秋田大学研究者 渡邊博之教授

Lab Interview

新しい画像技術で目に見えない心臓を診る

循環器系疾患の診断に欠かせないエコー検査

写真1:心臓の中に渦が発生している様子

 渡邊教授が所属する秋田大学循環器内科では、3つのチームに別れて研究を行っています。1つ目は心筋虚血チームです。心臓に栄養を与える「冠状動脈」と呼ばれる血管が詰まると、心筋梗塞になってしまいます。また、冠動脈が細い状態に陥ると、胸が痛くなる狭心症になります。そのような病気を未然に防ぐため、冠動脈の機能や動脈硬化の度合いの観察を行う臨床研究をしています。2つ目は不整脈チームです。主に心房細動の発症や再発をどのように抑えるか、ということを研究しています。
 3つ目はエコー検査を用いた心血管病態にかかわる研究をしています。心臓や血液の様子はエコー(=超音波)で観察します。心臓の動きだけでなく、血流やそのスピードもリアルタイムに見ることができます。その情報をもとに、心臓のどの部分が狭いか、血液の逆流があるかなどの症状を捉えることができます。昔は聴診器を当てることでしか診断できなかったものが、今は全国どこの病院でもエコーを用いることで、心臓の動きを簡単に診断できるようになっています。エコーは循環器系疾患の診断において欠くことができない存在だ、と渡邊教授は話します。

心臓に発生する渦から病気を臨床的に発見し、医学的に読み解く

写真2:赤と青で色づけられた血流


写真3:ペースメーカー植え込み後の心臓内の渦

エコーでは、体表のプローブから体内の組織に超音波を当て、組織から跳ね返ってくる信号を読み取り、白黒で表示します。その白黒の画像に重ねて色を付けることで、血流の方向を区別しています。これは、カラードプラと呼ばれる方法です。赤と青で色付けけられたエコー画像から、心臓の中で血液の逆流が起こっているかどうかを判断しています。
例えば、カラードプラ法(写真2参照)を用いて血流の向きを見ると「弁膜症」であることが読み取れます。弁膜症は、心臓にある4つの弁(ドアのような役割)の機能に異常が起こることで、血液の流れが悪くなったり逆流したりする病気で、心不全を引き起こすことがあります。
 心臓の中では、血流に応じて渦が発生しています。カラードプラ法を応用し、その渦を可視化する技術を「VFM(Vector Flow Mapping)」と呼びます。
 健康な方の心臓にも渦は発生しますが、病気があると渦の形や大きさ、強さなどが変化するそうです。渡邊教授はその渦の出現を見て、病態との関連性を研究しています
 「フィギュアスケートを見ても、3回転半か4回転なのかはわかりませんよね。しかしフィギュアスケートのプロはわかります。それと同じように、私たちはエコーを毎日見て鍛えられた眼で、ある程度はVFMから血液の流れを確認することができます
余計なところに渦があると、そこにエネルギーの損失が存在する可能性があります(写真3参照 )。ペースメーカーを入れると、そのような血流の異常を引き起こす可能性があると渡邊教授は考え、研究を進めています。

技術の発展は、進歩をもたらす

写真4:SMIでは血管に栄養を運ぶ血管が確認できる

 従来の超音波技術で血管を見ると、実は細い血管までは見えていないといいます。渡邊教授は、新しいイメージング技術「SMI(Superb Micro-vascular Imaging)」を使った臨床的な応用にも挑戦しています。この技術を搭載したキャノンの装置では、指の腹の細かな血管まで見ることができます。
 「大昔に顕微鏡の発展によって血管が循環している事が解明されたのと同じように、私たちもSMIによってここまで細かく血管を見ることができました。今は、これを臨床的にどう応用しようかということを考えています」
 例えば、大きな血管に栄養を運ぶ「血管栄養血管」可視化の動脈硬化病変への臨床応用です。血管は体内の細胞に栄養を循環させるためにありますが、血管自身も栄養を必要とします。そのため、大きな血管に栄養を運ぶ「栄養血管」という血管があります。血管内で動脈硬化が起こると、血管の細胞が多くのが栄養を要求することによって、栄養血管に血流が増えます。従来のイメージング技術であるカラードプラでは見えなかった栄養血管が、SMIを用いると血管の壁を這うような形でその姿を確認することができます。技術の発展は、今まで得られなかったデータを明らかにし、研究に取り入れることで新たな変化をもたらしてくれます。

高血圧と心不全

 高血圧の場合、心臓に負荷がかかり、心臓は大きくなろうとします。しかし、心筋細胞は他の臓器と違って細胞分裂をしないため、ひとつひとつの細胞がサイズアップするしかありません。心臓が大きくなった分、多くのエネルギーが求められますが、血管の新生はそれに追いつきません。結果的に栄養を供給しきれず、肥大化した心筋細胞は弱っていきます。肝臓や消化管と同じように細胞分裂をできれば問題ないのかもしれませんが、実は心筋細胞は細胞分裂をしないので、新しい細胞と交代することができないのです。これが高血圧から心不全となる一つのメカニズムです。

心臓には、がんができづらい?

 心臓がんという言葉はあまり聞いたことがありませんよね。がんは体内で細胞分裂をする際に遺伝子に損傷が起こることによって発症するのですが、そもそも心臓は細胞分裂をしないのでがん化が起こりません。また、転移の可能性もほとんどありません。
 その他にも原因としていくつかの機序が考えられていますが、その一つは熱に関係するようです。
 心臓は体の奥深いところにあるため熱があまり逃げず、かつ寝ている間でさえも常に動いているので、体の臓器の中で最も熱がある臓器だと言われています。そのため熱に弱いがん細胞は生きられないのでは、と考えられているわけです。

水分と塩分をコントロールし、血圧をコントロールする

 寝ている体勢から立ち上がった際に、頭がクラっとする立ちくらみを経験したことはありませんか?これは低血圧になることで引き起こされる症状の場合があると渡邊教授は話します。急に立ち上がると、重力により血液は下半身に流れていきます。そのため心臓に戻る血液の量が少なくなり、心臓から拍出される血液の量も減ることで血圧が低下します。普段は血管を締めることで血圧の低下を抑え、脳への血液を確保しています。しかし、水分が足りない、血管の締まりが不十分などの状況下では、血圧が下がることで脳の酸素が不足し、頭がクラっとします。長風呂で頭がクラっとする現象も、同様のことが原因と考えられます。
 夏に起こる低血圧は水分不足(脱水)が原因になることもあるので、水分を摂ることが予防につながりますが、塩分を摂ることも有効です。人間は体内の塩分濃度を一定に保つ性質があるので、塩分を摂った分、濃度を薄めようとし、体は水分を保持します。ただし、適切な量の水分や塩分の摂取は血圧の上昇に貢献しますが、高血圧の方は塩分を控えるべきだと渡邊教授は話します。
 「味噌汁など塩辛いものを薄めても、全部飲んでしまったら塩分量としては同じです。味噌汁の一部を取り分け、薄めて飲むと塩分量が抑えられます」

高血圧はなぜ起こる?

 高血圧は遺伝的要因や食生活の乱れなど、様々な要因が加わって起こる症状なので、直接的な原因は一概に判断できないといいます。
 「高血圧が遺伝によるものか否かの区別で難しいパターンは、子供の頃の味覚が大人になっても残っているケースです。例えば、両親が塩分の高い食べ物が好きで、漬物などの塩辛いものをよく食べて育ってきた子が大人になった場合です。大人になって味覚が変わることはあまりなく、自分の子どもに対しても同じことを繰り返します。そうなると、高血圧が遺伝によるものなのか、食生活による環境因子によるものなのか、という判断が難しい場合があります」
 高血圧の要因は、人種によっても大きく違うといいます。黒人は高血圧の遺伝性が強く、日本人よりも体に塩分を貯めこみやすい体質であることが研究で明らかになりました。
 これは、黒人の祖先がアフリカのサハラ砂漠にいたことが原因だと考えられています。砂漠には海がないため、塩を摂るのは困難を極めます。そのような状況下では、汗から塩分を喪失するようなホモサピエンスは絶滅していきました。生き残った人々には塩分を体に貯めこむようなDNAがあり、現在の黒人へと受け継がれています。したがって、日本人と黒人が同じ量の塩分を摂取した場合、血圧は黒人の方が高くなります。このような体質を食塩感受性と呼び、黒人はその傾向が強いといえます。

様々な選択肢がある、医学の世界

 渡邊教授は一人の教育者であり、医者であり、研究者でもあり、今は秋田大学医学部附属病院の経営にも携わっています。忙しい合間を縫い、講演活動も行っています。
 「一人の人間でありながら、いろいろな職業が混ざった仕事をしています。英語の論文を書いたり、国内外の学会に参加したりしていると、自分の職業がわからなくなるほどです。医師という職種を見てみると、医学部卒業後は、臨床・研究・教育など、選択肢がたくさんあります。また、20代で見えている世界と、40、50歳になってから見える世界は違ってくるものです。年をとるにつれて価値観が変わったとしても、柔軟に対応できる職業のひとつだと思います。患者を治す一人の医者としても、学問を追及する研究者、教育者としても、人の役に立つという意味でも、やりがいのある職業だと日々感じています」

循環器内科学講座スタッフの声

飯野 貴子 先生

 高校生の時は将来について、漠然としたイメージしか持っていませんでしたが、きっかけはちょっとしたことだった気がします。最初のインプレッションは大事ですね。自分で一つ一つ選択して目指すゴールへ向かって取り組み続けていける事は、とても幸せな事だと思います。それがずっと頑張り続けるためのポイントだと思います。
 秋田大学循環器内科は、他の大学に比べると女性の比率が少し高い科です。循環器科は緊急性の高い病気をたくさん扱うので、ハードな科だと思われがちです。しかし、女性にもたくさんの役割があります。外来診療をしていると『女性の先生でよかった』と言っていただくこともありますし、女性ならではの役割もあります。女性がいること自体が組織の中でも大事だと思います。循環器内科は、面白くやりがいを感じることがたくさんあります。一緒に勉強して行きましょう。

須藤 佑太 先生

 私は大学生の頃から循環器科を選択しようと思っていました。渡邊先生が教授に就任されてからは医局員がどんどん増えています。日々医学の進歩は目覚ましく、新しい治療や技術などが世の中に出てきています。秋田大学でも、新しい技術を世の中に発信するための研究を多数行っておりますので、皆さんもぜひ、私たちの仲間に加わっていただいて、これからの医学の進歩を目指して一緒に頑張っていきましょう。

 

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 医学専攻
機能展開医学系 循環器内科学講座
教授 渡邊 博之 Hiroyuki Watanabe
秋田大学研究者 渡邊 博之教授
  • 秋田大学 医学部 1991年03月卒業
  • 秋田大学 医学研究科 博士課程 1996年03月修了