未知なるものを解明する基礎研究〜巨大分子の分泌機構を探求する
分泌タンパク質の機能解析
私たちのからだは、いろいろな種類の細胞が集まってできています。それぞれの細胞は、さまざまな形や大きさをしており、同じはたらきをする細胞が集まって「組織」を形成し、さらに複数の組織が集まって、肺や心臓といった「器官」を構成しています。齋藤教授は、ひとつひとつの細胞の、さらにそのなかの仕組みを解析する「細胞生物学」という方法で、細胞内のタンパク質のはたらきを解明しようとしています。とくに興味をもって研究している分野が、細胞内膜輸送とよばれる研究分野です。
細胞には、核やゴルジ体、小胞体(ER)、ミトコンドリアといった、さまざまな細胞小器官があって、細胞小器官のあいだで物質がさかんにやりとりされています。このしくみが「細胞内膜輸送」です。
「細胞内膜輸送」は、まず出発地の細胞小器官から膜で囲まれた「小胞」が出芽します。この小胞の中にカーゴ(積み荷)となるタンパク質が積み込まれて輸送されます。小胞が、レールとなる細胞骨格の上を通って目的地の細胞小器官へ到着すると、目的地の小器官の膜と融合することによって、小胞の中身を出発点から目的地へと送り届けます。
細胞内膜輸送のひとつである「分泌経路」は、小胞体で合成された分泌タンパク質をゴルジ体を中継して、細胞膜から細胞の外へと運ぶしくみで、インスリンをはじめとしたホルモンやコラーゲンなどのタンパク質を細胞の外へ運ぶ重要なはたらきをしています。齋藤教授によると、「ちょうど宅配便が効率よく荷物を届けるようなものです。ハブになるような中継点で仕分けをして、目的地に確実に荷物を届けるように工夫されています」とのことです。
分泌経路のイメージ
齋藤教授がこの15年間、特に注目して研究している分泌タンパク質がコラーゲンです。コラーゲンは、ヒトのからだを構成するタンパク質のなかでもっとも多く、体内のあらゆる組織に分布し、骨・皮膚・血管・角膜などを構成する成分です。
しかしながら、コラーゲンがどのように小胞体から分泌されるのか、そのメカニズムは齋藤教授が研究をはじめるまで、ほとんどわかっていなかったそうです。
巨大コラーゲンの分泌機構の解明
コラーゲンは、小胞体で合成されたのち、三分子が結合して三量体を形成すると考えられています。三量体となったコラーゲンは硬く折りたたまれることができない300~400nm(ナノメートル)の棒状の巨大な構造物になります。一方、小胞体から出芽する小胞の直径は、およそ60~90nmであることがわかっています。つまり、このままではコラーゲンは小胞に入りきれず、輸送できないことになってしまいます。
ところが顕微鏡で観察してみると、コラーゲンは小胞体を出てゴルジ体を通って、きちんと細胞の外に運ばれていくのが分かるそうです。このことからコラーゲン分子の分泌は、通常とは異なるメカニズムが必要であると考えられていました。
ヒトのからだの中で一番多いタンパク質であるコラーゲンがどのように分泌されるのか、15年ほど前まで全くわかっていなかったのは驚きです。齋藤教授は、留学中にこのコラーゲンの小胞体からの分泌を助ける因子を発見したのです。
小胞体からの分泌に特異的に関与するタンパク質の機能解析
齋藤教授は海外留学時に、分泌に必要なタンパク質をあらゆる候補の中から探し出す実験を行いました。そして、最終的にコラーゲン輸送に特異的に働く積み荷受容体「TANGO1(transport and Golgi organization)」を発見したのです。現在では、TANGO1が骨の形成に重要なこと、ヒトの病気の原因になっていることなどが明らかになってきています。
またコラーゲンは本来からだに重要なものですが、そのコラーゲンが過剰に分泌することで発症する疾患が肝臓の繊維化です。この繊維化にも「TANGO1」の関与がわかってきており、TANGO1を標的とした創薬も考えられています。
齋藤教授は「今まで解明されてこなかったことを初めて解き明かすことは研究者の醍醐味ですね。何億年も前から生きている脊椎動物が自覚してこなかったわれわれの体の中の仕組みを、私たちの手で明らかにするのはワクワクします」と語ります。
小胞体出芽ドメイン「ER exit site」の解明
齋藤教授が行う研究には「小胞を出芽するER exit site(小胞体の出口)がどのようにしてできるか」という研究もあります。この研究で齋藤教授は「TANGO1」が小胞体のexit siteの形成にも関与していることを明らかにしました。今後は、その局在がどのように決定されるのかが課題だそうです。
わたしたちのからだは、何十兆もの細胞でできていますが、これは元々お母さんのおなかのなかでできた受精卵というひとつの細胞から始まっています。この受精卵がどんどん細胞分裂によって増えていくことで、私たちの体は構成されています。
これまで小胞体のexit siteは、細胞が分裂する時には無くなり、分裂が終わるとまた再形成されることがわかっていましたが、その仕組みはわかりませんでした。齋藤教授らの研究で、「TANGO1」が重要な役割を担い、さらに「Sec16」というタンパク質も関与していることがわかりました。「TANGO1」と「Sec16」どうしの結合がなくなるとexit siteが無くなり、また再結合することでexit siteが再形成されるのです。
また正常な細胞は、状況に応じて増殖のバランスを保っていますが、がん細胞は増殖を無限に繰り返していきます。つまり、細胞分裂を止めることがないのです。齋藤教授は、exit site形成の仕組みが解明できれば、がん細胞への治療法の開発に役立つだろうと期待を持っています。
未知なるものを解明していきたい
齋藤教授は大学生の頃に、ヒトが、大腸菌や酵母と根底の仕組みが非常に似ていることに衝撃を受け、生物学に興味を持ったのだそうです。
「自分の興味があることをもっと知ろうとするところから、自分のやりたいことがだんだんと見えてくると思います。初めからできないと思わずに、とりあえず行動してみることも大切です。自分の研究によって解明された物事は将来的に他の研究者が受け継ぎ、それを応用して創薬に繋げたり、また新しい研究へ広げられたりすると嬉しいですね」
細胞生物学にはまだまだ解明されていないことがたくさんあるそうです。こうしている今も、私たちの身体の中では多くの細胞が働いています。その細胞の不思議で未知なる部分をより多く解明することを目指し、今後も齋藤教授の研究は続きます。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです