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韓国旅行記

2013/03/29

韓国の街並みの背後に、ソウルタワーが見えます。

 

屋台周辺は、キムチの辛い匂いがしました。

 

古宮というお店でお昼ご飯を食べました。

 

 大学の卒業旅行で、韓国へ行ってきました。4年間、様々な場所へ巡検や旅行をともにした研究室の仲間6人で行く最後の旅となりましたが、忘れられない最高の思い出作りができました。

 骨付きカルビを食べて、東大門市場で買い物をし、夜はコンビニでマッコリを買って、飲み会をするというなんとも平凡な海外旅行になりましたが、卒業論文が終わった開放感と皆と過ごせる楽しさで、一人一人のテンションは異常に高く、どこへいっても終始笑い転げていたように思います。
 仁寺洞を散策し、石焼ビビンバを食べて、屋台巡りをしながらトッポッキやおでんを頬張り、お腹も顔もパンパンになるまで食べ歩きをしました。疲れたら、クリスピークリームで美味しいドーナツとコーヒーを飲んで、休憩。そして夜はマッコリで飲み会をする、という2泊3日の旅でした。思い出話をしたり、将来のことを語ったり、どうでもいいような内容で盛り上がったりして徹夜で朝を迎えました。「これで大学生活が終わる、4月からは社会人になるのか…」と思うと、眠る時間も惜しいほどでした。

 新千歳空港に到着し、友達が北海道に残るのに自分だけが秋田に帰る選択をして、見送られながらお別れをした時、数秒前までは笑っていたのに突然寂しい気持ちが込み上げてきて、とても辛かったことをよく覚えています。地理学研究室に入って良かった、皆と出会えて本当に良かったと心底感謝しました。

 大学生活で出会う友達や先輩、後輩、先生方や職員の方々は、皆さんにとってかけがえのないプレゼントとして既に用意され与えられています。これからも良い機会や出会いに巡り合い、さらに充実した時間を過ごすことができますように、CTC事務局から願っています。


担当:戸井田 直美(CTC事務局)

 

TARO

2013/03/25

鍋島先生による発表の様子

 

会場の京都大学・折田先生

 

 先日京都大学で行われた第19回大学教育研究フォーラムに参加し,CTCの取組の紹介を行いました(「トピックス」にも報告されています)。1件あたり発表15分,質疑3分ということで,非常に短い時間ではありましたが,プロジェクトのポイントをお伝えするよい機会になりました。
 とはいっても,私が紹介したのはイントロ部分だけで,内容の大半をコーディネータの鍋島先生にお任せしました。鍋島先生は高校・大学と長年教壇に立ってこられた方ですが,このような研究発表の場は慣れない場所であったかもしれません。緊張する場面を担当して下さり,ありがとうございました。
 来年度も非常勤講師として,鍋島先生には学生の指導をしていただきます。形は変わっていきますが,何らかの形でコラボレーションできればうれしいです。
 では,鍋島TAROの語録から特に印象に残ったものを1つ紹介させていただきます。

「日本人は、もっと「人間とは何か、人生はどう生きるべきか」を深く考え、原点に帰らないと国際社会でも通用しなくなる気がします。」(ブログ 2013年3月1日より)

 こういうことを深く考える機会や場が,大学にはもっとあっても良いのかもしれません。


※2012年6月のブログ「TARO−岡本太郎の力−」もあわせてお読み下さい。

担当:細川 和仁(教育推進総合センター)

 

VOLLEYBALL界のtransition

2013/03/19

所属するチームのメンバーです。

 

 先日,秋田市で6人制バレーボールの大会があり参加してきました。
 高校生から社会人まで幅広い年齢層のチームが参加するため,普段は対戦する機会がないチームとも対戦することができ,とても刺激になる大会です。今回の大会では,男子は15チームが出場しました。

 今回のブログでは,私が担当させていただいているポジションの“リベロ”について書きたいと思います。
 リベロとは,前衛3人と後衛3人と分かれる6人制バレーボールにおいて,後衛を専門に担う守備的ポジションです。とにかく相手の攻撃を拾って拾って拾いまくる…,という役割で,相手のサーブをしっかりセッターに返すという安定感から,強打やフェイントなどラリー中の相手の多彩な攻撃への反応など,守備の要として多くのことを求められます。(私ができているかどうかは別問題です)
 1998年から国際ルールとして正式に採用になった比較的新しいポジションですが,この制度の導入により身長の低い選手でもバレーボールを楽しめるようになったことから,当時高校生だった自分にとってはとても革新的なできごとでした。

 私は,小さい頃からバレーボールの試合を見てきましたが,試合の中でおもしろいと思うシーンは,時速100キロを超える相手のスパイクを拾うときや,これは届かないだろうという場所に飛んでいったボールにくらいついて繋いだときだと思います。そして,それを自分のチームの選手が決めてくれたときは,チームに勢いがつくように感じます。まさに,守備から攻撃へのtransitionです。

 大学で学ぶことが全て攻めることではないかもしれませんが,学生の皆さんが教育や研究に意欲を持って臨みたいと感じることができるよう,学びの動機付けや学習支援により,皆さんがしっかりとした土台を築き,専門教育に繋いでいくことができるようなサポート体制を充実させていきたいと思います。

担当:櫻田 譲(CTC事務局)

 

他人の心とネズミたち

2013/03/08

「つながり」の進化生物学
岡ノ谷一夫 著
朝日出版社

 

 「自分に心があることは直接分かるが、他人にも心があるということはどうやって分かるのか?」
 こんなふうに問われたら、皆さんはどう答えますか?こういう問いが成り立つかどうかも含めて、私が一時期大いに悩み、いまも考え続けている問いです(哲学研究者は奇妙な問いにとりつかれる奇妙な生き物なのですね)。
 この問いとどのように取り組むにせよ、その取組が現代の生物学や脳科学などの学問成果と矛盾するようなものであってはならないので、計画的にではないのですが、その方面の本も読みます。最近読んだのは、岡ノ谷一夫さんという人の『「つながり」の進化生物学』(朝日出版社)。これは異様に面白い本でした。ということで、少し紹介します。
 著者の岡ノ谷さんは東大の先生で、もともとは鳥の研究者でしたが、今は感情や心の研究をしている人です。この人が埼玉の高校で四日間、進化生物学に基づいてコミュニケーションや言葉の起源や心の存在について講義した内容を再現したのがこの本。
 このなかで岡ノ谷さんは、冒頭の問いに関連させて「隣の人に意識があるかどうかは証明できない」ことを確認した後で、では、なぜ我々は隣の人に意識があると思っているのかと問い進めています。そして「適応価」という考えを出すのですね。適応価とは、ある個体がどのくらい生き残り、子孫を残すかを示す数値(適応度)の指標となるもののことです。簡単に言うと、隣の人に心があるという前提で社会生活をやっていったほうが、隣の人をロボットだと思ってやっていくよりも、明らかに適応できるから、他者に心を仮定する能力には「適応価」がある、したがってその能力が自然淘汰で進化した、というのが岡ノ谷さんの仮説になります。
 ここからさらに岡ノ谷さんは、他者の心の存在を推測する機能が発達した後、その機能を自分に振り向けた結果、自分に心があることが分かるようになったのではないか、という大胆な仮説を出し、そのメカニズムを脳科学の知見を使って解いていこうとします。このあたりは、推理小説のように面白い。
 急いで付け加えると、この本は、こんな理屈っぽい話だけでできている本ではありません。生き物たちのまことに多様なコミュニケーションの生態が山のように紹介されています。
 私が思わず夢中になったのは、ハダカデバネズミの説明。この冗談のような名前のネズミは、体長約8センチ、体重約50グラムで、全身に毛がない「しわしわの焼き芋のような外見」をしており、東アフリカの地面の下に長いトンネルを作って集団で暮らしているそうです。17種類の鳴き声でコミュニケーションをします。挨拶、喧嘩、おしっこ、エサ、交尾、その他いろいろな意味をもった声があるそうです。子どもを生むメスは女王の1匹だけ。女王と交尾が許されているのは数匹のオス。あとは「兵隊ネズミ」と「働きネズミ」がいます。
 このネズミたちの社会は超階級社会なのだそうです。女王が絶対者で、トンネルの中を巡回して怠けものの働きネズミを見つけると「ハヒッ」という吐息のような声で威嚇します。威嚇された側は仰向けに転がって「服従のポーズ」をとります。働きネズミは、女王が生んだ子どものために何重にも積み重なってベッドにもなります(肉布団階級なのですね)。兵隊ネズミは、ヘビが入ってきたときに生きたバリケードになり、何匹かが食べられ役になります。
 遠いアフリカの地面の下で、こんな生活をする生き物がいるのだと思うと、生命の豊饒さに改めて感動しますね。

* ハダカデバネズミの実際の姿は、Web上ですぐに見ることができます。

担当:銭谷 秋生(教育推進総合センター)

 

第16回ショパン国際ピアノコンクールを聴いて、考えさせられたこと

2013/03/01

国立フィルハーモニーホールのステージ
(コンクール初日)

 

ファイナル二日目
夜の国立フィルハーモニーホール

 

最終日 夜12:00
審査発表がはじまります

 

ジェラゾヴァ・ヴォラのショパンの生家

 

家族のポートレート
下段左より 姉,妹,ショパン,末妹

 

 2010年に開催された第16回ショパン国際ピアノコンクールを、最初から最後まで聴くことを決心した主な理由は、二つありました。
 一つは、2005年に第15回ショパンコンクールの開催に会わせて東ヨーロッパ巡りを計画し、ワルシャワに3泊滞在し、第一次予選の初日だけ聴きに行ったのですが、予想を超える演奏の素晴らしさにびっくりさせられたのです。その場で、どうやって審査できるのか、心配になったほどです。偶々、初日には、優勝したポーランドのブレハッチや上位進出者が多かったこともあったようです。
 二つ目は、大のお気に入りのピアニストであるマルタ・アルゲリッチと小山実稚恵さんが審査員として参加することになったからです。
 アルゲリッチは1965年第7回の優勝者ですが、1975年頃のピアノレコード全集の中のハンガリー狂詩曲を聴いて、あまりにも外連実のない生き生きとしたピアニズムと出会い、はじめて彼女の名前を知り、レコードを数枚購入しましたが、コンクールファイナルのピアノ協奏曲1番のライブ録音は、出色でした。それを凌ぐ演奏を未だに聴いたことはありません。
 小山実稚恵さんは、1982年チャイコフスキー国際コンクールで1位なしの3位、1985年第11回ショパンコンクール4位に入賞し、日本ピアノ界の超新星的存在になりました。
 一度聴きたいと思い、1986年岩手県民会館のコンサートに行ったのですが、途中交通事故の大渋滞に遭遇し、休憩時間にようやく到着したものの満席で入場できずにいたら、偶々、我が家のピアノ調律の方が当日の調律担当で、その方の席を譲っていただき、聴くことができました。オールショパンでしたが、日本人にピッタリのショパンで、最後まで瑞々しい演奏で、ミスのないコンサートも初めての経験でした。
 紙面が少なくなくなってしまいましたので、今回のコンクールで感銘を受けた演奏者を紹介します。優勝したロシアのユリアンナ・アブデーエワさんは、3次予選では本人がステージに崩れたほどに張りつめた見事な演奏でした。2位のオーストリアのインゴルフ・ヴンダー、3位のロシアのダニエル・トリフォノフの演奏もそれぞれの表現やテクニックが素晴らしく、見事でした。4位のブルガリアのエフゲニ・ボジャノフも今まで聴いたこともない独自のショパン演奏で、私の中では3次までは優勝候補の筆頭でした。その他に、入賞はしませんでしたが、ロシアのニコライ・ボジャイノフ、同じくロシアのミロスラフ・クルティシェフも予選では印象深く見事なショパンを演奏していました。
 今回、日本人は3次予選に残れませんでした。確かに安定した演奏が少なく、音楽に人間や人生を感ずる場面が少なかったと思います。ファイナルに残ったピアニストには、予選を含めて地にしっかりと根付いた演奏を感じ取れました。何か、今の日本人に最も不足しているものを、ロシアやオーストリアやブルガリアなどから教えられている気がしました。私の印象に残った日本人ピアニストは大崎結真さんで、一次、二次予選では、しっかりとした演奏を聴かせてくれました。
 日本人は、もっと「人間とは何か、人生はどう生きるべきか」を深く考え、原点に帰らないと国際社会でも通用しなくなる気がします。

 最後に、ジェラゾヴァ・ヴォラのショパンの生家と家族のポートレートの写真を紹介します。下段最右側の小さなポートレートは、早世した末娘エミリアです。ジェラゾヴァ・ヴォラは、ワルシャワからも50kmの距離であり、10月初め頃の季節が最高です。ぜひ、訪ねてみて下さい。私も、2015年の第17回ショパン国際ピアノコンクールには、必ず行こうと思っています。
 それでは、ジェラゾヴァ・ヴォラで!
 ご機嫌よう!

担当:鍋島 太郎(CTC事務局)

 

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