秋田大学研究者 柴山敦教授

Lab Interview

医者冥利に尽きる泌尿器科 〜患者さんを一貫フォロー〜

幅広い領域をカバーする泌尿器科

 羽渕教授が診療科長を務める泌尿器科は、主に腎臓、膀胱、前立腺の病気を診療対象としています。主要な対象となる病気は泌尿器生殖系のがんです。その中には、腎臓がんや膀胱がん、最近大変増加している前立腺がんがあります。また、女性に卵巣がんがあるように、珍しいですが男性にも精巣がんがありますが、精巣がんは10代後半~20代の若年層での発症が多く、泌尿器科の重大な疾患です。

 腎不全、慢性腎不全による腎臓移植、尿路結石、さらに尿失禁等の排尿障害も泌尿器科の重要な診療対象です。あまり知られていないかもしれませんが、先天異常疾患のうち、泌尿器科学分野で扱う疾患として、先天尿路生殖器異常は最も多い先天疾患です。病院の機能分化を進めるために、現在は主に秋田赤十字病院で先天尿路生殖器異常の手術が行われており、秋田大学医学部附属病院(以下「秋大病院」)ではそのバックアップをしています。

 泌尿器科の診療領域としてがん(腫瘍)と同等に重要で力を入れているのは、腎臓移植です。腎臓の機能を悪くしないように治療するのは内科の領域になりますが、腎炎や糖尿病、その他の病気によって腎臓が悪くなったり、内科での治療が困難になった時は、泌尿器科へ移り、血液透析や腎臓移植という手段を取ります。

 泌尿器科は幅広い診療領域をカバーし、外科系と内科系の両方の側面を持ち合わせた診療科なのです。

前立腺がんや腎がんの治療 〜新たな局面を迎えて、さらなるinnovationを目指す〜

 前立腺がんや腎がんは、メタボリックシンドロームの人がかかりやすいと言われています。前立腺がんは昭和初期までは患者数の少ない病気でしたが、「食の欧米化」に伴う高脂肪食の摂取や肥満が要因となり、戦後増加の一途をたどっていると考えられています。
 2群のマウスに前立腺がんの細胞を接種し、片方には普通の食事を、もう片方には高脂肪食を与える実験をしたところ、腫瘍の成長度合いが高脂肪食群で著しく高いという結果が羽渕教授らの研究でも得られており、乳がんや大腸がんも同様の傾向があると言われています。日本での前立腺がんの増加の原因として、もちろん高脂肪食以外の関与も考えられますが、高脂肪食によるがん進展の分子機構を突き詰めると、一般のがん進展を阻止する標的分子の同定に繋がると考えています。

 手術だけでは治りきらない腎臓のがんに対しては、新規の分子標的薬をたくさん使って治療を行っています。分子標的薬は、がん細胞の持つ特異的な性質を分子レベルでとらえ、その分子のみをターゲットに作用するように作られた薬です。しかし分子標的薬には副作用や、薬が効く人と効かない人がいるという問題点もあります。
 この効果の個人差には遺伝的背景が深く関係していることが、実践的な研究によってわかってきています。人によって薬の濃度を変える必要があったり、がん自体の反応性が変わったりする可能性があると言われています。
 「市販薬の容量が子供と大人で違うことからわかるように、薬の量は体重で決められています。しかし遺伝的背景を加味すると、同じ体重でも量を減らした方が良い人と、増やした方が良い人もいるということになります。このことから、腎がんの患者さんにも遺伝的背景を加味したり、薬剤の血中濃度を測定しながら投与量を決めるべきと考えています。さらには、腎臓移植後の免疫抑制剤においても、効き目の良い人は副作用が強いため薬の量を減らしたり、効き目の悪い人には増やしたりと、患者さん一人ひとりに合わせて薬の量を調整しています」

 余談になりますが、血液型による性格の分類に科学的な根拠はないという見解があります。「血液型はただの指標にすぎないが、血液型の種類を決めている遺伝子の近くに、ひょっとしたら性格を決めている遺伝子があるかもしれないし、それらがリンクしているという可能性はあるかもしれない」と、羽渕教授から興味深いお話もありました。

腸内細菌が関係?抗がん剤の効き目の違い~Innovativeな医療を目指す~

 ヨーグルトを日常的に食べると腸内環境が改善されるという話は一般的に広く知られています。この腸内細菌の効果が、がんにも当てはまるのではないかということで、羽渕教授は現在、腸内細菌を移植する研究を開始しています。
 前段に述べたとおり、高脂肪食や肥満の人は前立腺がんや腎がんにかかりやすいとされています。高脂肪食や肥満にも腸内細菌叢の変化が関わっていると、羽渕教授は考えています。

 「実は腸内細菌は人によってそれぞれ違っていて、健康な人の便から抽出した腸内細菌(善玉菌)をカプセルにして飲むという画期的な方法が発表されています。口から飲むというのは抵抗があるかもしれませんが、腸内細菌を変えることで病気の反応性が変わって症状が良くなったり、抗がん剤や免疫チェックポイント薬というがんの薬の効き方にも変化があるんです」と、羽渕教授。
腸内細菌というものは、使い方によっては奇跡の薬の基にもなる、とても奥深い分野であると言えます。

内視鏡下手術支援ロボット「ダヴィンチ」の導入

1914年のフランスの風刺画。ダヴィンチそっくりの装置を用いての手術風景が描かれていた

 医療ドラマに登場することも多い内視鏡下手術支援ロボット「ダヴィンチ」。離れた所にいる執刀医が体内の立体映像を見ながら、遠隔操作での手術を可能にするロボットです。
 腹腔鏡手術では鉗子が直線的にしか動けませんでしたが、ダヴィンチの4本のアームには人間よりもはるかに稼働範囲の広い関節があり、繊細かつ複雑な動きにも対応します。さらに、手ぶれ補正機能がついているので、周りの正常な血管や神経などを傷つけずに腫瘍や臓器を正確に緻密に摘出することができます。この手ぶれ補正、なんと米粒に字を書くことができるほどの精巧さです。
 秋大病院では平成24年10月にダヴィンチを導入、同年12月より実際の手術での使用を開始しています。泌尿器科での前立腺がんや早期腎がんの手術はこのダヴィンチによって行なわれています。また日本でもいち早く、膀胱がんに対する膀胱全摘除や腎尿路の先天異常に対する手術にもダヴィンチを使った手術を行い、良好な成績を収めています。今後は泌尿器科だけでなく外科系各科で利用範囲を広げていく予定です。

ダヴィンチを使用した手術の様子

 ダヴィンチは、患者さんはもちろん術者にも優しいと話す羽渕教授。長時間に及ぶ手術後の肩や腰、手首の疲れも軽減されたと言います。ダヴィンチの欠点を挙げるとすると、触覚を感じられない点だそうです。
「我々のように開腹手術を経験している医師は、実際に手で臓器に触れた感覚を覚えていますが、はじめからダヴィンチで手術の勉強をスタートする若手の医師は、実際の臓器の硬さや柔らかさ、どのくらい引っ張ったら切れてしまうかという感覚をつかむことが難しいかもしれません。しかし、これまでダヴィンチのような手術支援ロボットの開発と販売はアメリカ企業の独占だったのですが、今後は日本製も登場してくると思われます。日本の工業力を持ってすれば、触覚を感じ取れるような技術の開発も可能になるでしょう」また、現在、羽渕教授はダヴィンチでの手術が開腹手術と比べ、患者さんの負担がどのくらい軽減されたのかを指標とした研究をしています。

 秋大病院は全国でもトップクラスの腎臓移植件数を誇ります。
 輸血は血液型が異なるとできませんが、臓器移植に関しては、免疫抑制剤の進歩により可能になったとのこと。それにより最近は夫婦間での移植が多くなっているそうです。この場合、高齢者同士の移植となるケースが多く、ドナーの身体の負担も大きいそうですが、現在は5~6cm程の切開のみで(単孔式腹腔鏡手術)腎臓の摘出ができるようになりました。ドナーは翌日から食事や歩行ができるため、早期退院が可能となっています。羽渕教授らはこの単孔式腹腔鏡手術を日本で2番目に成功させ、さらに効率化と安全性向上を進めました。
「今では私どもの手術方法を学び、この術式を取り入れる医療施設も少なからず出てきています」

同じ主治医が一貫して診察にあたることができる診療科

 「医療には宇宙以上に広いミクロの世界があります。また、ロボット手術や薬剤の開発が進み、どんどん新しい概念が出てきています。秋田大学医学部は診療・研究・教育、すべてにおいてバランス良く高いレベルを維持できるように取り組んでいます。関連病院での研修や海外留学も、選択肢が豊富です。
 泌尿器科をはじめとして、多くの診療科は全国的にも増員の要望があるにも関わらず、医師不足の状態です。中でも、エキサイティングでチャレンジする領域が広い泌尿器科は、とてもやりがいのある診療科です。高校生の皆さんには、是非、医師を目指してほしいですし、機会があれば、泌尿器科を選択してもらいたいですね」

 疾患の発見に始まり、診断、治療、その後のフォローアップまでを、他の科に移ることなく同じ主治医が最初から最後まで一貫して診療にあたることができる泌尿器科。まさに医者冥利に尽きる診療科なのではないでしょうか。

泌尿器科学講座 医員の声

本間 直子 医員

 医学部に入学して間もない頃に血液透析の現場を見学する機会があり、血液透析を泌尿器科が担当していることを初めて知ったことが、泌尿器科に興味を持つきっかけです。その後、臨床実習で見た先輩の手術手技の鮮やかさや、疾患の幅広さに惹かれ、患者さんを最初から最後まで診ることができるやりがいのある科だと実感して、泌尿器科を選択しました。
 現在、秋大病院を中心に臨床医として勤務しております。同時に社会人大学院生でもあり、腎がんの分子標的薬に対する治療効果を予測する『バイオマーカー』の研究もしています。簡単に言うと、薬がどのような患者さんに効くのか、副作用の起こりやすさなどを予測する因子を探索しています。ご協力いただいた患者さんの血液からいろいろな物質を抽出して濃度を測り、治療前後で比較したり、採取した腎がんの組織を特殊な染色をして調べたりもしています。

 泌尿器科では、腎臓移植を必要とする腎不全や、腎臓や膀胱のがんのような重い病気から、排尿障害などの比較的身近な病気まで扱っています。また、赤ちゃんからお年寄りまで、幅広い年齢層の方を診療しています。特に女性の患者さんは、泌尿器科にはなかなか受診しにくいと思うのですが、私のように女性の泌尿器科医もおりますので、お気軽に受診していただければ、積極的にお力になりたいと考えています。

 これから医学部への入学を考えている方へ、医学生になったら学生のうちは医学だけに留まらず、幅広くいろいろな知識や教養、経験を身につけておくことを(自らの反省も込めて)お勧めします。高校生のうちは、将来の具体的な進路を想像するのは難しいと思いますが、医学部は臨床医としての道以外にも、基礎医学研究者になるなど幅広い選択肢があり、活躍の場は多岐に渡ります。本学医学部でもオープンキャンパスを行なっているようですので、実際の現場に触れる機会としてぜひ活用してみてください。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
医学専攻 腫瘍制御医学系
教授 羽渕 友則 Tomonori Habuchi
  • 京都大学 医学部 1986年03月卒業
  • 秋田大学医学部附属病院 病院長
  • 秋田大学医学部附属病院泌尿器科 診療科長
  • 秋田大学大学院医学系研究科 腎泌尿器科学講座
  • 泌尿器科専門医・指導医
  • 泌尿器腹腔鏡技術認定医
  • 日本内視鏡外科学会技術認定医
  • 日本がん治療認定医機構暫定教育医