1)対人恐怖、対人緊張;「人が怖い」というのが最も端的な表現であるが、「人が苦手」「人間関係がうまくいかない」「コミュニケーションがうまくできない」など様々な表現をとることもある。そもそも社会生活をする動物には、同種個体の意向や行動をきわめて敏感に察知する機能が備わっているが、人間のように高度な文化や社会機構を可能にした種の場合には、脳は異常なほどこの能力を発達させたのであろう。ちょっとした表情、ほんのわずかな声の調子でどれほどのことが伝わるかは、想像を超えている。多くの人はこの課題を何とかこなし、中年までにはほとんど意識しないでも通常の生活課題はこなせるようになるが、特に臆病な性格の人、自分に自信がなく常に不安な人、その他様々な事情でこの能力の発達とバランスがうまくとれない人たちがいる。原則としてこれは家庭環境のせいでも病気でもなく、素質あるいは性格であると思われる。典型的な事例では、小児期から始まり、一生続く。これらは神経症としての対人恐怖や対人緊張と異質なものではないが、やや恐怖の範囲が広くて深く、「世の中が恐い・世の中と合わない」というニュアンスを含む。最近の「社会恐怖」という用語はこのあたりを捉えているのであろう。自殺との関係で問題になるのは、次項2)~4)で述べるような他の要素と共存する例である。
2)気弱さ、臆病さ; やさしく気弱で、人を攻撃したりできない人は多くいるが、さらに、現実的な目標を設定して世の中に出て努力する意志と気力の欠如まで含んで指摘したつもりである。気弱で臆病で、現実対応を持続出来ずに逃げてしまう、諦めてしまうという特徴である。「おびえ」があるので実力が発揮できない。怒りは覚えても他人を反撃できないから容易にいじめの対象にされるし、いじめられればなおさら気弱になるという悪循環も起きやすい。これは生まれ持った性格であり、1),3),4)と共存することも、別に存在することもある。共存するときに一層、いじめや自殺に繋がりやすい。彼らを励ましたり、強気の対応や攻撃性を求めても無理がある。彼らに怒りや攻撃性が全く無いというわけではなく、内面ではプライドと怒り、攻撃性を持つ人もいる。ただし、それを発現して他人との摩擦や争いを起こす事には強い苦痛を覚える例が多く、自責感に苛まれる人もいる。これらの例では1)2)3)が一体化している。結果として周囲に対して無抵抗に終始し、自分は孤立して追いつめられていく。当然、自己評価 self-esteem は低く、自信を持って自己の目標に集中できないという特徴も出てくる。これに対し「爆発性」はまた違った要素であり、普段はひ弱でやさしいひとの中にも、時には激しい感情が沸き上がり、キレて爆発するタイプの人がいる。しかし自責感の強い人の爆発は、えてして自分に向けられ、自殺に終わることもある。自殺の内的機序として古くから言われる「自己に向かう攻撃性」の典型群はこのようなものであろうと考えている。
3)自責感;不都合なことは何でも他人のせいにする人がいる反面、うまくいかないことは何でも自分のせいにして自己を責める人がいる。他人を非難しようとすると自分の心のバランスが崩れて、耐え難くなってしまう。「他人を責めるくらいなら自分を責める」と言う。これも性格の問題であり、自殺へ向かう危険性を著しく高める。しかも薬が効かないことが多い。研究者や大学教員の多くはこれらとは対極の性格を持つので、自責感の強い人は大学に居づらい。大学教授らは、優越感を持ち、気が強く、自己中心的で他罰的な傾向の者も多いので、これに思いやりや誠実さ、正義感の不足などが加われば、弱い学生に対するアカハラやパワハラが起きやすくなるとも言える。
自責感が強いと、自分と無関係の事故や病気ですら絶望感を刺激される者がいる。事件のニュースを聞くだけで罪業感に駆られるという人も珍しくない。テレビも新聞も見ずに、世の中の現すべてから目を背ける。自分の存在自体が世の中に迷惑をかけているとすら主張する。そして自分を罰するために、自殺を考えるすら出てくる。苦しさに絶えかねて、信仰に救いを求める人もいるし、救済や解脱を看板にする新興宗教にはまる人も出てくる。
4)空しさ、虚無感;この世、あるいはこの世に生きることを「意味も喜びもない」「ただ虚しい」と感じる人がいる。多くは1)〜3)の要素も持ち、対人関係に気を遣いすぎて消耗してしまうタイプの人であるが、中にはそうでなくても無意味感にとらわれ続ける人がいる。しかしそういう感情を抱きながらも、大部分の人は普通に生きて、通学や労働も会話もしているので、外からはわからないことが多い。自殺を考えたことのある人は、マスコミなどの調査などによれば、人口の何割にも上るとされる。苦しさや空しさに対して希死念慮で反応するのは、人口の約半数に見られる普通の様式ともいえるだろう。それでも実際に深刻な自殺未遂に至る人は少ないし、既遂となる例はさらに少ない。
「この世で生きるのが嫌だ」という気持ちは、「世の中=対人関係」が嫌だという気持ちと繋がっていることが多く、上記1)2)が共存して厭世気分を作っている例が多いが、自責感の強弱は人によって異なることが多い。自責感の強い人の希死念慮にはとりわけ注意する必要がある(以下の事例4)。また4)の「虚無感」が目立つ例もある(事例3)。他にとりわけ精神科の治療対象となる症状もないのに、「人生が空しい、もうこれ以上生きなくても良い。早く消え去りたい」と訴える若者の気持ちは、なかなか理解されない。このような学生には薬物も効果無く、ただ内面を言い当ててやり、話に共感して出来るだけ長く友人づきあいをしてあげるほかないように思う。しかし、本稿では事例を記述できなかったが、結婚して家庭を持ち、子供も育っているのに、やはり人生に絶望して死んでいった例も多い。この種の人にとっては、家庭や子供は慰めにはならないのである。
事例2や3は、以前から無快感症(anhedonia)とよばれてきた症候の特徴を持っている。しかし、いささか紛らわしい点もあるが、本稿で扱う「(性格起因性)希死念慮」とanhedniaとは、一人の中に共存することはむしろ少ない。定型的なanhednia群の場合には、喜怒哀楽(とりわけ喜と楽)が感じられないので、「不本意ながら最後は死ぬことも考える」と語り、まず死にたい気持ちが先行するとは言わない。
ところで、この世の空しさは宗教のテーマでもある。出家や隠遁を口にする例もある。しかし既存宗教がこれを癒せるかというと、なかなか難しい。自己や人生の意味を正面から問う姿勢のある者は信仰との接点も生かしうるが、実際には理屈や信仰よりも、切迫した感情に追い立てられてしまう者が多い。我が国では子供の頃から宗教文化は希薄であるし、4大宗教の古い用語や教条は若者から敬遠されることが多い。強い不安と無意味さにおびえる若者が好むのは、手軽に頼れるもっと目新しい説法や「超能力」、「呪術」であり、新興宗教やその類似物につけ込まれることもある(11)。
前項1)~4)の要素は、様々な程度に絡み合って存在し、4項とも目立つ人は少ない。当然その他の様々な性格特徴も各人で異なるので、結論は「死にたい」なのであるが、実際には一人として同じ人はいない。1)と2)とは共存している例が多いが、3)と4)とはいずれか一方が表面に出ている例が多いようである。プライドや虚栄心、怒りや攻撃性・爆発性が共存していることも希でなく、これらの気質は独立して分布する(2)ので、注意しておく必要がある。本稿のテーマの周辺には、一部を共有する様々な自殺例が存在する。解雇されたことを契機に、怒りと共に焼身自殺を遂げた卒業生の例もある(19)。また不登校や引きこもりも余りに長期間になると、絶望感から無理心中にいたる例すら出てくる(20)。これらは挫折の結果としての怒りや絶望が自殺に繋がった例であり、外的要因が主導したという点から、精神疾患と共に本稿のテーマとは区別される。しかし、例えば摂食障害の周辺などにも、1)〜4)のうちの幾つかを共有する例もあり、さらに多くの事例の詳細な検討が必要である。
(以下の事例は、プライバシーに配慮して、要点をはずさずに多少脚色して叙述した。年齢は受診時年齢である。定型例は男性に多い。)
事例1.「生きる意味がわからない。自分はこの世に合わない」21歳男 既遂例
主訴;「人生が空しい。何に対しても意欲がわかない。早く死ねればいい。」
家族構成;兼業農家の長男 弟1人妹2人 両親の中は良く、家庭の問題もない。
生育歴・現病歴;父も母も普通の人のように見えるが、本人は「親とは心が通じない」と述べ、両親を極端に苦手とする。父親が連絡してくるだけでパニックを起こす。カウンセリングを重ね、様々な薬も試したが、主要な訴えは変わらなかった。「人生に意味が感じられない。どう生きたらいいのかわからない。自分は何のためにあるのか。」「他人の気持ちや生き方が全くわからない。何をどうしたらいいのか、全くワカラナイ」「もう死ぬしかない」という考えに取り憑かれる。「これは小学生時代からある感情。」「強いて言うなら、マスコミで名前が出て有名になることが人生の目的と思う。そのためには犯罪を犯してもいい。有名になること以外にこの世に生きる価値が無いように思う。」強い対人緊張が続き、時に吐き気を示す。友人も出来ず孤立感が深まる。
「中学時代には自分が他の人と全く違うことを強く意識していた」「未来が全く考えられない。自分はこのまま壊れるのではないかという恐怖感がつきまとう。」急に口がきけなくなる。車道の真ん中で足が動かなくなる。パニックになると病院の夜間救急外来を訪れることも多かった。
「自分は何をしたいのかわからない。これから自分はどうなるのかわからない。しかしバカな奴らと同じにはなりたくない。ただの人間では終わりたくない。」しかし、どうすれば「ただ」でなくなるのか、その方法が全然わからない。「28歳までには死ぬしかない」という。些細なことでパニックやヒステリー反応も生じるので、卒業後も精神科通院と投薬は欠かせなかった。本人も困れば良く病院を訪れ、服薬を希望し、励行していた。
本例の特徴とその後の経過; いつも暗い緊張感が漂い、重苦しい印象の人。「この世の意味がわからない」と、正面から問いかけるが、同時に明らかな対人不安、対人緊張、対人恐怖が前面に出る。 陰鬱で苦悶様の表情。煩悶し続ける孤独な若者ではあるが、プライドは高く、社会に出て何とかしたいという気持ちは強い。自責感はさほど強くないが虚無感、絶望感は一貫している。他人との関係は殆ど持てず、深まらない。しばしば希死念慮に耐えられなくなり、大量服薬、夜中の彷徨、飛び降りる場所の探索などを行うが、入院するほどの逸脱行動を生じたことはない。
無事卒業して就職し、8年間まじめに警備会社で勤務した。人との接触の少ない夜の仕事が多かった。6年目に中等量以上のメジャートランキライザーと抗うつ剤を併用したところ、「見違える様に楽になり」、その後は4年ほど大きな混乱もなく、「普通の人はこんな楽な世界に生きていたのか!」とまで言うようになった。やや軽躁的であることが懸念された。ガールフレンドも作ろうと頑張ったが、結局うまくいかず、そのうち、「普通のサラリーマンの様になる」ために、コンピュータ会社へ転職した。しかし、仕事が全くわからず、すぐに解雇された。努力はしたが、次の就職先を見つけることが出来ず、約半年後に自殺した。対人恐怖、虚無感、絶望感が強く、プライドも高いために自分の社会不適応に柔軟に対応できず、就労の挫折が最後の引き金となった。
本例の心理テストでは、MMPIなどでD,Hy,Hs,Pt等が高く、Paもやや高く、ほぼ病像通りの特徴を示していた。
事例2.人間嫌い・厭世観に満ちた大学生 20歳男
主訴;さみだれ登校、引きこもり。「人と関わりたくない、この世が空しい」、吐き気、
家族構成; 実家は商店。姉が2人。両親は優しい。特に家庭の問題はない。
生育歴・現病歴;小学生の時から人が嫌い。中学生の時には今の症状は殆どすべて出ていた。人見知りが強く、大勢人がいるところでは気持ちが悪くなる。人間嫌いと厭世観がどんどん強くなり、入学した直後から大学も辞めようと思っている。「人間が嫌い。存在意味もないと思う。人と会わずに済むならどんなことでもいい。山の中に隠遁できればそれでいい。死ぬことは何でもないが、親を悲しませることが辛いので、かろうじて自殺は思いとどまっている。自分のことは他人には分かってもらえないのは知っているが、どうにも出来ない。普通の挨拶や会話も出来るし、ガールフレンドもいるが、結婚は考えられないという。精神科で薬ももらったが、効くものはなかった。 大量服薬なども親に迷惑をかけるのでしない。
「楽しいこと?それって何のことなんですか?この世は苦しいだけです」「人が嫌で、買い物に行くのも午前3時頃にコンビニへ行く。本は好きなので本代には何万円も使う。コンビニの夜のアルバイトは出来るし、仕方ないので家庭教師もしている。夜眠れないので、睡眠薬は欲しい。」「自己満足で生きているだけの自分が嫌で仕方がない。この世の空しさがどんどん耐えきれなくなっていく。早く消えてなくなりたい。」
経過;彼の「人嫌い、厭世観、虚無感」は非常に根深く強いもので、普通の安定剤は効かず、基本的には3年間の面接でも少しも変わるところはなかった。「人もこの世も、自分も、皆くだらない、という気持ちがいつも湧き上がってきます」というが、まじめで誠実な印象は終始変わらず、しばしば、はらはらと涙を流して泣くことはあっても、大量服薬やリストカットなどの逸脱行動は一度もなく、睡眠薬も処方どおりに使用。緊張感はしばしば強くなり、「死にたい気持ちが抑えられなくなれば、多分飛び降りるか首をつるかで一度で決めます」とは言うが、目立った自殺未遂はしなかった。結局3年を終えて間もなく退学し、郷里で家業の手伝いをすることにした。地元の精神科医に紹介して受診したが、「全く話にならない」と通院はしなかった。その後も時々連絡を取り合い、「何とかやっています」と多少和やかに話すこともあった。基本的には何も変わらず、「ただ生きているだけ。いつ死んでもいいです」という。出会いから10年余が過ぎた。
コメント;表情はいつも沈んで硬く、内面の緊張が漂っている。声を上げて笑ったりはしない。治療者との関係は安定していた。意志と責任感が強く、静かな好青年である。プライドは高くて、不合理な非難には反撃する事もある。家族への絆が機能してこの世につないでおり、男の友人は余りいないがガールフレンドは持てるので、ごく基本的な人間関係が維持でき、就労もしている。結婚などは考えられないと言う。親が元気な間は自殺には至らないのかもしれない。しかし本人には不本意な人生であることには変わりなく、親との絆が切れたときには、もう彼をこの世につなぐものはないかもしれない。
MMPI;目立った所見はなく、PdとScがわずかに正常(70ポイント)を越える程度である。抑うつ尺度(D)は動いていない(60ポイント)。精神科疾患を範にしたこの種のスクリーニングテストでは、本例のようなケースは検出できない。筆者が作成し、学内外で用いている自己チェックリストの「空しさチェック」の項目では、90ポイント以上となるので、有効である(18)。
事例3:生き甲斐と生きる意欲を見出せない学生 23歳男
主訴:この世が空しい。生きることも空しい。やる気も出ない。
家族構成;姉と弟がいる。父は会社員、母は教師。両親は仲良く、家庭問題もない。
生育歴と現病歴:元々穏やかでおとなしい性格。いじめられたことも特にない。しかし物心が付いた時から味や匂いを感じると吐きたくなるなど、過敏で、嫌いな食べ物の多い子だった。他人に対しても過敏で、幼稚園の頃から「初対面の人間はイメージの中で殺してからでないと関わることが出来なかった」という。中学1年生の頃より、死ぬことについて本気で考え始めた。リストカットの経験もある。高校には入学したが、意欲が湧かずに2年で中退した。精神科も受診したが、薬は効かなかったのでやめた。従兄弟の自殺を機に再度別の精神科を受診したら、安定剤が効き、笑えるようになったが、「自然じゃない感じがして」止めてしまった。2年ほど自宅に引きこもっていたが、そのうち大学に行ってみようという気になり、さらに2年かけて大検を受けて大学へ入学した。しかし入学後もやる気は起きず、感情も低迷し、学校に出ないことも多い。心療内科で薬をもらったが効果無く、センターへ相談に訪れた。悲しさと空しさを宿したほほえみを浮かべ、静かに話す。「顔は笑えるが、いつもどこか強い空しさがあり、心は空っぽな感じです」と言う。話が深いところに触れると、はらはら涙を流して泣くこともある。
「他人はなるべく避けていたい。友人も持ちたくない。むなしいという感じにつきまとわれ、死を意識することが多い。死ねたら楽でいいなとは思うが、親を悲しませることにもなるので、今は自殺しようとは思わない。」「楽しさやうれしさは、感じることもあるが長続きしない。余韻も残らない。笑っていても次の瞬間に冷めている。」「とにかく生き甲斐がない。首から上は笑えるが、どこか虚しい。空っぽ。したいことが全く無い。胸のあたりが空っぽな感じで苦しい。」「中学1年から人生の空しさと死ぬことについて考え始めてからずっと変わらない。山寺に入ったり、山伏になったりすれば少しは楽になるかもしれない。」「自分と同じような感性を訴える音楽は聴くが、他に何をする気にもなれない。が、多少は知的な興味が救いになることもあり、オカルトなどの本や雑誌を読む。しかし呪術にはまる気はないし宗教自体にも興味はない。」カウンセラーとの話は嫌いでなく、毎週かなりの時間をかけて話していくが、進展はしない。自宅にも特に問題はないというが、家族の人柄の話をしているとはらはらと涙を流す。3年がたち、4年目は休学し、進級も出来ないので5年目の途中で退学を決めた。その後は自宅で休養していたが、気分のいい時期も介在するようになり、時々は短期のアルバイトもしている。
ロールシャッハ・テストの特徴;(1)反応数は32と多めであり、知的生産性は維持されている。現実検討力を示すR+%も78%と平均的である。初発反応時間の平均は21秒、反応時間の平均は3分17秒とともに長く、検査に対して防衛的ではあったものの、協力的でもあったと推測される。(2)W:D=5:19、W%=16%↓、Dd%=25%↑であり、領域選択において部分や周辺が多いことから、臆病さ、用心深さ、問題の核心を避ける傾向、情緒的な刺激との接触を避ける傾向が見受けられ、その背後に隔離(isolation)や反動形成という防衛の働きが伺われる。反応内容でも、全体反応よりも部分反応が多く同様の傾向が見受けられた。部分反応領域を用いられ易いZ・[・]カードにおいて、初発反応時間が早くカードの回転が見受けれないことからも、隔離を得意としていることが窺える(初発反応の遅れは、隔離に時間が掛かったものと推測)。(3)F%=56%↑、ΣF%=100%であることから、対人関係での感情表現を統制しすぎていること、適応のために過度に気を配っていることが推測される。人や動物の顔反応が多いことや、人の全体像を見易いV図版において、一人の人の上半身と下半身を分け、その反応の間に別の反応を入れていることから、部分に分け物体化してからでないと人を見れず、対人関係に対しての過敏性が伺われる。(4)c=4と多くΣC=1.25と少ないことから、繊細な感受性が開発されており、傷つき易いために直接的な強い刺激は取り入れられないことが推測される。
以上のことから推測するに、症例3は知的生産性や現実検討力が維持されているので大学への入学は可能であったが、強い対人恐怖と繊細な感受性を兼ね備えており、他人に対して自然な形で全人格的な交流を持つことは難しいと推測される。さらに、過剰な防衛によって感情が自覚されなくなったり、情緒に浸れなかったりしている。
MMPI;抑うつ尺度(95ポイント)と精神衰弱尺度(84ポイント)が高い。その他にこれといった特徴はない。追加尺度では、自我の強さ、自己統制力、社会的責任感、社会的自己評価などがすべて低く出る。これらの特徴は、本稿で示した事例の多くに共通しており、面接時の印象そのままであり、理解しやすい結果といえよう。本例は逸脱行動を示すことなく穏やかに過ごしているが、基礎にある「空しさ」は常に響き続けており、人生はその点を巡って動きを止めている。
事例4:厭世観と自責感、希死念慮とにとらわれた21歳女性 重度の自殺未遂
主訴:「死にたい」。これは小学校2〜3年の頃から思っていて、「気力が乗ってきてこれが頭の中心に来ると実行します」。これまでに深刻な大量服薬を3回。軽いものは5〜6回。
家族構成:姉一人、弟一人。両親は幼児期に離婚。「母はまるで私のことを分かってくれないけど、みんな私が悪いんです」と言う。親子関係は疎遠。
生育歴・現病歴:父親の顔は知らない。小学生の頃からいじめに遭い、中学生の頃にエスカレートしたので、中学2年生の終わりには学校に行けなくなった。高校ではいじめられそうな気配になったので、すぐに中退した。その後は自宅に引きこもり、2年後からはしばしばアルバイトをしたが長続きせず。大検を受けて合格し、短大への入学も決まったが、結局行かなかった。21歳の時に引き続き、25歳時にも大量服薬で昏睡状態になり、自発呼吸のない状態で入院した。面接では当初からほぼ一貫して次のような内容の心情を語る。「私は人が恐いんです。皆が私のことを良く思っていないし、私も皆に迷惑をかけていると思います。会社に出て働いても、人が言い合うのを見るだけで、死にたくなってしまいます。こんな醜い世の中に生き甲斐はありません。他人の中で生きていたくありません。私は幸せにはなれないし、その資格もありません。どうしても死にたいという気持ちが、小学校の頃からずっと続いています。絶対に死にます。」「ただ、自殺未遂の後はしばらく気持ちが盛り上がらないので、それまでは死にません。」
25歳の時の自殺未遂の後も「私が今願うのは、私のことを知っている人が誰もいない所に行って働くことです。誰にも甘えることができないところに行くべきだと思うからです。お母さんが私のことで迷惑していることは分かっています。家族が苦労するのも私が悪いからだと思います。・・・・私は、人が恐いのです。他人が近くにいることが辛くて、嫌でどうしようもないのです。そのうち死にます。 ・・・・この次は、失敗しません。」
経過;25歳での自殺未遂の後、2年近く自宅で静養し、薬物治療も続けた。そのうち苦しいながらも新しい会社に就職して、何とか1年余り続けた。会社で嫌なことがあると、泣きながら病院へ来ることも重なったが、何とか持ちこたえた。安定剤と抗うつ剤、睡眠剤も使用していたが、会社のストレスに耐えきれず、また大量服薬を行い、入院した。約4ヶ月間入院した後、かなり安定を取り戻し、会社は辞めたものの、偶然ボーイフレンドができて、1年以上交際し、彼との新しい生活に次第に希望を見いだしつつあるが、時に大量服薬が生じる。
コメント;対人恐怖、臆病さ、強い自責感が前景に出ており、絶望感はその結果として出てくるのであろう。「生きていたくない」と明確に意思表示して自殺企図を繰り返す例である。主治医としては本人の意思を尊重しつつも、何とか当面は死なないようにとなだめながら何年も付き合っていくしかない。本例では母親という受け皿が何とか機能し、たまたま恋人が出来たことで新たな局面に立ち向かえるようになりつつあるが、先行きは油断できない。
ロールシャッハ・テスト;(1)総反応数は少なめ、反応時間も短めなことから、検査に興味を持って取り組み積極的に想像力を働かせていたわけではなさそうである。(2)W:D=15:3、W%=79%↑であり、領域選択において全体が多いことから、自分の能力と照らし合わせて範囲を限定して関わるのではなく、与えられたまま全てに関わるという受動傾向が見受けられる。INQにおいて「ここ見なきゃいけないかもしれないですけど」と発言していることから、全領域に対して反応しなければいけないと思い込んでいた可能性も伺われる。現実検討力(R+%=42%↓)の低下には、この傾向も影響していると推測される。(3)初発反応時間が早めで現実検討力が低いこと、M:ΣC=0:5.5で外拡形であること、ΣF%=68%↓で低いことから、刺激を受けた際に頭の中で思いや考えを巡らせることによって、統制し得ない衝動性を回避するのではなく、行動で発散する傾向があると推測される。その行動は衝動的であり統制力に欠ける。(4)一般的に人を見易いと言われる図版やカラー図版において、連想を働かせることが出来ず、「絵の具」「習字」「水たまり」「落書き」等、輪郭線がぼやけ、図版内部の特性も漠然とした印象としてしか捉えられていない曖昧反応が多く見受けられた。自我境界が不明確になり、現実を正確に受容しにくいことを示唆している。現実検討力も低い。H=0、M=0と人に関する反応が皆無であること、FC:CF+C=2:4と情緒的な統制が弱いこと、カラーを決定因としたものの形態水準が非常に低いことを加味すると、人間関係を避け、情緒刺激を受けると感情統制が乱れ、自我境界が不明確になるだろう。 (5)限界吟味段階で\図版に対し「(炎に対し)とても怒りを感じる。私の怒りじゃなくて母のですよ」と述べていることから、怒りを他人に投影することが推測される。
以上から、事例4は主観的な世界に強い感情を持って捕らわれており、外界を不正確に漠然としか認識していない。多彩な情緒刺激にも耐えられず、場合によっては自我境界が不明確になってしまう。それにも関わらず、与えられたもの全てに関わらなければいけないと勝手に思い込み、それに答えようと無理しているようである。加えて衝動性がある故に、内的な安定を保つためには対人関係を避け、孤立して引き籠もる必要があるのだろう。
MMPI;自殺念慮をもつ人は、第2(抑うつ)、第7(精神衰弱)尺度が高いと言われている。加えて第9尺度(軽躁病)の得点が上昇していれば、自殺念慮を行為に移す可能性は高まってくるといわれる。今回のデータでは本例は第2、第7尺度が高めで第9尺度が低い。しかし、第4(精神病質的偏倚)、第8(精神分裂病)が上昇ぎみであるため、自殺を考えているだけの人よりも衝動的であり、慎重に考えるより行動化する傾向がありそうで、自殺の危険性もあると考えられる。
紙面の都合上、以下の事例では簡単にし、テスト結果も省いて叙述する。
事例5:希死念慮の定型例 21歳男 学生 未遂例
小学2~3年頃から、「自分はこの世とうまく合わない。何も生き甲斐がない、早く消えて無くなりたい」と感じてきた。生きた記録も残したくなくて、写真を撮ったり日記や本を残したりすることは今に至るまでない。ずっと人生の無意味さに悩み、「消えたい」と思い続けてきた。ただ、スポーツは好きなので、大学生になってからもテニスやスキーには参加してきた。しかし、クラブやサークルで人と交わることは苦痛なのでこれらには加入しない。働くことにもやる気が起きなず社会に出る気もない。しかし外面的には普通に登校し、友人もおり、成績が良かったので、落第や留年もせずに大学4年生まで来たので、親も友達も彼がそのような希死念慮をもて余しているとは全く気づかなかった。が、卒論研究がはじまると研究室に行くことには耐えられず、引きこもってしまった。
友人が訪ねても、部屋から出てこようとはせず、心配した教官が時間を指定して訪問しようとしたところ、直前に深刻な大量服薬とリストカットを行い自殺を図った。10日余りの入院で済んだものの、その後も希死念慮は消えず、危険なので学業を中断して自宅静養することとした。しかし自宅でも何かをしようという意欲は湧いてこず、家族に見守られてじっとしている。2年がたち、退学してさらに3年が経過したが、基本的な状況は変わらない。
このような例では、未遂が起こるまで誰も本人の内面の問題に気づかずにいる。この状態が中年まで続いて未遂が起きる例もあるし、50歳前後でいきなり自殺してしまう例もある。神経症圏の症状を出したり、本人が治療や相談を求めて医師やカウンセラー、宗教関係者などを訪れなければ、誰にも知られることなく既遂に終わることがある。
事例6:強い希死念慮を持ち、首を絞めて自殺を試みる大学生 18歳男 未遂例
小学生の頃から死にたいという漠然とした気持ちがあった。いじめにもあったし、不登校も経験してきた。中学時代には死にたいとはっきり思っていた。高校2年生から不登校が長引いて病院を受診したときには、表情はむしろゆるんでおり、苦しいことでも笑いながらしか話せない「笑い仮面」の状態であった。手やタオルで首を絞めて窒息寸前まで行く事態が常態化しており、頸部には皮膚が変色して盛り上がった「締めダコ」が出来ていた。いつも頭の中で「自殺時計」が音を立てて動いており、「2日後の深夜12時には死ななければならない」という観念が脅迫的に念頭を占めていた。「生きていることは苦しいだけ」「自分はこの世には合わない」「早く死んで楽になりたい」「ただもう無性に死にたくなる」と繰り返す。大量服薬は頻回に生じるが、3〜4回分を一度に飲む程度にとどめており、入院にまで至ったことはない。
安定剤の投与と家族関係の調整で、幾分かはこの状態が和らぐことはあったが、基本的には改善せず、何とか高校は卒業したものの、引きこもり状態であった。この状態を長く続けることに親の了解が得られず、何とかしろと迫られると希死念慮が強まり、首を絞める力が強まり、しばしば眼球結膜に出血斑が出るほどであった。結局翌年になり、大検を受けて近くの大学に入学したものの、登校できずにすぐ休学となった。そのあとロープを使うそぶりが出たことを契機に精神科の病院へ入院させたが、「入院生活自体も苦しい」と、1ヶ月余りで退院してしまい、またもとの生活にもどって、2年余りが経過した。その間、苦しいときにはメールで、「この世は空しくて、苦しすぎます。」「僕はもう充分頑張りましたよね。先生もう死んでもでもいいですか。」などと連絡を取りつつ、かろうじて通院服薬を続けている。