Think Globally , Act Locally~秋田でなければできないことを世界に発信する~
運動器の維持・再建の研究
整形外科学は運動器の機能と形態の維持・再建をめざす臨床医学です。運動器とは筋肉や骨、靭帯、腱、神経など身体を支えたり動かしたりする器官のことです。日本では男女ともに、「腰痛」「肩こり」「手足の関節の痛み」等、整形外科に関係する症状に悩む方が多くいます。診療領域は広範囲に渡り、全年齢層が対象となるため疾患も多様となります。
宮腰教授は、骨粗鬆症をターゲットとした骨代謝の研究をはじめ、サルコペニア関連、高齢者脊柱後弯変形の病態解明のほか、医理工や産学連携による医療機器の開発を柱として、日々研究に取り組んでいます。
適切な骨粗鬆症治療の解明に挑む
骨粗鬆症をターゲットとした骨代謝研究
私たちの骨も、皮膚などと同じようにターンオーバーを繰り返しています。古くなった骨は破骨細胞という細胞に破壊され、その部位を骨芽細胞が修復して新しい骨に生まれ変わります。これを「骨代謝」といいます。
この代謝のバランスが崩れ、骨強度が低下した状態を「骨粗鬆症」といいます。わが国の患者数は1590万人(男性410万人/女性1180万人)で、高齢女性で発症リスクが高くなります。骨粗鬆症における四大骨折部位は背骨、肩、手首、太ももの付け根ですが、重症例では手術が必要です。中でも背骨の骨折(椎体骨折)は年間420万件も生じており、生命予後にも関係することがあります。
宮腰教授はロマリンダ大学(アメリカ)留学中の2年間、有名な教授の元で骨代謝研究について学びました。帰国後は秋田大学整形外科のラボで研究グループを結成し、新しい骨粗鬆症の研究を始めました。糖尿病モデルや卵巣摘出モデル、グルココルチコイド投与モデルなど様々な骨粗鬆症の病態を動物モデルで再現し、病態のメカニズムや治療方法の解明のための基礎研究に取り組みました。
骨粗鬆症の患者さんは骨折の手術後に骨が癒合しづらいことがあります。宮腰教授は「フーリエ変換赤外分光イメージング」という評価方法などを用いることで、骨粗鬆症治療薬である「テリパラチド」が骨の質を改善し、骨癒合促進にも有用であることを証明しました。さらに臨床症例において、非定型大腿骨骨折という極めて難治な骨折にもテリパラチドが有効であることを明らかにしました。この知見は世界初の論文として海外の骨粗鬆症関連のガイドラインにも引用されています。
骨を蓄えよう
また、ダイエット中の人や閉経後の女性は骨粗鬆症になりやすいと言われています。女性は男性よりも骨のストックが少ないため、若いうちから骨を意識し、食事をしっかり摂り、運動習慣をつけることが大切だといいます。つまり、成長期に骨をいかに増やし、その貯蓄をたくさん持てるかが、骨粗鬆症予防の鍵となります。
運動器障害はストレスにも繋がりやすく、健康寿命を延ばすためには運動器のメンテナンスを早い時期から行うことが非常に重要です。30分~1時間の運動でも、6000歩ほどのウォーキングでも構わないといいます。例えばトータルの運動量を150分/週とすると、一気に150分の運動することと1日30分×5日の運動することの効果はあまり変わらないとされています。
「日本整形外科学会ではロコトレ(ロコモーショントレーニング)として「片脚立ち」と「スクワット」を勧めています。この2つの運動では足腰が鍛えられ、転倒予防にもなります。ホームページにも載っているので参考にしてぜひ運動してみてください」
ビタミンDの重要性
加齢によって筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下する状態をサルコペニアといいます。宮腰教授が2400人の女性を対象に行った臨床研究では、骨粗鬆症の人ほどサルコペニアになりやすいことが判明しました。
筋肉を丈夫にする物質「マイオカイン」と骨を丈夫にする物質「オステオカイン」はお互いに作用し合うことから、加齢と共に筋肉と骨は同時に弱くなっていきます。宮腰教授は骨を丈夫にするために必要なビタミンDの受容体は筋肉にもあることに注目し、ビタミンDの筋肉に対する効果を検証することにしました。そのひとつが、トレッドミルで有酸素運動をさせた糖尿病ラットに活性型ビタミンD₃を与えると、筋肉を増やす同化遺伝子が増加し、筋肉が壊される異化遺伝子が抑制されるということを調べた研究です。
臨床応用では、「大学病院の先生が考えたサプリ饅頭」を老舗菓舗と共同開発しました。このサプリ饅頭にはビタミンDとカルシウムが含まれており、食べた後には血液中のビタミンD濃度が上がることが証明されています。
「ビタミンDはキノコ類や魚に含まれるほか、日光浴でも作られますが、毎日十分な量を摂取することは難しいです。サプリ感覚で手軽に美味しく食べることで、骨粗鬆症予防におけるビタミンDの重要性に気づいてもらいたい」と宮腰教授は言います。
高齢者脊柱後弯変形の病態解明
日本では背骨の骨折や背筋力の低下などにより「脊柱後弯変形」の患者さんが非常に多くなっている
高齢化が進む秋田県では、背骨が曲がる脊柱後弯変形を発症する方が多く見られます。主な原因は背筋力の低下ですが、背骨の骨折で弯曲することもあります。宮腰教授は、スマートフォンで自身の姿勢を撮影して骨の健康状態をAIが判定する骨粗鬆症疾患啓発アプリ「背(はい)、ポーズ」の開発も企業と共同で行いました。このアプリは骨粗鬆症に関する理解を深められるツールとして、リハビリテーションの現場での活用も期待されています。
このほか、臨床で得たデータを元に筋肉が衰えるとどのような歩き方になるかがわかる世界初の体幹・下肢結合筋骨格シミュレーションモデルを、理工学研究科の巖見研究室と共同で開発しました。
これにより、さまざまな脊柱変形や関節疾患で生じる障害をシミュレーションすることが可能になりました。
医理工連携によって開発されたリハビリロボット
秋田大学整形外科学講座では、医理工連携研究として、ロボットを用いてリハビリテーションを行う研究にも力を入れています。ロボットリハビリテーションでは、患者さんの障害の程度にあわせて適切なリハビリテーションを提供できるほか、療法士の負担が軽減されるといったメリットもあります。これまで、整形外科学講座が持つデータやアイデアを元に巖見研究室と共同で製作したロボットの有効性を、臨床の現場などで検証してきました。以下の3つは医理工連携によって開発されたリハビリロボットです。今後リハビリテーションの多くはロボットに移行していくことが期待されます。
上肢訓練用の卓上ロボット「リハビリマウス」
脳卒中により上肢が麻痺してしまった患者さんの機能回復のために、小型で持ち運びが可能なリハビリロボットとして開発されました。
バーチャルリアリティ(仮想現実)やオーグメンテッドリアリティー(拡張現実)の環境で、ゲーム感覚で行えるリハビリロボットです。高齢者でも訓練効率の上昇と訓練量の増加に繋がっており、療法士のサポートがなくてもリハビリを行えるのが特徴です。
歩行訓練装置「Akita Trainer」
ロボットと機能的電気刺激をハイブリッドさせた歩行訓練ロボットです。
脳卒中などで片側の下肢に麻痺がある場合に、健常側の脚の筋肉の情報を、麻痺している方の脚へ電気刺激でつなげることで、左右同じ歩行周期で歩行訓練ができるというコンセプトのロボットです。この方法を健側フィードバックシステムといいます。
脊髄損傷による対麻痺(両下肢の麻痺)の場合は、原則このフィードバックシステムは使うことができませんが、対麻痺用の訓練ロボットの開発も進んでいます。健常者のデータを参考にしながら患者の筋力に応じてアシストしていきます。リハビリが進んで筋力が回復したら程度に応じて段階的にアシストを減らしていくようなロボットです。このようなデリケートな装置のプログラミングは難しく、巖見研究室と何度もトライアンドエラーを繰り返しながら研究が続けられています。
座位バランス計測装置
高齢者が身体のバランスを評価するには、立った状態では転倒リスクがありました。そこで座った状態で体幹のぐらつきを評価できるような装置を開発しました。
前述したように、ビタミンDは筋肉にも効果がありますが、活性型ビタミンD₃(エルデカルシトール)を内服後にこのバランス装置で評価すると、体幹筋と座位バランスが改善することがわかりました。つまり活性型ビタミンD₃はバランスを改善することにより転倒予防にも貢献できる可能性があることを、この装置を用いて世界で初めて発見したのです。
この座位バランス装置は、本来、評価を目的とした装置でしたが、現在ではゲーム感覚でバランス訓練を行うためのリハビリ機器としての活用もできます。本装置はバージョンアップを繰り返しており、近い将来には秋田大学の産学連携研究の一つの成果として、臨床現場での使用が期待されています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進によって介護職の負担を軽減させる
日本の高齢化率は28%ですが、秋田県では39%、中でも仙北市は46%と言われています。介護が必要な人が増える一方で、介護士が少ないという現状を打破するために、介護士の業務における身体的負担や心身の健康状態の不調を少しでも軽減させる対策が必要です。
宮腰教授は、秋田大学と仙北市との共同プロジェクトの一つとして、介護老人福祉施設「にしき園」でデジタル技術を駆使し、業務プロセス・サービス事業の変革を目指した「にしき園DX化計画」に取り組み始めました。
例えばパワーアシストスーツの着用により介助の際の腰の負担が軽減されたり、ロボット歩行器を個人の歩行能力に合わせて使用したり、ベッドからの転倒などを感知する離床センサーで入所者を見守るなどがあります。これらは介護職員の精神的、身体的な負担軽減のほか、地域住民の幸福度を向上させる街づくりにも繋がると考えられています。
脊髄再生医療とロボットリハビリの融合治療
秋田県は雪下ろしの際に屋根から落ちて脊髄を損傷してしまう事故が多く、宮腰教授は事故防止の啓発活動にも力を入れています。これまで脊髄の完全麻痺ではその回復は見込めないとされていましたが、現在は医療が進歩し、骨髄由来間葉系幹細胞を用いる脊髄再生医療が可能となりました。
この治療では、札幌医科大学が開発しニプロ社と共同で製品化した「ステミラック注」という再生医療等製品を使用します。骨髄中にわずかに含まれる間葉系幹細胞を培養して増やし、患者さんに静脈内投与することで脊髄を再生するという方法です。この治療は認定を受けた施設でしか行うことができませんが、秋田大学医学部附属病院は、2020年に、札幌医科大学に次いで日本で2番目の実施施設に認定されました。このステミラック注による治療と前述の麻痺患者に対するロボットリハビリテーションを融合させたハイブリット治療ができるのは世界でも秋田大学のチームのみだといいます。
これまで、他県からヘリコプターなどで脊髄損傷患者を受け入れたこともあり、2023年までに13例の治療実績があります。今後も全国からの脊髄損傷患者を秋田で治療することが見込まれています。
高齢者の研究を通じた社会貢献〜秋田から世界へ
宮腰教授は秋田大学医学部学生の時から将来は秋田の医療に貢献したいと考えていました。
「外科は手術で悪い部分を取り除くイメージがありましたが、整形外科は壊れた股関節を人工関節で置き換えたり、曲がった背骨を伸ばしたりなど、作って再建するというイメージがあり、元気になった患者さんの笑顔を見る医療もいいなと思ったんです。高齢化率が全国一の秋田県では、私たち臨床医が社会貢献していくことが大切だと思っています」
そんな宮腰教授の座右の銘は『Think Globally, Act Locally』。これは『常に世界の視点で考え、真に社会貢献ができることを探求し、そのために秋田でできること、秋田でなければできないことを世界に発信する』という思いが込められています。
秋田大学医学部整形外科学講座はブラウブリッツ秋田や秋田ノーザンハピネッツ、アランマーレ秋田のチームドクターとしてスポーツ医療にも貢献しています。また、秋田県高等学校野球連盟の依頼で整形外科医と理学療法士が甲子園に帯同し、メディカルサポートにも応じています。
常に社会に貢献しながら、世界に発信できる高い技術力と、高齢化の進む秋田県の今後を見据えた医療やIT・IOTの技術を応用したロボットリハビリなど、秋田だからこそできる医療を目指して、宮腰教授の研究はこれからも続きます。
学生の声
大学院1年次 浅香 康人 さん
私はオステオサルコペニア(骨粗鬆症とサルコペニアが併存した状態)関連および筋肉の研究のため、糖尿病モデルのマウスを使って薬物投与や運動的負荷を与えた時に骨や筋肉にどう影響を及ぼすのかを調べています。
私は子どもの頃から柔道を習っていたので怪我をすることも多く、整形外科の先生には大変お世話になっていました。現在は整形外科学講座のスタッフとして実際に働いていますが、骨折された患者さんが「先生ありがとう」と元気に歩いて病院を後にする姿を見た時、そこに整形外科の魅力があると感じます。
物を持つ動作や歩く動作といった身体の機能再建の手助けは患者さんの生活や人生に大きく関わるので、整形外科はとても大事な役割を担っていると思います。
高校生の皆さんにとって、勉強と部活動等を両立させながら医学部を目指すことは簡単ではないと思いますが、秋田の医療に貢献したいという強い気持ちで一生懸命頑張って欲しいです。
実は現在ボディビルをやっており、今年の秋田県大会で優勝して2連覇しました。好きなことは全力で取り組むと自身で決めているので、今後も勉強もボディビルも全力で取り組んでいきたいと思っています。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです