秋田大学研究者 眞壁 幸子准教授

Lab Interview

強磁性と強誘電性を併せ持つ薄膜で実現する、新しい高性能磁気デバイス

身の回りの強磁性体と強誘電体

 私達の身の回りには、磁性や誘電の性質を持つ物質がたくさんあります。「磁性」はN極とS極をもち、「強磁性」はそのN極とS極の方向を維持するとともに、印加された磁界の方向にN極が向く性質のこと、「誘電」は+(プラス)と-(マイナス)をもち、「強誘電」はその+と-の方向を維持するとともに、印加された電圧(電界)の方向に+が向く性質のことです。
 一番身近な強磁性体は磁石です。磁石にはN極とS極が必ず存在し、ふたつの磁石を近づけると、違う極同士は引き合い、同じ極同士は反発し合います。しかし、そのふたつの磁石において磁力(正確には残留磁束密度および保磁力)に大きな差がある場合、同極を合わせようとすると、最初は反発しますが、最後は引き合いくっついてしまいます。これは、磁力の小さい方の磁石の磁極が反転して(N極とS極が入れ替わって)が異極同士になったからなのです。別の言い方をしますと、磁石に大きな磁界を加えることにより、その磁界の方向にN極を向かすことができる、ということです。その強磁性体は、パソコンに内蔵されているハードディスクにも使用されています。数多くの微小な磁石がディスク基板の上に平面状に(薄膜形態で)存在し、微小な磁石のN極の向き(例えば、上向き・下向き)をデジタル情報(例えば、「1」・「0」)に対応させて、記録したり書き換えたりしています。ハードディスクは、世界中に何百億枚も存在しており、磁気記録デバイスは、現在の情報化社会を支える極めて重要なものとなっています。

 強誘電体は、電圧を力や運動に変える働きがあり、圧電素子やアクチュエータなど、動作を細かく精密にコントロールするためのデバイスに使用されています。強誘電体に電界を印加することにより、その電界の方向に+を向かすことができ、電界の方向を反対にすると+と-の方向を反転させたりできます。このとき、強誘電体自身が+と-の方向に歪が生じ、この現象を利用して、動作させています。強磁性体と同様に強誘電体においても、+の向きをデジタル情報に対応させて、記録デバイスとして使用されています。

強磁性と強誘電性を併せ持つ新素材

 強磁性体を用いているハードディスクにおいて、記録情報を書き換える、つまりN極・S極の向きを反転させるためには、現在はコイルに電流を流して発生する磁界を用いております。皆さんご存知の右ねじの法則に則った方法です。しかしこの方法はエネルギーロスが非常に大きく、発生させることが可能な磁界の大きさも限界があるという問題点があります。よって、磁界を印加してN極・S極の向きを変える手法に限界が近いといわざるを得ません。

 N極とS極、+と-の両方をもつ材料(マルチフェロイクスと呼ばれる特殊な物質群)において、10年程前に、室温で強磁性と強誘電性を併せ持つ新材料が発見され、近年注目を集め始めています。理工学研究科 附属革新材料研究センターの専任教員を務める吉村教授は、強磁性と強誘電性の両特性を併せ持った材料の薄膜を高品位につくりだし、次世代磁気記録デバイスを含む、種々の超低消費電力型の新しい高性能磁気デバイスの実現を目指しています。

強磁性体・・・N極とS極を持ち、これと逆方向の磁界を加えるとN極・S極が反転する。
強誘電体・・・+(プラス)と-(マイナス)を持ち、これと逆方向の電界を加えると+・-が反転する。

薄膜は、厚さや含有元素の種類によって様々な色を見せる。

 「超大容量、低消費電力稼働、容易な書き込み、簡略な素子構造、高速記録再生の新しい磁気記録デバイスの実現が必要とされています。この新しい材料は、N極・S極と+・-を併せ持っているので、電圧を加えることで+・-の向きが変化し、なおかつN極・S極の向きも磁界を加えることなく変化するというものです。
 強磁性体を用いている現在の磁気記録デバイスの多くは、微小な磁石のN極・S極の向きを変化させたり反転させたりするために、マイクロメートルサイズ以下の極細コイルを用いて局所的な磁界を発生させる必要がありましたが、私が研究中の材料を用いる磁気記録デバイスでは、極細コイルなどは必要とせず、単純に電圧を加えるための微小な金属電極板があれば良いだけです」

 低消費電力のポイントは、電流ではなく電圧を使うという点。強誘電体は絶縁性を持っていることにより、この材料は電流をほとんど通さないため「電力=電圧×電流」で求められる電力がほとんど発生しないといいます。

 吉村教授は、この新しい材料を磁気記録デバイスのみならず立体映像表示デバイスへの応用も視野に入れています。最近では3D映像やVR(バーチャルリアリティ)等も割り合いと一般的になってきました。これらは、専用の眼鏡やゴーグルをかけることで、空中に立体像が浮かび上がるように見えるという技術です。ここでの立体映像は3DやVRとは異なり、空間に直接像が映し出されるために裸眼でも見ることができ、正面のみならず側面からも立体的に見えるというものです。8K(スーパーハイビジョン)の次の世代の夢のテレビに用いる技術として位置付けられています。さらには、日常的に使われている電気製品の機能向上にも本材料を応用できるのではないかと吉村教授は考えます。強磁性・強誘電性薄膜は、スマートフォンやパソコンの内部だけでなく、多方面への利活用が期待される、注目の新素材です。

ないものは作る!

クリーンルームにある真空中で薄膜を形成する大型装置

強磁性と強誘電性、両方の特性を測定できるオリジナル装置

 強磁性・強誘電性を有する材料を粉体で作るのは、最近ではそれほど困難ではなくなったそうですが、「薄膜」でそれを形成する技術がとても難しいといいます。
左上の写真は、薬品等を使わずに、原子を堆積させるスパッタリングという方法で薄膜を形成する装置。装置内は超高真空状態になっています。この装置で、数10ナノメートル程の薄い膜を基板上に形成しています。薄膜を高品位に形成するため、作製中の薄膜にプラズマを照射できるよう、吉村教授が改善したそうです。
 左下の写真は、電気磁気効果特性測定装置です。磁界を加えてN極・S極の磁化の大きさを測る装置と、電圧を加えて+・-の電荷の大きさを測る装置は、既に存在していました。しかし、吉村教授の研究に必要な『電圧を加えるとN極・S極がどうなるか?』を測定できる装置は世の中になかったのです。
 「ふたつのメーカーに呼びかけて共同開発をしました。新しい研究をやろうとすると、それにフィットする新たな装置も必要になるんです。最終完成までは、もう少しトライ・アンド・エラーが必要ですね。単純な材料ならば、既に他の人がやっています。複雑な材料だから作製装置や測定装置も含めて未開拓なのです」

難しい実験研究を、じっくりと。

 東北大学、名古屋大学、九州大学と、これまで旧帝大を巡り、秋田大学に来て約11年。大学院生や研究員が決して多くはないここ(秋田大学)では、流行りの実験研究を人海戦術で行うのではなく、競争相手の少ない、それでいてうまくいくと世の中を大きく変えるかもしれない分野の実験研究をしようと考えたそうです。まだ手をつけている人が少ないチャレンジングな材料研究に目を向け、装置を改良・開発しながら、時間をかけてじっくりと取り組んできました。最近になって、長年の成果が出てきているといいます。
 「大学院は研究を主に行うところで、高校生の皆さんの多くはイメージできないかもしれませんが、研究開発に興味がある、新しい研究にチャレンジしてみたい!という方は是非秋田大学そして秋田大学大学院で学んでほしいです。本研究以外にも、魅力的な研究がたくさん行われています。就職先でも即戦力として社会に貢献できる人になれると思います」
 大学は教育機関でもあり、研究機関でもあります。平成30年度にスタートした附属革新材料研究センターでは、秋田大学の強みである「材料・素材」に関わる研究を基に、革新的な材料・素材で企業の事業育成に貢献します。高性能次世代車載デバイスや電動モータ用磁石に関係する「デバイス部門」と、蓄電デバイスや排ガス触媒からのレアメタル回収等に関係する「エネルギー部門」の2部門があります。
 ものづくりの根底を支える材料や素材は、多くの可能性と期待が詰まった研究分野なのではないでしょうか。

研究室の学生の声

理工学研究科 物質科学専攻 材料理工学コース 修士1年次
武田 航太朗さん

 私はスパッタリング装置で強磁性・強誘電性薄膜を高品位に作製する研究をしています。装置の設定条件により形成される薄膜の質や特性が異なります。どのような条件が良いのか、なぜ良かったのか、を特定および解明する研究になります。この春に大学院に進学したので、これまで以上に特性の良い強磁性・強誘電性薄膜の探索にもチャレンジしていきたいと思っています。
 入学時は同じ物質科学科の応用科学コースで有機材料科学を専攻していましたが、無機材料科学に興味を持ったため、途中からコースを変更しました。大学は、入学後にやりたいことを見つけられる場所でもあると思います。焦らずに、自分の興味のある事を見つけて、勉強・研究をしてほしいです。

理工学研究科 物質科学専攻 材料理工学コース 修士2年次
山本 大地さん

 強磁性・強誘電性を併せ持つ材料に、種々の元素を加えることでどんな特性が出るのか、を調べています。添加する元素によって最適な作製条件が変わることがあるので、それぞれにおいて条件を見直して高品位に作製し、良い特性を導出する元素を見逃してしまわないよう、注意深く実験しています。
 新しいものを作るということに興味があったため、日々新しいことに挑戦する吉村先生の研究室はとても魅力的でした。外側からは見えなくても、ものづくりを支える上で「材料・素材」は欠かせないものです。来春には就職する予定ですが、将来必要不可欠になってくるものを作る研究開発に携わりたいと考えています。
 成果や答えがついてくる保証はありませんが、挑戦して成果が出た時には、達成感が得られると思います。研究だけに限らず、わからないことに挑戦するのは大事なことだと思うので、皆さんも臆することなく新しい道に進んでほしいと思います。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科
附属革新材料研究センター
教授 吉村 哲 Satoru Yoshimura
秋田大学研究者 吉村哲教授
  • 東北大学 工学部 電子工学科 1998年03月卒業
  • 東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 修士課程 1999年09月修了
  • 東北大学 大学院工学研究科 電子工学専攻 博士課程 2002年03月修了
  • 日本学術振興会特別研究員、名古屋大学助手、九州大学助教を経て、2008年より秋田大学
  • 2015年10月~2019年03月 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ 兼任研究者
  • 2016年02月~2016年07月 ポルトガル INESC マイクロシステムズ・ナノテクノロジーズ 客員研究員
  • 名古屋大学 大学院工学研究科 非常勤講師(2018年度)
  • インド VIT大学 非常勤教授(2019年度)
  • インテリジェント・コスモス奨励賞(平成24年)、秋田わか杉科学技術奨励賞(平成24年)、マツダ研究助成奨励賞(平成28年)などを受賞
  • 【所属学会・委員会等】
    日本磁気学会(編集委員会 分野副主査)、応用物理学会、日本金属学会
秋田大学70周年