秋田大学研究者 藤井 光教授

Lab Interview

オール秋田で「地中熱利用システム」の普及を目指す

地中熱利用システムは、身近なところにも

 「地熱発電と地中熱利用システムの違いをよく聞かれます。地熱発電が地中1,000~2,000mから熱い蒸気を取り出してタービンを回して発電する『創エネルギーシステム』に対し、地中熱利用システムはエネルギーを節約するための『省エネルギーシステム』です」

 言葉は似ていますが、大きな違いのある地熱利用と地中熱利用。藤井教授はこれまで石油資源や石油貯留層工学などを研究していましたが、10年ほど前に再生可能エネルギーのひとつである地中熱利用システムに着目。5年前からはNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)から大型研究費を得て、地中熱利用システムの研究プロジェクトに取り組んでいます。
 2011年の東日本大震災以降、日本でも再生可能エネルギーに対する期待が高まり、国の補助金の後押しもあって、地中熱利用システムの設置件数に急激な伸びがありました。首都圏では東京スカイツリー周辺地域への熱供給や東京国際空港(羽田空港)国際線旅客ターミナルビルの冷暖房等に使われています。地中熱ヒートポンプシステムの設置件数は北海道が最も多く、次いで秋田県、東京都、岩手県、長野県の順になっています。東日本を中心とした降雪の多い寒冷地での導入が多くなっている理由は、一般的なエアコンが適さない寒冷地でも問題なく設置が可能なためです。
 実は、秋田県は地中熱利用の先進県といわれています。なんと日本で最初にこのシステムを導入した大規模施設は、秋田市立山王中学校なのです。2003年の校舎改築を機に地中熱利用システムが採用されました。さらに、日本最大規模での利用施設は、大仙市にある特別養護老人ホーム峰山荘で、冷暖房や周辺駐車場の融雪に利用されています。他にも秋田駅周辺から秋田県庁までの歩道、秋田大学手形キャンパス周辺の歩道の融雪など、学校や庁舎などの施設、道路等への利用が多くなっています。

優れた節電・省エネ効果を誇る、地中熱ヒートポンプ

 地中熱とは、地下約200mの深さまでの地中にある熱のことです。地中熱利用は、安定した熱エネルギーを地中から取り出し、冷暖房や道路の融雪、給湯などに利用することをいいます。
 利用方法は、ヒートポンプ、水循環、空気循環、熱伝導、ヒートパイプの5種類あり、それぞれ用途に合わせて選定することになります。

 地中は土壌の断熱機能により大気の温度変化を受けにくいため、約10m以深の地中温度は秋田市周辺では年中約15℃に保たれています。太陽光発電のように天候に左右されることがないため、季節を問わず安定して利用することができます。
 導入するには、地中に50~100mくらいの井戸を掘り、水や不凍液の入ったパイプ(地中熱交換器)を入れます。冬に暖房として利用する際は、地中の熱を採り(採熱)、ヒートポンプで40℃くらいの温水をつくり、空気を温めて温風を出します。夏に冷房として利用する場合はその逆で、地中に熱を逃して(放熱)5℃くらいの水をつくり、それを循環させて冷風を出します。 日本は四季があるため、「夏に地中へ放熱した熱を、冬に再利用する」というエコサイクルが適しているといいます。年間の温度差がない熱帯地方や極寒地方での利用が難しいというデメリットがありますが、このような地方でも利用できるような研究開発も進められています。

 一般に使われているエアコン(空気熱源ヒートポンプ)は、冷房時に発生した熱を大気中へ放熱するため、ヒートアイランド現象の一因とされています。最近多く発生しているゲリラ豪雨の原因にもなっており、都市部で問題になっています。夏は暑い外気を取り込み温度を下げ、冬は冷たい外気を温めて温度を上げなければならないため、電気代もかさんでしまいます。
 一方、地中熱ヒートポンプは熱を放出しないのでヒートアイランド現象の緩和につながるとされています。また、地中の安定した熱源を利用するため、通常のエアコンと比べると3~5割の節電・省エネ効果が期待できます。

秋田における地中熱利用システム普及拡大の支援

効率的システムデザイン構築

 全国的にも一般住宅、事務所、公共施設での地中熱ヒートポンプ導入が増えてきていますが、初期導入コストの高さがネックとなっています。
 「初期投資は大きいですが、パイプに使用しているポリエチレン樹脂は地中でも腐食しないため、メンテナンスコストが不要なんです。掘削は専門業者に委託となりますが、効率良くたくさんの熱を得られる場所の選定、適正な長さの井戸を掘るための技術開発が課題となります」
 井戸は長いほど熱が取りやすいそうですが、パイプ1mあたりの熱が多く得られるようになれば、井戸は短くても済むようになります。藤井教授の研究では井戸の構造を見直したり、井戸に使用する材料を改善することにより、井戸の長さの削減に成功しています。

秋田平野の地層評価技術と必要熱交換井の長さマップ作成

  地中熱ヒートポンプに適しているのは、常に地下水が流れている場所だといいます。「地下水は夏に放熱で暖められた地中温度を下げてくれる」、つまり熱の履歴が残らないのです。それにより、効率の良い熱交換が可能になります。
 地下水が流れている地域を見つけるには、周りの地質の情報を総合的に判断しなければいけません。藤井教授は秋田平野の地層を評価して地中熱交換井の必要な長さを表す「秋田平野の必用熱交換井長さマップ」を作成しました。この結果、秋田平野沿岸部では55~70m、平野部では60~90mの長さの井戸が必要であることがわかり、秋田平野東部から西部にかけて熱交換井が短くなる傾向を示すことが明らかになりました。掘削費用は1m当たり10,000~15,000円かかりますが、このマップにより導入費用の目安がわかりやすくなりました。

秋田大学内にも地中熱利用システムを導入

藤井研究室の冷暖房に使われる地中熱利用ヒートポンプ

 地中熱ヒートポンプを設置するには、必要最小限の井戸の長さで済む場所を見つけることがポイントになります。地層の評価試験と技術開発研究を基に、いかにして効率の良いシステムをデザインするかが鍵になります。
 現在、秋田大学国際資源学部棟内でも地中熱利用システムを導入しています。60mの深さまで掘削して、地下水を利用した循環ポンプ内蔵型のヒートポンプを設置しています。このシステムはエネルギー資源工学研究室の冷暖房に使用されており、学生達の研究テーマのひとつにもなっています。「経済性と省エネ性の両方を保ち、いかにして短いパイプで済ませるかが腕の見せどころです」と藤井教授は語ります。

普及が期待される地中熱利用の今後

10分の1スケール程の実験模型

 「地球温暖化を解決するには、“多方面から、急いで、少しずつ”対処していかなければいけません。地中熱利用でエネルギー消費量を削減することができれば、温暖化対策となります。そのため人類の将来にとって、とても有用な研究だと考えています。この研究に興味のある方、社会に貢献したい方は、ぜひ一緒に研究していきましょう。皆さんの入学をお待ちしています。
 また、県内企業の方々にはぜひこの研究に参入していただきたいと思っています。地中熱利用は地場産業での導入が可能です。初期の高度な設計は必要ですが、井戸の掘削や配管など、地元企業の皆さんのお力を借りる必要があります。この事業が秋田県の活性化に繋がり、人口減少ストップにも貢献できるのではないかと思います」

 地中熱ヒートポンプは、節電や省エネによるCO2排出削減効果の切り札とされています。東京電力管内で冷房に使用している電力は約1,000万kWですが、地中熱を利用した場合は約30%の節電が可能なため、約300万kWもの節電効果が見込まれます。地中熱利用システムの普及度は、他の再生可能エネルギーに比べるとまだ低いといいます。オール秋田でつくる地中熱利用システムの、更なる普及に貢献していきたいと、藤井教授は話します。

学生の声

大学院国際資源学研究科 資源開発環境学専攻 2年次
小玉 歩さん

 私は学部4年次から地中熱分野を研究しており、現在はタイの地中熱ポテンシャルマップの作成を行っています。東南アジアではまだ地中熱が普及していないので、今後の導入を促進できるように、適地がわかるようなマップの研究を進めています。
 今年の2月にタイを1週間ほど訪れ、地中の熱伝導性を調べる実験を行いました。タイは1年中冷房が必要な国なので、地中が常に暖かく、実は地中熱利用には適してはいません。しかし、地下水を流すことで可能性を見いだせるかもしれません。そのための条件出しの研究もしていきたいと思っています。
 卒業後は資源系の企業に就職が決まっています。石灰や銅の鉱山の開発や日本全国にある地熱発電所に関わる仕事をすることになっています。再生可能エネルギーは、今後さらに期待される分野なので、興味のある方はぜひ秋田大学で学んでほしいと思います。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院国際資源学研究科
資源開発環境学専攻
教授 藤井 光 Hikari Fujii
  • 東京大学 工学部 資源開発工学科 1987年03月卒業
  • スタンフォード大学 地球科学部 石油工学科 修士課程 1993年09月修了
  • エネルギー資源工学研究室