経済学の手法で導く、安定した資源供給
めずらしい分野?「資源経済学」とは
資源を取り巻く問題が多くあり、資源学も細分化されていますが、「資源経済学」はあまり聞き慣れない分野ではないでしょうか。それもそのはず、専門の研究者は安達教授を含め日本に数えるほどしかいないと言います。
資源経済学は、「資源に関する課題を経済学の手法で分析する」という研究分野です。エネルギー、金属資源などといった地下資源を対象として、鉱産物の発見・採掘・製錬・利用・リサイクル・廃棄に関する問題について、理学や資源工学の地質の知識を総動員し、経済学や経営学の手法を使って分析します。
安達教授が京都大学工学部資源工学科に入学した当初は、「緑を守ろう」という動きが盛んな時代でした。しかし古くから問われている資源に関する問題は依然として解決しておらず、資源の枯渇問題や石油資源の争奪が引き金となった戦争が勃発していました。当時の安達教授は、この資源問題を解決しないまま、森林や環境を守ろうと言うのは順序が違うのではないかと疑問を抱き、「資源そのもの」を研究しようと思い立ったそうです。
資源がなければ、発展はおろか生活も成り立たない
資源が無くなってしまえば、経済発展もなければ、食料供給も成り立ちません。必要な量の資源を供給し続けることは、社会を支える上で不可欠なことです。安達教授のゼミでは、持続可能な資源供給のための戦略として、4つの研究の柱を立てています。
まず1つ目は「資源の枯渇問題」についてです。将来どのようにして資源が枯渇していくのか、またいつ枯渇するのかを検証しています。その上で、鉱物資源の長期需給モデルの開発をしています。世界を10地域に分け、100年先までのベースメタル(銅、鉛、亜鉛など広範囲に多量に使われている金属)の供給の持続性をモデル化する研究です。安達教授いわく、現在の研究によると2030~2040年頃までは鉱石での資源供給が可能ですが、それ以降はリサイクルで補わない限り、供給が上手くいかないとの計算結果が出ています。
「金属の元素自体は地球上に無限にありますが、ある程度濃縮した状態のものしか資源とは呼べません。鉱石の中から必要なものだけを取り出す技術が必要となるため、将来の金属生産にはよりエネルギーを使うようになります。そのエネルギー消費と金属供給のリンクを考慮したモデル化を試みています」
また、供給の継続にはリスクも伴うと話す安達教授は金属供給におけるリスク分析にも取り組んでいます。
例えば、再生可能エネルギーである太陽光発電ですが、そのパネルには非再生資源の銀が使用されているそうです。しかし使用されている銀は少量なので、パネルはリサイクルされていないと言います。このまま太陽光パネルが世界中で使われると、太陽光パネルに使用する銀だけで、世界の供給量の半分をも占めることになるそうです。それによって、銀の価格高騰を招き、需要がひっ迫するのではないかと懸念する声があります。
「しかし、銀に代わる別の金属の技術開発が成功すれば、それほど影響は出ないとも考えられています。再生可能なエネルギーは資源を消費しないイメージがありますが、その開発や製造に必要な金属資源の供給は大丈夫なのかという視点から、世界モデルでの分析を行う必要があります」
安達教授は、金属を供給し続ける上で、その供給の持続可能性が危ぶまれる順に対処していく、または代わりの金属の技術開発を促すといった方向にシフトするような提案を検討しています。
金属資源市場は需要と供給の関係だけではなくなった
2つ目は「資源価格の高騰」です。資源市場は、株や為替の上昇や下落と連動するようになってきたそうです。
「今まで独自だった資源市場が、近年株などのファイナンスの投資分野に取り込まれてきました。国の金利や株価を動かす金融政策も注視していく必要があるということを提案しています」と安達教授。
これからは資源の市場も、需要と供給という関係だけではなく、価格の高騰と低落の要因を経済モデルで検証する必要がありそうです。
安達研究室でレポートに励む留学生
秋田大学にはインドネシアやボツワナ等、資源産出国からの留学生が多く在籍しています。そこで、自国の鉱業における資源開発が、どれだけ経済に影響を与え貢献しているのかという研究もしています。
ボツワナはダイヤモンドの産出国として有名ですが、他にも石炭や銅を産出しており、鉱業が国の経済を支える最大の産業となっています。鉱業がボツワナの経済全体に与える影響、近年伸びてきた観光などのサービス業の占める割合の変化、また製造業とサービス業との関連性なども分析しています。安達教授は、最終的にはボツワナ政府に対しての鉱業政策、経済政策の提言を目指しています。
また、同じく資源が豊富なインドネシアは、多くの石炭を産出し海外に輸出しています。一方で、インドネシアは中国に続き経済発展が著しい国であると言われているため、将来は石炭の自国内消費が増大することが予想されます。その場合、石炭をどの地域からどの地域に運ぶとコストが削減できるかなどの最適化を検討したり、どの地域に生産余力があるか、どこに発電所を建設するか、受け入れ基地はどのくらいの規模が妥当かを分析しています。さらに予想される10年後と30年後の数値を評価し、自国での石炭生産の最適化を図っています。
リアルオプション分析で、投資における不確実な要因を評価
3つ目は「資源開発への投資」に関する研究です。
例えば天然ガスの開発には、数兆円以上もの投資が必要なのだそうです。1回の開発で30~40年ほどの長期操業ができるという特徴があるため、投資の是非を慎重に考えなければいけないと言われています。そこで長い事業スパンの場合、価格の変動などの「不確実な要因」を先立って考えるという、プロジェクトの経済性評価の研究があります。これは「リアルオプション分析」という考え方です。
「リアルオプション分析は、金融工学の手法を応用して、株の取引のようにプロジェクトを取引するという考え方です。地下資源はすぐに見つかるものではないですよね。資源価格だけでなく探査して実際に採掘してみないとわからないという地質の不確実性も、事業のリスクになっています」
リアルオプション分析の対象は鉱山や油田であったり、深海底資源であったりもします。どのくらいの年数を掘るのか、産出量は十分なのか、品質は良いのか、操業コストを考える必要もあります。
日本の小笠原諸島や沖縄の太平洋の海底には金属が濃縮していると言われていますが、いざ採掘してみるとコストが高く、現時点での商用化の目処が立っていないとのこと。しかし、金属価格が上がれば採算がとれ、運用できるようになるとの分析もあります。さらに、国の政策として「燃える氷」と呼ばれ話題になったメタンハイドレートなどの海洋資源開発においても、政府としての投資の仕方について分析しています。
太陽光発電導入の場合には、競争状態にある火力発電の動向に注意が必要とのこと。将来、火力発電に必要な化石燃料が高騰し、太陽光発電のコストと競争的になるタイミングも出てくると考え、その時期と程度の試算を出すこともあるそうです。
このように「不確実性」を経済性評価に取り入れ、最適な投資を検討する研究が必要であると、安達教授は資源開発における投資について提言します。
鉱山開発が環境に与える影響を評価
最後の4つ目の柱は、「環境破壊」についてです。残念なことに資源開発は、開発地域の環境を破壊していると言われてしまうことがあります。日本でもカドミウムの公害による「イタイイタイ病」の被害や、足尾銅山鉱毒事件などがありました。他国においても、まだ環境対策は不十分だと言われています。
「自然を相手にした資源開発はどうしても環境破壊につながってしまう面があります。ただ、鉱山側も環境に配慮して十分な対策を講じた開発を行うようになってきています。印象ではなく、数値をもとにした議論が必要だと考えています。そこで資源の採掘から開発製造、流通、廃棄まで一連の活動を考えて環境への影響を定量的に評価するLCA(ライフサイクルアセスメント)という手法を資源開発に応用する研究をしています」
鉱山開発が環境に与える影響として、土地の改変による生態系の破壊、重機や設備から出る排気による大気汚染、採掘によって排出される廃棄物、坑廃水による地下水の金属汚染などの問題が挙げられます。
中でも抗廃水の処理は半永久的に行わなければなりません。重金属を含んだ酸性水が河川に流れると、公害の原因になります。廃坑になっても水は出続けるので、地下水の処理は50年でも100年でも続ける必要があります。この長期間、汚染を食い止めるためのコストがどのくらいかかるのかを、数値化する必要があると言います。
鉱山を開発する時には、住民の方との話し合いで納得してもらうこと、環境問題へもきちんと配慮することが重要視されています。
「資源経済学」という分野を更に確立させていきたい
安達研究室の学生には、日本中どこでも通じつつも身近な視点で研究テーマを考えるよう指導していると話す安達教授。例えば、秋田大学手形キャンパス内のすべての屋上に太陽光パネルを設置して夏場の電力をまかなうといった研究や、二重サッシにした場合どのくらいの断熱・省エネにつながるかという、北国らしい研究も行われています。
「日本や資源国の鉱業政策がより良い政策となるよう貢献し、資源の持続可能な供給に関する提言を社会に還元するべく研究しています。秋田大学国際資源学部は、授業だけでなく日常的に英語が行き交うグローバルな環境です。将来、資源の問題は世界的にさらに重要な問題になっていくことは間違いありません。資源や経済に興味を持つ若い皆さん、一緒にこの問題を解決していきましょう」
安達教授は、ここ秋田大学を拠点に「資源経済学」という分野を更に確立させていきたいという夢に向かい、これからも資源が抱える問題に取り組み続けます。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです