秋田大学研究者 美作 宗太郎教授

Lab Interview

法医学者は声なき声の代弁者

法医解剖によって死因究明を明らかにする

 秋田県は全国でも法医解剖率が高い県です。毎年の法医解剖率が高い神奈川、兵庫、東京、大阪などは「監察医制度」があり、予算や人員確保などの体制が整っています。監察医制度の無い秋田県では、美作教授ら秋田大学法医科学講座の医師が法医解剖を行っています。日本の解剖率が約10%なのに対し、海外での解剖率は英国やオーストラリアで40~50%、北欧では70%~80%といわれており、日本の解剖率ひいては死因究明率の低さが伺えます。
 とは言え、秋田県は犯罪発生率全国最下位という安全な県です。なのにどうして解剖率が高いのでしょうか?
 「これは異状死体を扱う秋田県警・海上保安庁などと我々法医学者が密接な連携を取り、『解剖によって死因を明らかにする』という強い信念を共有しているからだと言えます。さらに秋田県や秋田県医師会も同じ考え方で体制を維持しています」

 解剖によって死因を究明しても、亡くなった方は生き返りません。ご遺体にメスを入れられることに抵抗があるご遺族も多くいらっしゃいます。しかし解剖によって、わからなかった疾患や損傷が判明したり、事件や事故に巻き込まれていた可能性の判断につながるかもしれません。
 「ご遺族は死因を知ることで『死』を受け入れることができることもあります。また、事務手続きには診断書や鑑定書などの法的な書類が必要になります。さらに正確な死因究明により、どのような疾患の研究に力をいれれば良いのか、どのような薬や医療機器の開発に予算を使えば良いのか、また予防策などの有効な対策を立てることも可能になります」
 公衆衛生の向上という面からも、解剖による死因究明が極めて重要であるということを、社会全体が認識する必要があると美作教授は言います。

子ども虐待と法医学の関わり

 子ども虐待には、殴る、蹴るなどの暴力をふるう身体的虐待だけではなく、衣食住のケアをしない、病気になっても病院に連れて行かず放置するという養育拒否(ネグレクト)、学校に行かせない、発達に必要な保護・援助をしないなどの心理的虐待、子どもに性的な行為をする性的虐待と呼ばれる虐待もあります。最近では、子どもの目の前で配偶者やパートナーに暴力を振るうなどの面前DV(ドメスティック・バイオレンス)の増加から心理的虐待が多くなっています。
 「我々は死因を究明し被害者の尊厳を守ること、加害者に対して社会的責任を問うという重要な役割があります」
 虐待を受けた子どもの解剖では、通常の死因や死亡経過時間推定に加えて、ご遺体の損傷を医学的に記録して受傷機転を推定するとともに、発育状態や栄養状態を判断するために身体測定や臓器重量の評価に力を注ぎます。

損傷鑑定技術を最大限に活かし、虐待の早期発見と防止に取り組む

 法医学というと、死体ばかりを扱うイメージが強いですが、実はそれだけではありません。美作教授が力を入れている「臨床法医学」は、子どもの虐待事件における損傷検査や、傷害事件、医療事故など「生体(生きている体)」に対して法医学の知識・技術を応用する分野です。美作教授は「虐待死」という最悪な事態になる前に、子どもを救うことはできないのだろうかと、強く語ります。損傷鑑定技術を最大限に活かし、虐待の早期発見と防止に関する研究に取り組んでいます。

皮膚変色(打撲傷)の色の判定を数値化

皮膚に分光測色計を直接あてて、皮膚の色を数値化する

 身体的虐待の証拠として一番多く見られる皮膚変色(打撲傷)。打撲などを受けて生じた皮膚変色は受傷後に数日経過すると色が変化します。青色、赤紫色、黄色などの皮膚変色が混在している場合は、日常的、慢性的に何らかの外力作用を受けたことを示唆します。しかし、色の評価は簡単にみえる反面、同じ皮膚変色でも「青たん」と呼ぶ人もいれば「赤紫色のアザ」「紫色の内出血」と表現する人もいて、色の呼び方や表現方法は個人差が大きく、統一性がありません。
 そこで美作教授は、被虐待児の皮膚変色の測定方法として、東北大学在任中に経験した分光測色計を使った皮膚変色の数値化を試みました。色を測る(測色)と言っても馴染みがないかもしれませんが、色の明度を「L*」、緑色~赤色を「a* 」、黄色~青色を「b*」とし、色を三次元の一点の数値で表す方法(Lab表色系)で、例えば自動車の塗装における色の精度管理などに使われています。皮膚の健常な部分と受傷部分の測定により皮膚変色を数値化して差を求めることで、身体的虐待を受けた時期を客観的に推定する研究をはじめました。

 しかし皮膚変色を数値化して傾向をつかむだけでは、正確な受傷時期の推定にまでつながらなかったそうです。その原因は、皮膚変色の原因である皮下出血の深さや出血量を測定できていなかった点にありました。そこで美作教授は、超音波診断装置を用い、打撲を受けてからの経過時間と皮下出血の深さや厚みの関係も明らかにしました。

古い皮膚変色(打撲傷)の可視化

研究に用いた異なる波長の特殊波長光線(右からUV、Violet、Blue)

 生体の場合、治癒に向かう皮膚変色は黄色っぽくなるため、日本人の肌色では可視化に限界があります。美作教授は既に治った古い皮膚変色(陳旧打撲傷)を調べることで、慢性的な虐待の証拠化ができるのではないかと考え、事件現場などで行われる紫外線撮影を法医学で応用しようと、更なる研究に励みました。

研究に用いた異なる波長の特殊波長光線(Blueリングライト)

 しかし紫外線(いわゆるUV)は身体に害があることが知られているため、虐待の証拠化とはいえ生体に照射するには抵抗がありました。そこで4種類の異なった波長の特殊波長光線(UV、Violet、Blue、Blueリングライト)を用いて、受傷後から肉眼で見えなくなるまでを経時的に観察し写真を撮影して証拠化する研究を行いました。検証の結果、UVより安全性が高いViolet光線が最も優れ、受傷後4ヶ月でも可視化できることが明らかになりました。この研究は成果が出るまでに長い時間がかかりましたが、2018年1月に法医学の英文雑誌に掲載され、海外の研究者からも複数の問い合わせがあるそうです。

 もちろん、身体的虐待による損傷は皮膚変色(打撲傷)だけではありません。すり傷(擦過傷)によるかさぶた(痂皮形成)の証拠化の研究も試みています。また、皮膚変色は虫さされなどと見間違うケースもあります。そこで美作教授は、OCT(光干渉断層計)を用いて皮膚表面の断層を表示し、可視化を図りました。すると超音波(エコー)のような画像が見え、これにより、虫さされやすり傷によるかさぶた(痂皮)の断層撮影も可能になりました。
 さらに打撲後間もない状態の皮膚は、被害者が「痛みがある、少し腫れている、熱を持っている」などと訴えても肉眼では証明のしようがありません。そこで局所的な熱感を客観的に証拠化する研究が進められています。赤外線サーモグラフィカメラを使うことにより、熱を持った場所と熱を持たない場所を色別に分かりやすく表示することができます。
 従来は肉眼による観察をして検査者の経験で判断し写真撮影で身体的虐待の証拠を残していましたが、このように様々な機器を利用した検証を基に損傷をいろいろな角度から見ることで、子どもが受けた身体的虐待による損傷を客観的に証拠化しようと研究に取り組んでいます。

児童相談所のスタッフと担当医の機関連携が重要

 美作教授ら法医学者は、虐待を受けた疑いがある子どもに対して損傷検査する場合は、子どもを怖がらせないように、痛くないように、安全に短時間で検査を行い、かつ高い証拠能力を有する情報を得ることを常に心がけていると言います。
 「子どもを虐待から守るために、まずは児童相談所に相談してほしいのですが、一概に虐待と特定するには難しい部分もあります。兄弟喧嘩や、自分で転んでできた傷かもしれないし、故意ではないケースもあります。受傷の原因や時期などを、被虐待児と虐待者の証言を照らし合わせ矛盾点をひとつひとつ検討していき、損傷を客観的に証拠化することで、事実の表面化に貢献できると思っています」

 また、児童相談所や警察のスタッフと担当医の機関連携が重要だと美作教授は訴えます。家庭裁判所も明確な証拠がないと法的な親権の一時停止はできません。警察学校や消防学校、児童相談所などにも赴き、損傷の証拠能力の高い写真の撮り方など臨床法医学の教育活動にも余念がありません。
 「自らが持つ損傷鑑定技術を最大限に活かして、解剖だけではなく被虐待児に対して早期発見・防止に向けて取り組んでいきたいと思っています」

子どもの虐待防止ネットワークの取り組み

 美作教授は熊本大学在任中、当時の上司であった恒成茂行教授から、とある思いを受け継ぎました。それは「死体から学んだことは生体を救うために応用すべきである」という考えです。法医学者には、その知識と経験を、子ども虐待の未然防止に役立てる使命があると言います。

 熊本県には児童相談所が窓口となり、小児科医、精神科医、法医学者、養護施設、臨床心理士、弁護士などのメンバーで構成された「子どもの虐待防止コンサルテーションチーム・くまもと」というシステムがありました。児童相談所で事例検討会を開き、各専門家が児童相談所の職員へ助言するという取り組みでした。美作教授も熊本大学在任中にこのチームに関わった経験から、秋田県でもこのような専門家集団によるコンサルテーションチーム作りや取り組みがあると理想的だと考えています。

そんなに華やかな世界ではありません

 ドラマや小説では法医学者が事件を解決する場面が描かれていますが、現実はそう華やかな世界ではないようです。解剖して長時間にわたる検査をしても、死因究明に至らないケースもあるといいます。しかし美作教授は、解剖によって真相が究明され、社会に貢献できた時の達成感が嬉しいと語ります。「亡くなられた方からのメッセージを汲み取り、法医学者の社会に対する代弁が、現在・未来を生きる人々に活かされる」それが法医学者の重要な役目であると美作教授は考えます。

 秋田県で法医解剖を扱う機関は、秋田大学医学部のみです。美作教授を含め執刀医はわずか2名。365日、24時間体制で年間200~250体の法医解剖が行われています。法医学者は、全国的にも深刻な人手不足で、日本の医師数約32万人に対し、法医学者は150人程だと言います。
 法医学者の人手不足と共に、若手育成も課題とのこと。2010年からは法医解剖エリア内に死体専用のCTを導入し、法医解剖になる殆どのケースを解剖前にCT撮影するとともに、本学放射線医学講座の全面的な協力の下でCT画像と法医解剖画像を比較検討する法医CTカンファレンスも実施して、警察医、県警、医学生も参加可能にするなど育成面にも力を入れます。
 「今後、法医学者はますます必要とされ、大きな責任と重要な役割を担うことになるでしょう。死因究明や損傷鑑定技術を応用して虐待から子どもを守る重要性を理解し、法医学に興味を持ってくれると嬉しいです」

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
医学専攻 法医科学講座
教授 美作 宗太郎 Sohtaro Mimasaka
  • 日本大学 医学部 医学科 1995年03月卒業
 【所属学会・委員会】
  • 日本法医学会・庶務委員・法医認定医・法医指導医
  • 日本子ども虐待医学会・理事
  • 日本温泉気候物理医学会・編集委員会副委員長・温泉療法医
  • 厚生労働省・死体解剖資格(法医解剖)
秋田大学70周年