秋田大学研究者 堀江さおり准教授

Lab Interview

家庭科で自分らしい生活を営む力を養う

生活を豊かにする教科です

 堀江准教授は、家庭科教員を目指す学生の育成を行っています。家庭科は、学校で学習する事柄を総合的に捉えたうえで生活にどのように生かすかを考える教科です。家庭科教員になるためには家庭科そのものを理解するだけでなく、他教科等とのつながりを理解すること、生活にかかわる様々な事象を理解することも必要です。
 「家庭科で学ぶことは今すぐ役に立つことばかりではなく、社会人になって初めて役立つこと・理解できることもたくさんあります。家庭科の学習を家庭科にとどめるだけでなく他教科等の学習とつなげられることで、生活するためには自分の持てる知識や考えを十分に活用しなくてはいけないことがわかり、学校での学習に無駄がないことにも気付かせることができるのではないかと思います」
 堀江准教授が家庭科教員の育成に取り組む背景には、家庭科で学習する事柄が自分将来の生活設計に大きな影響を与える可能性があると十分理解したうえで授業を受けていたら、現在の生活の選択肢がもっと広がったのではないかという思いがあります。教員を目指す学生たちが家庭科の学習意義をきちんと理解し、その意義を十分伝えていける教員となるよう尽力しています。

子どもたちを大切にした授業を

 みなさんは家庭科の授業でみそ汁を作ったり、エプロンを作ったりなど楽しいと思った経験があるのではないでしょうか。調理実習や被服実習は家庭科の醍醐味で、子どもたちも本当に楽しみにしています。
 一方、栄養素の働きや消費者の権利を理解するといった座学中心となる授業はやや退屈に思ったことがあるのではないでしょうか。家庭科では今すぐ活かせることだけでなく将来にわたって活かせることも学習するため、今の生活だけを捉えるとピンとこないこともあります。知識だけあっても、技能だけあっても生活を上手く営むことはできず、知識も技能も両方必要ということを伝えられる楽しめる要素も盛り込んだ授業を展開していくことが子どもたちのためになるのです。生活を現実のこととして捉えるためにも、単調な授業にならない工夫は必要だと堀江准教授は言います。
 また、学校によって子どもたちの生活環境も異なります。生活環境が異なれば生活経験も異なるため、目の前の子どもたちにあわせて学習内容を調整することが必要になります。生活を取り扱う以上、今の子どもたちの生活実態の把握に努めなければ、子どもたちの興味・関心を引き付け、自分事として捉えてもらう授業は難しくなるのだそうです。
 堀江准教授は、家庭生活は多くの事象によって成り立つことを踏まえ、「これも家庭科なの?」という内容も織り交ぜながら、実生活をきちんと捉えさせることができる指導力を学生たちに身につけさせたいと考えています。

「教えないこと」も大事な指導

 家庭科では生活の自立を目指した学習を行います。自分自身の生活を自分でできるようにするのは当たり前のことですが、決して簡単なことではありません。生活していれば困難に直面したり、失敗したりすることがありますが、あきらめたり逃げたりするのではなく、自分で考え工夫を凝らして挽回できなければ、生活弱者に転落しやすくなるといいます。家庭科で学習した事柄は生活弱者への転落を回避するために役に立つことが多いのです。しかし、教員は生活の自立のためになんでも教え込めば良いということではありません。

 例えば、手縫いの技能を学習する授業では、子どもたちの生活の中で手縫いに触れることがあまりないため、授業で初めて手縫いをするという子どももいます。できないことをできるようにするためには個に応じた細やかな指導も必要ですが、できるようになるまでつきっきりで教えるべきということではなく、教員の指導を踏まえ、子どもたちに工夫しながらやらせてみる、やってみた結果うまくいかないようであれば再度やり方を確認してみるといった指導が大切になるそうです。堀江准教授は
 「学生は先生なら丁寧に教えたほうがいいのではないか、子どもたちだって早くできるようになった方がうれしいのではないかと考えがちなのですが、子どもたちから考え学ぶ機会を奪う指導をしてはいけないこと、しっかり見守ることも必要な指導であること、早く作業できることとやり方を理解できていることが同じではないことを伝えながら、家庭科の授業づくりを考えてもらうようにしています」と語ります。

特殊な立場だからこそ

 大学卒業と同時に教員になる場合、教壇に立ったその日から「指導を受ける子どもたち」という自分の影響をおよぼせる存在がいるという特殊な環境におかれます。
 子どもたちが教員の話や指示をおとなしく聞いていると、教員自身は自分には十分な指導力が備わっているといった感覚を持ちやすくなってしまうといいます。しかし、教える・教わるという関係性は教員自身が思っている以上に強い力を持つため、堀江准教授は子どもたちの表面的な様子だけをみて安心したり慢心したりしないようにと学生に指導しています。
 また、家庭科で扱う家庭生活は個人の価値観に大きく左右されやすいといいます。教員が思う家庭生活と子どもたちの思う家庭生活が同じになるとも限らないので、家庭生活はこうあるべきといった断定をするのではなく、色々な家庭生活があって当たり前と理解する柔軟さも大切になります。教員が提示する家庭生活はあくまでも一つの見方・考え方であり、押し付けるべきものではないのです。「先生はこう思うけど、みんなはどう思う?」という発想が、子どもたち一人一人と向き合った指導にもつながっていきます。

家庭科教員自身が生きた教材見本

 堀江准教授は学生の進路相談も教員の仕事の一つと考えています。
 「学生にとって一番身近で何となく理解できる職業は教員ではないでしょうか。義務教育から高等学校まで12年間、そして大学4年間と教員の仕事を見ているからこそ、自分でもやってみたいと思えるのではないでしょうか」
 しかし、世の中には教員以外の仕事がたくさんあります。必要とされる能力がわかりにくい職業があったり、学生が必要と考える能力がその職業で本当に必要とされている能力と合致しないこともあります。自分自身を見つめるだけでなく相手に求められていることも見つめ、しっかり考えて自分の希望する仕事を掴みとる必要があります。生活を営むには経済的基盤が必要になるため、職業選択等の進路を検討することも家庭科の学習であり、学生自身の経験を教材見本として活用することができるのです。

「消費すること」は現代生活の要

 現代生活は消費することで成り立っています。ノートやお菓子を買ったりするのも消費行動で、契約主体となる活動をしています。消費せずして現代の生活は成り立たないため、家庭科では子どもたちに消費するという側面からも生活を考えさせることが必要なのだそうです。堀江准教授は国民生活センターでの勤務経験から、学校で消費者教育を効果的に実践するための研究にも取り組んでいます。
 消費者トラブルが多様化・専門化していることもあり、十分な知識を持ち合わせていないとトラブルにあっていることすら気付けずに大きな損失を被ることがあったり、似たようなトラブルに繰り返し巻き込まれることもあるといいます。知識がないとおかしいことをおかしいと気付けないため、自分自身を守ることも、自分の周りの困っている人を助けることもできなくなってしまいます。問題なく生活できればいいのですが、学生でも架空請求の被害にあっていることから、誰でもトラブルにあう可能性があるのです。
 自分だけは大丈夫ということは全くなく、十分な知識を習得してその知識をもとに判断し、トラブル解決のために行動をおこせるだけの力を持つことは、自分自身の生活をより良くすることにもつながっていきます。

大切なのはチャレンジ精神と失敗から学ぶこと

 堀江准教授は、教員を目指す高校生のみなさんにはチャレンジ精神を持って欲しいと話します。
 「興味・関心のある事柄には、積極的に挑戦して欲しいと思います。上手くいかなかったらどうしよう…結果を考えると躊躇してしまうことがあるかもしれませんが、自分自身で考え行動してみるからこそわかること、学べることはたくさんあります。失敗も貴重な経験になります。なぜ失敗したのか、失敗からどう挽回するのか、どうすれば失敗を回避できたのか、自分で考え解決できる大人になって欲しいです」
 教員は日々、様々な特性を持つ子どもたちと関わることになりますが、自分自身にチャレンジしたり失敗したりといった経験が乏しければ、「なぜ?」「どうして?」と思う子どもたちときちんと向き合うことが難しくなってしまうそうです。
 「教科等の指導するための知識・技能だけでなく、一個人として生活を営むために必要な力をどのように獲得させていくかを常に考え、子どもたちにとって最善な指導とは何かを検討できる教員を目指してくれると嬉しいです」

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

教育文化学部 学校教育課程 教育実践コース
准教授 堀江 さおり Saori Horie
  • 日本女子大学 家政学部 被服学科 1997年03月卒業
  • 日本女子大学大学院 家政学研究科 被服学専攻 修士課程 2004年03月修了
  • 東京学芸大学大学院 連合学校教育研究科 学校教育学専攻 博士課程 2010年03月単位取得満期退学
  • 【所属学会・委員会等】
    日本家政学会、日本家庭科教育学会、日本キャリア教育学会、日本子ども学会、法と教育学会