秋田大学研究者 古林敬顕准教授

Lab Interview

持続可能な脱炭素社会をめざす地域エネルギーシステム

地域エネルギーシステムの設計

 化石燃料や再生可能エネルギーなどの「資源」からエネルギーの「変換技術」によって電気や熱を作ったり、輸送エネルギーに変換して「需要家」が消費したりという一連の流れを一つの大きなシステムとする考え方をエネルギーシステムと言います。エネルギーの需要と供給はこの「資源」「変換技術」「需要家」の要素を考慮して判断する必要があります。
 古林准教授は、システムの観点からエネルギー需要の現状や再生可能エネルギーが導入された時の影響を倫理計算やコンピュータシミュレーションによる分析でエネルギーシステムの設計研究を行っており、日本全体の分析のほか、地域に特化した地域エネルギーシステムに取り組んでいます。

洋上風力発電がエネルギーシステムに与える影響

秋田県の発電量と電力消費量の割合って?

 秋田県では現在、国内初となる大規模な洋上風力発電所が商業運転を開始するなど、再生可能エネルギーの普及に力を入れています。
 2030年までに導入予定の洋上風力は、秋田県にある全ての再生可能エネルギーを利用した発電の倍近くの規模に及び、その電力は秋田県の電力の9割を網羅するほどです。今後も導入が計画されている海域にも設置されると、県内電力消費量を超える発電量になることが予想されています。将来的に秋田県は電力を消費する以上に再生可能エネルギーで発電できるようになると古林准教授は言います。
 私たちが日頃エネルギーを何に使っているのかと問われた時、電気をイメージする方が多いでしょう。しかし、消費者が使うのは電気としてだけではなく、照明やパソコン、さらに雪の降る地域では冬は特に暖かさを求めて暖房などの熱エネルギーも使っています。こうした消費者に合わせた電気を作っているのが現在の仕組みです。また、運輸の分野では石油から作られたガソリンを自動車の輸送用燃料として使っています。つまり、エネルギーを需要家が消費する形態は「電気」「熱」「輸送用燃料」という3つに分けられているのです。
 秋田県は特に風力や水力、地熱、バイオマスなどの再生可能エネルギー資源が多く、それをいかに使うかが重要になります。しかし、都道府県別では秋田県の電力消費量は決して多くはなく、再生可能エネルギーの生産量に比べて消費量が少ないといえます。首都圏の場合、人口数や商業施設、産業の違いもありますが、秋田県とは逆に再生可能エネルギーの生産は少なくエネルギー消費の密度が非常に高いのです。
 現在、需要家側が熱エネルギーなどで使っている石油を、今後は再生可能エネルギーによる電気でどのように使うかという点まで考慮することが必要となってきます。

秋田県の発電量と電力消費量の割合って?

 古林准教授は将来の脱炭素社会に向けてエネルギーがどのように変化していくかを考えました。再生可能エネルギーは天候や時間に左右されるため典型的にコントロールができません。需要がある分だけ電気を供給することが可能なのか、それができない場合には需要側のコントロールやバッテリーとして電気を蓄える技術も必要です。つまり、需要側と供給側のマッチングが必要となるのです。
 古林准教授は「再生可能エネルギーの気候に合わせたエネルギー変動の波が今の2~3倍ほどに激しくなる場合があるため、その変動を緩和させるためにはどうしたらいいのか、緩和させた分の余剰電気は他にどの用途で使用することができるのかという研究が必要です」と語ります。

地域熱供給システムで有効にエネルギーをまわす

 地域熱供給システムは、複数の建物や施設に熱を供給するためのエネルギー供給システムの一種です。一般的に都市部や密集した建築物が多い地域で使用され、持続可能性・エネルギー効率・環境保護・経済性などの面で様々なメリットがあります。
 水道管のようなパイプを家屋に引き込み、離れた供給施設から温められた温水を供給して熱交換器を通し、蛇口から温水が出てくる仕組みです。また、床下などに循環して暖房としても使うことができ、ヨーロッパや韓国でも取り入れられています。古林准教授はこのシステムに余剰電気を使い、秋田県で取り入れてみたらどうなるのかというシミュレーションも行っています。

秋田大学と風力発電関連の技術開発に関する共同研究

 コスモエコパワー株式会社と4社で出資する秋田中央海域洋上風力発電合同会社において、秋田大学国際資源学研究科及び理工学研究科と共に風力発電産業の発展に向けた取り組みの一環として風力発電関連の技術開発に関する共同研究契約を2022年11月に締結しました。
 この共同研究は、国内初の風力専業事業者として風車運転・保守の実績を培ってきたコスモエコパワーの知見や技術、データの活用を主軸として、今後発展が期待される秋田県での風力産業技術の基盤づくりと風力産業を支える技術人材の育成に貢献することを目指すものです。 古林准教授は、この共同研究において秋田県内における100%再生可能エネルギーシステム構築に向けて発電量の予想モデルを気象データ及び風車データから分析しています。
 また、洋上風力発電導入の影響や電力の使い方についてデータを基に数値解析を行い、気象条件の違いでどのような故障が起きやすいかという洋上風力発電の故障率の研究も進めています。さらには、気象条件の違いで発電した場合の発電量は近い将来どのくらいになるのかという予測に関する研究も始まっています。

電力システムの改革を

 再生可能エネルギーで発電した電気を電力会社が1kWhあたり一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する「固定価格買取制度(FIT)」という制度があります。一方、市場の変動で売電価格も変動する「基準価格(FIP)」は、再生可能エネルギーの売電価格に対して一定のプレミアム(補助額)を上乗せするため、電力需要や供給量によって変化していきます。つまりこの場合、売電を行うタイミングが重要となります。
 東日本大震災前の電力は東北電力が発電、送電して供給するという形でした。しかし、電力自由化に伴い現在は多くの発電業者があり、東北地方の発電業者が発電した電力は東北電力ネットワークに売電し、東北電力ネットワークが需要家に送電して電気料金を受け取るという流れとなっています。
 日本では需要家が電気を買う際には電気使用量の○kwまでは○円という階段方式で価格が決まっており、時間帯で価格が変わることはありませんが、海外では需要が少ない時間帯に電気を使用すると電気の価格がゼロになるネガティブプライスというシステムがあるそうです。これには電気の送配電ネットワークを守るために、余剰電気を誰かに使ってもらうことでネットワークの負荷を回避するという意図があります。
 「今後は洋上風力発電の電気が秋田県に多く入ってくるため、変電所でどのようにコントロールしてどのように余剰電力を東北全体に分配するかという複雑な流れが発生する可能性があります」と古林准教授は言います。
 日本で使用される電気のうち、最も多くを占める発電方法が火力発電です。火力発電では、エネルギーの変換効率が高かったり、天候などに左右されず安定的な発電が可能だったりというメリットがあります。しかし、火力発電はエネルギーシステムや環境に様々な影響を及ぼしています。現在ヨーロッパを中心に、SDGsに基づき石炭を燃やす火力発電所を無くそうという考えも進んでいるといいます。
 オイルショック後、日本全体の合意事項で石油火力発電所の設営は禁止となりましたが、それ以前の石油火力発電所は設営されてから50年以上が経っています。秋田県秋田市の秋田火力発電所も同様に老朽化により近々撤去が決まっているのだそうです。
 今までの日本の電力は原子力と火力発電がベースとなっているため、安定した電力の供給ができ、停電の発生率は世界有数の少なさと言われています。日本の経済発展はこうした安定供給の仕組みがあったからともいえます。

広い視野で常に新しいことに目を向ける

 古林准教授は、過去には物理の粒子の研究をしていましたが、エネルギーや環境に興味があったことから東北や日本全体など幅広い視野でのエネルギーの研究に変更したそうです。しかし、東日本大震災で被災した際にすべてのインフラが止まり、エネルギーの末端はこんなにも自律性がないのかと痛感したといいます。その後、地方に特化したエネルギーの研究を行うことを決めたという古林准教授。今後は洋上風力・地域エネルギーシステムと秋田県の運輸の関係性について解析し、脱炭素化に着目した研究を新しく始めようとしています。
 「この先社会に出る皆さんには、常に幅広い視野を持って考えて欲しいと思っています。どうしても自分の持つ知識や情報で考えようとすることが多いと思いますが、それが本当に正しい情報を俯瞰しているのか、本当に全体を網羅できているのか、個人の固まった考えではないのかということを一度立ち止まって考えてほしいのです。そしてもう一つはやりたいことがあるなら諦めずに続けてみることです。そしてその方向性も考えながら諦めずに頑張ってみましょう!」
 秋田県には県内の再生可能エネルギーで脱炭素化するポテンシャルがあります。それに伴い必要な技術、政策、脱炭素化を進めることで各地域にどんな影響が起こるのかを明らかにするために、古林准教授は広い視野で物事を見ながら今日も研究に励んでいます。

研究室の学生の声

修士1年次 工藤 裕太郎 さん

 古林先生のエネルギー関連の授業を受けた時、頭にすっと入ってくるような感覚がありました。とても興味深く面白そうな分野だと思い、古林先生の研究室に入りました。
 私は現在地域熱供給システムを研究しています。地域熱供給システムは熱を利用するシステムで、地中にパイプで温水や冷水を供給することや、熱源は何から取るのかなど、このシステムを導入した時の影響やコストなどをコンピュータでシミュレーションしています。
 エネルギーの基本をこの研究室で学んだので、将来は日本や地域の脱炭素やカーボンニュートラルなどの仕事に就きたいと思います。そして人を育てられるようになりたいと思っています。
 古林先生は学生のやる気や興味を引き出すのが上手で、否定的な考えではなくこれができると更に選択肢が増えるよというようなポジティブな考え方で教えてくれるのでとても研究しやすいです。私は大学院に進学しましたが、古林先生は就職を希望した学生にも柔軟に対応してくれたり、研究以外のことも色々相談できたりするのでとてもありがたく、研究室はとても居心地がいいです。

4年次 堀江 駿吾 さん

 私は新エネルギー概論という授業を受けて再生可能エネルギーに興味を持ちました。その後秋田県の企業との合同研究の際に古林先生にお世話になり、また古林先生と一緒に研究をしたいと思いました。私は本来航空宇宙系に関心があり入学したのですが、古林先生の人柄と再生可能エネルギーに惹かれ、コースを変更しました。
 私の出身地である神奈川県鎌倉市は、歴史的建造物があるため建築物の高さや景観問題などを定めた景観規制法があります。私はこの規制法が再生可能エネルギーの導入に及ぼす影響を分析しています。
 鎌倉市はエネルギー需要が多い都市部にも関わらず再生可能率はすごく少ないのが現状で、地産地消は厳しいという課題もあり今後どのようなことができるのかも考えています。
 また、太陽光パネルや地中熱などをどのように使ったらよいかポテンシャルを計算するという研究も行っています。秋田県は洋上風力というポテンシャルの高いものがありとても羨ましいです。
 大学では専門分野を細かく学ぶことが非常に多く、初めて学ぶことも多かったですが、自分が高校時代に調べていたことを活かせた事象もありました。どこでどの知識が役に立つかはわからないので、今から幅広く色々なことに興味を持って学んでほしいと思います。
 古林先生は私が再び航空宇宙学を学ぶことを悩んでいた時に後押ししてくれました。今後は別の大学の大学院へ進学しますが、親身になり色々なアドバイスをいただき、非常にありがたかったです。古林先生は英語も堪能で、研究室には留学生もいるので英語で話したり資料を作ったりする機会は貴重な体験となりました。

大学院理工学研究科
共同サステナブル工学専攻
准教授 古林 敬顕 Takaaki Furubayashi
  • 東北大学 工学部 2004年3月修了
  • 東北大学 工学研究科 博士後期課程 2009年3月修了
  • 【取得学位】
    東北大学博士(工学)
  • 【所属学会・委員会等】
    日本機械学会、日本エネルギー学会、エネルギー・資源学会