秋田大学研究者 大田秀隆教授

Lab Interview

高齢者がいつまでも安心して暮らせるように

研究だけでなく、現場での交流も大切にしています

 大田教授がセンター長を務める高齢者医療先端研究センター(Advanced Research Center for Geriatric and Gerontology,Akita University (ARGG))では、秋田県の健康寿命日本一を目指し、秋田県、秋田県医師会、秋田大学が三位一体となり、高齢者のための健康づくりを推進しています。

 高齢化は加速し、それに伴い認知症も今後さらに増えていくことが予想されます。認知症の方と、そのご家族の思いや視点を最も重視しながら、高齢者医療先端研究センターでは、2つの面に同時に取り組みます。

 ひとつめは、認知症や高齢の方に多い呼吸器疾患等の予防法、診断法、治療法に関する研究開発です。フレイル、サルコペニア、ロコモなどの高齢者疾患全般の研究も含まれます。
 もうひとつは、高齢の方にやさしい地域づくりの推進です。認知症は特効薬がなく、今のところ治せる病気ではありません。そのため、社会が認知症の方とともに生きる、住み良い世の中に変わっていくことが重要です。

 「アカデミックで学術的な研究ばかりでは意味がないと考えています。当センターとしては、現場に出ていき、地域住民の方と交流しながら研究を進めたいと思っています。もちろん研究は一番大事ですが、社会交流の観点を忘れずに、その中でデータを集めていくことができれば良いですね」
 高齢者の方々がいつまでも安心して暮らせるように、高齢者にやさしい地域づくりに貢献し、健康長寿に関する研究や教育、社会交流を、より一層充実させることを目指しています。

これからはデータシェアリングが必要

 認知症の症状は物忘れだけではなく、精神的不安定さ、徘徊、BPSD注1等の周辺症状も含まれます。今は最適なケアの指標がなく、各々の経験則によるケアがなされています。ベテランの方は上手くできても、若い介護者はわからない事もあるようです。

 国としても、認知症対策を進めています。平成27年度から日本全国で認知症の予防や治療薬の効果検証をするための「オレンジレジストリ」というビックデータの収集・蓄積が始まりました。国立大学や市中病院が参加し、データを収集・蓄積している段階です。もちろん高齢者医療先端研究センターもオレンジレジストリに参加しています。
 海外にはGAP注2やEPAD注3という大きなデータプラットホームが既にあり、情報がシェアされています。海外は医療データだけですが、日本では介護老人保健施設(老健)や自宅で行われるケアのあり方をモデル化するために、介護データの収集も行われています。
 「認知症の様々な症状はケアや介護で緩和されます。日本にも共有できるデータが必要です。ひとつの研究所に閉じこもるスタイルはもう古いのです。日本も開かれた研究を展開していかなければなりません」
(注1)BPSDとは、中核症状に付随して起こるさまざまな症状(行動や心理面の表現)をいいます。
(注2)GAP=Global Alzheimer`s Platform
(注3)EPAD=European Prevention of Alzheimer`s Dementia Consortium

「認知症の早期の気付き」を

 65歳未満の認知症(若年性認知症)の推定患者数は全国で約3.7万人。しかしこれは約10年前の数字です。3年程前から全国で若年性認知症の有病率の調査が始まりました。
  認知症は遺伝性の場合もあるためか、周りに言い出せずに家庭内で悩みを抱えている方もたくさんいるのではと、大田教授は見ています。
 「今は郵送による一次二次調査で、秋田県内の有病率や課題を調べています。皆さんの今の悩みや苦しみを、私たちに教えてほしいです。研究だけではなく、皆さんに役立つ成果を出さなければ、このセンターがある意味がないと考えています。我々のデータや研究をもとに、皆さんの生活が変わるサービスや制度を生み出せるような、ムーブメントを起こせたらよいですね」

 現在、横手市で、65歳以上の高齢者の方を対象とした認知機能と体力測定を経年的に行う追跡調査(コホート研究)を進めています。家族の人数、服薬している薬の種類、認知症以外の他の疾患の有無等、どのような危険因子が認知症に関係しているのかを明らかにするための調査です。
 「自分は大丈夫」と思っていても、引っかかってしまう人がいると思います。このような方々はいわゆる予備軍の可能性もあるので、早期に自分の状態に気付くことができると思います。保健師が介入し、訪問指導や病院での検査を促します。この横手市での追跡調査は、まだまだ研究に参加してくれる方が少ないため、今後は規模の拡大が目標です。
 85歳を超えると約40%ぐらいは認知症なのだそう。認知症はもはや他人事ではありません。「自分も認知症になるかもしれない」という危機感を持ち、なんらかの行動を起こしてほしいと話す大田教授。コホート調査への参加と「認知症の早期の気付き」を呼びかけます。

他分野のスペシャリストとの連携

リピドミクスで迫る、認知症の早期発見と診断技術

 現在、認知症の診断はとても難しいといいます。外来での心理検査(もの忘れの検査)、血液検査、脳の血流を見る検査や心筋シンチグラム等の高額な検査、早期診断を求めるとなれば痛みを伴う髄液の採取による検査等が必要となります。
 「秋田大学といえばリピドミクス、ということで秋田大学生体情報センターとの共同研究も行っています。世界に先駆けた、この脂質解析技術を活用しない手はありません。血液一滴だけで認知症の鑑別ができるようになれば、とても画期的な技術になり得ます」
 国立長寿医療センターから提供いただいた認知症の方の検体(血清など)を、リピドミクスを用いて解析を行い、より簡便な検査の実現を目指します。

高齢者に多い呼吸器疾患への啓発

 秋田県は喫煙率が高く、呼吸器疾患は高齢者に多い病気です。タバコを吸うと肺ガンやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)になりやすくなります。COPDになると肺の構造が壊れてしまうため、有効な酸素を取り入れることができないだけでなく、COPDは治療も大変です。酸素ボンベと管を付けて日常生活を送らなければならなくなることもあり、とても苦しい病気です。
 しかし喫煙者の多くは、この危険性をあまり認識していないといいます。タバコやCOPDの恐ろしさを広く知ってもらうため、大田教授は昨年の市民公開講座でもCOPDの啓発を行いました。
 センターには二名の呼吸器内科医が在籍しています。普段は外来での診察を行う現役医師の力も借りながら、予防や治療につながるような研究を推進しています。

広大な秋田県特有の課題を可視化

 呼吸器の専門家だけではありません。センターには地域社会学の先生も二名在籍しています。現在、社会学の観点から、秋田県特有の地域課題、地域包括ケアにおける医療介護の課題を調査しています。
 「羽後町では認知症サポーターによるボランティアが盛んです。日本全体で見てもとても素晴らしい活動をしているのですが、あまり知られていないんです。羽後町の皆さんから学んだ良い事例を、学会や学術誌で積極的に紹介するようにしています」

高齢者医療先端研究センターのスタッフ

 医療だけでなく社会学の観点をプラスすることで、広大な秋田県特有の課題を可視化し、交通や環境、文化等を踏まえて多角的に見ることができます。

 このように高齢者医療先端研究センターでは、大田教授の高齢者を取り巻く医療に関する知見を中心に、他分野のスペシャリストと連携し、高齢者に多い病気の革新的な診断法や治療法の開発を目指しています。

産学連携で目指す、高齢者にやさしい地域づくり

 秋田市ではエイジ・フレンドリーシティという取り組みを行っています。都市の高齢化に対応するために、2007年からWHOが提唱している世界的プロジェクトです。秋田市は日本の中でもエイジ・フレンドリーシティの先駆けで、高齢者にやさしい地域づくりをモットーに、交通、運動や健康づくり、ショッピングなど、県内企業40数社と提携して多面的な活動をしています。
 最近では2019年4月、秋田ケーブルテレビ(CNA)、秋田魁新報社、秋田銀行の3社が共同締結して「株式会社ALL−A」というベンチャー企業が設立されました。秋田大学高齢者医療先端研究センターと東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)も、研究面で協力しています。
 大田教授は、高齢者の方にとって本当に役立つ技術やツールの提供を目指しています。例えば5G(高速大容量通信)を利用した高齢者の見守り、ネット回線を利用した社会交流の場の提供など。このように、お互いを繋げる仕組みづくりを検討しているところです。
 また、産学連携は企業側にも利益がうまれなければ成り立ちません。秋田の企業を元気にしながら、高齢者にやさしい地域を創り出す、これはエイジ・フレンドリーシティのこれからの課題でもあります。

認知症の方、そのご家族、双方のケアを

 大田教授が生まれ育った九州でも高齢化は進んでおり、孤独なご老人が多かったといいます。大田教授が医学部生の頃、授業の一環で高齢者の方のご自宅を訪問し、お話を聞いたり、認知症の方の車椅子や入浴の補助をしたことがありました。話を聞いたり背中を洗ってあげるだけで、涙を流して喜んでくれるおじいちゃんやおばあちゃんとの交流にやりがいを感じたと、当時を振り返りました。脳外科を目指していた大田教授の考えは180度変わり、高齢者医療の道へ進みました。
 「東京大学医学部附属病院の研修で高齢者医療を学び、高齢者の様々な疾患を診てきましたが、やはり認知症の方はとても多かったです。1日100名程の方々が、わらをも掴む気持ちで病院を訪れました。ご家族側のストレスも相当なものでした。ひどい現状を目にして、対策を考えていかなければと思いました」

 「認知症=何もわからない」のではありません。ご本人は「自分が何かおかしい」ということは感じているといいます。また、記憶力や日常生活の遂行機能が落ちても、不快感等のマイナスの感情は敏感になっており、家族からイライラをぶつけられた理由は忘れたとしても、その時の心の傷やストレスだけは残ってしまうのです。
 ご家族のご理解があれば、認知症の方は家庭で過ごすことができるのです。どれだけ重度の認知症でも、周りの家族のやさしさや見守りがあれば、なんとかなることがほとんどであると、大田教授は熱弁します。認知症と診断された途端に周りも態度を変えたりせず、寛容な姿勢で、過干渉せずに、今まで通りご本人を理解し、その意思を尊重し、本人が毎日の生活を楽しめるように過ごすのが良いそうです。

 「これだけの超高齢化社会において、認知症は完治しないとなれば、社会が認知症とともに暮らしていく環境に変わっていくことが望まれます。施設や病院はひとつの選択肢ではありますが、完全な解決策ではありません」
 ご本人の人生を尊重しようと思えば、認知症が原因で住み慣れた我が家を離れなければならない方は幸せといえるのでしょうか。しかし、子育てと介護に挟まれて苦しむご家族や老々介護になってしまうケースが多いという事実は無視できません。双方の思いに寄り添い、見守る側のご家族に対してどのように手を差し伸べるかも、課題のひとつです。

秋田だからできることがある

 大田教授が秋田を初めて訪れた時、同じ日本でありながら、東京都と秋田県の違いを痛感したと話します。
 「秋田の若者たちは、進学や就職で秋田を離れてしまう方も多いと思いますが、他県や海外から良い知識や技術をたくさん身に付けた後は、地元秋田に帰り生まれ育った地に貢献してほしいです」
 2040年には高齢化のピークを迎えるようですが、秋田は既にその時を迎えています。超高齢化という負のイメージを転換させることは、秋田県にしかできません。秋田県のモデルを先進事例として、自信を持って全国に打ち出していくべきだと、大田教授は話します。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

秋田大学高齢者医療先端研究センター
教授 大田 秀隆 Hidetaka Ota
秋田大学研究者 大田秀隆教授