秋田災害忘れじの旅ある記 その6 蚶満寺の六地蔵とその周辺【水田 敏彦】(25.9.13)

今回のコラムは、象潟とその周辺に関する旅ある記です。
「象潟や雨に西施がねぶの花」
これは、有名な松尾芭蕉の句です。芭蕉も訪れ称賛したこの風景は、1804年(文化元年)象潟地震で失われてしまいました。土地の隆起で九十九島という景勝地が消滅し現在は水田になっています(写真1)。象潟地震による隆起ついては、既に配信したコラム「過去に発生した地震を探る~地震で地面が隆起する【鎌滝 孝信】」をご覧下さい。
地震の被害は象潟を中心として南北60㎞の日本海側の地域におよび、中でも「象潟」のある塩越村は潰屋389棟、死者69名と非常に大きな被害を受けています(『象潟の文化郷土史資料』より)。蚶満寺(かんまんじ)には、亡くなった人々を供養するために六地蔵が建てられました(写真2)。山門をくぐると、その先に六地蔵様が立っています。また、蚶満寺の正面にある道の駅象潟の南側には、唐戸石(からといし、にかほ市指定史跡)といわれる高さ4.3m、幅5mの大きな石があります(写真3)。唐戸石は隆起前は海面に頭をわずかに出していただけで、この石が象潟地震による隆起した高さを示す物的な証拠とされています。
さらに、象潟の周辺には当時の人々の強い防災意識を今に伝えるものがあります。にかほ市の海沿い、旧金浦町飛地区と旧仁賀保町芹田地区にある江戸時代に築造された由利海岸波除石垣(ゆりかいがんなみよけいしがき、国指定史跡!)です。日本海の波浪から海岸を保全するとともに、主に塩害から水田を守るために築いた石垣です。自然石を積み上げたもので、貴重な文化(土木)遺産が象潟地震を越えて残されています(写真4)。

写真1 現在の九十九島と水田[2013年9月(水田撮影)]

写真2 蚶満寺の六地蔵[2013年9月(水田撮影)]

写真3 象潟地震の隆起を示す唐戸石[2013年9月(水田撮影)]

写真4 にかほ市の海沿いにある由利海岸波除石垣[2013年9月(水田撮影)]