「性質を知っていれば何も怖くない」多様な元素を扱うスペシャリスト
太陽エネルギーの濃縮物、石炭−
砂子炭鉱で採掘された良質な石炭
菅原教授の研究室の応接机には、北海道の砂子炭鉱で採掘された良質な石炭が美しく光ります。石炭はかつて太陽光を浴びて繁茂した樹木が源であり、エネルギー密度の高い炭素や水素の塊です。現在、発電や鉄鋼の生産に多く利用されていますが、一方で二酸化炭素の排出割合が大きいことが指摘されています。しかしこれは、石炭自体の問題ではなく、効率的にエネルギーへ変換する技術が未だ低いからと、菅原教授は言います。単に石炭を燃やすだけではなく、より効率よく使おうとする新しいシステムが、今、日本でも始まっています。
現在の火力発電は、石炭を燃やすことにより発生させた水蒸気でタービンを回すのが発電の主流です。例えば新システムIGCC(Integrated coal Gasification Combined Cycle)は、まず石炭を燃やさずにガスに変えます。それをガスタービンへ供給して発電します。さらにガスタービンの排熱を利用して蒸気をつくり、従来通りの蒸気タービンでも発電を行います。IGCCでは、2つのタービンが稼働するため、エネルギー変換率は約50%以上という、高効率の発電システムが可能になっており、さらに変換効率を高く出来る可能性が十分あります。いかに効率良く、取りこぼしなく、かつ環境に配慮して石炭を扱うか。それが重要であると、菅原教授は熱く語ります。
放射光を用いた微量成分の分析
IGCCは2013年6月から福島県いわき市の勿来(なこそ)発電所にて商用運転が開始され、現在2機目が稼働し始めています。石炭を効率良く使用しようとすると、石炭に微量に含まれる硫黄や灰分が、高温での装置腐食の原因となり、大きな障害となってきます。若かりし頃の菅原教授が、恩師の菅原拓男教授(秋田大学名誉教授)から与えられた研究テーマが、まさしく「石炭に含まれる硫黄の除去」でした。有機物、無機物、何種類もの成分を含有する石炭。そのなかで、日本で今使用されている石炭に含まれる硫黄は0.6%以下と、とてもわずかな量です。
「相手を知らないことには、硫黄をどのように取り出して良いかもわかりません。つまり、その形態を明らかにするための分析技術がまずもって必要です。このような微量成分の分析は、やはり最先端の研究施設をお借りしないことには、測定することは難しいですね」と菅原教授。その施設とは、つくば市にある高エネルギー加速器研究機構にある放射光科学研究施設です。ここでは放射光(電子や陽電子が磁場で曲げられるとき、その進行方向に放射される電磁波)を用い、物質の原子・分子レベルでの結合形態を調べることが可能です。リングの中を高速で電子ビームを回し、それを磁力で曲げて放射光を発生させます。このシンクロトロン放射光の中の軟X線を測定対象である硫黄に当てることにより、硫黄の微細な構造を原子レベルで観察します。菅原教授は、米国のケンタッキー大学の研究チームと共に、アルゴンヌやブルックヘブン国立研究所のシンクロトロンを用いて研究を進めました。
日本の電子部品は金の宝庫
菅原教授が得意とするのは、石炭だけではありません。金属やレアメタルの分離回収や製造プロセスの研究においても、高い評価を受けています。
意外にも、日本は金を世界一保有している国です。これは、日本で製造された電子部品が金を多く含んでいるためです。電子部品内の金は、天然の金に比べると純度が高く、鉱石では金の含有量が1tあたり0.1~17gなのに対し、電子部品は1tあたり300gもの金を含んでいるそうです。
菅原教授は「この金をただ寝かせておくのはもったいない!」ということで、何か良い回収方法はないかと思い、考案されたのが、電子部品を砕いて燃やした灰から金を取り出すという方法です。金を塩素によって灰から揮発させ、炭素に吸着させていきます。これは金の揮発温度を下げつつさらに炭素とよく結びつく性質を利用しています。すべての金が吸着した後に炭素を燃やせば、金だけが残るという仕組みです。世界では未だに水銀やシアンを使用して金を取り出す方法が使用されていますが、人体への危険を伴う上に、抽出にも多くの時間がかかります。それに対し、灰から金を回収する方法は反応も速く、さらに金や銀などの貴金属を選択的に濃縮することが可能になります。
レンズはレアメタルの塊
カメラのレンズの材料は、ランタン50%、タンタル40%等。レンズはガラスの塊かと思いきや、実はレアメタルの塊だったのです。レンズを製造するには、まずレアメタルを粉砕し、次に配合、溶融、成形、研削という工程を経た後にようやく日本が世界に誇るカメラレンズが出来上がります。しかしこの成形・研削の行程段階で、投入されたレアメタルの実に80%以上が捨てられているそうです。そこで、レンズメーカーからの依頼を受け、一度均質に混合されたレアメタルを元の個々の元素に分離すべく、研究に取り組みました。
今まではアルカリを加えて1000℃以上の高温でレアメタルを溶融する方法も提案されてきましたが、個々に元素を分離するには操作が煩雑で実用的ではありません。そこで、菅原教授は塩素を用いて回収を試みたそうです。
「塩素を使うと、揮発の温度と速度に差が見られます。例えばニオビウムというレアメタルは400℃程で揮発しますが、ランタンやガドリニウムはもっと高温でないと揮発しません。このような元素ごとの揮発温度と速度の差を上手に利用すれば、効率よくレアメタルを仕分けることができます。」
現在、レアメタルは主に中国から輸入していますが、様々な要因によりこれからも安定して輸入できるか不透明です。めまぐるしく変わる国際情勢に、日本は技術面で対応できるよう、常により良い方法を準備しておくことが重要なようです。
積層セラミックコンデンサ用の合金膜調製
スマートフォンやパソコンの内部は、チップ、コイル、モジュール等、聞いただけではあまりピンとこないような、小さな電子部品でできています。その中でスマートフォンには、積層セラミックコンデンサ(MLCC)と呼ばれる部品が200個以上使用されています。その大きさは1mmあるかないか、厚さも0.5mm程しかない、とても薄く小さな部品の中に、50~100層もの電極と誘電体が重なっています。
このMLCCは、ニッケルの電極と誘電体を重ね、その両端に銅を塗るのですが、焼成処理の過程で銅がニッケルの中に拡散し体積が増えることにより、積層体が壊れてしまうという問題が、小型化が進むほど顕著になっていました。そこで菅原教授らは、液相合成による新たな合金膜調製法を確立し、内部電極内への銅の拡散とひずみによる積層の破損を防ぐことに成功しました。また、この銅とニッケルの合金膜は、500℃での形成が可能であるため、時短と省エネを叶える一石二鳥の新素材とのことです。
頼もしい研究室出身者
秋田大学化学工学系研究室の出身者の多くは、大手プラントメーカーや化学、石油、鉄鋼、金属系企業にて活躍しております。最近でも大学院を修了した博士号取得者で、安全で極めて優れた性能の全固体型リチウムイオン電池の開発に成功した方や、食料品メーカーで独創的な環境対策を成功させ数々の賞を授与されている方もおられるとのこと。また京都大学や東京工業大学、北海道大学などでも教授として優れた研究成果を挙げています。このような卒業生の活躍が大変誇らしいと語る菅原教授。
モザンビークからの留学生ドルカスさん
また研究室には、JICAによる奨学生としてアフリカ、モザンビークのエドアルド・モンドラーネ大学地質学科を卒業したドルカス・ウアシケテさんが、大学院1年次に在学しています。ドルカスさんは地質学の知識に加えてさらに石炭の化学原料への転換や環境対策技術を学び、将来のモザンビークの発展に貢献したいと昼夜研究に励んでいます。大学院修了後は、母校の教員となる予定です。
研究室には、いつも様々な企業や大学の研究者が訪れています。このような共同研究先の方々からも、研究室の学生は大きな刺激を受けています。
マンスフィールド氏に学ぶ、可能性を求め続けるという事
秋田大学とアメリカのモンタナ大学モンタナテックの部局間協定を結びつけたのは、当時の駐日大使だったマイケル・マンスフィールド氏でした。
マンスフィールド氏は高校卒業後海兵隊に入隊。その後ビュートの銅鉱山で働きながら、夜間はモンタナテックで勉学に励みました。その後カリフォリニア大学、ハーバード大学へと進み、専門を東洋史へ変えました。モンタナへ戻ってからは極東史の教授、アメリカ連邦議会上院・下院の議員を務めました。日本について詳しいということで声がかかり、1977~1988年の11年間に渡り駐日大使を務めました。当時、秋田大学を訪れ、鉱業博物館等の施設を見学したマンスフィールド氏は、「自分の母校と一緒だ」と感銘を受け、部局間協定が結ばれたそうです。
「大学は自身の可能性・希望を探求する場所です。彼のように、複数の専門をもつこともできるのです。人生ひとつの専門に拘らず、挑戦と勤勉性で、いくらでも道はつながっていくと、マンスフィールド氏は教えてくれます」
菅原教授は、「複数の専門を持とう、専門と専門の境界領域にこそ発見がある、本当にやりたいことは決して諦めないこと」と学生たちに話をする時、よくマンスフィールド氏を例に挙げているそうです。
菅原研究室は総勢20名。「初心忘るべからず」、「よく遊び、よく学べ」をモットーに、研究だけでなくスポーツ活動にも力を入れています。
「研究も日々の生活も『付加価値、ひと工夫を大切に』と、学生たちには常に伝えています。人と同じことだけをやっても、自分のオリジナルは生まれません。何をやるにしてもひと工夫を入れると楽しくなる、学生ともども自身が面白いと思う研究をしていきたいですね」
菅原教授自身も「教育能力の前提にあるのは研究能力である」、「卒業生が誇りに思う研究室を」と自らに言い聞かせ、大学教育の源泉である大学院の教育・研究をしっかり継続していく想いです。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです