秋田大学研究者 柴山敦教授

心臓は不思議が詰まった魅力的な臓器です

心臓の司令塔 ペースメーカー細胞

 重度の心疾患になってしまった場合、心臓移植という治療法があります。亡くなられた方の心臓を取り出して病気の方に移植すると、心臓は動くのです。不思議だとは思いませんか?

 「どうして、心臓は自分の意志とは関係なく動くことができるのでしょう。心臓移植のように、今や当たり前のように行われているけれども『よくよく考えてみると不思議だよね』ということは、世の中にたくさんあるんです」

 尾野教授は長らく『心臓はどうやって動くのか』ということを研究してきました。ひとつの心臓には100億個もの細胞があると言われています。その内の99%は、サイズは大きいがおとなしい細胞(心筋細胞)。残り1%が司令塔のような役割を担う「ペースメーカー細胞」です。このペースメーカー細胞は電気信号を発生させ、心筋細胞たちに対して『動きなさい』という司令を出し、心筋細胞が収縮・弛緩を繰り返すことにより、心臓は全身に血液を送るポンプのような役割を果たしています。

 人体と電気はなかなか結びつかないかもしれませんが、身近な例で言うと、心電図検査は体の中の電気信号を捉えて波形にしています。人を感電させるほどの電力を放つデンキウナギやデンキナマズですが、そのような仕組みの基本は筋肉細胞や脳の神経細胞など、どんな細胞でも持っていると言われています。人が自分の体を動かすことができるのも、脳からの司令が電気信号として伝わり筋肉を動かしているからです。心臓は独立した電気のシステムを持っているので、体外でも動くことができるのです(自動能)。

まるで人間の「組織」? 〜心臓内の不調和が招く 不整脈〜

 この統率が崩れた状態が『不整脈』です。本来なら言われた通りに動かなければならない細胞が勝手に動いたり、命令されても動かくなってしまう状態です。何故ペースメーカー細胞に従わなくなるのか、その原因を解明することが、尾野教授の今一番の主題です。

 ペースメーカー細胞の異常、もしくはそのルートが侵されている人は、代わりの司令塔として人工のペースメーカーを装着しています。人工のペースメーカーはプログラムされた通りにしか動きませんが、体の中にあるペースメーカー細胞は人間の心と体の変化に呼応して、緊張したり走ったりしたときには早く打ち、リラックスしているときにはゆっくり打ちます。つまり、体の事情に応じて早くなったり遅くなったりすることが可能なのです。このような機能は現在、人工のペースメーカーには備わっていませんが、発達した技術により、その変化を捕まえてリズムを変えてあげるような仕組みが現在研究されているそうです。

 心臓は、指示を出すペースメーカー細胞と、働く側の細胞たちが調和しないと上手く機能しません。ペースメーカー細胞を会社や組織で言うところの管理職・リーダーだとします。ペースメーカー細胞はひとりの人間の心臓に数千~数万個存在し、どれがリーダーかはわかっていません。どれかが休んでいる間は他のどれかが動くといった働き方をします。これをペースメーカーシフトと呼ぶそうです。シフト制勤務の体系や、風避けのために先頭を入れ替えながら集団でリズムを保つスケートのショートトラックの選手たちにも似ています。
「ペースメーカー細胞は唯一無二の細胞ではなく、複数のリーダーが部下を従え、皆で補い合いながら調和を保っていく心臓の仕組みを見ていると、まるで人間の『組織』のように思えてきます」と、尾野教授は感慨深く話します。

私たちにも救える命

 心臓は、心筋が一斉に収縮することによって全身に血液を送るポンプの役割を果たしているのですが、心室の筋肉がバラバラに興奮を始めると正常に収縮できなくなり、血液が全身に回らず意識を失ってしまいます。これは『心室細動』と呼ばれる不整脈のひとつです。
 AED(自動体外式除細動器)は、心停止の疑いのある要救助者の心臓状態を自動で判断し、もし心室細動を起こしていれば、強い電気ショックを与えることで、心臓の状態を正常に戻す機能を持っています。それ以外の場合であれば、AEDは「心臓マッサージを続けなさい」と指示を出します。一般の方でも使用できるように改良が重ねられ、駅や空港、学校等の公共施設、デパートやスーパー、体育館等、国内の様々な場所で設置が進んでおり、国内での設置台数は45万台以上、年間約200人の命が救われているそうです。

日本人の主要死因に関与する心房細動

 不整脈にはいくつか種類がありますが、尾野教授は現在、『心房細動』という不整脈に注目しています。心臓は右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋からなり、司令塔であるペースメーカー細胞は右心房にあります。そこから送られた電気信号はまず心房を通り心室に伝えられます。このように心房と心室が順番に収縮することで、心臓は正常に機能します。

 AEDが必要な心室細動は、ポンプとしての役割の中核を担う心室の細かな痙攣により血液が送り出されなくなった状態です。放っておくと人は数秒で倒れるため、一刻を争います。対して、心房細動は、心房が細かく痙攣し、心房から心室へ血液を送る機能が低下します。すぐ死に至るわけではありませんが、この心房細動で一番警戒しなければならないのは、血液が澱み血栓ができるという問題です。血栓は血流によって運ばれ、体のあちこちで血管を詰まらせます。血栓が脳に飛ぶと脳梗塞を引き起こします。心房細動は、日本人の三大死因であるがん、心臓病、脳卒中のうち、心臓病と脳卒中に関与する症状です。
「脳梗塞の発症率には心房細動が大きく関係しています。今症状がなくても、心房細動を早期発見して血栓をなくし、心臓のリズムを正常に戻してあげることがとても大事です」

心房細動の診断と治療の現状

 心房細動の早期発見につけ、まずはメカニズムの解明からです。右心房のペースメーカー細胞以外にも自動能を持つ細胞があることがわかってきたと尾野教授。その細胞からの異常な電気信号が心房を痙攣させているそうです。
「心房細動の起源になるような潜在的な細胞の自動能を明らかにし、新たな治療法や自動性を制御できる技術を探っていきたいというのが私の研究のひとつです」

 心房細動の治療として今ポピュラーになってきているのが、カテーテルアブレーション(電気的な焼灼)という治療法です。ももの付け根の静脈からカテーテル(医療用の細く柔らかい管)を挿入し、治療部位を電流で焼いていきます。すると細胞は一度死に、電気を伝えない細胞として置き換わるため、異常な興奮は伝わらなくなります。心臓の拡張・収縮のリズムも元に戻り、血栓もできなくなります。再発もありますが、投薬治療に比べると遥かに良いとされています。

心房細動の早期発見に向けた「振動センサー」を開発中

 早期発見が重要なポイントとなる心房細動ですが、今は病院での検診で見つけるしか方法がないと言います。
 尾野教授は現在、秋田大学の産学連携の取り組みの一環として、就寝中の息の仕方や心音等の振動情報を計測しデータ化する「振動センサー」の開発に力を注いでいます。

「わざわざ病院に心電図検査に行かなくても、背中に敷いて寝ているだけで心房細動か否かがわかるかもしれません。今は試験中なので診断精度をあげていく段階です。今後は睡眠の質や心音の計測、睡眠時無呼吸症候群の診断や、看取りへの情報提供といった応用ができるような付加価値をつけていけたらと考えています」

 医学部卒業後麻酔科の医師を6年間務め、その後研究の道に進んでいった尾野教授。30年以上培ってきた電気信号の解析技術を、今回のような波形データの解析に応用できることが、自身の研究者としての強みであると話します。

心臓は不思議があふれる魅力的な臓器

 心臓の手術では心臓を止めたり動かしたりということが日常茶飯事で行われています。基礎研究の積み重ねによる科学的な裏付けがあるからこその医療技術です。長い歴史の中、仕組みを明らかにすることで、多くの場面において心臓を人工的に止めたり動かすことが可能になってきたそうです。

 「常に研究者として疑問を追っていきたいです。自分たちの科学的な興味が社会のニーズに合致するに越したことはないと思っています。今自分がやっている研究は、たまたま合っている気がしますね。自分たちの研究を、早く皆さんに還元できるようにしていきたいです」

 『心臓は魅力的な臓器です。楽しいですよ』と、終始いきいきとした表情で語ってくれた尾野教授。心臓という臓器が持つ不思議な魅力と研究愛が伝わってきました。医者の道を目指す医学生の育成はもちろん必要ですが、その中でひとりでも研究に興味を持ってくれる人がいたらうれしいと話します。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
医学専攻 病態制御医学系
教授 尾野 恭一 Kyoichi Ono
  • 九州大学 医学部 1983年03月卒業
  • 秋田大学医学部長
  • 秋田大学大学院医学系研究科長