秋田大学研究者 外池智教授

Lab Interview

身近なところから郷土や歴史の理解を深める

社会科教育の授業

 社会科という教科は戦後始まった教科ですが、戦前にも社会科に似た教育がありました。その一つが郷土教育というものです。外池教授は社会科教育学を専門としており、郷土教育をはじめ、歴史教育や平和教育を中心に研究を行っています。
 また、小中学校の社会科、高校の地理・歴史科の教員養成にも関わり、所属する社会科教育研究室では将来社会科の教員を目指す学生たちの指導も行っています。外池教授は平和教育なども含めた自身の研究も取り入れて授業を進め、時には学生たちとフィールドワークに出かけたり、県外からゲストをお招きして被爆体験伝承の講話を聞いたりなど、座学だけではなく実際にさまざまな体験を提供しています。そんな研究室には約30名の学生が常に出入りし、賑やかな雰囲気で学びを深めているそうです。

郷土かるたからその土地の歴史を学ぶ

 全国に1,400種類以上あるという郷土かるた。地域の歴史上の人物や自然などを七・五、あるいは五・七・五のリズムの読み札と絵札で表現し、郷土愛を深める日本独自のカード遊びです。群馬県の「上毛かるた」が有名ですが、秋田市にも八橋・寺内や土崎など郷土かるたはいくつかあると外池教授は言います。そしてその札に描かれている場所に基づき学生たちとフィールドワークに出かけるそうです。
 たとえば「八橋・寺内かるた」では、古四王神社から始まり高清水、菅江真澄の墓、面影橋などがある旧奥州街道沿いを学生たちとかるたを辿りながら歩いたり、その周辺を散策したりします。
 また、秋田県立美術館に展示されている洋画家・藤田嗣治によって描かれた「秋田の行事」という大壁画には、かるたと同様に旧奥州街道周辺の伽羅橋(香炉木橋)という小さな橋が描かれていますが、実際にそうした場所に赴くことで歴史深い大切なものが私たちの身近にあることに気付くことかできるといいます。
 「私たちの生活の中にある実際の社会は教科書の中にはありません。実際に自分の目で見て感じることで本当の社会を実感し、理解できるのではないでしょうか。郷土かるたが作られた当初と変わらない場所に現在も建造物や自然は存在しています。そうした歴史を体感する面白さも知ってもらいたいです」

戦争体験談を未来に語り継ぐ

 戦後から80年近い年月が経とうとしています。大学で実施している平和教育に関わる授業では、実際にコミュニティーゲストをお呼びして戦争体験者のお話を実際に聞く機会を設けており、それがとても大切なことだと外池教授は言います。
 しかし、もし戦争体験者の方がいなくなってしまった時はどうすればよいのでしょうか。そうした時のために、広島では語りそのものを受け継ぐ「被爆体験伝承者」の取り組みが行われています。その取り組みは11年前から始まり、その2年後に長崎でも同じような取り組みが始まりました。外池教授はそうした人から人へ伝える継承の研究も行っています。

外池教授による過去の研究結果報告書

 2012年に開始された広島の被爆体験伝承者養成事業は、3年間の研修期間を経て広島市から「被爆体験伝承者」として認定され、広島平和記念資料館をはじめ全国各地で講話を行っています。一方長崎では「家族・交流証言者」という形で身内が継承し、それを事務局が支援するシステムを取っています。話の構成や伝え方などもそれぞれで全く異なっています。外池教授は、実際に秋田大学に毎年両県から伝承者の方をお招きし、学生の前で講話をしていただいているそうです。
 外池教授はその養成プログラムなどの研究のため広島や長崎へ赴き、また秋田大学での講話の戦争体験の語りを文字に起こしてどのような構成で話しているかを分析するほか、話を聞いた学生たちがどのように受け止めたのか自由記述形式のアンケートを取って分析を行い、その結果を学会で発表したりしています。また、外池教授の分析も伝承者の方々へフィードバックされ、講話の参考にされているそうです。
 「伝承者といえども、生の体験を引き継いだ人たちなのでやっぱり迫力があります。その戦争の事実を知って話すのと、教科書で習って話すのでは全然違うでしょうね。学生たちは将来先生になって教える立場になるので、かなり真剣に聞いています。みんな社会科の先生の卵ですからね」
 この講話を聞く体験は学生たちからも評判も良く、毎年聞いている学生からの意見も年々変化しているようです。外池教授は教育的活用のために、最近では千葉や長野、鹿児島などの継承事業も取り入れて研究を進めています。

戦争遺跡に目を向ける

秋田県内の価値ある戦争遺跡

「秋田県の戦争遺跡―次世代を担うあなたへ」秋田文化出版より出版

 外池教授は、戦争遺跡の教育的活用も研究しています。戦争が終わり、時が経った現在にも当時のまま残り続けているものがあり、全国には文化財登録されている戦争遺跡が342件あります。しかし、秋田県には文化財登録されている戦争遺跡は1件もないそうです。戦争遺跡自体は秋田県内にも数多く残っており、それらは非常に価値のあるものだと外池教授は言います。
 たとえば1945年の土崎空襲で被災した「被爆倉庫」と呼ばれる建造物は、現在は土崎みなと歴史伝承館に移築されていますが、2017年の春までは当時のまま残っていました。文化財には登録されていなくてもこうした戦争遺跡の存在を伝えようと、平和教育の観点から外池教授が代表を務める秋田県戦争遺跡研究会をはじめ、当時秋田県歴史教育者協議会事務局長だった渡部豊彦氏、そして外池教授の教え子など総勢42名で秋田県内の68ヶ所の戦争遺跡を紹介した本を書き上げ、2020年に出版したそうです。

身近な場所にも残る戦争の爪痕

千秋公園の至る所にこうした松の木が存在している

 秋田駅から歩いてほど近い千秋公園には、散歩や花見客などで多くの人が訪れます。千秋公園の松の木をよく見ると、皮が剥がされ傷がついた木があちこちに見受けられます。この傷は、戦時中に松根油を採集した痕だそうです。
 1930年代後半に行われた「ABCD包囲陣」という日本に対する経済制裁により、アメリカ等から石油輸出の禁止を受けた日本は、燃料に困窮していました。そんな中、航空機の燃料を生み出すために松の根を窯で蒸して蒸留した松根油を代替品として使用しようという動きがあり、秋田でも女性や子どもたちが盛んに松脂を集めていたそうです。
 千秋公園では、松の木の皮をはがし、真ん中に傷をつけて松脂を採るという作業を何度も繰り返されたため、現在もその痕跡が残っている木がいくつもあります。しかし、製油所の多くが爆撃されたこともあり、実際に燃料に松根油を使ったという記録はなく、使用されずに松の傷だけが残りました。

地域素材の教材化

 外池教授は2つの方法で地域素材の教材化にも取り組んでいます。1つは社会科教育研究室の学生たちを中心に一緒に研究する方法です。
 2年次の時に秋田県を中心に北から南までさまざまな場所へ足を運び、その際調べたことを3年次で学生達で自分の授業としてまとめ、主に秋田大学の附属学校で小学生班と中学生班に分かれて実際に授業を行います。この方法は外池教授が秋田大学に就任してから22年間ずっと続けているそうです。
 もう1つの方法は授業内で秋田大学から30分程で往復できるような場所へ行くミニ巡見を取り入れて、そこから何げない題材を取り上げ、授業化していくというものです。
 これまでも秋田城の周辺など、学生たちと外池教授は秋田市内の身近な場所を訪れては授業化に向けて取り組んできました。こうした地域素材を今後実際の教材として使用していけるよう、将来社会科教師を目指す学生たちと共に尽力しています。

ライフワークとなった平和教育

 一枚の古い写真があります。写真に写るこの青年は、実は外池教授のお父様だといいます。
 外池教授のお父様は栃木県の真岡市で生まれ、外池教授が生まれた時にはそこで小さな商店を営んでいました。優しく寡黙な姿しか見せていなかったお父様が、子守歌代わりに軍歌を口ずさんでいたことを不思議に感じていた外池教授は、お父様が若い頃に兵士だったことを知ります。

16~17歳の頃の外池教授のお父様

 「特攻隊員だった同級生が半分以上亡くなったという話を父から聞かされました。平和教育はその謎解きじゃないですけど、親父が生きた時代そのものを自分なりに解き明かしたいと思ったんです。平和教育の研究は私の研究の中でも一番長く、30年程続けています。やっぱり父の影響はすごく大きかったです」
 外池教授は自分が見ていた優しいお父様の姿と兵士の姿とのギャップに戸惑い、その経緯やその時代のことを知りたいという思いをきっかけに、今日まで研究を続けてきました。
 社会科という教科は暗記科目と言われていますが、何より大切なのは暗記ではなく“知ること”だと外池教授は続けます。
 「大切なのは、まず『覚えること』ではなく、『知ること』ことです。事実を探究することです。私たちが普段何気なく通り過ぎている場所に残る歴史の痕跡にいかに気付き、目を向けるのもその一つでしょう。これからの未来を担う学生の皆さんがどの道に進んだとしても、目の前にある“きっかけ”を大切に、前向きな気持ちで取り組んで欲しいです」
 平和教育の研究はすっかり外池教授のライフワークとなり、身近にいたお父様の存在が外池教授の今を作り上げてきたと言っても過言ではありません。これまでの外池教授の研究を含め、次の世代に過去の出来事を繋げていくために、研究室の学生たちと共にこれからも社会科教育、歴史教育、郷土教育、そして平和教育と向き合っていきます。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院教育学研究科 教職実践専攻
教授 外池 智 Satoshi Tonoike
  • 筑波大学 第一学群 社会学類 1985年3月卒業
  • 筑波大学 教育研究科 教科教育専攻 修士課程 1988年修了
  • 筑波大学 教育学研究科 学校教育学専攻 博士課程 2000年修了
  • 【取得学位】
    筑波大学修士(教育学)
    筑波大学博士(教育学)
  • 【所属学会・委員会等】
    日本社会科教育学会、全国社会科教育学会、日本生活科・総合的学習学会、日本教育学会、教育史学会、中等社会科教育学会、日本NIE学会、秋田県NIE推進協議会
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