Lab Interview

皆さん、もっと自分の身体を知りましょう

工学的な測定データを基に、一人ひとりに合った車椅子や福祉用具をつくる

金城教授が開発し商品化された、低座椅子。

 右の写真は、足腰が弱い人も立ち上がりやすい、畳の間専用の低座椅子です。金城教授のチームが開発し商品化されたものです。車椅子や補助器具の製品開発研究を始めたきっかけは、ある一人の女の子の願いでした。彼女は重度の障害を持ち、自力で座ることができない寝たきりの状態でした。しかし彼女には「座りたい、動きたい、一人で外に出たい」という強い思いがありました。金城教授は、「その願いは車椅子を作り調整することで叶えてあげられると思った」と言います。
 リハビリテーション等の作業療法学を専門としている金城教授ですが、出身は工学系。ものづくりはお手の物です。身体に合わない車椅子を使用していると、姿勢が崩れたり、その崩れた姿勢が固定化されたり、緊張が強くなったりするそうです。
 この問題を改善する方法の一つは、車椅子の座面にクッションを入れること。これだけでも座り心地が格段にアップします。専用のクッションは高価なもので数万円しますが、100円ショップで販売されている材料を使ってクッションを作ることでも十分対応できるそうです。しかし、多少高価であっても自分にあったクッションを選んでいくのも大事です。
 金城教授のモットーは「利用者一人ひとりに合わせて調整した車椅子や福祉用具をつくる」こと。「座り心地が良い」という感覚的な評価だけではなく、筋電図や座圧計を用いた工学的な測定結果の裏付けを基に、駆動しやすく座りやすい車椅子の開発、利用しやすい介護・介助用品の提案をしています。研究室には今まで金城教授が手掛けてきた車椅子や座椅子、補助用具の試作品がずらりと並び、いかに多くの方々の力になってきたかが伝わってきます。

自分の身体の動かし方、知っていますか?

 金城教授が繰り返し話すのは「自分の身体を知りましょう」「人の動きを知りましょう」ということ。
 例えば、前屈をする(身体を前に倒す)とき、皆さんの身体はどこから曲がり始めるでしょうか?多くの方が「腰」と答えるかもしれません。しかし正解は「股関節」なのです。
 なぜ人は立っていることができるのか、腕や脚はどこが支点になっているのか、スマートフォンを操作するとき、首や肩のどこに力が入っているのか…。金城教授は「私たちは『自分の身体』について自分が思っているよりも知らないことが多い」と言います。
 人は目を閉じていても姿勢を維持したり身体を動かすことができます。体重のかけ方や身体への力の入れ具合などの感覚は身体の深いところにあるセンサーでキャッチされ、脳に送られています。これは「深部感覚」と呼ばれるとても大切な感覚なのですが、日常生活の中で意識されることはないため、忘れがちです。「これを時々思い出してほしい」と金城教授。実際「前屈は股関節から曲げる」というイメージを持つだけで、筋肉の緊張がほぐれ、深い前屈が可能になります。

 もう一つ身近な例を挙げるとすると、ボールを投げる動作です。これも肩ではなく胸鎖関節(胸骨と鎖骨)が起点となっています。「肩が起点だと思って投げると肩を壊してしまいます。関節や筋肉の動きの感覚は、誰もが持って生まれているのに大人になるにつれ忘れてしまう感覚です。体育の授業やスポーツの現場では、競争することだけではなく、『自分の身体について知る』教育をもっと行ってほしいです。自分の身体の動かし方を知ることで肘や肩の痛みなどのスポーツ障害は少なくなるはずです。自分の身体を知って、もっと『スマート』に、スポーツを楽しんでもらいたいですね」と金城教授。

介護職員の腰痛問題

 現在、日本の介護・看護での介助動作は、「ボディメカニクス」と呼ばれるてこや力学の原理を利用し、腰痛予防に効果をあげています。この支援は「相手を動かす」という支援になりやすくなります。そこで「キネステティク」という支援方法も更に学んでいくと、かなりの腰痛も軽減できます。また、介助を受ける方の自立や満足度もあがっていきます。ヨーロッパ諸国の主流である「キネステティク」は、相手の自然な動きを活用して「動くことを手伝う」という発想です。

 「重力に逆らわない、身体の構造を基にしたキネステティクを用いれば、少しの手助けをするだけでその相手が自分の身体を動かすことが可能になる」と金城教授は言います。介護施設等で利用者をベッドから起こしたり、寝返りを促すとき、利用者も介護職員も力だけで身体を動かそうとしがちです。力だけで自分の身体を動かすのではなく、身体のどの部分を動かすのかを理解すると、楽に動かすことができるそうです。
 介護職員は腰痛になる方が多く、それが原因で離職してしまう方もいますが、本当に腰痛と言えるのは、全体の2~3割。ほとんどの方は自分の身体の構造や動かし方を知らないことにより腰を痛めてしまうそうです。

「自分で動く喜び・満足感」を感じてほしい

 「利用者には『介護職員に動かされた』という感覚ではなく、『自分で動く喜び・満足感』を感じてほしいです。介護職員が力で動かそうとして自分の身体を痛めてしまうのでは、お互いに悪影響になってしまいます。利用者と介護職員はwin-winの関係であることが望ましいですね」と話す 金城教授は「介助の方法をさらにスキルアップさせていきたい、介護職員の腰痛をなくしたい」という思いで、月に2~3回介護施設や病院に出掛けて指導をしています。まず中堅クラスの職員に指導、その後は中堅クラスの職員が新人職員を指導し、金城教授はサポート側に回っています。

 さらに公開講座や講演会で『身体』のことを知ってもらうための活動や、介護現場での指導に重点を置いている金城教授。高齢化率の高い秋田県において、高齢者や障がい者の方々が少しでも楽に自立できるようにしていきたいと思っています。
 また、学生にも、「勉強で脳を使うことが多いですが自ら身体を動かし、自分の身体について、知ってほしいと思います。ましてや医学部の学生なら尚更。自分で身体を動かし、感じて体験して理解を深めることが大事です。アウトドアでもスポーツでもなんでも構いません。身体を動かしましょう」と金城教授からメッセ―ジをいただきました。

学生にはもっと「主体的な学び」をしてほしい

 金城教授の講義や実習では、障がい理解、専門である車いすや福祉用具を体験的に学んでいきます。実習の進め方としてチーム学習、アクティブラーニングを重視しています。そして、身体を知る、動かす実習も多いです。また、実習の一つとして1年次、2年次や3年次の学生がチームを組んでの学習もしているそうです。学生が取り組んでいる課題には、「学生同士のコミュニケーション」「学内環境をもっと美しく快適に」「学生によるホームページ作成」などがあります。「学生には課題が多いともいわれていますが、チームで協力して課題に取り組むことは、将来働く時に役立ちます。また、作業療法士になるためには国家試験がありますので、基本的なことは覚えていないといけないので振り返り学習も重視しますが、大学生としての主体的な学びが第一です」と金城教授は言います。

作業療法学専攻の学生の声

 4年次に上がるとより実践的な実習が始まり、卒業と同時に作業療法士の国家試験を受ける医学部保健学科 作業療法学専攻3年次の4名にお話を伺いました。

渡邉 大次郎 さん

 難しい座学の講義ももちろんありますが、金城先生の講義や実習は、教室内で用具を使ったり身体を動かしたりする実習も多いです。どちらも楽しみながら学生生活が送れていると思います。

佐藤 志帆 さん

 求められる知識は専門的で難しい部分もありますが、作業療法士を目指す私たちに非常に身になる講義ばかりです。金城先生の講義では横だけでなく縦のつながりの課題もあり、先輩・後輩混ざっての講義は作業療法学専攻ならではと思います。

千田 夕菜 さん

 チームでの学習は少人数ならではの支え合いがあるので、多少講義が大変でも乗り越えることができています。学年を超えて交流が盛んなことが特徴だと思います。

山本 美季 さん

 入学時は不安もありましたが、「皆でチームを組んで勉強している」という雰囲気がとても心強いです。3年次になってからは自主性が求められるので、徐々に力を付けていきたいです。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 保健学専攻 作業療法学講座
教授 金城正治 Masaji Kinjo
  • 国立犀潟療養所付属リハビリテーション学院 リハビリテーション 作業療法学科 1983年03月 卒業
  • 秋田大学 鉱山学研究科 システム工学 博士課程 2004年03月 単位取得満期退学
  • 日本作業療法士協会 会員