秋田大学研究者 寺田 幸弘教授

Lab Interview

命の流れとまだ見ぬ命を、慈しみ愛する。これが産婦人科医の心得です

命の始まりの不思議

 産婦人科医療は人の生涯を通して関わることができる女性の総合診療です。
 精子、卵子から始まるヒトの命の萌芽を扱う生殖内分泌学不妊症学、妊娠成立から出産、産後までを扱う周産期医学、そして思春期から中高年期までの女性の健康を管理する女性医学、さらには女性生殖器に発症する種々の腫瘍などに立ち向かう婦人科腫瘍学。これら女性の一生に関わるすべてを、トータル的に診療できる、他にはない分野であるといえるでしょう。
 寺田教授は、本質的な原因や治療法が不明な部分もある、「不妊症」に対して、生殖補助技術の観点から解明と治療法の研究をしています。生殖補助技術とは、体外受精や卵子・胚の凍結保存などの医療技術の総称です。
 一般的な不妊症の治療として、人工授精と体外受精があります。現在、秋田大学医学部附属病院では、年間400件の体外受精を行っており、秋田県内の症例数の7割を占めています。

 まずは「人工授精」と「体外受精」。混同しがちな、ふたつの治療法の違いから。

  • 人工授精(AIH)・・・排卵日に、元気な精子をタイミングよく子宮内に注入する。
  • 体外受精(IVF)・・・卵巣から取り出した卵子を、精子と受精させてから培養し、受精卵を子宮内に戻す。

 体外受精の手法はいくつかありますが、そのひとつに受精卵を凍結保存しておく方法があります。医師が卵巣から取り出した卵子を、胚培養士が受精させて培養。そして受精卵を凍結保存しておくのです。凍結保存された受精卵を解凍し、移植することで、できるだけ自然に近い形で妊娠することができます。

 また、年齢による体外受精成功率は35歳からなだらかに低下し、40歳からは著しく低下が進みます。これは加齢による卵子の質の低下が理由と言えるそうです。海外では卵子提供が許可されています。例えば、若い女性の卵子を用いて体外受精し、40代の女性の子宮に移植するといった方法です。
 実は、20代と40代の卵子の違いはまだ解明されていません。被検動物として頻用されるマウスと人はイコールではなく、研究用として人の受精卵を確保するのは容易ではありません。男女ともに40代ともなれば色々な体の不調や病気が発症する頃です。自然妊娠の場合でも、20代と40代では母体が赤ちゃんを受け止める力が違うため、医師は気を緩められません。

妊婦と未来の赤ちゃんを守るための先進医療

東北唯一「子宮腺筋症核出術」

 婦人科で行う先進医療のひとつとして「子宮腺筋症核出術」があります。
 子宮腺筋症は、本来は子宮内部にできるはずの内膜が別の場所にできることです。月経困難や流産、早産、不妊症等の症状を引き起こします。従来は子宮全摘出を余儀なくされた疾患でしたが、子宮腺筋症核出術では、高周波切除器で病変部分のみを切除します。秋田大学医学部附属病院は、東北では唯一となる、全国で4番目の子宮腺筋症核出術を行う先進医療施行施設として認定されています。

未来に希望を残す「がん生殖医学」

 がん生殖医学においても、東北地区の大学病院の中でも先んじて取り組んでいます。
 がん治療で用いる抗がん剤の副作用で、将来妊娠を希望している患者さんの卵子がダメージを受けてしまうことがあります。その対策として、抗がん剤使用前の卵子を採卵しておく方法があります。若い患者さんの場合は、腹腔鏡により卵巣を片方だけ切除して、凍結保存しておきます。
 この医療は未だ研究段階の側面があります。しかし、未来に妊娠の希望を残しながらがん治療に挑めることは、若年がん患者の女性にとっての励みになるはずです。女性にとってかけがえのない妊よう性(妊娠する力)を守るため、寺田教授らも日々研究に励んでいます。

妊娠と、心の健康

テンダーラビングケア

 長期の不妊治療や習慣流産でなかなか妊娠できない・・・。そんな時、女性はかなりの精神的ストレスを受けてしまうことがあります。望んだ結果がでない場合は、医師、心理カウンセラーが患者さんと良く会話し、共感し、カウンセリングすることが大切だと言われています。メンタルケアを受けたか受けていないかによって、結果が変わることがあるそうです。
 また、がん患者さんの場合も、卵巣を凍結して将来の妊娠に備えている方は、長期的に病気の予後も良くなっていくと思われます。未来へ希望を持ちながらの前向きな闘病は、治療結果へも良い影響を与えることがあるようです。
 このように、女性の心の健康と妊娠、婦人科系疾患には、密接な関わりがあります。寺田教授はこういった女性の長期的なライフスタイルも考慮し、QOLの向上にも励んでいます。

「妊娠しても大丈夫」な体に

 不妊症治療として遺伝子に手を加えたり、遺伝子の異なる他者の細胞のミトコンドリアを卵子内に注入するなどの治療介入は次世代にも影響し、慎まなくてはいけないと考えられています。
 女性の方は、月経不順の時を思い浮かべてみてください。原因として考えられるのは、ストレスや、急激な体重の増減などではないでしょうか。これは体が妊娠を拒んでいるということなのです。
妊娠してはいけない体の状態で妊娠した場合、妊娠高血圧などを引き起こし、脳出血などの恐ろしい合併症がおこるリスクが高まります。安全な妊娠・出産のためには、なるべく自然に「妊娠しても大丈夫」という体に整える必要があります。これを「プレコンセプショナルケア」と呼びます。

 例えば「多嚢胞性卵巣症候群」というなかなか排卵しない疾患があります。プレコンセプショナルケア的な対応のひとつとして、糖尿病の薬を飲むという方法があります。なぜかというと、多嚢胞性卵巣症候群の一部の方は潜在性の糖尿病であり、高血糖状態で妊娠すると、先ほど述べたように様々なリスクが絡んできます。その結果、体が「妊娠してはいけない状態」と判断し、排卵を止めてしまうことがあるのです。
 「このことから、無理やり妊娠することはあまり良いことではないと分かりますね。プレコンセプショナルケアはとても大切なことなのです。将来、暮らしやすい社会になれば、自ずと出生率も上がるのではないかと思います」
 穏やかな環境と心身の健康を整えることは、元気な赤ちゃんを授かるため、そして健康で豊かな未来へと繋がっていきます。ライフプラン設計の上では、見逃せない考え方ではないでしょうか。

大切なのは、まだ見ぬ命を慈しむ心

 「傍から見れば、秋田で産婦人科医になっても、お産が減ってきているし働き口がなくなるのではないかと思われるかもしれないですが…。人が生きている限り、必ず必要な領域です。産婦人科医療では、卵子と精子から始まるヒトの命の流れに展開される、さまざまなシーンに巡り合うことができます。これは人類の存続に必要不可欠であり、その流れを見守りサポートする産婦人科学は、崇高かつ大きな魅力を秘めた仕事であり、学問です。次の世代に繋がっていく、スペシャルな仕事といってもいいでしょう」
 産婦人科医になるために必要な要素は、健全な心と、多少のことではへこたれない健康な体。そして何より大切なのは赤ちゃんを慈しむ心であると、寺田教授。心身を鍛えて次の産婦人科医療を担って欲しいと、これからの担い手への想いを語ってくれました。

 途切れることなく連綿とつながる命の流れへの畏敬。そして女性の一生、まだ見ぬ命を尊び慈しみ、愛する心を原動力に、寺田教授ら産婦人科医の取り組みも、終わることなく続いていくことでしょう。

産婦人科学講座スタッフの声

 「産婦人科の仕事はチーム医療である」と寺田教授は話します。お医者さんが一人でお産を扱っているわけではありません。医療は細分化・専門化されてきているので、助産師、臨床心理士でなければできないことがたくさんあると言います。秋田大学医学部附属病院産婦人科医の亀山先生と、胚培養士の安西さんにもお話を伺いました。

産婦人科医 亀山 沙恵子 先生

 産科を中心に、妊婦健診などの外来や入院中の診察、分娩の立ち会いなどの業務にあたっています。研究内容としては、超音波や周産期のメンタルヘルスが専門です。
 妊娠~出産・子育ての期間は女性にとって様々な精神的ストレスが加わる時期でもあります。妊娠をプラスに捉える方がほとんどですが、そうではない方もいらっしゃいます。また、不妊治療でやっと授かったとしても、妊娠中のトラブルに見舞われることもあります。出産してからも、今までの生活とのギャップに苦しんでしまう方もいらっしゃいます。
 周産期のメンタルヘルスでは、妊娠中や、出産後・育児中のお母さんに対する精神面でのケアを行います。妊娠中のメンタルは、育児にも影響するといわれています。精神的疲労が、産後うつや児童虐待につながらないよう、妊娠中から心のケアを充実させていきます。

 産婦人科医として働いていると、毎日が素敵です。初期から妊婦健診で診ていた患者さんが、無事出産して退院してくれることが一番嬉しいです。家族の誕生という素敵なできごとに携われることは産婦人科ならではの醍醐味ですね。出産は苦労もありますが、皆さん本当に素敵な笑顔で、いい顔をしてくれます。

 今は将来が見えなくても、目の前にあることをやっていけば、何か見えてくるものがあるのではないでしょうか。勉強も大事ですが、様々な経験を積むことも大切です。迷ったら少し立ち止まりながら、色々なことに興味を持ってチャレンジして欲しいですね。

胚培養士 安西 実武貴 さん

 胚培養士という仕事を初めて聞く方もいらっしゃるかと思います。胚培養士とは、不妊治療でいらした患者さんの卵子を育てていく仕事です。卵子を取り出す作業(採卵)はお医者さんが行いますが、取り出してから人工的に受精させて培養するのが、わたしたち胚培養士の仕事です。インキュベーターと呼ばれる、体内に近い環境をつくることができる培養庫の中で、採取した卵子を育てます。培養液が入ったシャーレの中に採取した卵子を数個入れておくと、卵子が育っていきます。体外受精の場合は、卵子を取り出し人工的に受精させ、受精したことが判ったら、子宮の中に戻します。また、人工受精の時に使う精液調整も行っています。濃くするなど、妊娠に良い状態へと調整します。
 まとめると、裏方さんとして、生殖補助医療を支えているという感じですね。携わった患者さんが無事お子さんを授かることが、胚培養士としてのやりがいです。

 大学は農学部で、動物の卵子と卵巣を使った実験をしていました。当時の研究室の先生から胚培養士の仕事を紹介されたことがキッカケです。それまでは、胚培養士という仕事があることも知らなかったですね。人の役に立つ仕事に就きたいと考えていたこともあり、研究分野でもあったのでこの道に進みました。
 自分がやっていることから少し外れたところで、私のように別の面白さを発見できるかもしれません。視野を広げて周りに目を向けてみるのも、良いのではないでしょうか。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
医学専攻 機能展開医学系 産婦人科学講座
教授 寺田 幸弘 Yukihiro Terada
秋田大学研究者 寺田 幸弘教授