秋田災害忘れじの旅ある記 その5 能代市中川原にある水と緑と愛護の石碑【水田 敏彦】(25.5.15)

日本は地震大国で秋田県も例外ではありませんが、災害は地震だけでなく、もちろん、豪雨や台風による被害もあります。今回のコラムは、秋田県の水害に関する旅ある記です。
「当箇所は、昭和四十七年七月五日からの大雨による大洪水により、同九日十三時二十五分本堤防が八十七メートルにわたり決壊した箇所で、それにより中川原地区の殆どの家屋が浸水し、流失するなどの大被害を被ったものである。よってこれからはこのようなことが二度と起こらないように、また地域に親しまれているこの米代川を、安全で美しく、いつまでも愛する心をもって頂くとともに、水と緑の街づくりを目指していくことを祈念して、この石碑を建立したものである。」
これは、能代市中川原にある「水と緑と愛護の碑」の碑文です。写真1がこの石碑で、1972年(昭和47年)米代川の洪水による「破堤の地」に建てられています。1972年米代川洪水は、7月5日から9日にかけて降り続いた豪雨によるものであり、米代川流域の降り始めからの雨量は、藤琴川流域の駒ヶ岳で790㎜、阿仁川流域の比立内で443㎜を記録しました。この洪水により能代市中川原の堤防が9日午後1時過ぎに破堤、中川原地区は家屋や農地を流出し、大きな被害を受けました(写真2)。

写真1 能代市中川原にある水と緑と愛護の石碑[2013年5月(水田撮影)]

写真2 能代市中川原地区の洪水による被害[昭和47年7月米代川洪水体験談集(2002)より]


現在ではこの経験に基づき河川堤防が整備され、水害は激減しています。このことは、地域住民の水害経験者が減少し、堤防の強化等からの安心感もあり、防災意識の風化をもたらします。堤防は地域を守る生命線となっていることを忘れてはいけない! 碑文にもあるように「米代川を、安全で美しく、いつまでも愛する心をもって頂く」ことが大切です。中川原地区では、守護神である堤防に関心をもつため、そして、人々が足を運ぶように、桜を植栽し堤防の美化活動を行っています。写真3が減災へ向けた知恵と工夫にあふれた「中川原堤防のさくらづつみ」です。付近には、あの日の教訓を忘れないように、昭和47年大洪水の水位標が稲荷神社と中川原会館に設置されています(写真4、写真5)。中川原会館にある水位標は、洪水で浸水した時の最高水位を示しており地上から2.56mとあります。

写真3 破堤の地周辺のさくらづつみ[2013年5月(水田撮影)]

写真4 稲荷神社にある昭和四十七年大水害水位標[赤丸が水位 2013年5月(水田撮影)]

写真5 中川原会館にある最高水位標[2013年5月(水田撮影)]
(標柱は洪水で浸水した時の最高水位を示しており地上から2.56mあります)

能代市中川原周辺の地図