秋田大学研究者 佐々木誠准教授

Lab Interview

「全てにスペシャルなジェネラリストになるため」患者さんの心に寄り添う理学療法学

専門を持たずに理学療法学全般を極めていく

 佐々木准教授は理学療法学において幅広い分野(基礎系理学療法学、神経系理学療法学、筋骨格系理学療法学、内部障害理学療法学、スポーツ理学療法学、予防理学療法学、理学療法教育学、物理療法学)を対象としています。
 世の中には高度なスポーツ能力を求められる方もいれば、黙々とデスクワークに従事する方もいます。人の数だけ様々な場面に置かれることを考えると、「理学療法全般」をテーマとする必要があると佐々木准教授は考えています。
 専門家や専門職という特定の分野に特化した知識やスキルを持つスペシャリストと、広範囲に渡る知識や経験に精通した多角的な視点を持つジェネラリストがいる中で、佐々木准教授は「全てにスペシャルなジェネラリストになるため」という思いから専門を持たずに理学療法学全般を幅広く捉え研究しているのです。

私たちの活動を支える身体の各器官

 佐々木准教授は中でも日常生活における呼吸循環反応や呼吸理学療法の研究に焦点を当て、私たちが普段垂直位(座った姿勢・立った姿勢)の姿勢を取りながら活動する重要性について関心を寄せています。
 人は寝た姿勢から立位になると、循環血液が500~800ml下半身へ移動します。この時、健常者は持続性(恒常性)により脳貧血を起こすことは滅多になく、腹腔内臓器の押し上げが緩和されて横隔膜呼吸がしやすくなり、呼吸循環が楽になります。また、私たちが立位姿勢から歩行や走行で移動する際は、運動速度が高まるにつれて関節の可動性が求められ、筋収縮や呼吸循環系の反応も大きくなります。そして活動が高次になるほど大きな呼吸循環反応が必要となり、同時に障害や外傷を負う危険性が高まってしまいます。
 そもそも立位の時点で骨や関節に負荷がかかるため、姿勢を保持するように神経の刺激等で筋肉の収縮が求められます。そしてそのバランスを保つには「体性感覚」が大切だと言います。
 体性感覚は触覚や温度感覚、痛覚などの表在感覚と関節や筋、腱などに起こる深部感覚がありますが、その中でも筋肉や関節の自分自身の体の位置や動き、力の入れ具合等を感じる固有受容覚や、平衡感覚、視覚の情報が必要となります。これらの感覚入力は脳で情報処理され、適切に姿勢を保つことから、脳における感覚入力、情報処理、姿勢保持命令は密接に関わっていると考えられます。

地域への還元を目指して

 高齢者の転倒要因には障害物を跨ぐ際の「つまずき」「すべり」があります。加齢に伴い歩行時の歩幅が短縮するため、高さや奥行きの異なる障害物の跨ぎ動作でその変化が現れると予測されます。
 転倒への不安から活動を控える「転倒恐怖感」は高齢者の日常生活活動を低下させ、寝たきりに繋がる要因にもなるため重要な問題となっています。そこで佐々木准教授は転倒恐怖感についても研究を行い、その成果が高齢者の転倒予防に役立つものとして地域社会に貢献し、理学療法の質を向上させることで患者さんや要支援・要介護者へ還元されることを目指しています。

心に寄り添う理学療法士の育成

 多くの格闘技には、横たわったら負けというルールがあります。このルールは理学療法学においても通じるものがあると佐々木准教授は言います。佐々木准教授が日頃から大事にしていることは、寝たきりの状態になったから諦めるということではなく、理学療法を通じ、患者さん自身が理学療法を受けられる存在としてここにいることを実感してもらえるよう、患者さんの心に寄り添っていくことだそうです。
 「寝たきりになってしまっても治る可能性を信じて患者さんに寄り添い、支えることで希望を与えるのは理学療法士にとって一番大切なことです。理学療法は、障害の修復やその予防に対して非力であるかもしれませんが、患者さんやご家族に対して大きな意味を持つと信じています」
 今後も佐々木准教授の幅広い分野での研究は、多くの患者さんや地域のために続いていきます。

学生たちの声

 「学生第一」を貫き、理学療法の疑問を解決するため難しい問題でも支援を惜しまない佐々木准教授には、心に寄り添う理学療法士を目指し多くの学生が日々研究に励んでいます。今回は佐々木准教授の元で学ぶ学生や卒業生の皆さんに、研究内容や佐々木准教授へ師事した理由について聞いてみました。

大学院医学系研究科 保健学専攻 博士前期課程 2年次
齊藤 悠悟 さん

 私の研究テーマは、「新しい運動能力評価指標の開発と脳卒中片麻痺患者への適用:信頼性と妥当性の検討」です。リハビリテーションでは、障害構造を明らかにし、問題解決を図ることが大切です。これまで機能障害(筋力低下や運動麻痺など)と活動制限(整容動作、トイレ動作、入浴動作、移動などの制限)との関係で捉えられてきましたが、両者を仲介する運動能力の評価は、障害構造を把握するために十分活用されてきたとは言えません。

SS-FMT測定風景

 運動能力の評価指標はいくつかあるものの、世界的に見ても広く普及したものを見出せません。そこで、新しい運動能力評価指標を開発し、現在は脳卒中片麻痺患者への適用が可能かどうかを研究しています。今回は、信頼性と妥当性について検証していますが、博士後期課程では、反応性や臨床的応用性に関して検討したいと考えています。
 佐々木先生には、研究を進める中で、困ったことや相談に対していつも的確にアドバイスをいただき、後押ししてもらっています。また、研究を計画する段階からデータ収集の手はずを整えていただいたり、統計解析結果の解釈や考察を含めた文章の作成を一緒にしていただいたり、細やかな指導をしてもらっています。適切に導いてくださるので、先生に師事して良かったと思っています。

大学院医学系研究科 保健学専攻 博士前期課程 2年次
武田 超 さん

 私の研究テーマは、「パーキンソニズムの歩行障害に対するロボットスーツHALによる効果の検証」です。
 近年、理学療法の場面でもロボットが活用されるようになってきています。ロボットスーツHALは、装着者の歩行リズムに合わせて脚の振り出しを支援する装着型のロボットです。パーキンソニズムの歩行障害では、小刻み歩行やすくみ足といった特徴的な症状を認め、歩行速度の低下や転倒のしやすさが招かれます。

HAL練習風景

 このような特徴的な症状を少しでも改善したく思い、ロボットスーツHALを用いた歩行練習の効果について研究を行っています。本研究の成果は海外の学術雑誌に投稿する予定です。
 佐々木先生は、連絡や相談に対してすぐに返事をくださるので、疑問点や悩み事を解決しやすいと思います。近年は新型コロナウィルス感染症対策で直接相談することが難しい状況ですが、このような状況でも負担を感じることなく、順調に研究を進められています。また、何事にも客観的な視点でアドバイスをくださるので、曖昧だった自分の考えが次第に整理されていきます。

2021年度卒業生
堀 凌子 さん

 私は、医療法人亀田病院リハビリテーション部で理学療法士として働いています。2021年度に「卒業研究」の指導を受け、無事、卒業し現在に至ります。「卒業研究」のテーマは「ワイドベース歩行の非効率性について」です。

トレッドミル運動負荷試験の風景

 ワイドベース歩行の非効率性を側方重心移動、中殿筋筋電、運動生理学的指標の視点より明らかにすることを目的に研究を実施し、ワイドベース歩行では酸素摂取量をはじめとする呼吸循環指標において、通常歩行より値が大きいことを示しました。ワイドベース歩行は、運動学的観点に留まらず運動生理学的観点から歩容の改善をするのが望ましいことが示唆されました。この研究成果は、Journal of Physical Therapy Science Vol.34, No.5 に論文掲載されました。
 先生は、臨床実習や普段の授業の中で自分が気になったことを研究するよう勧めてくださいます。研究計画から実際の研究、論文執筆に至るまで、自主性を尊重しつつ、手厚いフォローをしていただけます。学生のうちから、学術誌への論文投稿をするという経験ができ、論文掲載に至らせる自信につながりました。

医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
佐藤 美久 さん

 私の卒業研究のテーマは、「片眼の視覚遮断下での90°方向転換歩行における視覚的認知が障害物の跨ぎ動作に及ぼす影響」です。研究目的は、奥行き知覚を阻害する片眼の視覚の遮断と動作の関係を明らかにし、視覚的認知が障害物を跨ぐ動作に与える影響について知見を深めることです。現在、対象者の方に協力していただき測定を行っている段階です。

片眼視覚遮断で障害物を跨ぐ様子

 佐々木先生は、「理学療法学研究法(3年次履修)」の研究計画を立てる課題で、興味のある分野に関して相談した際、熱心に指導してくださったのが印象的でした。これをきっかけに、卒業研究の担当は佐々木先生にお願いしたいと思いました。佐々木先生は、研究活動に関して非常に熱意を抱いた先生であり、研究者の育成や研究の発展にも広く関心を寄せていると思います。幅広い知識を持っており、研究に関する相談事にも丁寧に対応してくださいます。また、学習に関することだけではなく、授業外の時間でも私たち学生によく声をかけてくださり、生活面や進路に関する相談事にも親身になって耳を傾けてくださる親しみやすい先生です。
 大学は、自分の興味のある学科や分野の専門的な知識を学ぶことができ、高校までとは違った学びができる場であると思います。また、学習面から生活面まで親身になってサポートしてくださる先生方もいらっしゃいます。秋田大学を志望する高校生の皆さんが、理学療法学専攻を選択し後輩となる日を楽しみにしております。

医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
堀井 旺歩 さん

 卒業研究では「体幹安定性が上下肢のクローズド・キネティック・チェイン運動の能力に及ぼす影響」というテーマで研究を進めています。

サイドステップアップ実施の様子

 近年、体幹安定性と運動パフォーマンスに関する研究が多く行われていますが、その関連性について一致した見解が得られていないのが現状です。体幹安定性を向上させる理学療法手技を実施した場合と実施しない場合で、腕や脚の末端(手のひらと足裏)が台の上に固定される運動課題(プッシュアップとサイドステップアップ)を行っていただき、その成績を比較します。今回の研究では体幹トレーニングが上下肢のクローズド・キネティック・チェイン運動の能力向上に有効であるかを推定したいと考えています。
 佐々木先生は学生のやりたい研究を後押しし、助言をいただける先生です。また論文掲載に向けてもサポートしてくださります。先生の元で研究を行うことで、論文作成能力や問題解決能力が身につくと思います。

医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
山田 佳奈 さん

 私の研究テーマは、「障害物の視覚認知における妨害オブジェクトが歩行時の跨ぎ動作に及ぼす影響」です。障害物跨ぎ時に周辺に視覚的注意を妨害する図柄があると、対象物の視覚認知が低下し跨ぎ動作に変化が起こると考え、論文を投稿すべく現在測定・分析を行っています。

妨害オブジェクトのある歩行路

 私が佐々木先生の研究室を選んだ理由は、先生がとても面倒見の良い方であるだけでなく、幅広い分野の理学療法に精通しているからです。研究室を選ぶ時期、私は神経系や筋骨格系など興味のある分野が定まっておらず、自分の研究したいテーマが決められませんでした。そこで、理学療法のことなら特定の分野に限らず「なんでも」詳しく、親切に指導してくださる佐々木先生の研究室を志望しました。そして色々な分野の疑問について話し合い、無事に研究テーマを決定することができました。
 研究室に所属してからも、相談に乗っていただいたり、時にはおしゃべりで盛り上がったり、和気藹々と楽しく研究をしています。

医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
相澤 杏莉 さん【3年次ゼミナール(2021)】

呼吸介助実施の様子

 私たちは3年次ゼミで「身体の柔らかさ」をテーマとしました。佐々木先生のご指導の下に「身体の柔らかさはスポーツ障害・外傷の発生にどう影響するか?」というテーマで論文作成に取り組みました。これは、約半年の月日をかけて「総説」として論文掲載に至ることができました。
 胸郭の可動性向上が呼吸機能や有酸素性の運動能力に影響を及ぼすかどうかについての研究も同時進行していましたが、コロナ禍の波に押され途中で断念することになったのは残念なことでした。
 佐々木先生は、幅広い分野の知識を豊富に持ち合わせており、様々な表題で研究に熱心に取り組んでいる先生だと思っております。また、とても学生思いで、気さくに生徒と積極的にコミュニケーションを図ってくださるところが素敵だと感じております。理学療法には様々な分野があり、多くのことを学ぶことができるところが魅力の一つだと考えています。理学療法士養成校に進学なさる高校生の皆さんには、勉強していくうちに自分が夢中になれる分野を見つけて研究活動に励んでいただけたらと思います。
[2021佐々木誠ゼミ生:相澤 杏莉さん、齋 綾乃さん、長井 幸美さん、堀井 旺歩さん、山田 佳奈さん]

医学部保健学科 理学療法学専攻 3年次
小高 万由 さん【3年次ゼミナール(2022)】

 私たちは「健康寿命を延伸するための運動トレーニング」というテーマで3年次ゼミに取り組みました。学習の中で、要介護状態に至る要因として、認知症、脳血管疾患に次いで、転倒・骨折の割合が高いことを知りました。

しゃがみ位からの後ろ受け身

 加齢、女性であること、転倒経験、痛み、慢性疾患などは転倒恐怖感を抱かせ、転倒恐怖感は身体活動を制限し、生活の質を低め、参加を制約するとされています。そこで、高齢者における転倒恐怖感が運動技能の習得によって軽減し移動能力に良い影響を及ぼすかどうかを研究テーマとしました。高齢者の転倒を予防する研究と比較して転倒時の怪我を予防する研究は少ない現状があります。私たちは、柔道の受け身が転倒の際の怪我の予防に繋がり、転倒恐怖感を軽減させ移動能力を高めるとの仮説を立てました。健常高齢者を対象に受け身の練習を行わせ、練習の前後で転倒恐怖感と移動能力の変化を調べました。転倒恐怖感に変化はありませんでしたが、移動能力で改善が認められる項目がありました。現在論文を英文化し、英語論文として投稿中です。
 佐々木先生は普段から私たち学生とコミュニケーションを取り意見や質問を親身に受け止めてくれます。ゼミではコロナ渦という状況の中でどうしたら研究がスムーズに進むかということを第一に考えてくださいました。様々な理学療法の領域に触れたい、自分の疑問を研究してみたいという方は、先生が学生本位で話を聞いてくれると思います。
[2022佐々木誠ゼミ生:小高 万由さん、加賀谷 羽優さん、原田 拓武さん、二田 柚葉さん、山石 睦さん]

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
保健学専攻 理学療法学講座
准教授 佐々木 誠 Makoto Sasaki
秋田大学研究者 佐々木誠准教授
  • 駒澤大学 経済学部 1992年3月卒業
  • 東北大学 医学系研究科 博士課程 2002年3月修了
  • 【取得学位】
    東北大学 博士(障害科学)
  • 【所属学会・委員会等】
    日本理学療法士協会、理学療法科学学会、日本体力医学会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会、日本糖尿病学会、日本心臓リハビリテーション学会