秋田大学研究者 清水宏明教授

Lab Interview

脳血管障害を中心とした研究の原動力は、尽きない脳への興味

さまざまな脳疾患を研究

 近年は、医療技術の進歩により脳卒中による死亡率は下がってきていますが、言語障害や、体の麻痺などの後遺症が残りやすく、寝たきりの原因ではいまだ最多となっています。とりわけ秋田県では昔から脳卒中に罹る人が多く、秋田弁で「あたる」という表現もあるほどです。
 脳神経外科で血管障害を専門とする清水教授は、2014年に秋田大学大学院医学系研究科脳神経外科の教授に着任。臨床・研究・後進の育成、脳卒中を中心とした地域連携にも尽力してきました。その研究の一端をご紹介します。

過灌流を引き起こす原因はどこだ?

 脳卒中(脳血管障害)は、脳の血管が詰まる「脳梗塞」、脳の血管が破れる「脳出血」や「くも膜下出血」に大きく分けられますが、今後そこに繋がり得る疾患もあります。一時的に脳の血流が足りなくなる脳虚血もその一つです。脳虚血を抱える患者さんの該当箇所の血流を手術で補うと、術後血流を再開させた時に大量に出血してしまう過灌流(かかんりゅう)症候群を引き起こすことがあります。
 清水教授はラットやマウスで脳虚血のモデルを作り、術後の過灌流症候群の原因がどこにあるのかを突き止めようと取り組んでいます。過灌流の原因を解明できれば、その物質に対する治療の可能性を見出すことができるのです。

死亡率が高く、予後の生活も左右されるくも膜下出血

 脳を保護する膜の一つである「くも膜」と脳の間に出血するくも膜下出血の主な原因は、脳の動脈にできたこぶ(脳動脈瘤)が破れる事だといいます。出血直後は脳が血腫で押されることで呼吸が止まる例もあり、出血が大量だとそのまま死に至ることもある病気です。くも膜下出血を発症した患者さんの1/3は亡くなり、1/3の人は後遺症を患い、残りの1/3の人だけが治療後に社会復帰できるというデータがあります。しかし、その中には一見日常を取り戻したように見えても、簡単な計算ができなくなったり記憶障害が起きるなどの理由で元の職業に戻れなくなってしまう方もいるそうです。清水教授らはこうした患者さんの脳に何が起きてるのかを特殊なMRIを使い検討し、後遺症を防ぐ治療に繋がる糸口を模索しています。

遺伝子検査から脳腫瘍治療の可能性を広げる

 また、脳腫瘍にはいくつも種類があり、清水教授の教室では種類ごとに、どの遺伝子の変異がどこで起こっているかを調べる研究にも取り組んでいます。脳腫瘍を遺伝子検査し、遺伝子の変異の場所を特定した上で仕様の変化がわかると、その遺伝子をターゲットとした治療や診断に結び付くかもしれません。

脳梗塞に対する血管内治療の普及

 脳梗塞の主な原因のひとつが、心房細動などの不整脈です。心房が痙攣したように細かく震えることで血流が淀み、血栓が生じて脳へ流れ、血管内で目詰まりを起こしてしまうのです。さらに、高血圧・糖尿病・メタボリックシンドロームなどの生活習慣病などにより、脳の血管の動脈硬化が進行して脳梗塞になる人も多いと言われています。
 そして今、この脳梗塞に対する治療法で最も主流なのが『血管内治療』です。脳の太い血管が詰まった場合、大きな脳梗塞を引き起こし、手足の麻痺や失語症などの後遺症が残ってしまうため、迅速に血管を再開通する必要があります。そのための治療手段の一つが、血管内治療です。
 血管内治療は、カテーテルという1㎜以下の細い管を足の付け根などから挿入し、大動脈を通して血栓を回収する治療方法で、2015年頃から爆発的に普及しています。
 「カテーテルが普及し始めた当初は秋田県内の血管内治療医もまだ少なく、秋田大学医学部附属病院の脳神経外科では血管内治療医を増やす取り組みがなされてきました。現在はかなり増えつつありますが、目標は血管内治療を行える先生が今の倍いることです」
 脳の血管の太さは様々で、血管内治療に使用する医療器具も次々と開発されています。それぞれにしっかりと医師が対応できるよう教育プログラムやトレーニングを行い、共に更なる効果的な医療の提供を目指しています。

「加齢」と上手く付き合いましょう

 脳血管障害のほとんどは加齢と高血圧によるもので、さらに突き詰めるとその多くは「動脈硬化」にあるといいます。動脈硬化は加齢とともに血管が硬くなり柔軟性が失われた状態です。『人は血管とともに老いる』という言葉もあるように、生まれた瞬間から少しずつ動脈硬化が始まっているのです。ホースで例えると、新品時は柔軟性があっても、月日が経つにつれ硬くなっていき、破れや詰まりが生じてしまうイメージです。
 そして動脈硬化をさらに悪化させるのが「高血圧」です。同様に喫煙や大量の飲酒、糖尿病、コレステロール値なども全て血管に作用し、動脈硬化を進行させてしまいます。また、加齢による動脈硬化の度合いは遺伝的要素も含まれるだろうと清水教授は言います。それ以外にも、家族とは食生活や生活環境を共有している場合が多いため、同じ病気を発症しやすくなる可能性もあるそうです。

どんな症状が現れたら受診するべき?

 脳の病気による手足の麻痺などは片側にしか現れず、左右どちらにも異変がある時は脳以外の病気を疑うのだといいます。例えば右の脳に脳梗塞が起きた場合には反対側の左手足に麻痺が現れます。
 また、「言葉」にも症状は現れます。伝えようとする言葉が出てこない、相手の言うことが理解できないなどの失語症は、大脳にある言語中枢が損傷することで起こります。失語症は認知症の症状と誤認識されがちですが、認知症は記憶障害が全面に出るため、普通に会話ができても、それが記憶違いであったり辻褄が合わなかったりします。いずれにしても、これらの症状が現れた場合は早期に医療機関を受診することが推奨されています。

手術をする・しないの判断は患者さんの意思を尊重

 脳神経外科医と聞くと、難しい手術を行うため手先が器用でなければならないと考える人も多いかもしれません。しかし実際は、折り紙を折る・箸を使う等のごく普通のことができれば、脳神経外科の手術は可能であると清水教授は言います。
 「顕微鏡のもとで行う手術なので、もちろんある程度細かい操作は必要になりますが、手先の器用さよりも、病変を推察する考え方のトレーニングや、解剖学的な知識の方が大事かもしれないですね」
 その上で最も難しいのは「手術をするかどうかの判断である」と続けます。脳の病気は、手術が必要だとすぐに判断できるものとは限らないのです。くも膜下出血や脳出血の場合は放置すると再破裂の恐れがあり命に関わるため、手術が必要であると判断できます。また、血管が詰まった箇所を血管内治療で再開通しなければ脳梗塞に直結する場合も手術の決断をします。

 しかし、高齢の患者さんや脳の深い場所に脳動脈瘤がある場合、手術をする・しない、どちらの選択にもリスクが伴います。また、脳ドックなどで脳動脈瘤が発見された場合も、手術による合併症を引き起こすリスクはゼロではありません。こうした難しい選択を迫られた時、清水教授は患者さんの意志に寄り添いながら判断を下します。
 「外科医にとって一番大事なのはきちんと患者さんと話をして、患者さんが納得できる選択を一緒にすることだと思います。手術を受けるか否かの選択を迫られる時は、患者さんの意志を大切にしています」
 手術はせず様子を見て差支えがない場合でも、心配で眠れなくなったり仕事に手がつかなくなる患者さんもいるといいます。そうした場合は心配を取り除くために手術を行うこともあるそうです。反対に、手術のリスクを背負うよりも様子を見ながら普段通りの生活を望む方もいます。脳神経外科医は、さまざまな考え方をもつ患者さんひとりひとりに、いかに寄り添えるかが重要なのです。

脳への興味は尽きない

 「私たちが言葉を発したり、食べ物を美味しいと感じるのも、脳があってのことです。しかし煎じ詰めると、脳は酸素原子や炭素原子、水素原子などが結びついてるだけなんですよね。それが人のさまざまな感覚、言葉、行動などを生み出しているなんて不思議ですよね」
 脳は手足を動かす場所や言語を司る場所など、脳の中でそれぞれ役割が決まっています。そこへほんの少しの刺激が加わるだけで手足が動いたり、逆に話せなくなったりなど、さまざまなことが起こります。さらに脳は使えば使うほどその部分が発達して大きくなり、使わなくなると委縮するということも解明されています。

 「筋肉と同様に、脳も鍛えることができます。大きくなるというよりも脳の一部が太るようなイメージです。脳は加齢とともに委縮していくため、それを少しでも防ぐには脳を使うしかありません。このように少し考えただけでも、こんな風に面白いことがたくさんあるのが脳なんです。また、30年以上も手術で脳を目にしていますが、毎回、美しさと不思議さを新鮮な気持ちで感じます」
 清水教授が脳神経外科医の道へ進んだのは、脳に興味があったという理由と、医療には大きく分けて外科系と内科系の二つがあり、前者の方が向いていると自身で感じたことを掛け合わせて見えた答えでした。脳に限らず、現段階で目に見えて解ること以外にも解明されていない部分がたくさんあり、いまだ尽きない脳への興味。清水教授含め、今後も知らなければならないことはたくさん残されているようです。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 医学専攻
機能展開医学系 脳神経外科学講座
教授 清水 宏明 Hiroaki Shimizu
秋田大学研究者 清水宏明教授
  • 東北大学 医学部 1986年03月卒業
  • 東北大学 医学研究科 博士課程 1992年03月修了
  • カルフォルニア大学 サンフランシスコ校 脳神経外科留学 1988年12月~1991年03月
  • 東北大学 博士(医学)取得
  • 秋田大学医学部附属病院脳卒中包括医療センター センター長
  • 秋田大学大学院医学系研究科 医学専攻 機能展開医学系 脳神経外科学講座ホームページ
  • 【所属学会・委員会等】
    日本脳神経外科学会、日本脳卒中学会、日本脳卒の外科学会、一般社団法人みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会