究を進めていきたい。また、暑熱下運動中の生体への負担軽減にはどのような方法が有効なのかといった応用的・実践的な課題にも今後取り組んでいきたい」と渡邊先生は言います。

ヒトの生理現象の本質に迫るために

 これまで、運動生理学の分野では、運動中のヒトの生体反応について多くの研究がなされ、様々なことが分かってきました。しかし、いま正しいと考えられていることでも、数年後、数十年後にはまったく別の見解になっているかもしれません。渡邊先生は、当たり前だと思われていることも疑ってみることや、自分の「目」や「からだ」を使って確かめてみることの重要性を学生たちに伝えています。
 「テキストや参考書に書かれている情報でもそのまま鵜呑みにせず、本当にそうなのだろうか、一体何が根拠になっているのだろうかなど、一度立ち止まって考えてみることは大事だと思います。
 そして、自分でさらに深く調べてみたり、実際に自分のからだを使って試してみたりする。そうすることで理解がより深まると思いますし、そこからヒトの生理現象の本質に迫るような問いや新しいアイデアが生まれるかもしれません。自分自身もこの姿勢を忘れないように心掛けていて、自分の目で見たもの、自分のからだで感じたものを大切にしています。
 仕事の合間にからだを動かしているときに、新たな視点に気が付くことや、研究のヒントが浮かんでくることもあります」

 渡邊先生は、学生たちとのディスカッションを通して、彼らの自由で柔軟な発想に多くの刺激を受けているそうです。今後も、スポーツやからだに興味を持つ学生たちとともに、新たな発見を求めて未知への挑戦を続けていくことでしょう。

研究室の学生の声

学校教育課程 教育実践コース 4年次
三浦 真言 さん

 私はもともとサッカーをやっていて、試合中や練習中に起こるからだの反応について興味を持っていました。特に、夏場の試合や練習で汗をたくさんかいた時に強い疲労感やパフォーマンスの低下を感じることがよくあり、このことをきっかけに暑熱ストレスがからだに及ぼす影響について詳しく知りたいと思い、このテーマの研究をしています。
 将来、小学校の教員として子どもたちに体育や保健を教える立場になった時にも、この研究室で学んだことが役立つと思います。

学校教育課程 教育実践コース 4年次
早坂 龍太郎 さん

 私は高校時代に野球をしていましたが、大学からはよさこい踊りを始めました。異なるスポーツの経験から、日々の練習によって強化されるからだの部分やその質がスポーツによって大きく違っていると感じ、このようなスポーツによる身体機能の変化を詳しく調べたいと思っていました。
 よさこい踊りを習慣的に続けることで、全身持久力、血管機能、肺機能、体組成などがどのように変化していくのかについて、現在研究を進めています。

学校教育課程 教育実践コース 4年次
村岡 孝義 さん

私は水泳部に所属しており、水泳の競技パフォーマンスには生理学的側面が大きく関わると言われているため、生理学を深く学びたいと思いこの研究室に入りました。
 特に、試合直前のコンディショニングに興味があり、短距離泳のパフォーマンス向上に効果的な新しいウォーミングアップ法の開発を目指し、様々なウォーミングアップ中の心拍数や血中乳酸値などを調べています。
 この経験を、将来体育の教員として科学的なアプローチでスポーツ指導を行うために活かしていきたいと思っています。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

教育文化学部 学校教育課程
教育実践講座
講師 渡邊 和仁 Kazuhito Watanabe
秋田大学研究者 渡邊和仁講師
  • 筑波大学 体育専門学群 2009年03月卒業
  • 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 博士前期課程 体育学専攻 2011年03月修了
  • 筑波大学大学院 人間総合科学研究科 博士後期課程 体育科学専攻 2014年03月修了
  • 【所属学会】
    日本体力医学会、日本運動生理学会、米国生理学会、米国スポーツ医学会、欧州スポーツ科学学会