自らを犠牲にして私たちの身体を守る健気な細胞~好酸球
好酸球の不思議を探る
私たちの身体は異なる細胞の集合体で成り立ち、細胞がそれぞれ大切な役割を担って働くことで生命が維持されています。例えばがんになると、できそこないの細胞がむやみやたらに増えすぎてしまい、正常な細胞の働きをじゃますることで病気に繋がってしまうのです。
植木教授は血液中にある「好酸球」という不思議な細胞に注目しながら、アレルギーの免疫機構・病気との関連を研究しています。さらに、この好酸球の働きやそのしくみ、役割を広く楽しく知ってもらうための活動も行っています。
好酸球はアレルギーで悪者になっている
血液中の白血球は5種類に分類されており、好中球、好塩基球、単球、リンパ球、そして植木教授が研究する好酸球があります。好酸球は血液中では少なく、通常は白血球のうち数パーセントに満たない程度です。
好酸球は染色液で染めることによって顕微鏡で見るときれいな赤色に見えます。好酸球は10〜15μm(マイクロメートル)程の大きさで、細胞の中には約200個の赤く染まる「顆粒」と2分葉にくびれた形の核が一つ入っています。この小さな細胞はどのような働きをしているのでしょうか。
私たちの身体に侵入者、つまりウイルスや細菌、カビ、寄生虫などが侵入してくると、白血球が身体を守るため防御機構を持って侵入者と戦います。これを免疫機構と呼んでいます。好酸球の中にある顆粒には、外敵(特に寄生虫)と戦うための特殊な蛋白が貯蔵されているといいます。
しかし、免疫機構が花粉や食べ物を侵入者と判断してしまうと、体は花粉や食べ物を排除しようとします。つまり、本来は体に無害な物質に対して、免疫が過剰に反応してしまうのがアレルギーです。アレルギー反応が起きた部位では、たくさんの好酸球が集まって顆粒の中の蛋白が大量に放出されています。アレルギーでは、好酸球は間違った場所に集まって余計な仕事をしすぎて、病気の悪化につながってしまうのだそうです。
このことから、好酸球の働きを詳しく調べ、その動きを調節することがアレルギーや好酸球の関連する疾患の治療につながるのです。
好酸球の一生
細胞の最期の迎え方はさまざま
骨髄で作られた好酸球は、いったん成熟するとそれ以上分裂して増えません。そのかわり血液に乗って全身を巡る旅に出ます。そして血管の壁に張り付き、その隙間からすり抜けて身体のいろいろな組織に入り込みます。毎日何千万個もの好酸球が生まれていますが、ほとんどはあまり使われず2~3週間で寿命を終えてしまうようです。
私たちは多細胞生物ですので、体を作る細胞も一つ一つが生きており、色々な最期があることがわかってきています。よく知られているのが「アポトーシス」で、このとき細胞は完全に壊れる前に周りの細胞にサインを出し、自らを静かに取り込んでもらいます。これは不要になった細胞を取り除いて新陳代謝をするのに不可欠な細胞死になっています。
一方で、外から障害を加えられたことで予期せず細胞が壊れてしまう細胞死は「ネクローシス」と呼ばれています。火傷などがその例ですが、壊れた細胞から出てきた様々な物質が周りの細胞に悪影響を起こし、その結果腫れや痛みなどの炎症が生じます。
好酸球の自爆を世界で初めて発見
植木教授はアメリカのハーバード大学に留学しているとき、好酸球がどのように顆粒を出すのかについて研究していました。毎日、血液から抽出した好酸球をシャーレに入れて色々な条件で培養し、15秒おきに顕微鏡で撮影するという地道な作業を続けているうちに、驚くほど早く細胞が崩壊して顆粒が出てしまう様子を世界で初めて発見しました。
さらに調べていくと、自分の膜を自分で壊し、細胞内の核にある網状のDNAを放出させることで、病原体を網で捕らえて自爆攻撃するような免疫機構になっていることがわかってきました。
この好酸球の細胞死は、これまでに知られていた「アポトーシス」や「ネクローシス」と根本的に異なることから、「エトーシス」と呼ばれています。病原体が身体に侵入してきた箇所には好酸球が集まり、はじめは自分の細胞内に取り込もうとします。しかし、相手の大きさが大きすぎたり数が多すぎたりして「もう太刀打ちできない」とわかった時には、ひとつの細胞に2メートルもの長さを持っているDNAを網のように出して、DNAが持っている粘性を利用して病原体を封じます。このDNA線維は「細胞外トラップ」と呼ばれています。
私たちは、基本的に「長生きして子孫を増やす」ことを考えます。これは人間だけでなく、全ての生物の目的であり、生きて繁殖するために様々な方法で進化してきたと言えます。例えば魚は速く泳ぐための流線型の体とヒレを、チーターは素早く移動できる足と筋肉を、ツバメは空を飛ぶ翼を、人間はほかの動物に負けない知能を発達させています。小さな細菌だったとしても、抗菌薬や免疫機構に対抗して生き延び、増殖するための様々な方策を持っています。しかし、なぜ好酸球は分裂も進化もせず、ただでさえ短い寿命をさらに短くして自爆の道を選ぶのでしょうか?
その答えは、おそらく好酸球が身体という、いろいろな細胞が秩序を保つことで成り立つ社会に存在している、ということにあります。研究をしていて植木教授は好酸球にものすごく感情移入してしまったと言います。
「好酸球を見ていると、死に方すら選んでいて、その結果周りにどのような影響をもたらすかわかっているようでした。つまり、アポトーシスを選べば誰にも迷惑をかけずに静かにいなくなることもできます。でもエトーシスでは、多少周りに迷惑をかけても自爆して、まるで命を賭けて敵と戦う大和魂のような思いが彷彿とされます。細胞でさえ自分の命よりも大事なことを知っている。ひるがえって自分は何のための命でどう生きれば良いのかと」
植木教授は、彼らがどのように自分の寿命を知り、「アポトーシス」や自己犠牲とも言える「エトーシス」という決断に至るスイッチがどんな時に入るのかを知りたいと思ったと言います。「エトーシス」では好酸球は命を懸けるかどうかを30分以内に決断し、3時間以内には死んでしまうのだそうです。確かにだんだん健気な細胞のように思えてきます。
免疫機構として病原体を封じる一方で、アレルギーなど病気が悪化する原因のひとつに好酸球の「エトーシス」があることがわかってきました。つまり、好酸球が間違った過剰反応による自爆を起こしているために、病気になってしまっているということです。現在は植木教授だけでなく世界的にも研究が進んでおり、喘息、好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、アレルギー性気管支肺真菌症、鋳型気管支炎、好酸球性副鼻腔炎など、様々な病気の悪化に関与していることがわかってきています。
好酸球の働きは実はもっと多彩で、外敵からの防御、炎症の調節や促進、ほかの免疫細胞の機能調節などに関与しています。アレルギー疾患では中心的な細胞として深く関与していますが、まだまだ不思議で謎が多い細胞だといいます。好酸球のエトーシスによる難治性の病気についても、その仕組みの解明と治療法の開発が求められています。植木教授はこの謎を解き明かすため、日々研究に励んでいます。
もっと知ってほしい!好酸球の働き
製作した好酸球くんパペットやキャラクターグッズ
研究のために抽出された好酸球くんたちを慰めるお地蔵様
植木教授は、好酸球について広く興味を持ってもらえるようにイメージしたキャラクターに「好酸球くん(英語名:Eosman)」と名付け、グッズやLINEスタンプを作るといった活動も行っています。このような広報活動を行っているのは、自身が参加していたアマチュアバンド活動とたいして変わらないと言います。
「スポーツは勝負で評価することが多いですが、音楽の評価は勝負というよりも、その音楽を聴く方たちに委ねられています。だからバンドもなるべく良いと思う音楽を作って、いろいろな場所で演奏して、そのために練習したり準備したりしますよね。研究も音楽と同じように順位はなくて、その価値はその研究を見る人が決めています。研究者はこれが良いと思う研究成果を、いろいろな学会や論文として発表して見てもらいます。バンドだったとしても、まずは色々な人に聴いてもらってから判断してもらいたいですよね」
研究は、世界の誰も聞いたことのないようなオリジナルソングを作って演奏をするようなものだと植木教授は語ります。音楽や美術のような芸術作品と似たところがあって、研究の価値はその時はわからず、何年も経ってから評価されることもあります。研究は少しでも多くの人が興味を持ってその分野に参入し、検証してくれることで理解が深まり、社会的に広く認められて臨床の場でも活かされるのです。
「大学は学問をする場所で、好きなことを学び、研究する場所です。興味があることをやりたいだけ研究して、どんどん発信すれば良いと思います。そして秋田大学医学部附属病院は、国内だけではなく世界に向けて研究をしながら臨床もできる場でもあります」
秋田ならではの面白いこと、やろうよ!
2020年、秋田大学医学部附属病院に「総合診療医センター」が設置されました。植木教授は総合診療医センター長に着任し、次世代の地域医療を担う人材育成にも取り組んでいます。
秋田県は高齢化率が高く、ひとりの患者さんが色々な病気を持っているために複数の病院を受診していることが多くあります。特に地域医療では、多くの健康問題に対応できる総合的な診療ができる医師が必要とされています。
「総合診療医センターの役割は、分野を問わず総合的な診察ができるほか、患者さんだけでなくご家族地域まで総合的にマネージメントできる医師を育成することだと思っています」
もともとは「なんでもできるお医者さん」になりたかったという植木教授。やはり患者さんを診察し、病気を治すことにやりがいを感じているといいます。ただ現実問題として、ひとりの医師でできることは限られています。
世界で誰も見たことのない高齢化地域がまさに秋田で、逆に世界で最もチャレンジのしがいのあるフィールドです。そんな中で働く医師みんなが総合的な診療を実践できて、そこに暮らす人たちの健康課題が解決される未来が夢だそうです。
好酸球の研究と総合診療は一見つながらないように見えますが、ひとりでも多くの人の役に立ちたいという想いではあまり変わらないようです。患者さんが困っている病気があるから研究につながり、研究の成果を未来の患者さんに還元することが、研究者であり医師であることの醍醐味なのでしょう。
「医療は今を変えることができますが、教育や研究は未来を変える可能性を秘めています。なにかで突き抜けていくためには、それを育む土壌が必要だと思います。秋田には頑張る人を応援してくれる仲間が実はたくさんいます。コミュニティのサイズからも小回りが効いて、人がつながって参加しやすい課題も多く、チャレンジの結果も可視化されやすくなっています。秋田ならでは、と思える面白いことに取り組んでいる人もたくさんいるので、ローカルから突き抜けてみたい人を待っています。何か面白いことやろうと思ったら秋田だな、っていうようなこと、一緒にやりましょう!」
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです