秋田大学研究者 柴山敦教授

Lab Interview

身の回りにある"ナゼ"には、日常を豊かにする色々な「タネ」が詰まっている

雪国秋田に根ざした研究

 秋田に限らず積雪の多い寒冷地は、ウィンタースポーツや雪国独自の冬まつりなど、雪や寒さの恩恵を少なからず受けていますが、同時にさまざまな雪害や凍結被害にも見舞われています。身近なところでも除雪の苦労、道路や排水管の凍結など例を挙げるときりがなく、それらによる人的、経済的負担は地域住民のみならず、地方経済をも圧迫しています。

 秋田大学着任前、前職では1000℃もの高温環境下で動作するターボ機械の研究開発を行っていた小松准教授。現在は逆に氷点下の低温環境下における伝熱現象(熱の移動現象)についての研究に励んでいます。

 「秋田で研究をするからには、これらの問題に向き合う必要があると、雪深い地域で育った私は日頃から身にしみて感じてきました」と振り返る小松准教授。
 地域に根ざした研究をしたいという思いを募らせ、凍結や融解といった現象の工学的利用法や被害防止技術について、実験や数値シミュレーションを用いた研究に励んでいます。

ゼロエネ凍結抑制管「ツヨシ3」の開発

 積雪の多い寒冷地では、しばしば雨水排水管が凍結し、管破損や排水不良による建物内への漏水を引き起こしてしまうことがあります。防止策として、建物の高さ相当の紐状ヒーターを管内に仕込むという対策がとられています。しかし紐状ヒーターは氷との接触面が少ないため僅かな流路しか保つことができず枯葉などの異物が詰まったり、氷が溶けた際に円柱状の氷塊のまま落下してヒーターが断線してしまうと言います。この紐状ヒーターによる対策は、メンテナンスコストやランニングコストが多くかかるという問題点はあるものの、他に排水管の凍結・閉塞防止の技術がないため、広く採用されてきました。

 小松准教授は、紐状ヒーターに替わる解決策を生み出すべく、平成23~24年、秋田県の産学官連携推進事業として、電気などのエネルギーを使わず冬でも凍結しない排水管を、秋田県内企業と共同で開発しました。このゼロエネ凍結抑制管「ツヨシ3(さん)」の研究開発は平成24年度秋田わか杉科学技術奨励賞を受賞しています。

そもそも"ナゼ"凍るのか、"ナゼ"閉塞するのか

 そもそも"ナゼ"排水管は凍結して詰まってしまうのでしょうか?それはもちろん、『寒いから』なのですが、「ここで発想の転換です。『寒いから』ではなく『そこに水があるから』凍結するのです。そしてもし凍結したとしても"ナゼ"閉塞するのか。まずは実験を重ね、"ナゼ"凍るのか、"ナゼ"閉塞するのかを知ることから始めました」
 小松准教授は「凍結」という現象を当たり前に思わず、排水管の凍結閉塞のメカニズムを解明することにより、凍結抑制の開発に繋げられないかと考えました。

「ツヨシ3」の特徴的な内部構造

 水は0℃以下になると凍ってしまいます。しかし排水管を流れる水は0℃以上であれば、水は熱源と考えることができます。
 外側のステンレス製の丸い管と内側の塩化ビニール製の星形の管の二重構造を特徴とする「ツヨシ3」。水は星形の溝部分に集中するため流れが速く、温度低下も低減され、凍結が抑制されるのです。また、外側と内側の星形の隙間に空気の層を作ることで、保温力が増すとのこと。
 開発には多くの検証実験を要しました。-15℃の低温室内において、通常の排水管に7時間連続で水を流す実験では、発生したつららが次第に一体化していき、最終的に排水管が閉塞しました。しかし-25℃の低温室内で、「ツヨシ3」に同様の実験を行った場合は、水は凍らなかったそうです。
 また「ツヨシ3」は平成25~26年、あきた企業活性化センター等の支援のもと、北海道、岩手県、山形県の蔵王、秋田県鹿角市などの寒冷地でフィールド試験を行い、どの地域でも装着経過において管内閉塞が生じないという成果を得て、平成27年より商品化しています。

 「この研究には、"ナゼ"というキーワードが重要だと思っています。何事も当たり前と思わずに、"ナゼ"と疑問に思ったことを深く考えると、その中に日々の生活を豊かにする色々な"タネ"が詰まっていることがあります」と、小松准教授は研究に懸けた思いを振り返ります。
 身の回りにある"ナゼ"を深く追求することで、このように極寒でもヒーターが不要という新発想の排水管の開発に成功したのです。

不思議な融解現象を取り扱うシミュレーションモデルの開発

 「道路の融雪に関連した研究」からある現象を紹介したいと思います。
 普通は、温度が上がれば氷は溶けますが、ある環境下では、氷は溶けながら温度低下することがあると言います。その環境下というのは、例えば凍結防止剤(塩化カルシウムなどが代表的)が撒かれた道路の凍結路面です。
「たとえ氷点下であっても、氷は溶けることができます。氷と凍結防止剤の濃度差を打ち消すために氷は融解します。融解するためには、熱量(温度差)が必要です。氷と凍結防止剤の接触面(融解面)は周囲から熱量を奪うために、自発的に温度低下します。この現象は周囲が-5℃であっても生じるので、氷の温度は-5℃よりも低下しながら融解します」

 実際に-5℃の氷を濃度20%くらいの塩水の中に入れてみると、この氷は数十分後には-10℃~-15℃になりながら溶けていくと言います。小学生の頃に体験した「氷に食塩をかけると温度が下がる」という実験を覚えている方も多いと思いますが、それとまさに同じ現象なのだそうです。
「この不思議な現象を、理科の授業で習う『凝固点降下』という言葉だけで片付けてしまうと、この現象の本質は何も分かりません。"ナゼ"と問いかけなければ、その本質は見えてこないんです
 このような不思議な融解現象を取り扱うことができるシミュレーションモデルの開発も、小松准教授の研究テーマのひとつです。

常識にとらわれず、"ナゼ"を繰り返してみよう!

 学生には、常識にとらわれず"ナゼ"を突き詰めてほしいと繰り返す小松准教授。
「自分が分かっていることであっても、当たり前とか常識と決めつける前に"ナゼ"と問うことを繰り返してみましょう。"ナゼ"を繰り返すことで、『自分の理解が表面上だけの理解になっていないか』『ちゃんと本質を理解しているのか』『そもそも自分の理解が間違っていないのか』などが分かり、自分の理解度を深く知ることができるはずです」

 また、自分で答えることができない"ナゼ”に出会った場合、その答えを自ら調べてほしいと語る小松准教授。辿り着いた答えに対しても"ナゼ"と思う点がないか、よく考えてほしいと言います。
「"ナゼ"に対する答えが見つからなければ、あなたは幸運です。誰も答えることができない、どんな本にも載っていない"ナゼ"を発見できれば、そのなかに詰まっている"タネ"を取り出すのは、あなたなのかもしれません

 最後に小松准教授は、身の回りの伝熱現象に関するいくつかの"ナゼ"について問題を出してくれました。
・90℃のお湯に触れると火傷してしまいますが、90℃のサウナには入れます。"ナゼ"でしょう?
・童謡の「雪」の歌詞に“猫はこたつで丸くなる♪”とありますが、こたつの中で丸くなっている猫はいません。"ナゼ"でしょう?
・扇風機から出ている風の温度は、室温とほとんど変わらないのですが涼しく感じます。"ナゼ"でしょう?

小松研究室のメンバーと

 これらは確かに「当たり前」の一言で片付けられてしまいそうな現象ですが、実際に説明を求められると上手く説明がつかないものばかりではないでしょうか。
 小松准教授の話の中で、繰り返し発せられた"ナゼ"というキーワード。
 小松准教授は日頃からこのような"ナゼ"について考える好奇心と探求心を持ち続けることを大切にして研究に励んでいます。

小松研究室の学生の声

理工学研究科 システムデザイン工学専攻 機械工学コース 博士前期課程2年次
中條 哲宏 さん

 銅ナノ流体を用いた蓄熱促進に関する研究をしています。相変化を促進させるために、伝熱面積を拡大するフィンの取り付けと、熱伝導率の高い物質を充填するという2つの手法を併用したという点が、研究のポイントです。
 具体的には、フィンを取り付けた蓄熱容器内で銅ナノ粒子を充填した水を凍結させた場合の、フィン周りの凍結現象を数値的に解析し、フィンの枚数や銅ナノ粒子の充填率の最適化を図っています。
 元々熱や流体に興味があり、小松研究室へ入りました。高校生の皆さん、今やっている勉強でしっかりと基礎を固め、自分のやりたいことを見つけて好きな道を進んでください。

理工学研究科 システムデザイン工学専攻 機械工学コース 博士前期課程1年次
石川 智章 さん

 ダイナミック型蓄熱装置を参考に実験装置を作成し、蓄熱装置の性能向上を目的に研究しています。ダイナミック型蓄熱装置とは、水溶液を凍結させ、それを融解する時の冷気で室内を冷房するシステムです。凍結状態を初期状態として、融解させていった場合の液相の変化を見ています。
 大学は、入学後に何をするかが大事だと思っています。大学院に進むと、TA(ティーチングアシスタント)として人に教えるという良い経験もできます。高校生の皆さん、入学だけで満足せず、未来の自分の姿を描きながら頑張って下さい。

理工学研究科 システムデザイン工学専攻 機械工学コース 博士前期課程1年次
会津 陵太 さん

 中條さんの研究内容と似ているのですが、私はフィンの材質に注目してみました。実は、使用するフィンの体積分だけ、PCM(相変化物質)の量は減ってしまうのです。そこで、発泡金属というプツプツと穴が開いてる金属を採用してみました。通常のフィンと比較し、どのように効果が変わってくるか評価するために、数値解析的に検討を行っています。
 将来進む道は、具体的にはまだ決めていませんが、私は秋田県出身なので、秋田県に貢献できるような技術者になりたいと考えています。

理工学部 システムデザイン工学科 機械工学コース 4年次
西根 翔太 さん

 急拡大管と呼ばれる、細長い管から急に太い管に拡がる形状の管があります。流体が太い管に拡がる時に渦が発生するのですが、その渦がエネルギーを損失する原因のひとつになっています。渦の中に小さい物体を置いて遮ったり、加熱して渦を消す等の方法を試し、数値解析を基に検証しています。
 私は大学入学時、まだ具体的な将来の夢が決まっていませんでしたが、今は設計や開発の仕事に就きたいと考えるようになりました。機械工学コースは就職の道も広いので、まだ具体的に将来の夢を決められていない人にもおすすめのコースです。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科
システムデザイン工学専攻 機械工学コース
准教授 小松 喜美 Yoshimi Komatsu
  • 秋田大学 鉱山学部 機械工学科 1998年03月卒業
  • 秋田大学 鉱山学研究科 機械工学専攻 博士前期課程 2000年03月修了
  • 三菱重工業株式会社を経て、2005年より秋田大学
  • 2005年 IPEC2005にて3rd prize paper award 受賞
  • 2012年 秋田わか杉科学技術奨励賞 受賞