~分子シャペロン、タンパク質、発酵食品中の有効成分から健康で豊かな秋田へ~

タンパク質のはたらきを手助けする「分子シャペロン」

 私たちの体の中にある「タンパク質」。ギリシャ語で「第一人者、一番大切なもの」を意味するプロティオス(英:プロテイン)が語源であることからわかるように、私たちの体をつくり、動かし、栄養を運び、生命活動を維持する重要な役割を担う物質です。
 医学博士としての顔も持つ伊藤教授の基礎研究のひとつに、タンパク質のはたらきを手助けする「分子シャペロン」の解析があります。
 ヒトのタンパク質の元になるのは20種類のアミノ酸。これらは真珠のネックレスのように紐状に連なっています。この様に、ただアミノ酸がつながった状態では、タンパク質としてのはたらきがありません。タンパク質一つ一つが折りたたまれて固有の構造をつくることによって、初めてタンパク質としてはたらきます。リボソーム(タンパク質合成の場)から誕生したばかりで固有の構造を持たない不安定な新生タンパク質を、正しい形に折りたたんで、タンパク質としての機能を持たせ、また、他のタンパク質の構造やはたらきを正常にする手助けをするタンパク質を「分子シャペロン」と呼びます。「シャペロン」とは、フランス語で「介添え人」を指します。

 熱に弱いタンパク質。主成分がタンパク質となる卵は、熱湯でボイルすると白身と黄身が固まり、ゆで卵になります。
 ゆで卵とまではいかないものの、それに近い現象がヒトの体の中でも起こるそうです。例えばインフルエンザで40度程の高熱に浮かされている時。もともとあったタンパク質の立体構造が熱により変性し、本来の機能を失ってしまいます。その変性したタンパク質は細胞の中で変性タンパク質同士が会合していきます。これを熱凝集(ぎょうしゅう)と言い、本来の機能を失ったタンパク質は細胞にとって極めて有害となるそうです。
 この変性したタンパク質と会合し、はたらきを元に戻してくれるのが、分子シャペロンです。
 細胞の中には数万種類以上のタンパク質がありますが、分子シャペロンはタンパク質の誕生(折りたたみによる機能獲得)、細胞内でのタンパク質の機能調節、分解(古くなったタンパク質をアミノ酸に分解)まで、つまり「タンパク質の一生にとって最も重要なタンパク質」と考えられています。このため、各種疾患においても、分子シャペロンが密接に関与していると考えられています。
 伊藤教授は、分子シャペロンの構造やはたらきだけではなく、抗がん剤や抗生物質などの薬に、直接的あるいは間接的にはたらく、分子シャペロンの解析研究もしています。複数の製薬メーカーとの共同研究で、生体にとって異物である薬剤が、なぜ薬としてはたらくのか、また、同じような化学構造式なのに、ある化合物は薬剤としてはたらくのに対し、ある化合物はなぜ毒としてはたらくのか、細胞内における薬剤や毒の作用する仕組みを、分子シャペロンを中心に研究をしています。
 薬剤を服用すると、薬剤は細胞の中の特定のタンパク質と結合し、生体の情報伝達システムに影響を与えることによって薬として作用します。抗がん剤などの多くの薬剤は、分子シャペロンと直接、または間接的に結合し、抗がん作用を引き起こしますが、分子シャペロンのはたらきを阻害したりすることによって副作用がおこることなども報告されています。
 その一例として伊藤教授は、胃潰瘍のある治療薬剤が、ヒトの分子シャペロンHSP70にはほとんど影響を与えないのに対し、ヘリコバクターピロリ菌の分子シャペロンHSP70のはたらきを選択的・特異的に抑え、抗生物質が効きにくいピロリ菌の形態を、効きやすい形態に変化させるため、胃潰瘍の治療薬剤の併用がピロリ菌の除菌効果を高める可能性のあることなどを報告されています。
 また、抗生物質が効かない多剤耐性菌に対する新しい薬剤が2015年に認可されましたが、腎毒性や神経毒性の強い副作用の危険性が指摘されていました。その解析研究のため、分子シャペロンHSP90を凝集させ、分子シャペロンの活性を低下させた結果、副作用が起こる機構についても報告されています。

秋田に根付く発酵文化と発酵食品

 平成15年に工学資源学部(現・理工学部)へ着任後、「秋田は良質な食の素材に恵まれているのだから、それを活かし6次産業化を振興するようなひと工夫が必要だ」と考えた伊藤教授。新たな研究テーマとして着目したのは秋田の豊かな発酵食品文化でした。
 「発酵のまち」として知られる横手市には、平成16年に「よこて発酵文化研究所」が発足し、企業と行政が連携して「発酵」をキーワードに豊かなまちづくりを目指しています。首都圏からも注目を集めている日本酒や、納豆、しょっつる、いぶりがっこ、味噌、醤油など、雪深く冬が長い秋田では保存性の高い発酵食品が、長い年月をかけて多種多様な発展を遂げてきました。

 最近の日本は健康志向が非常に高く、「飲む点滴」として話題になった甘酒は記憶に新しく、その効果は一般的にもよく知られています。人間は20歳代をピークに徐々に免疫力が下がり、また、分子シャペロンも誘導されにくくなります。それに伴い、様々な細菌やウイルスに感染しやすくなったり、がんなどの疾患に罹患しやすくなるといわれています。加齢による免疫力低下は避けられないのが現実ですが、伊藤教授はその下がり方をできるだけ緩やかに、むしろ免疫力を活性化させたいという思いで、秋田の食文化に根付いていた乳酸菌や麹菌を解析していたところ、免疫系の調節に機能するサイントカイン「インターロイキン-12(IL-12)」というタンパク質を高発現誘導する菌が発見されました。この菌は、アニメ化された人気漫画「もやしもん」の元祖とされる大仙市刈和野の種麹・総合微生物スターターメーカー「(株)秋田今野商店」との共同研究による発見でした。「乳酸菌にはたくさんの種類がありますが、ある乳酸菌は免疫を活性化させる能力が非常に高いが、ある乳酸菌にはその効能はほとんどないなど、解析してみるとそれぞれ全部違うんですよ」と伊藤教授は目を輝かせます。

凍結乾燥された状態の乳酸菌

 また、県南の酒造メーカーとの共同研究で、酒粕から分子シャペロンを高発現誘導する成分を分離しました。加齢とともに発現誘導量が減少する分子シャペロンを、酒粕などの発酵食品成分から単離し、健康食品やサプリメントとしての6次産業化の振興を目指し、県内企業や秋田県と共同で研究開発が進められています。

抗菌ペプチド

 納豆の発祥地は諸説あり、全国にいくつかいわれがあるなかで、秋田もそのひとつです。

伊藤教授が発表した論文「納豆抽出抗菌ペプチドの抗がん剤への応用」

 納豆からタンパク質成分を抽出し、培養したヒトのがん細胞に投与したところ、がん細胞が全滅したという結果から、伊藤教授は納豆のたんぱく質成分に抗がん、抗菌、抗ウイルス作用があると発見し特許を取得しました。この研究ではがん細胞だけでなく、肺炎レンサ球菌、ブドウ球菌、単純ヘルペス1型ウイルスの死滅も確認され、今まで発見されていなかった「抗菌ペプチド」であることが分かりました。

医理工連携、産学連携の架け橋

 理工学部では、各種産業や医療分野における製品開発のための、基礎研究や応用研究がおこなわれています。「日本は、超高齢化社会に突入し、中でも秋田県は少子高齢化の先陣を切っていますが、分子シャペロン、タンパク質、発酵食品中の生体に有効な成分を基に、長寿健康社会の実現に貢献したい」と、伊藤教授。その一例として、医学部との共同研究による各種薬剤の薬理作用や副作用発症機構を分子レベルで解析することによって、「医理工連携」研究を行っています。また、県内外企業との共同研究により、発酵に関係する微生物の中から、生体にとって有効成分を特定し、免疫機能を高めたり、分子シャペロンを高発現誘導させる成分を単離することにより、健康食品や関連サプリメントを開発する「産学連携」にも、積極的にかかわっていて、基礎研究と応用研究から、健康で豊かな秋田に貢献したいと考えています。

研究室の学生の声

理工学部生命科学科生命科学コース 4年次
長内春奈さん

 DNAが複製するとき、DNAポリメラーゼというタンパク質が使われます。DNAは紫外線などで損傷することがありますが、DNAポリメラーゼη(イータ)というタンパク質は、損傷部位を正しいものとして認識してどんどん複製してしまうので、がんの増殖と悪性度に関係があるのではないかと考えられています。さらには、HSP90という分子シャペロンが、DNAポリメラーゼηのはたらきを活性化させているのではないかという報告もありますが、十分には解明されていないため、その相互作用を研究しています。
 大学に入ったときは皆同じスタートラインなので最初は知識がなくても大丈夫です。様々な専門分野の先生がいらっしゃるので、少しでも興味を持った分野を突き詰めていければ、研究も楽しいと思いますよ。

大学院理工学研究科生命科学専攻
生命科学コース 1年次
溝浦佑風さん

 県内企業との共同研究で、免疫賦活化作用(免疫力を活性化する作用)のある発酵食品の商品化を目指して実験をしています。乳酸菌をヒトの腸の培養細胞Caco2細胞に投与し、RNAレベルやタンパク質レベルで免疫力に影響を与える分子の発現量が上がるかどうか、乳酸菌の効果を調べています。使用する菌は凍結乾燥(フリーズドライ)されて死んだ状態の菌を用います。自分で育てている菌は自分で管理し、細胞が死滅しないように培養液を交換したり温度や二酸化炭素の管理は欠かせません。
 生命科学科では、なかなかできない体験や、新しいことをたくさん発見できます。私は「生物が好き」という理由で生命科学科に入学しましたが、この道に進んでよかったなと感じています。秋田だからこそ手に入る納豆菌や麹菌を扱える環境はとても魅力的ですね。生物が好きな人は、是非一緒に研究をしましょう。

(取材:広報課)

大学院理工学研究科 生命科学専攻 生命科学コース
教授 伊藤 英晃 Hideaki Itoh