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2012/04/13
柔軟な支援とは?
平成24年度がスタートしました。平成21年度から平成23年度まで、文部科学省科学技術人材育成費補助金・女性研究者研究活動支援事業(女性研究者新モデル育成)・秋田大学「大学間連携と女性研究者支援in秋田」の事業とともに歩んできた男女共同参画室ですが、今年度は、男女を問わず、個々のニーズに応じた、より柔軟な支援体制の構築をめざして活動をすすめてまいりたいと思います。
“ニーズに応じた柔軟な支援”とはなにかと言われると、即答することは難しいのですが、歴史学が分析対象とするデータのなかにヒントが隠されていることもあります。ワークライフバランスを目標にかかげるようになった今世紀よりも遙か昔に、ニーズに応じた支援の事例があったことを紹介させていただきます。
古代国家が編纂した『続日本紀(しょくにほんぎ)』には奈良の都(平城京、天平文化)が栄えていた1250〜1300年も前に起きた出来事が年月日順に記されます。当時の出来事を知りたいときには、まず、これを紐解きます。もちろん、記録に残るのは、過去に起きた出来事のごく一部です。だから、ページをめくり続けても空振りにおわることも多いのは事実ですが、何となくながめておりましたら、保育支援に関して面白い記載が目にとまりました。

養老元年(717)6月1日条に、「右京職(うきょうしき)が、素性仁斯(そせいにし)が一度に三人の女の子を産んだと報告してきた。衣服・食糧と乳母(めのと)一人を賜う」、天平5年(733)9月23日条には、「遠江国(現在の静岡県)蓁原郡(はいばらぐん)の人・君子部真塩女(きみこべのましおめ)が一度に三人の男の子を産んだ。大税二百束、乳母一人を賜う」という多産に対する褒賞が記載されます。
『続日本紀』にはこれらのほかにも多産・褒賞の記事がありますが、褒美として食糧や布類のほか乳母が与えられるケースが多くみられます。現在のように「国民の権利」や「産む(産まない)自由」が認められる時代ではありませんでしたから、単純に比べることはできないのですが、なかなか粋な計らいではないでしょうか。三つ子の母親でも乳房は二つしかないのですから。ミルクのない時代、三人の乳飲み子が成長するためにもっとも必要なものを国家が手配したことがわかります。庶民への子育て支援が行われたことは、民衆を苦しめたのが、実は、その国家であることを差し引いても、読んでいて、ホッとさせられるところです。

男女共同参画推進室長 渡部 育子
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2012/03/28
教職員への介護の支援
妊娠・出産と、育児に関する理解が広まってきて、種々の支援が考えられてきている。産休や(男女の)育児休暇が制度として保証され、短時間勤務制度もあり、育児中も職場を辞めずにすむようになってきたと思う。24時間保育や学童保育については議論中だが、子育てへの支援が着実に広がっているのではないだろうか。
子供が元気ならば成長とともに子育てはしだいに終了するが、次に直面するのは親の看護とそれに続く介護であって、男女を問わずすべての教職員に関係する課題だと思う。そのような教職員は概ね45歳以上であり、本学で十分活躍している方も多いと思われるが、介護のために辞めざるを得ないならば本学にとっても大きな損失だと言える。本学の介護の支援は果たして十分だろうか。
介護休暇について、本学では短期あるいは長期に合計で186日の介護休暇を取得できることになっている。私の場合は大館市に住んでいた母の遠距離介護を経験した。幸い土日に大館市に出むいて介護の関係者と連絡をとることが可能であり、また平日に母の病院につき沿う時は通常の休暇で対応可能でした。しかし親が遠くの都道府県に住んでいる教職員の方が短期の帰省をして介護するには、186日分の介護休暇は必要な制度であると思う。
子育てと異なり介護には際限が感じられない。親に大きな病気がなくとも、しだいに虚弱になり要介護度が上昇していく。私の母は80歳台で4度の入院を経験し、体力の低下を防ぐことができず、92歳でついに歩行が不可能になった。私は母の自立あるいは在宅介護の期間を少しでも長くするよう努力したつもりだが、限界寿命に近づいて次第に弱っていくことを避けることはできなかった。

日本人の平均余命表を見ると、84%の女性は75歳を越える、すなわち女性は十中八九(10人中8〜9人が)後期高齢者になることを示している。また女性の平均寿命は86.44歳(平成21年の簡易生命表、厚生労働省)なので、およそ半分の女性は86歳を越えて長寿であろう。さらに93歳まで生きる女性は4人に1人いることがわかる。最後まで健康であればいいが、しだいに虚弱になっていき、長い介護期間がある方も少なくないだろう。
本学の186日の介護休暇は、親の要介護度がまだ低くて在宅介護で暮らしている期間の面会などには役立つと思う。しかしその間に186日の休暇を使い尽くせば、際限のない介護に対しては活用できない。その後の選択肢は3つ考えられる。1つ目は家族が親を引き取って家庭で介護すること、2つ目は公的な施設に入る(老人保健施設や特別養護老人ホームに入所する)こと、そして3つ目は有料老人ホームに入所することであろう。しかし1つ目は男性でも女性でも教職員が本学を辞めるかその配偶者に大きな負担をかけることを意味し、2つ目は国の財政の問題で厳しい入所順番待ちを余儀なくされる。3つ目は経済的な負担が大きい。
そこで解決のヒントとして4つ目の選択肢を提案したい。教職員の子育てのために学内に「千秋保育園」と「ことりのおへや」(病児・病後児保育所)があるのと同様に、親の介護のために本学が「千秋老人ホーム」(仮称)を設立してはどうだろうか。本格的な介護の支援となり、遠距離介護を余儀なくされている教職員は、たとえ要介護度が高くとも親をそばに呼び寄せて介護と仕事を両立できると思う。
10月11日付のブログ「介護の家計簿」で紹介したように、秋田市では有料老人ホームの入所一時金は不要(0円)のところが多く、都会の有料老人ホームよりも経済的負担がずっと少ない。しかも本道キャンパスのごく近傍に2か所存在し、定員は2か所で110名であり入所の順番待ちも殆どない。同様に本道キャンパスより6kmの外旭川地区にさらに2か所の有料老人ホームがある。すなわち上記の提案「千秋老人ホーム」に準ずる状態となっていると思う。このことは土地が安い秋田県だからこそ可能となったものと思われ、秋田県の長所のひとつではないかと私は考えている。
さて、これまで介護に関するいくつかの話題を提供してきたが、残された未解決の課題は、母の生きがい、生きる希望を探すことであると思う。母は3食とも美味しく食べて、暖かく安全に過ごしているし、器械で入浴もでき、口腔の衛生も問題なさそうだ。施設が企画する行事にも参加している。しかし要介護度が高く、移動にも排泄にも常に他人の介助が必要である。親しい親族や友人は亡くなったか介護を受けていて互いに行き来できる状態ではない。このような状態で人生の最後まで生きがいや希望を持って生きるにはどうしたらいいだろうか。昨年は夏と秋にプールで歩行訓練をさせ、また秋冬にはミュージカルや交響楽団の演奏会に連れ出したが、移動の苦労の割にはどの程度喜んでくれたかどうか不明である。何か母の脳を刺激する楽しい方法はないものだろうかと思い悩むこのごろである。

医学系研究科 形態解析学・器官構造学講座 阿部 寛
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2012/02/29
女性研究者支援事業の中締め
本学の女性研究者支援モデル育成事業も3年間の予算がまもなく終了し、4月からは本学独自で男女共同参画事業を推進することになる。男女共同参画推進室はそのまま残ると期待しているが、今後の講演会やシンポジウムの実施にも予算上の制限が生じるであろうし、何よりもこれまで尽力いただいた推進室のスタッフの方々は任期が終了すると伺っている。しかし予算が終了した時点で男女共同参画が達成されるわけではなく、種々の制度はもちろん男女の意識の改革もけして簡単ではないと思われるので、ワークライフバランスに向けて粘り強い活動が必要であろう。予算が少ないのに事業を進めるには、何らかのドライビングフォースがないとすぐに行き詰まると思われる。事業の「中締め」にあたり、今後も男女共同参画を進めるべき目標あるいは根拠を整理しておく必要があると思っている。
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成18年12月)によると、2055年(平成67)の日本の総人口は9、000万人、高齢化率40.5%と予想されている。しかし2055年は今から43年後であり少しイメージしにくい。その前の2030年、今から18年後では総人口は1億1522万人、高齢化率は31.8%と予想され、すなわちあと20年もしないうちに超高齢化社会が訪れると言われている。単に高齢化率(65歳以上の老人の割合)が高いというだけでなく、老人の中でも後期高齢者(75歳以上の方)の割合がほぼ倍増し、出生数は2005年の半分以下となるそうである(超高齢社会の基礎知識、鈴木 隆雄著、講談社現代新書)。
このような社会のなかで、これまでのように男性が労働して女性は主婦として家庭を守るという、一番多いタイプの家庭で日本の社会が支えられるというのは考えにくいのではないか。男女とも働くか、あるいは外国から多くの労働者を雇用するかしないと、経済の成長は保てないだろうし、高齢者福祉を始めとする社会保障のレベルを維持できないであろう。
日本では女性の年齢階級別労働力率が欧米に比較して低く、現状の出産適齢期の女性の労働力率の低下(すなわち出産・育児のための離職)によるM字型のカーブを、もしもスウェーデン並に上昇させると、労働力人口は528万人増加するという試算もある(総務省統計局、労働力調査より、平成21年)。

(男女共同参画白書22年度版、第1部、特集13図、内閣府)
これは将来の労働力の確保のためにはむしろ幸いなことである。すなわち女性が出産後も離職せずに労働力として活動することこそ、労働者の数の維持または増加に繋がり、経済成長や消費者数や社会保障の担い手を支えることにつながると考えられる。収入が伸びない中で、これからは男性も女性も必死に働かないと社会の活力を維持できないばかりか、家庭の総収入も維持できないのではないかと思う。従って、そのことが可能になるような子育て支援を含む社会制度を構築していくべきだと考える。
振り返ってみると、私たちの世代の人たちは、男の子は転んで擦り傷を作っても「男の子でしょう。我慢しなさい。」と言われ、女の子は何か主張すると「女の子でしょう。おとなしくしなさい。」と言われて、育ってきたように思う。たとえば女性がある年齢を過ぎると価値が下がると思われたり、「まだお嫁にいかないの?」と言われたり、会社員の方は結婚退職を余儀なくされるなど、社会の労働力としては補助的な役割しか期待されていなかったと思う。しかしこれからはそうであってはならない。男性も女性も働かないと生活が成り立たないし、また医療の分野でも介護の分野でも必要な労働力を確保できないのだと思う。たとえば女性医師はそれぞれの科で責任をもって医療に当たるべきだし、今後ますます割合が増える女性医師が子育てで離職すれば秋田県の医療は崩壊しかねない。
男女が共に働くべきであることを整った言葉で表現したのが「ワークライフバランス」であろうか。ワークライフバランス憲章(2007年)によれば、「男性も女性もやりがいや充実感を感じながら働き、責任を果たすとともにその能力を発揮し、人生の各段階において多様な生き方が選択・実現できる社会」とあるが、そのような理想を議論する以前に、極めて早いスピードで超高齢化社会がきてしまいかねない。それほど日本は変革を必要としている状況だと思う。
今夜も医学部の駐車場では吹雪となり、頬を突き刺す。車の雪払いも容易でない。日本の社会は今は吹雪の状況かもしれない。しかし冬の後に必ず春が来るように、男女共同社会の実現を突破口として、老人も若者も落ち着いて生活できる暖かい社会にむけて前進したいものだ。

医学系研究科 形態解析学・器官構造学講座 阿部 寛



