秋田大学研究者 山口 留美子教授

Lab Interview

進化を続ける液晶ディスプレイ

地域生活に基づく生活リズムを捉える

 情報化社会を支える基盤技術の一つ、「光エレクトロニクス工学」の分野で大きく発展している液晶材料があります。山口教授は、液晶の物性評価から新しい液晶ディスプレイの開発研究に取り組み、電子ディスプレイの可能性を応用した研究を行っています。
 液晶の製品で代表的なのは液晶テレビ(LCD)やパソコンのディスプレイなどですが、携帯電話やゲーム機、時計、車のメーター、電卓の表示部分にも液晶が利用されています。
 また、現在のスマートフォンが薄く軽くなったのは液晶のおかげと言っても過言ではありません。画面がブラウン管ではポケットサイズにはできず、ましてや電池で動かそうとすると数分程度しか保てません。しかし、液晶にして充電できるようにすることで2〜3日使用できるようになり、同時にその他の部品も技術革新が重ねられ液晶製品は進化してきました。

液晶ってどんなもの?

 液晶 :LC(Liquid Crystal)は固体でも液体でも気体でもなく、透明で少し粘性があり固体(結晶)と液体の中間にある状態のことを表しています。固体の分子は規則性を持って並んでいますが、液体の分子は形もバラバラな状態だといいます。
 液晶はこの固体と液体の両方の性質を合わせ持ち、規則性を持って並んでいる液晶分子に電圧を加えることで分子の向きが変わり、光学特性が変化するという性質があります。

 非常に細かな溝が並んだ板に液晶を乗せると溝と同じ方向に並びますが、縦向きの溝と横向きの溝がある2枚の板で液晶を挟むとねじれて並びます。そこに電圧をかけることでねじれた液晶はまっすぐに並びます。これを偏光板で挟み込むと、電圧をかけない状態では光が通り、電圧をかけると光が遮断され暗くなります。つまり電圧のオン、オフによって液晶が光の通りを変えるのです。

 一般的な電卓の場合、数字は白地に黒文字で表示されます。これは数字の部分に電圧をかけることで黒く表示させる仕組みで、逆に黒地に白文字で表示させることも可能です。
 また、車内のテレビモニターは夏の高温でも耐えられるよう100度を超えるまでは溶けない仕様になっている一方、車外に取り付けるカメラモニターは−30度でも耐えられる仕様となっています。液晶の性質を利用し、数種類ある液晶材料の化合物のブレンド方法を変えることで、目的に応じた製品を作ることが可能なのです。

液晶ディスプレイの種類について

 液晶ディスプレイ(LCD)にはTN方式・VA方式・IPS方式の3種類があります。
 TN方式は細長い液晶分子が横に並んでいて電圧をかけると立ち上がります。反対に初めから立っている分子を横にするのがVA方式です。さらに、横に並んでいるものを平行に90度回転させるのがIPSパネル方式です。液晶分子の動かし方がそれぞれ違うため、それぞれが長所短所を持っています。
 TN方式は見る角度によって光の見え方が変わり、視野角に問題のないゲーム機などに低コストで使用できます。また、VA方式はTN方式よりも遮光性があるので黒色がはっきり出力できます。視野角はTN方式より広くコントラストの高い画質で見ることができます。さらにレントゲン写真の液晶ディスプレイは視野角が広く、正確な判断ができるように見え方によってコントラストの違いが出ないIPS方式になっています。IPS方式は動画制作などのクリエイターにも多く利用されています。

 

液晶の光散乱と光透過

 近年公開された映画にも登場した透明ガラスの公衆トイレが話題となりましたが、これは特殊な液晶シートが挟み込まれた瞬間調光ガラスが使われています。電圧がオン時に液晶シートが透明(光透過状態)になり、電圧がオフ時に不透明(光散乱状態)になります。つまり、電圧がオフとなる使用時は不透明な状態になり、万が一停電が起きても中が見える心配はありません。
 このように電圧オン時に光透過状態、電圧オフ時に光散乱状態になることをノーマルモードと言い、反対に電圧オン時に光散乱状態、電圧オフ時に光透過状態になることをリバースモードと言います。液晶は電圧のオン、オフで透明にも不透明にもすることが可能なのです。

 山口教授は透明な窓ガラスから曇りガラスへ変化するスマートウインドウ(電子カーテン)の開発をしています。液晶中には数十種類の高分子によるネットワーク構造体の光散乱型液晶素子材料の組み合わせにより新規の光散乱メカニズムを見出しました。
 このスマートウインドウはリバースモード特性によるもので、電圧オン時は光散乱状態の曇りガラスになります。液晶分子の配列によっては、ブラインドのように上からの太陽光は遮られますが、下の景色は見えるようにできます。電圧オフ時は光透過状態になり電気的切り替えが可能な上に3.5ボルトという低電圧で稼働できます。さらに周波数を変えることによってブラインドの角度調整が可能になります。

新規な分子配向技術を応用した光セキュリティデバイスの開発

 

画像クリックで潜像技術の動画を見ることができます

 色素を添加した2パターンの潜像を配した液晶に偏光板を縦、横に向きを変えると潜像がそれぞれ独立して可視化できる液晶素子の開発が行われています。
 液晶の分子の並びを一方向に配列させることが必要とされていますが、この配列を制御するためには「配向膜」が重要な働きをしています。配向膜は極めて薄い膜で精密な分子設計が要求される高機能性材料です。山口教授はこの配向膜で分子設計による特徴の違いを用いた新たな分子配向技術を提案しています。
 モニターをオフにすると画面が消えて暗くなりますが、オンにすると画面が見えるようになります。これは分子の並びを全て同じく配列させているためです。
 山口教授はこの配列を部分的に変え、電圧ではなく配向膜の特性を使い、光で同じようなことができると考えています。偏光板は特定の方向に偏光している光だけを透過させる樹脂製の薄いフイルムで、身近なものでは、釣りや船上、スキーなどで使用するゴーグルに使われており、偏光を利用して水や雪の光の反射を抑えています。

 小さく切った1枚の偏光板で見ると少し薄暗いですが見ることはできます。また、2枚の偏光板で1枚だけ90度回して見ると偏光板が縦と横に重なり、真っ暗で見えなくなります。(写真1)
 写真のネガは被写体と明暗が逆になっている状態ですが、このネガを使って液晶配向処理すると、ポジフィルムの像にもネガフィルムの像にも見える液晶素子ができます。(写真2・3)
 山口教授が開発した液晶配向処理したセルでは、最初は何も見えない状態から2つの違う画像が偏光板の向きを変えることによってそれぞれ可視化像として見ることができるのです。(写真4)
 また応用としてセキュリティデバイスとしても活用できます。重要な書類、IDカードやお札などにも使われている偽造防止ホログラムがありますが、同じように商品の一部に仕込んで偏光板で見ると文字やマークが表れ、セキュリティー&ディフェンスとしても可能です。液晶配向現象はいまだ解明されていない部分が多いと言われており、液晶分子配向技術はいろいろな分野にも応用が期待されています。

紫外線を当てると光る液晶モニターの開発

 山口教授は白地に文字が赤や蛍光色で光る液晶モニターの開発にも取り組んでいます。自動車の運転中にメーター情報を見るためには目線を下にしないといけませんが、最近は必要な情報をフロントガラスへ表示するヘッドアップディスプレイという運転支援技術があります。運転の視界を邪魔しないように情報や指示を出したりできるものです。
 このような情報技術は色々な方式がありますが、山口教授は光工学方式で液晶を用いた研究も行っています。夜間は紫外線を当てると赤や黄色に光りフロントガラスに表示されたり、緊急時には音声だけではなく文字を赤く表示することも可能ではないかと山口教授は考えています。長年の研究から自動車メーカーから相談を受けたり、アドバイスをすることもあるのだそうです。自動車メーカーと偏向板メーカーと山口教授との共同研究など様々な研究がされています。

超低電圧駆動液晶表示素子の提案

 初期の電卓は電源コードを使って電気で動かしていましたが、その後は乾電池2本で使用できるようになり、現在は太陽電池4個(0.6V×4個=2.4V)で動いています。
 4個ある太陽電池のうち2個だけ指で塞ぐと液晶ディスプレイの表示が消えてしまいます。しかしその消えた状態で数字を入力して指を離し、太陽電池4個状態にすると計算結果が表示されます。これは計算させているCMOSという回路の部分は2個の電圧で動いて、表示させるためにはさらに2個必要だということです。
 電卓が現在のようにコンパクトになり進化してきたのは、CMOSと液晶に表示させるために使う電圧が同等程度で電気回路的に相性が良かったからだそうです。
 ところが最近はCMOSが進化してさらに少ない1V以下の電圧で稼働できるようになり、山口教授は液晶表示を超低電圧稼働させたいと考えています。今まで発表されている液晶表示電圧は2V必要とされていますが、山口教授の研究では計算上0.7Vくらいで表示が可能になるというところまでわかっているそうです。
 電卓以外にもお店にある商品陳列棚の値段表示の液晶ディスプレイも太陽電池で低電圧駆動液晶表示にすれば大きく表示することもできます。しかも無線で値段を切り替えられるようにすると、プリントした値段表示を付ける手間が省ることにもなります。今後は新規材料配向膜の素子の探索を進め超低電圧駆動液晶表示の実用化に向けてさらなる研究に取り組んでいきます。

身近にある液晶から関心を深める

 今年のオープンキャンパスでは電気電子工学コースを訪問された学生から高い評価が得られ「がんばったで賞」を受賞した山口研究室は人気投票で1位だったそうです。液晶という言葉は知っていても液晶自体を初めて見る学生も多かった中で変化を確認できる実験はとても興味を持ってくれたのでしょう。
 「秋田市の広報や新聞に理系の楽しさを学べる教室が催されています。ぜひ小さい頃から親子で興味を持って参加してもらいたいです」と山口教授は言います。
 山口教授が開催した親子で参加する教室では、液晶の他に偏光板を使い空や雲を偏光板の方向を変えながら覗くとどうなるかという実験もあります。空や雲にも散乱や反射性があるため、コントラストが変わって見えることに子どもたちには驚きと楽しさがあるのでしょう。そして「今度虹が出たら偏光板で観察してください」と言うとワクワクしながら帰るそうです。
 さらに、小学校の時に教室に参加した子どもが秋田大学に入学し、その子のお母さんが山口教授を覚えていて声をかけてくれたそうです。その時はとても嬉しくやりがいを感じたと言います。
 山口教授は秋田大学電子工学科時代に佐藤進教授の液晶レンズの研究がとても魅力的に感じ、研究室に配属後そのまま研究者の道へ進みました。液晶を使って理系の楽しさを広める取り組みとさらなる新規配向膜材料素子材料を追求し、21世紀を支える基盤技術の一つである光エレクトロニクス工学液晶ディスプレイ開発に向けた山口教授の研究はこれからも続きます。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科
数理・電気電子情報学専攻 電気電子工学コース
教授 山口 留美子 Rumiko Yamaguchi
秋田大学研究者 山口 留美子教授
  • 秋田大学 鉱山学部 電子工学科 1984年3月卒業
  • 【取得学位】
    秋田大学 博士(工学)
  • 【所属学会・委員会等】
    電気学会、日本画像学会、秋田北高等学校評議会、SID (the Society for Information DIsplay)、秋田県職業能力開発審議会