秋田大学研究者 秋田大学研究者 佐竹將宏教授

Lab Interview

肺の健康に関するリスクを知ることの重要性

無意識の呼吸を意識してみましょう

 私たちが耳にしている「リハビリテーション」という言葉は、一般的には病気や怪我により失った機能を回復させるための訓練だと捉えられていますが、本来はもっと幅広い意味があります。
 元々の語源は、ラテン語で『re(再び)+habilis(適した)』という単語の組み合わせで、直訳すると「再び適した状態にする」という意味になります。しかし、単に回復のための訓練をするというわけではなく、可能な限りもとの社会生活を取り戻し、もしも身体に不自由が残っても安心した生活が送れるよう「自分らしく生きる」ために行う活動も含めて「リハビリテーション」なのです。佐竹教授はこの考えのもと、運動によって少しでも身体を動かしやすくするための呼吸理学療法『呼吸リハビリテーション』の研究をしています。

 私たちは絶えず無意識に呼吸を行っています。なぜなら、人間の身体には酸素が必要だからです。中学校の理科で習ったように、吸った空気は気管から気管支、細気管支へと枝分かれするうちに細く狭くなった道を通り、その先にある肺胞というぶどうの房のような器官へ届けられます。肺胞の周りには毛細血管が張り巡らされており、毛細血管を通じて血液中の二酸化炭素と酸素を交換します。このような肺のはたらきによって、私たちは呼吸をするだけで無意識に酸素を身体に取り入れることができるのです。
 しかし、肺や心臓の働きが損なわれていると、少しの運動でも息切れや酸素不足に陥ってしまいます。これは肺炎や呼吸器の外科的治療後などでも現れる症状ですが、本人が無自覚のまま進行する「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」と呼ばれる病気でも同じような症状が見られます。佐竹教授は呼吸リハビリテーションの研究において、特にこの「COPD」に力を注いでいます。

知らない間に進行する「肺の機能低下」

 COPD (Chronic Obstructive Pulmonary Disease)は従来、慢性気管支炎や肺気腫と呼ばれてきた、呼吸がしにくくなる病気の総称です。COPDはたばこなどの有害物質の吸入が原因で肺や気管支に慢性的な炎症が起こり、気管支の内側が狭くなることで空気の流れが悪くなります。また、肺胞の壁が壊れ、肺胞同士が繋がり1つの大きな袋状になることで毛細血管と接する面積が減り、十分に酸素を取り込めなくなります。
 COPDの原因の90%以上は喫煙によるもので、「たばこ病」とも呼ばれる生活習慣病となっています。また、大気汚染などの吸入性の外因でも発症し、罹患数は40歳以上の人口の8.6%、約530万人の潜在患者がいると推定されているそうです。しかし実際に診断や治療をしている方は約26万人足らずで、500万人以上の方は気づかないまま生活しているというのです。
 また、COPD患者は肺炎や肺がんの合併症率が高く、さらに最近では新型コロナウイルス感染症に罹患してしまうと健常者の1.7倍ほど重症化しやすいといいます。現在、日本の死亡原因の中で、COPDによる死亡は9位、特に男性では8位となっており、世界的にも年間のCOPDによる死亡者は300万人にも上るそうです。WHOはこのまま禁煙対策などを行わなかった場合、2030年には死亡原因の第3位になると推定しています。

 COPDは喫煙してすぐに発症するわけではなく、20〜30年の期間を経て徐々に進行していくため、年齢のせいで息切れや疲れやすさが出ると思っていたら実はCOPDだったという事例も数多くあるそうです。COPDで一番怖いのは進行すると肺の機能が元に戻らなくなるということです。そのことから喫煙者は早く禁煙すればするほど肺に負担がかからないということが伺えます。
 COPDは慢性的な咳や痰の他に、身体を動かした時に息切れが生じる「労作時呼吸困難」の症状が出ることも特徴の1つです。通常運動時は速く深く呼吸をすることで酸素を多く身体に取り入れようとしますが、労作時呼吸困難の場合、息を吸うことができても、吐くことができない状態になってしまうといいます。こうなると肺はどんどんと膨らみ、過膨張となってもうこれ以上吸うことができなくなります。これが息苦しさの原因となるそうです。そのような症状が現れた時は徒手的に肺を押して溜まった空気を押し出すこともあるそうですが、現在は新型コロナウイルス感染症の影響で、息を確認しながら呼吸のリハビリテーション療法を行うことができず、もどかしいところだと佐竹教授はいいます。

肺の生活習慣病COPDの認知度向上をめざして

 国民の健康寿命の延伸などを実現させるため、厚生労働省が健康増進法に基づき策定された「21世紀における国民健康づくり運動(通称「健康日本21」)」という取り組みがあります。
 健康日本21は2000年から2012年までを第1次と設定し、生活習慣病の原因となる『栄養・食生活』『身体活動・運動』『休養・こころの健康づくり』『たばこ』『アルコール』『歯の健康』『糖尿病』『循環器病』『がん』の9つの分野で現状や目標、対策等が掲げられました。第1次の途中ではメタボリックシンドロームの認知度に関する数値目標が新規に追加され、これを機に一般にも浸透し始めたと言われています。
 そして時代と共に注意しなければならない分野も変化していき、2013年から2022年までの第2次には、COPDも対策を必要とする主要な生活習慣病の1つとして挙げられました。COPDもメタボリックシンドロームと同様に認知度の数値目標が立てられ、第2次スタート時は25%だった認知度を、10年後には80%まで向上させることを目指しています。
 「COPDの知識の普及と認知度の向上で、本人や周囲の人がもしかしたらCOPDではないかという疑念を抱いた時には、早めに医療機関を受診して適切な治療を受けてほしい」と佐竹教授は言います。

高齢者の肺の健康を守るために

スパイロメータの肺機能測定でわかる主な数値

 COPDは、胸のX線写真だけでは診断の確定ができない場合もあるため、スパイロメータという測定器で肺機能測定を行います。このスパイロメータでの検査こそがCOPDの診断には欠かせないのだといいます。
 この検査方法は鼻をノーズクリップでつまみ、空気が漏れないようにしてスパイロメータのマウスピースを口にくわえて合図の通りに呼吸を繰り返すというものです。この単純な動作で肺活量や息を吐く時の空気の通りやすさなど、肺のさまざまな状態を知ることができるそうです。具体的にこの検査によって得られるデータはこの画像の通りとなります。
 この検査では%肺活量で80%以上、1秒率では70%以上の数値が基準値となり、この実測値が重要な鍵となります。スパイロメータでは、実測値から「肺年齢」がわかるようになっており、自分の呼吸機能がどの程度なのかを確認する目安にもなっています。

悪循環に陥らないように継続的に行う運動療法

 近年COPDの薬物治療は著しく進歩しており、気管支を広げる気管支拡張薬などで症状を和らげることができるようになりましたが、呼吸を完全に取り戻せるわけではありません。呼吸が苦しいことで活動や運動量が減少し、筋力や食欲の低下が起こり、体力も低下してしまうという悪循環に陥る場合があります。このようなことを避けるため、佐竹教授はCOPDのケアとして、身体を動かしやすくする運動も並行して行うことを推奨しています。
 呼吸リハビリテーションでは、呼吸筋のストレッチや歩行訓練、呼吸法などの運動療法で呼吸に負担をかけないこと、そして身体が楽になるような運動が重要となります。この呼吸リハビリテーションで筋力や持久力をつけることで、弱まった呼吸を補えるようになるそうです。楽に呼吸ができるようになればQOL(=生活の質)の向上にもなり、積極的に外出し活動範囲を広げることができるのです。
 これまで全く運動をしてこなかった方に対してそのきっかけを作ってあげることはとても大切なことです。そういった方に佐竹教授は「一緒に身体を動かしましょう」と率先して声をかけ、運動を促しているのだそうです。

呼吸を意識した運動

 COPDの患者さんは少しの運動でも息切れや酸素不足が生じてしまうため、運動をする時は寝たまま手足を動かすことから始め、寝返り→起き上がり→座る→起立→歩行→早い歩行→早く長い歩行というように段階的に運動量を増やしていきます。その際、酸素を身体にうまく取り込めているか、逆に酸素を使い過ぎていないかを知る必要があるといいます。
 そのために「パルスオキシメータ」という動脈血中の酸素飽和度を測る装置を使用します。この装置を指に装着することで、肺にある酸素を血液中にどれだけ取り込んで体に運べているかを数値で表すことができます。実際には90%以下の数値を示すと、体に十分な酸素を送れなくなった状態(呼吸不全)であることも考えられ、場合によっては酸素療法が必要になります。しかし、自覚症状がないにもかかわらず90%以下の数値を示す方もいるので、パルスオキシメータを用いた数値での判断はとても重要です。

 佐竹教授は、運動をする際に一番大事なのは呼吸と合わせて運動することだといい、運動と呼吸の連動を重視しています。たとえば通常何かモノを持つ際には鼻から息を吸い、口から吐きながら持ち上げますが、その時「口すぼめ呼吸」と「腹式呼吸」の2つの呼吸をこの動作の中に併用することで、空気をたくさん肺に取り入れることができるといいます。
 「口すぼめ呼吸」は、鼻から息を吸って、すぼめた口から吐き出すという呼吸法です。出口の狭いすぼめた口から息を吐き出すことで気管支が広がり、溜まった息を吐き出しやすくします。また、「腹式呼吸」は横隔膜呼吸とも言われていて、お腹を膨らませて横隔膜を下げることで楽に呼吸ができるという呼吸法です。

 こういった効率の良い呼吸法を身につけることで呼吸を整えることができる上、息切れがしにくくなったり身体を動かしやすくなるといいます。国際学会では、呼吸の体操と呼ばれる太極拳も、続けることによって持久力が付いたという報告がありました。
 また、誰でもできる運動療法として「レジャー歩行」という身体活動性を上げる方法があります。これは街の中を観光しながら歩こうという取り組みで、スペインで効果があったという報告があります。これを秋田でも取り入れようと「秋田を巡るウォークマップ」も作成されているそうです。

臨床試験としての呼吸代謝の評価

 身体がどのくらいまで負荷をかけた運動に耐えられるのか、呼吸や心血管系の能力に関する機能を「運動耐容能」といい、その運動耐容能を評価する方法として『フィールド歩行テスト』というものがあります。このテストには「6分間歩行試験」という6分間にどれだけの距離を歩くことができるかを評価する試験があります。その他、よく行われている『心肺運動負荷試験』には、室内でランニングやウォーキングを行うトレッドミルや、固定された自転車をこぐ自転車エルゴメータがあります。
 6分間歩行試験に代表されるフィールド歩行テストは、簡便に運動耐容能を評価できる試験として呼吸リハビリの運動療法を行うためには必須の試験だとされています。佐竹教授の臨床研究では、携帯式の呼気ガス代謝モニターとパルスオキシメータを装着した状態で、平坦な30mの直線コースを往復する6分間歩行試験を実施しています。

 呼気ガス代謝モニターは、マスクの口の部分に付いている羽根が呼吸によって回転することで内部のセンサーが運動中の換気量や酸素(O2)と二酸化炭素(CO2)の量を計測します。加えて心拍数の変化、終了後の回復時間や歩いた距離を測定します。この試験によりどの程度運動能力が低下しているかがわかり、呼吸器疾患の重症度判断や歩行速度の適正を知ることができるという仕組みです。
 実際に高齢者に対し6分間歩行試験を行い、半年後に再び試験を行って酸素量と歩行距離の増減を調べたところ、1回目に対し2回目の試験では酸素量が変わっていなくても歩行距離は伸びていることが多いことがわかったのです。この結果で一概に酸素と歩行距離の関係を判断するには難しいところがあるといいます。しかし歩行距離が300m以下だった場合は、今後悪化してしまう可能性が高いというデータもあり、こうした高齢者の呼吸代謝やエネルギー代謝のデータを集めて今後の研究に生かしたいと佐竹教授は言います。

 「呼吸は生きるために重要なことです。その中で呼吸リハビリテーションは、呼吸法や運動療法によって身体の内側から身体を動かしやすくすることができます。また、息切れをコントロールしながら病気とともに生活していく方法を身に付け、自分らしく充実した生活を送るための重要な役割を担っています。呼吸リハビリテーションの重要性を医師も理解し、これからますます発展性のある分野だと思っています」と佐竹教授は話してくれました。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 保健学専攻 理学療法学講座
教授 佐竹 將宏 Masahiro Satake
秋田大学研究者 佐竹將宏教授
  • 玉川大学 文学部 教育学科通信教育課程 1997年9月卒業
  • 秋田大学大学院 教育学研究科 学校教育専攻 修士課程 2000年03月修了
  • カーティン工科大学 文部科学省在外研究 2002年02月~2002年11月
  • 秋田大学大学院 医学研究科研究生 2004年03月修了
  • 【所属学会・委員会等】
  • 日本呼吸器学会、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会、日本義肢装具学会、日本理学療法士協会