秋田大学研究者 柴山敦教授

患者さんとじっくり向き合う訪問看護の魅力と、経験の差が生む“4つのゆらぎ”

一人ひとりのQOLを尊重した、おだやかな看取り

 高齢化の進む昨今、QOL(Quality of life:生活の質)の維持が注目されています。食べる、寝る、排泄するなどの生命維持における最低限の活動に加え、本人がどんな時にほっこりするか、安心して自分らしく過ごせるかは、人によってそれぞれ違うはずだと中村教授。そして、それは本人の主観によるものであるため、QOLは状況に応じて変化していくものと中村教授は捉えています。

 自宅での最期を望んだ末期がんの70代男性の例です。この男性にとっての幸せは、自分がかつて撮影した写真を眺めながらソファーでインスタントコーヒーを飲むひとときでした。病院ではゆっくりとした時間を過ごすことができないため、どうしても自分の家に帰りたかったのだそうです。この男性のQOLは、心地よい時間を過ごしていたのであれば、病気によって低下せずに保たれていたということになります。このように、自宅での最期を望む理由は劇的なことではなくても良いのです。「何が本人にとって普通の生活で、心地よい空間なのか。その生活に近づけてあげたい、支えてあげたいという気持ちで、なだらかで緩やかな看取りを行ってきました。昔話を引き出して聞いてみると、患者さんはそれだけで気持ちが明るくなったり、楽しかった頃を思い出して自分を取り戻すことができたりします」

 中村教授は、訪問看護師は患者さんと対等であるというスタンスで、これまでの看護人生を送ってきました。患者さんから教えてもらうこともたくさんあるそうで、会話の中からQOLの高い時間をつくることも、その役割なのではないかと考えています。

“あなたの願いを叶えたい”

 病院は、あくまでも「治療する場所」であり、暮らす場所ではありません。市町村単位で医療、介護、住まい、介護予防的な支援、食べることや掃除などの生活を支援する取り組みが、地域包括ケアです。
地域包括ケアを実現させるためには、在宅医療を中心とした体系を地域に整えることが重要です。秋田はと言うと、在宅医療がまだまだ浸透していないのが実情です。住民も病院完結の考えが強く、訪問看護の啓発運動も行ってはいますが、まだまだ認知不足ですね」

 ポリシーは、“あなたの願いを叶えたい”であると語る中村教授。闘病生活が長くなると、疲弊してくるのは患者さんだけではありません。近い距離にいるからこそ、ご家族の心労も計り知れないものがあります。看護の力を信じ、患者さんとご家族の気持ちに寄り添い、おだやかな看取りとその支援をしてきました。

 47歳の頃、今一度自身の看護について振り返るために、母校である東京の聖路加看護大学の大学院に通いながらケアマネージャーの仕事をしていた中村教授。そのような時、とある患者さんとそのご家族との出会いがありました。患者さんの娘さんから「この病院で母の最期を看取るのはどうしても後悔が残るから、何とか家で看取りたい」と訴えかけられた中村教授は、緊急なことも起こりかねないというリスクを娘さんに伝えた上で病院からの移動の了承を得ました。すると、中村教授は医療機材やベッド、ヘルパーさんとの連携、搬送準備などの態勢を1日で準備し、自宅に戻れるようすべての手配を整えたそうです。翌日、住み慣れた自宅で患者さんは息を引き取りました。娘さんは「自宅で母を看取ることができて本当に良かった」と話したと言います。

 しかし、患者さんのお通夜に参列した際、静岡のご親族の方からの「今回のことは、東京だからできたことだね」という言葉を受けて中村教授はハッとしました。交通の便や地域医療の状況を考えると、「果たして秋田でも同じことができるのだろうか」と。この一件がきっかけとなり、平成19年、中村教授は故郷の秋田に戻る決意をされました。

訪問看護ステーションの管理者が行う新人訪問看護師への関わりを探索

優れた実践をモデル化

 秋田へ戻った中村教授は、訪問看護の実践をモデル化して明らかにすることで、次世代の訪問看護ステーションの管理者を目指す人や、現職の管理者の方の悩みを救いたいと思い、優れた実践者へのインタビューや参加観察を重ねてきました。訪問看護の領域は実践の科学と言われており、現場での優れた実践のモデルが確立されていなかったのです。

 東京で「マギーズ東京」や「暮らしの保健室」を展開している秋田市出身の訪問看護師 秋山正子さんは、中村教授が注目した管理者のひとりでした。秋山さんの下で生き生きと仕事に励む看護師たちを見て、秋山さんをはじめとする優れた管理者の実践をモデル化したいと考えました。

キャリアがあるからこそ感じる“4つのゆらぎ”

 訪問看護師のほとんどは病棟看護経験者だそうです。秋山さんらに話を聞く中で、キャリアがあるからこそ感じる、病棟看護と在宅看護の違いから起こる以下の“4つのゆらぎ”が存在することがわかったのです。
1.利用者によって提供する看護が違う、個別性の強さへの不慣れ
2.一人で訪問し看護をやり終えることへの不安
3.利用者家族との適切な距離の取り方における混乱
4.医師中心から利用者中心の看護の提供にシフトすることで起こる、戸惑いや空回り

 病棟看護では何かあればすぐに医師を呼ぶため、どうしても医師依存の看護になってしまう側面もあります。しかし在宅や訪問看護の場合、どの時点で医師を呼ぶかは看護師の自己判断に委ねられています。病棟看護師としての経験を積んでいるからこそ、一人で看護に赴くことが怖くなってしまうのだそうです。
 訪問看護ステーションの管理者は、この“ゆらぎ”を理解しているため、看護師に対してサポーティブな関わりが可能であることがわかりました。

 病棟看護経験がなく、訪問看護師からスタートした人には、この“ゆらぎ”はなく、病棟看護経験が3年以内の場合は“ゆらぎ”が少ない、10年程のキャリアがあると“ゆらぎ”やすいということもわかってきました。最近では新卒者の訪問看護教育プログラムが始まってきていますが、秋田ではまだあまり進んでいないと言います。秋田大学医学部保健学科看護学専攻では、在宅看護の授業と実習を経験した後、訪問看護の世界に魅力を感じる学生もいます。大きな訪問看護ステーションとの連携体制を整えるなど、大学としても支援していけるようなシステムを作っていきたいと、中村教授は構想を練っています。

「暮らしの保健室」に気軽に立ち寄ってほしい

本道会館 2階「おらほの暮らしの保健室in秋田大学」

 秋田大学は地域包括ケアシステムの一員として、平成28年1月「おらほの暮らしの保健室in秋田大学」を開設しました。イギリスのマギーズキャンサーケアリングセンターをモデルに秋山正子さんが始めた暮らしの保健室を秋田でも開きたいと思ったのがきっかけで、国立大学としては初の設置となります。

 「『おらほの暮らしの保健室』は、どなたでも無料で利用できます。患者さんと医療従事者という関係ではなく、看護師などの専門職ボランティアが日々の生活や病気の相談相手になります。入院生活や療養生活にストレスを感じている方やご家族の方に、お茶を飲んだり本を読んだり、おしゃべりをしたりして気分転換をしてもらいたいです。病院から自宅までの間で、自分を取り戻す通過点として気軽に利用していただきたいと思います」

 現在、さらに立ち寄りやすい場所への移転も検討中で、ボランティアスタッフを募集するなど人員の拡充も目指し、「暮らしの保健室」を広める活動にも取り組んでいます。

秋田の地域医療には若い力が必要です

 少子高齢化率全国1位など、様々な問題を抱える秋田県。地域包括支援の取り組みも進んではいますが、若い担い手を育成していかなければなりません。
 「訪問看護の現場では、医療従事者としての知識や高い技術はもちろん、判断力やコミュニケーション力が必要になります。そして時間やナースコールを気にせずに、時間をかけてひとりの患者さんの看護にあたることができるので、『看護らしい看護ができる喜び』を感じることができます。是非秋田大学で学び、秋田のために貢献できる人になってほしいと思います。秋田の地域医療を担う若い力が必要です」と、看護の世界を目指す若人への力強い言葉をいただきました。

 心の底から看護を愛し、そのバイタリティと人柄で周囲の人を引き寄せ、自身の看護の道を切り拓いてきた中村教授。現在は看護教育の立場から、看護の魅力と得られる喜びをもっと伝えていきたいと熱意を燃やします。

(取材:広報課)

大学院医学系研究科
保健学専攻 地域生活支援看護学講座
教授 中村 順子 Yoriko Nakamura
  • 聖路加看護大学 衛生看護学部 1979年03月卒業
  • 聖路加看護大学 看護学研究科 修士課程 2008年03月修了
  • 青森県立保健大学 健康科学研究科 看護学専攻 博士課程 2011年03月修了
  • 秋田大学大学院医学系研究科附属地域包括ケア・介護予防研修センター長