秋田大学研究者 眞壁 幸子准教授

Lab Interview

異職種連携と国際的視野で、日本の高い看護の質を世界へ

理美容院を健康チェックの拠点に

 人口あたりの理美容院数が全国一の秋田県。「美容・理容・健康」はお互いに関わりが強く、健康が美容にも影響すると考えています。一方で眞壁准教授ら医療関係者は「病気」と「健康」を近いものと考えています。両者は「健康」という共通意識を持っています。

 眞壁准教授が力を入れる「理美容院プロジェクト」では、「理美容院を活用して高齢者がいかに健康に生きられるか」をテーマとして検証を行っています。
 まずは可能性を知るために、高齢社会という共通課題を持つタイ王国と日本の理美容院それぞれ100店舗を対象にアンケート調査を行いました。「健康に対する意識」「健康に関してすでに提供していること」「保健医療との共同の可能性」について理美容師に対して調査したところ超高齢社会であるためか、特に日本には健康に対する意識がとても高い理美容院が存在することがわかりました。東京と秋田では先駆けて「ケア理美容師(福祉理美容士)」を養成するコースがあります。ケア理美容師資格を所持している理美容師の方たちは、店内をバリアフリーにしたり、病態を理解した上でのケアの提供をすでに行っています。
 「地域資源の活用が上手く、同じく高齢化に向かうタイ王国と国際共同研究を行うことで、日本が失ってしまった、かつ日本がこれから必要としている部分を学べると考えました。また、両国の理美容師は自身の職業に誇りを持ち、新たな情報を習得したいという意識が強いことに感銘を受けました」と眞壁准教授は話します。

歩行速度を図るストップウォッチと握力計

 この調査結果を受け、第2段階として、理美容院の利用者を対象とした健康チェックを行いました。秋田市内5店舗の理美容院が、本プロジェクトに賛同しました。プロジェクトに協力する理美容院では、利用者のうち希望者に対して「フレイルチェック」と呼ばれる健康アンケート調査を行います。「フレイル」とは「身体の弱さ」のことであり、調査項目は、握力や歩行速度の計測や、理美容師による日頃の運動量の聞き取りです。眞壁准教授によって「フレイル」と判定された方には最寄りの地域包括支援センターを紹介していました。アンケートを受けた利用者自身も、いくら食生活や生活習慣を気を付けても、体を動かして代謝をあげていかなければ健康にはなれないと気付く方も多いと言っていました。

 「理美容院は定期的に通っていただける場所なので、健康チェックをしやすい環境にあります。また、一人のお客様と長時間接するので、顔を見たり頭髪を触るだけで、なんとなく不調を感じ取れる時もあります。眞壁先生から直接お誘いいただき、良い形でコラボレーションができると思い、即賛同しました」と話すのは、以前から医療関係者とのコラボレーションを構想していた、美容師の齊藤 秀文さん。齊藤さんを含め、現在このプロジェクトに参加中の理美容院のオーナー3名にお話を伺いました。

サロンドGú(グー) 齊藤 秀文さん

 もともとお客様の健康に対して関心を持っているサロンは、このプロジェクトには参加しやすいと思います。参加を機に、「普段どのくらい歩いていますか?」等、健康に関するお話を積極的にするようになりました。今まで以上に健康相談を受けることも増えたので、もっと学ばなければならないと思っています。
 私達理美容師は常に人と接しているので、自然と「今日元気ないな」「今日顔色悪いな」という変化に気付くことがあります。この事が、病気の早期発見の助けになるのではないかと考えます。お客様の具合が悪かったりお元気が無いのは忍びないので、お互いに健康で長生きできたらいいですね。

福祉理容店 幸のとり 村田 薫 さん

 本来は何十個も項目がある「フレイルチェック」ですが、理美容院で使いやすいように、簡易的に短時間でお答えできるような形式にしています。表記項目のわかりやすさについては、眞壁先生と議論を重ねました。
 小さい頃からお世話が好きで、今は福祉理容師をしております。対象は40~70代となってはいますが、40代未満の方でも特に女性は美容に対する意識も高いので興味を持ってくださったり、身体を動かしてみようと思われる方が多いです。

美容室ITOYA(イトーヤ) 伊藤 弘美 さん

 理美容院は一人のお客様と触れ合う時間が長いので、色々な相談も受けますし、店内に健康に関するものを置いておくことで話題作りにもなります。握力計は学生以来やったことがないという方がほとんどで、とても反応が良かったです。お客様自身も、自分の健康状態に気付く良いきっかけになります。また、日頃からメンタルケアや心のお悩みにもお応えしています。
 40代後半にもなってくると、不調を感じるものの、どの病院へ行けばいいのか、一人では分からないということも相談されます。そういった点でも、このプロジェクトを更に活かしていけたらと思います。

 「理美容師の方々の仕事に対するプライドや専門知識や認知力の高さ、健康に対する意識や衛生面での知識の豊富さなどを学ばせていただきました。賛同していいただける理美容院とタッグを組みながら、社会に還元できる研究ができればと考えています。このプロジェクトは市民性が高く、誰でもこの重要性を共感してくれる面白さがありますね」
 可能な限り多職種と共同すること、そして他国との比較の中で日本の課題を明確化し、今までにない新たな解決策を産み出していきたいと、眞壁准教授は理美容院プロジェクトの今後に期待を込めます。

いつでも、どこでも、誰でも使用できる洗髪(髪を洗う)パッド

 眞壁准教授はイギリスでの9年を含め、14年間看護師として務めてきました。看護師になった当初は、今ほど医療設備が充実していなかった時代。患者さんの髪をベッド上で洗う場合は、吸水性の高い紙おむつを頭の下に敷いて洗髪することがあったといいます。しかし、紙おむつを使って髪を洗う事に対する戸惑いや、当人やご家族の気持ちを考えると気持ちの良いものではなかったと振り返ります。
 そして、現在でも紙おむつを使用する風習は続いているそうです。専用の洗髪用具もありますが、少し大掛かりでコストも高く、排水が困難でした。そこで眞壁准教授は「いつでも、どこでも、誰でも使用できる洗髪パッドの開発」を目指し、産学連携共同研究として平成27年から研究を始動しました。

企業と共同開発研究中の洗髪パッドの試作品。枕ほどの大きさ。

 紙おむつのギャザーは股関節の形に合わせている反面、本開発品においては首の湾曲に合ったギャザーにして襟元からの水漏れを防ぐことを目指しました。また、紙おむつは排尿ポイントのみに吸水ポリマーが入っているのに対し、洗髪パッド吸水面は広く大きく設計されており、水分を十分に吸い取ることができます。
 試作品を実際に病棟で使用してもらい、紙おむつと比べてどうか、使い勝手はどうかなど意見を聞き、改良を重ねてきました。吸水力や大きさが好評で、紙おむつよりも倫理的な抵抗感がないという肯定的な意見を得ています。現在は大量生産するにはどのような改良が必要か、次の段階としての大規模調査に向けての検討が重ねられています。

 「今後介護量が増加し、介護者側がプロではなくなる時代が来たとしても、この洗髪パッドは誰でも簡単に使用できます。排水作業がないので布団の上でも髪を洗うことができ、使用後はそのまま捨てられるという簡便さも利点です。使い切りのため感染予防にもなります。このような商品が、病院や在宅介護でも活用される世の中になればいいと考えています」

日本の高い看護の質で、社会にインパクトを!

 これから看護の道を目指す方には、看護はすばらしい仕事であることを伝えたいと話す眞壁准教授。看護職は自身を成長させ、病院だけではなく在宅、研究、海外等、自分次第で様々な活躍の場があるといいます。
 「現時点で知識や技術は少なくても、学ぶ意欲とコミュニケーション能力が高ければ、長い職業人生で、必ず困難と同等の希望が得られるものだと、私は信じています。困難にぶつかることもあるかもしれませんが、『挫折は財産』です。雑草のような精神を持てる人になってもらえるような教育をしたいと常に思っています」

 眞壁准教授には、秋田大学着任時からの抱負として、社会にインパクトを与えられる者を多く輩出したいという思いがあります。また、研究は論文のためだけにあるのではなく、研究の成果とは課題が解決されることであると意識し、日々研究に励んでいます。
 「世の中には多くの課題があり、特に秋田には課題が山積しています。秋田の問題を解決をすることが、世界への還元になると考えています。前例のある研究の方が成功率は高いですが、それでは何も変えることはできません。独創的な研究は失敗もつきものですが、恐れずにチャレンジをしていきたいと思っています」
 国際交流センターの副センター長でもある眞壁准教授は、若手研究者が国際共同研究に取り組むための支援にも積極的です。イギリスでの臨床経験を活かしながら、海外と日本の双方を深く理解し、日本の質、秋田の質の高い部分を世界に発信していくことが、自身の使命であると語ります。

研究室の学生(4年次生)の声

 眞壁研究室での研究を終えた4年次生に、研究の振り返りや抱負を伺いました。眞壁准教授の教えが、しっかりと彼女たちに伝わっているように感じます。春からは医療現場の一員となり、それぞれの道を歩み出します。

東海林 志帆 さん

 私は「臨死期の看護におけるシミュレーション教育の学び」というテーマで、現場のシミュレーションを行いました。私達学生は経験が浅いため、実際の看護現場の難しさや大変さを身に沁みて学ぶことができました。シミュレーション教育を通して、経験の少なさが少しでも補えるのではないかと思います。
 看護師という仕事は「死」とは切り離せない、責任のある職業です。今後臨床の場に出た時に、シミュレーションで学んだ経験を役立てたいと思っています。

中村 友香 さん

 私は「集中治療室の家族の代理意志決定支援」というテーマで研究をしています。文献検討という、今まで出た文献をまとめて1つの論文にするという研究方法なのですが、論文の読み方や、伝えたい事を噛み砕き要約して論文にするプロセスを学ぶことができました。違う見方をすると応用的な内容だったりしたので、今後働く上でもこのようなものの見方は非常に役に立つと感じました。
 これからはどの診療科に配属になっても、患者さんに寄り添う気持ちを大切にしながら、自分が理想とする認定看護師や専門看護師などを目指していきたいと思います。

武田 里英 さん

 私の研究テーマは、「新人手術室看護師の成長に関する文献検討」です。大学に入って研究をするとは思いもしなかったので驚いたのですが、研究を行ったことにより、根拠はどこにあるのかなどを深く学ぶことができました。また、皆で研究を行うことでシミュレーションやアンケートなど、他の研究方法も学ぶことができたので、非常に幅が広がりました。
 卒業後の配属先は決まっていないので、卒業研究のテーマだった手術室の看護師としてではないかもしれませんが、自身の成長を感じつつ、これまでの経験を活かしていきたいと思います。

上木 公美 さん

 私は「海外出身の医療系学生が実習において抱える困難と学び」というテーマで研究しました。医学部の留学生の方たちにインタビューをして、出身国が違うことで抱える困難と、実習を通しての学びを調査しました。コミュニケーションの方法や言語の違いで、様々な困難を抱えていることを知りました。
 卒業後は訪問看護師として頑張っていきます。新卒でその道へ進むのは秋田県内でも前例がないようなので、進路を決める際にとても悩みましたが、先生の手厚いサポートのおかげもあり、無事に内定をいただくことができました。海外出身の患者さんや、他の医療従事者との関わりが多くなると思うので、研究を通じて学んだことを活かしていきたいと思います。

西野 千賀 さん

 私は「18歳未満で家族をがんで亡くした看護学生の思い」について研究しました。初めにアンケート調査をして、その後、家族を亡くした経験のある看護学生にインタビューをしました。論文作成では、家族のがんを子供に伝えることについて焦点を当てました。私も祖母をがんで亡くしたのですが、初めからがんだと知らされていた方が気持ちに整理がついたのではないかと感じた体験があります。そこで、がん告知をすべきであるという考えを深めるための研究をしたことによって、今後の臨床にも活かせるお話をたくさん聞くことができたので、とても充実した研究ができました。今後、がん患者の方にもっと深く関わり、支援をしていけたらと思います。

研究室の学生(3年次生)の声

 そしてこれから眞壁研究室で研究を始める3年次生。実習を終えての思いと、研究への意気込みを語ってくれました。

佐々木 玲奈 さん

 急性期と慢性期の実習を行い、今まで自分が経験したことのないような病状の患者さんが副作用などで苦しむ姿を見て、自分は何もできていないと悩んだ事がありました。しかしその患者さんに「あなたがいてくれるだけで心強かった」と声を掛けていただき、側にいるだけでも支えになれたという事を実感できました。将来は患者さんの心理面の支えとなれる看護師を目指したいです。今後眞壁先生の研究室では、看護学生の自己肯定感など、心理的な分野を研究したいと考えています。

駒井 美咲 さん

 私はがん看護に興味があり、将来もがん看護の専門の道へ進みたいと考えています。終末期の患者さんが亡くなった後の、ご家族・周りの方への支援や、患者さんのセクシャリティに関することを眞壁先生の研究室で学びたいと思っています。
 セクシャリティにおいては、患者さんが終末期であるからとか、高齢になるほど性生活が活発ではないという医療者の決めつけだけで話が進んでしまうこともあるようです。それが患者さんを傷つけてしまったり恥ずかしい思いをさせてしまうのではないかと感じ、もっと知りたいと思いました。

臨床看護学講座スタッフの声

 18歳未満の子どもを持つがん患者(親)の困難と希望の現状という、今まであまり調査されていない領域に挑むのは、助教の赤川祐子先生。眞壁研究室にて博士課程前期課程を修了しています。今後の展望も含め、お話を伺いました。

大学院医学系研究科 保健学専攻 臨床看護学講座 助教
赤川 祐子 先生

 大学院では、18歳未満の子どもを持つがん治療中の患者さんの研究をしました。
 子どもを持つ親は、がんによって親役割に制限が生じ、生活の不便さによりつらさを感じている一方、子どもがいることで親としての存在意義を感じ、希望を持って治療を継続しているという結果が出ました。
 また、子どもを持つがんの患者さんは、他のがん患者さんよりもQOL(Quality of Life)が低いという結果が得られました。それには、親役割遂行の難しさから自己価値が低下することも考えられたので、支援が必要だと思っています。本研究の結果は、「CLIMB®(クライム)プログラム」というがんを治療中のお父さんお母さんを持つ子どもたちへのサポートプログラムで活かしていきたいと思っています。

 大学卒業後、東京のがん専門病院などでの看護師勤務を経て秋田へ戻り、現在の仕事に就きましたが、今後も研究者としての活動をしていきます。現在は幼いお子様をお持ちの患者さんからの相談もかなり多いので、支援を実践しながら、研究を進めていきたいと思っています。
 今後はがんになった親やその子どもたちが安心して暮らせる社会体制をつくりたいです。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
保健学専攻 臨床看護学講座
准教授 眞壁 幸子 Sachiko Makabe
秋田大学研究者 眞壁 幸子准教授
  • ロンドンサウスバンク大学 看護学部 2006年08月卒業
  • 秋田大学大学院 医学系研究科 看護学 修士課程 2009年09月修了
  • 大阪大学大学院 医学研究科 看護学 博士課程 2015年03月修了
  • 【所属学会・委員会等】
    日本がん看護学会、日本混合研究法学会、East Asian Forum of Nursing Scholars、日本看護科学学会、日本看護研究学会、日本看護学教育学会
  • 秋田大学研究者総覧 眞壁 幸子