秋田大学研究者 秋田大学研究者 越後 拓也准教授

Lab Interview

あらゆる場所に潜む鉱物の革命的応用をめざして

未開拓の分野を率先して切り開く

 越後准教授の前にずらっと並んだ鉱物の標本。研究室にあるこれらの鉱物のほとんどは「無機化合物」だといいます。しかし、この中には炭素や窒素、酸素、水素など、生物が持っている元素で形成された化合物「有機化合物」があるそうです。このような有機化合物の鉱物は研究がなかなか進んでいない分野だといい、越後准教授はそこを掘り下げ、なぜ鉱物には無機化合物にあたる結晶が多い中で有機化合物の結晶が自然にできるのかということを研究しています。まだ誰も踏み入れていないその分野を越後准教授は「誰もまだやっていないから面白そう」という好奇心から率先して選びました。研究を始めた当初はどの程度その問題を解明できるかは定かではありませんでしたが、さまざまな研究をする上でだんだんと見えてきたといいます。

 また、越後准教授は鉱物がどのようにできたかに加え、鉱物はなぜキラキラと輝いたり、種類や産地によって特有の発色を示すのか、なぜこの形になるのかなど、直接的には資源に繋がらないことも含めた研究や、そういったテーマを扱った授業もしています。鉱物資源の研究については秋田大学に来てから始めたという越後准教授。それまでは「有機化合物でできた鉱物はどうやってできたのか」、「実験室で作れないほどの大きな鉱物結晶はどうやってできたのか」などというテーマについて、いつか社会に役立たせることができたらという目標を持って取り組んでいたそうです。

無機化合物と有機化合物が一緒に鉱物として産出する謎を解く

左がベンゼン環の化学構造式
これが7つ円状に結合するとコロネンになる

 有機化合物が結晶化した鉱物においては、その結晶を造る有機分子が厳しい環境に長時間おかれても壊れないような高い安定性を持っている必要があります。この化学構造式のように、6個の炭素(元素記号C)が環状に結合して六角形をつくり、その周囲に6個の水素(元素記号H)が結合した化合物を「ベンゼン(化学式C6H6)」といい、その特徴的な環状構造を「ベンゼン環」と呼びます。ベンゼンは分子同士が引き付け合う力が小さいため結晶になりづらく、分子としての安定性も低いため、天然環境に長い時間おかれると分解してしまいます。しかし、そのベンゼン環が円盤のように7つ結合することで「コロネン(化学式C24H12)」という化合物になり、非常の安定性の高い分子となります。炭素や水素の数が同じでも、ベンゼン環の配列が円盤状ではなくなると結合が不安定になり、結晶にはなりません。
 たとえばベンゼンやコロネンが溶け込んでいる温泉を想像してみてください。100℃以上の源泉が地下から地上へ運ばれてくる間に、コロネンよりも安定性の低いベンゼンは、原子同士の結合が弱く、二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に分解されてしまいます。ベンゼンに限らず、ほとんどの有機化合物も同様に分解されてしまいますが、コロネンは分子構造の安定性が極めて高いため、300~400℃といった高い温度の熱水中でも分解することはありません。その結果、熱水に溶け込んだ有機化合物はコロネンのみとなります。そのようなコロネンを高濃度で含む熱水が冷却すると、コロネン分子が互いに引き付け合い、秩序正しく並んで結晶をつくります。こうして出来た天然のコロネン結晶がカーパタイト(karpatite)という有機鉱物です。

 「天然環境に存在する有機物は、非常に多種多様な化合物が混ざったものです。石炭だとイメージしやすいと思うのですが、そういった物質を加熱すると小さな軽い有機分子から揮発したり分解したりします。熱水との反応はこうしたプロセスを促進し、また、わずかながらコロネンなどの安定性の高い有機分子を溶かし込んで運搬することで、環境中に薄く広く存在していたコロネンを一箇所に集める働きもあります。熱水との反応をはじめとする、さまざまな地質学的プロセスや、地球内部で起きている化学反応の末に弱いものは分解されて消滅してしまい、強い有機物だけが結晶として残り、私たちはそれを見ているということです」
 有機鉱物として結晶化した物質はそれ以上変化しないため、もっとも安定な形態ともいえます。そして、ここまで安定な形態に変化した物質を分解することは逆に困難だといいます。

未来の産業に繋がる人工的な結晶

天然の鉱物と人工的な鉱物の違いから得られるもの

 日本国内でも様々な鉱物が採取できるそうですが、研究に使用する鉱物標本はある程度の大きさや純度が求められます。そのため、越後准教授は研究に使用する標本を海外から取り寄せたり、知人から譲り受けたり、時には自ら海外へ採取しにいくこともあるそうです。
 左の写真のような氷長石(こおりちょうせき・ひょうちょうせき)という鉱物があります。この鉱物は人工的に造ることはできますが、その場合温度を500℃以上の高温にしなければならない上に、粉のような細かい結晶しか造ることができません。しかし、自然の氷長石は100~150℃の比較的低い温度で、尚且つ綺麗で大きな結晶ができます。人工的に造る結晶と自然界でできる結晶がなぜこうも違うのかということはまだ明かされておらず、越後准教授は低温でも大きく綺麗な結晶を造ることができれば将来的に省エネにも繋がり、カメラのレンズやレーザーを発する際に使用するような良質の結晶をより効率良く生産するためのヒントになるのではないかと考えています。
 「人工的に作れないような天然の結晶を研究することで、大きくて質の良い結晶を低エネルギーで造るヒントが得られると思っています。国際資源学部なので、資源となる鉱物はもちろん、社会に還元されるようなことも視野に入れて研究をしています」

天然ダイヤモンドに匹敵する人工ダイヤモンドを

 ダイヤモンドの結晶は炭素原子が立体的に繋がっているため非常に強く、天然の鉱物の中で最も硬いと位置付けられています。そのためダイヤモンドは宝石としての用途以外にもさまざまな産業で使用されていますが、ダイヤモンド自体が高級なためそのコストも大きくなってしまいます。しかし越後准教授はこう言います。
 「ダイヤモンドは半導体としての性能も非常によく、大きく綺麗な結晶ができればその用途も広がります。コンピュータやパワーデバイス等に使用される電気系統などに容易に導入されるようになれば、革命的であると思います」

 越後准教授の共同研究者の中にはダイヤモンドの産業的な利用を目指し、人工のダイヤモンドの結晶を短時間で大きくするための研究をしている方もいるそうです。大きくて良質なダイヤモンドの結晶を作るため、研究者たちはさまざまな手法を駆使し、現在ではかなり良質の結晶を合成できるようになりました。しかし大きなダイヤモンドは造るために非常に時間を要するため、そこをいかにスピードアップさせるかという点が課題となっています。

秋田大学だけの充実した研究環境

非常に細かい部分まで正確に化学分析ができる装置(EPMA)

画像の明暗でどの元素がどれくらい含まれているかがわかる

 越後准教授の研究では、鉱物にどういった元素がどれくらい含まれているかを調べる装置をよく使います。電子プローブマイクロアナライザー、略して「EPMA」と呼ばれるこの装置は、10ミクロン程度に細く絞った電子線を鉱物試料の表面に当て、試料から出てくるX線を利用して化学組成を調べるという仕組みで、研究室にはこの装置が新旧合わせて2台あります。この分析装置がひとつの実験室に2台稼働しているという環境はおそらく他にはないことだそうです。この装置は複数の鉱物試料をセットすることで大量のデータを自動的に得られるという利点があり、また、試料に電子線を照射して撮影された写真の明暗で鉱物に入っている元素が何かを判断できます。明るい部分は軽い元素、暗い部分は重い元素を主に含むことを示し、その観察結果に基づいて、それぞれの部分にどのような元素がどのくらい含まれているかを正確に知ることができるといいます。越後准教授は
 「この装置のいいところは、10ミクロン(1ミリの100分の1)の幅しかないような非常に狭い領域も測ることができる点です。たとえば今モニターに写されている画像の明るい部分と暗い部分では、入っている元素やその割合も異なるため、一点一点細部まで分析する必要がありますが、この装置ではそのような分析を簡単に行うことができます。ほぼ全ての金属元素を正確に分析することができるので、私たちの分野では非常によく使う装置となっています。資源地球科学コースではこの装置の使用頻度が非常に高く、一回の分析に丸2日間ほど要するため、卒業論文や修士論文の締め切りが近づくと2台あっても使用予約がなかなか取れないほどです」と語ります。
 分析の際は、鉱物試料の表面が鏡のようになるまで研磨し、装置内に水平に設置するのが重要です。まっすぐ表面に電子線が当たらなければ正確なデータはとれません。鉱物が斜めになっていたり、デコボコしていると、得られる信号の強さも変化してしまいます。しかし、分析によって鉱物自体に穴が開いたり変形したりということはないので、この装置での分析に使用した試料をまた別の分析に使用できるということもこの装置が非常に重宝されている理由の一つです。

身近な存在である鉱物と未来を創造する

 越後准教授が過去に行った出前講義のテーマに『自分の身の「まわり」と「なか」にある鉱物たち』というものがあります。これは私たち生体の身体の中にも「生体鉱物(バイオミネラル)」という鉱物があるというお話で、越後准教授とバイオミネラルの研究者の方々との共同研究を基に行われました。この共同研究で越後准教授は有機鉱物を担当し、その繋がりで結石の研究をしていたこともあり、出前講義のトピックにしたそうです。
 生物の体内の一部には実験室で再現するのが難しい環境があります。その環境下では人工的に造れない大きな結晶が生成されたり、生体外では不安定な結晶が生体内では安定に存在するという現象が知られています。骨や歯も生体鉱物の一種ですが、前述の結石や通風など、生体鉱物が原因で身体に不具合が生じることもあります。このような生体内でできる結晶も自然の中でできる結晶と同じように造られるため、越後准教授はいずれはこういった研究からも産業に応用させることができないかと模索しています。
 「鉱物や結晶というものは、自然はもちろん、スマートフォンやカメラ、さらには体内にも存在するように、私たちの日常にはあふれています。資源や鉱物をこれから学ぼうとしている高校生や大学生は、自然に存在する物質と普段使っている機器に使われている物質に共通点を見つけることができれば非常に面白い研究ができると思います」
 越後准教授も好奇心から始めた研究が、今では鉱物の産業利用を目指してさまざまな分野からそのヒントを得てきました。そして越後准教授の研究室の学生もまた越後准教授と同様に色々なものに目を向け、興味を持ったことに率先して取り組む姿があります。学生たちはその研究の中でそれぞれしっかりと面白さも探究しながら将来的な自分の強みを見つけています。越後准教授も自分の研究で集めた未来の産業に繋がるヒントを一つでも多く見出だすため、自身の好奇心も忘れずに今後の研究に取り組んでいくことでしょう。

研究室の学生の声

大学院国際資源学研究科 資源地球科学専攻 1年次
石澤 ほたか さん

 私は幼い頃から面白い石があれば拾って帰ったりしていたこともあるほど鉱物が好きで、鉱物のことをもっと学んでみたいという気持ちがずっとありました。秋田大学の国際資源学部は鉱山専門学校が母体となっているため歴史が深く、専門的に鉱物を学べるという思いから秋田大学に入学し、さらに鉱物学の先生が越後准教授であったことから越後准教授のいるこの研究室に是非入りたいと思いました。
 私が主に研究している「ペグマタイト」という岩石には、様々な鉱物が大きな結晶として成長しており、有用な元素や鉱物が大量に産出する場合は「ペグマタイト鉱床」として採掘されます。ペグマタイトには「石英」や「カリ長石」という鉱物が多く産出しますが、私は「電気石」という鉱物を集中的に研究しています。電気石の中には、1つの鉱物結晶でも中央に近い部分はピンク色、縁辺に近い部分は緑色というように、場所によって異なる色を示すものがあります。EPMAで詳しく調べてみると、ピンク色の部分はリチウムやアルミニウムが多く、緑色の部分は鉄やマンガンが多いことがわかりました。鉱物中の元素濃度変化や、それに伴う色の変化が、ペグマタイトの生成過程を記録していることに気付いた時、ミクロな分析結果が非常に大きなスケールの現象の理解につながるという世界がすごく面白いと感じました。
 秋田大学の国際資源学部では全国でも類を見ない「鉱物資源」という分野を扱っています。鉱物資源というのはさまざまな産業の土台を担うような重要な仕事ですし、『地面の下の石を知る=地球を知る』ということだとも思っています。そういった私たちの足元を支えているような分野に触れたいと考えている方はここに来てくだされば親切な先生方が親身になって教えてくださると思います。私もこの研究室で培ったことを活かし、将来は地質系の博物館に就職したいと考えています。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院国際資源学研究科 資源地球科学専攻
准教授 越後 拓也 Takuya Echigo
秋田大学研究者 越後 拓也准教授
  • 筑波大学 第一学群 自然学類 2003年03月卒業
  • 筑波大学 生命環境科学研究科 地球進化科学専攻 博士課程 2008年03月修了