地域救急医療に貢献し三次救急医療体制の確立をめざす
1秒でも早く治療ができるように
ドクターカー運用の流れ
秋田大学医学部附属病院に今年4月、秋田県内初となる高度な救急医療を24時間体制で受け入れられる診療機能施設「高度救命救急センター」が設置されました。
救急医療体制は初期救急医療、二次救急医療、三次救急医療の3つに分かれており、初期救急は入院の必要がなく帰宅可能な軽症患者を対応する機関をいいます。
そして二次救急は手術や入院治療ができる設備が整い、救急患者の受け入れが24時間可能な専用病床がある機関をいい、今回設置された高度救命救急センターは、三次救急として二次救急では対応できない重症、重篤患者に対して高度な救急医療を24時間365日対応できる診療体制が構築されている機関となります。
秋田大学医学部附属病院は、2012年からドクターヘリを導入し、基幹災害医療センターとしても体制を整えたうえで、2021年10月から秋田県では初の取り組みとなるドクターカー事業も開始しています。
ドクターカー事業は県内各地区の消防本部と連携しており、重症度や緊急度が高い傷病者が発生し、救急車では搬送に長時間要してしまう時や搬送途中で急変してしまった場合に消防から緊急要請されます。その要請により、医師と看護師を乗せたドクターカーがセンターから出動するという仕組みです。
提携した高速道路出入り口付近やコンビニエンスストアの駐車場などが救急車との合流地点となっていて、患者を乗せた救急車と合流したのちに救急車内でいち早く治療を開始しながらセンターへ搬送します。また、災害や事故などが起こった時は、場合によって傷病者の発生現場までドクターカーが出動し、医療を展開します。緊急搬送の中には産科救急もあり、急な出産や急変の対応も行います。ドクターカーには夜間や悪天候でドクターヘリが出動できない場合の補完的な活用も期待されています。
また、現在高度救命救急センターには熱傷専門医が在籍していて、こうした専門医取得の支援にも力を注ぐことでさまざまな重傷者の受け入れも可能になります。
秋田大学医学部附属病院高度救命救急センターのドクターカー
地域の救急科は救急専門医が不足し、センターへの転院搬送は年々増加傾向にあるといいます。現在秋田県に救命救急センターは秋田赤十字病院と秋田大学医学部附属病院の2箇所しかありません。中永教授は「遠方から救急搬送されてくる重症患者の命に地域格差があってはならない。1秒でも早く診療できるようにしたい」という思いでこの体制を整え、救急医の育成にも力を注いでいます。
「ドクターカーは、救急車と同じように赤色灯をつけサイレンを鳴らして走行する緊急車両です。救急車と合流する提携場所にはドクターカー合流地点のポスターが貼られているので道を譲るなどの救命活動の協力を広く周知してもらいたいと思っています。そして、今後救急医を育てて地域に派遣できれば、ドクターカーの活用で救命率向上と後遺症を減らすことにつながると思います」
ひとりでも多くの命を救うために取り組むべきこと
緊急度トリアージの知識を広げる
中永教授が現在取り組んでいる救急領域の研究には、「緊急度トリアージ」と「自殺企図再発予防」があります。トリアージは災害現場などで傷病者が多数発生した場合に、重症度や緊急度に基づき治療の優先度を決定するという非常に繊細で重要なもので、緊急度トリアージも同じように救急外来の患者を順番通りに診察するのではなく、緊急度の高い患者をいかに優先的にトリアージするかということです。
緊急度トリアージは緊急度判定支援システム 「JTAS (Japan Triage Acuity Scale) 」を使用し、5段階に分類して判定します。JTASは重症度ではなく緊急度を判定するため、救急車で搬送された場合でも個人で来院した場合でも緊急度が高い患者が優先されます。中永教授はJTASコースとしてトレーニングを重ね、迅速かつ的確な緊急度評価ができる教育コースに取り組んでいます。
また、秋田県は高齢化率が高く介護施設からの救急搬送も増えているのが現状です。そこで中永教授は、介護施設の看護師や介護師にも緊急度トリアージの目的と知識を持ってもらうことで、迅速な対応が必要な時に適切な救急処置や重症度と緊急度の判別に繋げて欲しいと考えました。そしてこの研究に「AkiTAS」というコースを名付け、現在立ち上げに向けて注力しています。
積極的な自殺企図再発予防の啓蒙活動
自殺企図再発予防とは、救急搬送された自殺企図患者の再発予防の啓発活動のことをいいます。秋田県は自殺率が高いとされていますが、中永教授はその現状を調べ、繰り返し起こさせないようどのように予防へ繋げるかという研究をしています。
救急外来は医療の大きな窓口を担っているという考えもあり、心理的、社会的な支えが必要となる患者に対して、地域の医療や福祉関係に橋渡しをする役目もあるのです。
救急外来には迅速な治療を必要とする精神医学的問題を抱えた患者が発生することもあります。そこで、救急医師や看護師、保健師などの精神科を専門としていないスタッフが、精神的症状を有する患者に対して安心な標準的初期診療を行えるようになるための「Psychiatric Evaluation in Emergency Care(PEEC)」という研修を秋田大学医学部が中心となって行い、講演などの啓発活動を進めています。
集中治療領域研究「急性血液浄化療法」の開発
集中治療部は呼吸、循環、代謝など重篤な急性機能不全の患者を受け入れ、人工呼吸器や体外式膜型人工肺(ECMO)、大動脈バルーンパンピング(IABP)、血液浄化などの重要臓器の代行や補助を行う医療機器を用いて集中治療を行う部門です。
急性肝不全をはじめとする各種臓器障害を併発した重症患者(敗血症性ショック、急性肝不全、重症急性膵炎、多臓器不全など)や難治性疾患(血栓性微小血管症:TMA)の治療のひとつに急性血液浄化療法というものがあり、中永教授はこれらの重症例に対する新しい血液浄化療法(アフェレシス)の開発研究もおこなっています。
血液は、赤血球や白血球などの血球成分とアルブミン、グロブリン、凝固因子などのタンパク質の血漿(けっしょう)成分から成り立っています。急性腎不全の治療のひとつである血液透析療法は、人工腎臓を介して血液から老廃物や余分な水分を除去する治療で、週3回、1回の治療に4〜5時間を要します。
中永教授が開発した「選択的血漿交換+透析療法」について
中永教授の開発した選択的血漿交換+透析療法(Selective plasma exchange with dialysis (PED))は、選択的血漿分離器を用いて血漿交換を行いながら、血漿分離器の多数の細い管の中空糸外側に透析液を流すという新しい血液浄化療法で、サイトカインを含む種々のケミカルメディエーター(化学伝達物質)を除去することで細胞の再生を促します。サイトカインという物質は免疫細胞から分泌され、身体の健康維持に必要な免疫を機能させる役割を持っていますが、過剰に分泌してしまうと活性化し、自分の細胞を攻撃して傷つけたり、疾患を引き起こすきっかけにもなってしまうものです。
一般の血漿交換は2時間程かけて交換しますが、全てが綺麗な血液に置き換わるわけではないため、重症例の多い集中治療室では48時間緩徐に施行する「continuous PED」を行い持続的に血液を浄化するといいます。また、糖尿病や高血圧の患者は脂肪細胞から分泌されるタンパク質のアディポネクチンという善玉物質が低下することがわかっています。そこに選択的血漿交換を用いることで、血中アディポネクチンを増やすことができるのだそうです。妨害物質を取り除くことで低下したものを正常値に高めることも確認されており、今後は重症急性膵炎やCOVID-19の重症例にも適応が見込まれています。
現在のこの血液透析カラムは成人用となっていて、今後は小児用のカラムの製作に向けて中永教授はさらに研究を続けています。
救急医療における漢方治療の応用
中永教授は漢方薬を併用した治療も行っているほか、同時に古くて新しい漢方薬治療の研究も進めており、2018年度日本東洋医学雑誌ベストレビュワーにも選出されました。漢方薬はゆっくり効いて即効性がないようなイメージを持たれている人が多いと思いますが、中永教授によると実はそうではないそうです。
「西洋医学は直線的に障害部分を治す「短所是正型」と、東洋医学は全体をよくして障害部分を改善していく「長所伸展型」と言えます。西洋、東洋医学を組み合わせることでさらなる治療効果が望めるでしょう」と中永教授は話します。
秋田県では、土などで汚れた創傷から破傷風菌という細菌が作る毒素によって起こる破傷風の感染が毎年数例報告されています。しかし破傷風は漢方治療を併用することで、重症化のリスクを減らすことが確認されているのです。また、COVID-19に対しても軽症患者には漢方薬の併用投与もされています。
劇的に変化する救急医療のやりがいと救急医人材教育に向けて
中永教授が救急医を目指したのは、ちょうど救急医学講座ができ始め、救急医療の必要性が高まってきた頃だったといいます。現在、秋田大学医学部附属病院救急科専門医療研修プログラムでは、危機対応能力の高い救急医の育成に努めています。しかし、秋田県の救急・災害医療体制は未だに十分ではありません。今後の医療を担っていく人材が必要なのです。
「救急医になるために必要なことは患者さんの病気を治したいと思う気持ちが一番だと思います。秋田大学は臨床しながら研究をすることができて学位を取ることもできますし、自分の知識をより深めたいと思ったら他大学とも連携して研究もできます。色々な症例がありますが、果たしてこの治療が最善なのか、違う方法がないだろうかと興味を持つことは大事なことだと思います。救急医は色々な選択肢がありますのでぜひ目指してほしいと思います。我々と一緒に秋田県の救急医療を作り上げていきましょう」
現在も中永教授は命の最前線で総合的な高度医療の臨床に携わりながら救急医育成と秋田県の救急医療の今後を見据え、ひとりでも多くの命を救うため今日も研究に勤しんでいます。
総合診療医センタースタッフの声
現在高度救命救急センターとして救命的な役割が増えている中で、重症患者になり得る人の背景を調査することによって自殺企図再発予防や治療戦略が立てられるのではないかと秋田県内でのデータを集め、その集計結果から統計を出すという研究が行われています。研究や自殺予防について熱傷専門医も兼務する入江先生にお話を伺いました。
秋田大学医学部附属病院総合診療医センター
特任助教 入江 康仁 先生
私は秋田県および日本での状況をサーベイランス(調査監視)した研究が少ないという観点から、その対応策として熱傷にフォーカスを当てた研究をしています。
秋田県は人口当たりの自殺率が高いことが社会的問題となっていますが、その背景にはさまざまな問題があり、孤独やサポートを受ける人が少ないということもその一つです。自殺を起こさせない、またはもし起こってもすぐに対応するという早期発見・早期治療が非常に大切です。
熱傷は、自殺以外にも引火や火災による事故でも重症化に至ることがあります。ストーブの給油中の火災もあるため、一人暮らしの方やお年寄りの方に不燃性の服の着用も提案したいと考えています。また、民生委員の見回りや地域のコミュニティも重要となります。
現在秋田大学医学部附属病院では、自殺に特化した全国初の学内組織「自殺予防総合センター」を設置し、予防策を検討しています。さらに自殺者の半数を占める高齢者を対象とした孤独を解消する目的の策も実施しているところです。熱傷による自殺には、助かっても手術に手術を重ね、人工呼吸器で余生を送る人や苦しいリハビリ生活の方が多く、自殺は個人の問題ではなく地域社会で取り組む問題として様々な対策がとられています。
私も現在行っている研究で自殺の方法による重症化やそのきっかけや背景をデータ化することで、今後の秋田県の自殺企図再発予防に貢献したいと考えています。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです