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手形キャンパスの見どころ(その3)

手形キャンパスの見どころ ◆その1◆その2

小花冬吉先生の胸像

理工学部1号館の中庭に国際資源学部、理工学部の前身である秋田鉱山専門学校初代校長を務めた小花冬吉(1910年から1914年まで在任)の胸像があります。この胸像は、教え子や卒業生の手により1930年5月に建立されました。戦時中に供出されましたが1950年10月に再建されました。

台湾北光会寄贈「蛇紋石」 / 山口青邨の句碑

<蛇文石>
理工学部1号館の中庭にひときわ大きな石があります。これは「蛇紋石」という変成岩の一種で、1981年10月に国際資源学部、理工学部窓会である「北光会」の台湾支部が、学部の70周年を記念して寄贈したものです。石の表面には「地下資源が盛んに興り埋蔵される」という意味の「宝蔵興焉」という文字が刻まれています。

<山口青邨の句碑>
理工学部1号館には中庭の蛇紋石と並んで鉱山学部創立75周年記念の句碑があります。ここに刻まれている「乱菊や わが学問の しづかなる」は大正・昭和の俳人であり、工学博士、鉱山学者であった山口青邨(1892 − 1988 本名:吉郎)が書いた句です。当時秋田大学が全国で唯一鉱山学部を有していたことから、鉱山学部創立75周年記念に1986年10月、句碑が建立されました。

特別高電圧実験室

理工学部1号館の中庭に設置され、鉄フェンスで厳重に囲われているこの装置は1974年製の試験用変圧器です。様々な用途がありますが、主に電線を支持し絶縁する器具である碍子(ガイシ)の研究のため、碍子に高電圧をかける際に使用されます。

南木佳士(ナギ ケイシ)

現在医師として長野県佐久総合病院での勤務をこなしながら、作家としても活躍中の南木佳士(本名:霜田哲夫 1951年~)は秋田大学医学部第2期生です。大学時代の様子や心の有り様は、「医学生」に詳しく述べられています。「ダイヤモンドダスト」では第100回の芥川賞を受賞しています。山村と都市、そこに生きる人々が日常的に抱える現代社会の問題を医師の立場と普通の生活者としての両視点から描いた作品を多く執筆しています。インフォメーションセンター内には、「南木佳士コーナー」を展示しています。

笠原幸生(カサハラ サキオ)の彫刻

教育文化学部教授の笠原幸生(1951年~)が1995年に作成した作品で「日昇の軌跡」という彫刻で、インフォメーションセンター入口に展示しています。太陽は、約50度の角度で東の空から昇ります。彫刻の真ん中の切れ込みは太陽の足跡かもしれません。春分の日と秋分の日の陽の光の軌跡がピタリとこの切れ込みと一致するように設計されています。幅40cm、高さ50cmの作品ですが、この彫刻を通して地球と太陽の関係や、宇宙に思いを馳せることができます。

イルミネーション

毎年12月から1月にかけて、約4万個のLED電球を使い、正門から左右に伸びる300mの柵や正門広場の藤棚を明るく華やかに飾ります。夜の学生街を活き活きとした魅力的な場に変え、地域の皆様にも親しみを持っていただくため、平成20年から毎年行っています。

秋田大学3D化プロジェクト

ものづくり創造工学センター学生自主プロジェクトとして、工学資源学研究科の大学院生が中心となり、手形キャンパスを立体CGで表し、道案内や学部・学科・大学行事の紹介を行う3Dマップシステムを開発しました。ゲーム感覚でコントローラーを操作して、バーチャル手形キャンパスを自由に散策できます。

鉱業博物館

鉱業博物館の建物は、1961年の鉱山学部創立50周年記念会事業によって建設されました。着工時には、卒業生を中心に鉱工業界・地元自治体・篤志家などの協力を受けたほか、職員や在学生が作業に参加しました。円形の建物に入ると、吹き抜けの中央ホールや2つのらせん階段、受付の壁にある鉱物を模したタイルに建設当時の思いが込められています。