スマートマイニング~高度情報化鉱山操業~
マイニングの新しいフェーズへ
川村洋平教授が立ち上げた採鉱工学研究室(Mining Technology Laboratory)。こちらは“鉱山防災情報学”を専門とし、“防災”を通信・機械・センシング・コンピュータ分野など横断的にアプローチする新たな学問が研究されています。
かつて日本は多くの鉱山で栄えていました。秋田県にも阿仁鉱山、院内銀山をはじめとする多くの鉱山が存在していました。1960~70年代、日本の採鉱研究は世界から一目を置かれていましたが、現在は昔ほど鉱業が盛んではありません。そうした中での日本の今の強みは何か。それはやはりICT(Information and Communication Technology)、ソフトコンピューティング、ロボティクスなどの情報分野であると言えます。これらは汎用性が高く、他の技術分野への応用が可能な分野です。
まだまだアナログ的な要素が強い採鉱の世界ですが、今は知能の高い優れた機能を備えたものが多く開発され、人間の五感では感じ取れないものでもセンサーなどで検知することができる時代です。日本の強みであるICTを用いて、鉱山防災を情報化・自動化・効率化して発信することで、マイニング(鉱山採鉱)を新しいフェーズへと導く。それが川村教授のビジョンです。
情報化・自動化・効率化によるスマートマイニング
鉱山を動かすのは基本的に人=オペレーターであると、川村教授は語ります。人が掘り、スケジューリングし、オペレーションしてジャッジメント(判断)する。その中にICTやソフトコンピューティング、ディープラーニングなどの様々な情報技術を複合させることで、鉱山操業の効率化、省力化に寄与し、つまりはマインサイト(鉱山)のアクティビティ(活動)をサポートすることになるのだと。
スマートマイニングにまず必要なのは「自動化」とのこと。例えば、地下探削途中でドリルビット(先端の部品)が壊れてしまった場合、そのまま掘り進めてしまうと、ドリル本体に大きなダメージを受けます。その時の「変な音がする、変な振動がある、これはどこの故障なのか」というオペレーターでは気付けない小さな異変を人工知能が察知し、予測して機械を停止させます。人工知能による早めの判断により故障箇所だけの交換で済むのだそうです。
このような仕組みを可能にしたのが「ディープラーニング(大きな意味で人工知能を実現するための手法)」です。最近の有名な話で言うと、Googleのディープラーニングで囲碁に勝ったというニュースがありました。
世界最大級の資源企業であるリオ・ティントの所有する鉱山では日本の企業の重機が全自動で動いています。大資本のイメージが強い鉱山ですが、家族経営のような小規模なところも多くあります。そういった鉱山でも自動化を実現できるように、このシステムをどんどん落とし込んでいかなければなりません。
もうひとつは「データ化」。近年、資源開発活動における発破振動(火薬による爆発によって発生する、地表を伝わる振動)が周辺の人々の暮らしや世界遺産に与えるダメージが人為的な災害として見なされ、大きな問題になっています。それを防ぐために川村教授が開発したのが、発破振動のレベル計測と、その影響を受ける地点をGoogle Mapに反映させる技術です。振動レベルの予測は人工知能(ANN:Artificial Neural Network)による推定、マップへの反映はWeb-GIS(ウェブジーアイエス:地理情報システムをインターネットを使って操作できるようにしたシステム)によって確立されています。
これらすべてが、「効率化」へと繋がり、生産性の高い安全・安価な鉱山運営が可能になるということです。
地下鉱山全体を情報化
鉱山にセンサーを付けて情報化しても、データの収集のためには、実際に現地に人が赴きパソコンを繋いでデータを取る必要があります。通信化されていない地下には常に危険が伴い、生産性も上がりません。
川村教授は、地下鉱山全体を情報化し通信を可能にする、つまり携帯電話を使える環境にする研究を進めてきました。
例えば地下への信号の建設、崩落時に迅速な救助が可能となるよう作業員の位置の把握、地下の換気扇のON/OFFをコントロールする等。これらはアナログ的なやり方だけでは実現できません。電算化やデジタル化が必要不可欠なのです。
Curtin大学(オーストラリア)在職時に川村教授が構築したのは、「ZigBee(無線センサモジュール)」を中継点(ノード)としてばらまき、データをリレーして、情報化されたデータを地上に届けるシステムです。携帯電話からのテキストメッセージの送信、崩落の際作業員が生存可能となるように200mごとに設置されたポットへの通信可能なタブレットの設置、換気のファンのコントロール。これらは実際に南オーストラリアで通信試験を行い、検証を重ねてきました。現在このシステムは、オーストラリアに滞在中の川村教授の教え子の方に継承されています。
鉱山の危険箇所の教育に用いるVR機器は鉱業博物館と川村教授の授業で体験が可能
これから“Mining Technology Laboratory”で川村教授が目指すのは、ZigBeeがやっていたことをスマートフォンだけで実現することです。働く人たちにアプリがインストールされたスマートフォンを配布します。その人が中継点を通るだけで、地下から地表面まで情報が勝手に運ばれていく、データのバケツリレーが可能になるのです。
このアプリは起動の必要はありません。作業従業者はいつも通りの仕事をしているだけで、すべてバックグラウンドで情報が地上へと転送されます。新しいものは何もいらない、人やトラックの移動そのものが、ネットワークの一部になるのです。川村教授曰く、そこまでしないと技術の普及はないとのことです。
研究の先にある未来をデザインする発想力
現在、ほとんどの空間の探査は自動化されています。空をドローンが舞い、地上には自動走行車が行き交い、水中でも自動探査が進んでいる時代です。ところが地中は10cm先もわからない世界です。川村教授は、そんな未知の領域である地中へテクノロジーを展開できないか考えています。
もともとは海洋学者を目指していた川村教授ですが、海洋実習でひどい船酔いを経験し、大学院から専攻を資源学へ変更しました。海洋資源もリモートセンシングの分野であり、そこで培った技術を鉱山資源学の分野へ展開していきました。
大学教員になってからも、マイニングの分野だけに留まることは無く、新しい人との出会いの中で刺激を受け、それを学び自分のものにすることで、研究を切り拓いてきました。
「何と何をつなげて、何を利用すれば、どんな未来がみえるのか、というクリエイティブな発想力・発想の転換が大事なんです。人に言われた通り研究を進めるのは、言ってしまえば誰でもできること。その研究の先にある未来をデザインし、ストーリーを組み立てることが『教員である資格』であると考えます。」と川村教授は語ります。
海外の鉱山では、「機械工学、物理工学の知識」だけでは、現地の人たちに何も伝えることはできません。しっかりとしたバックグラウンドを持ち、議論ができる人材を育てることが、秋田大学国際資源学部のポリシーです。資源をたくさん消費している日本にとって、資源学のプロエッショナルを育成して彼等を海外に送り出すということは、日本の資源学教育者の非常に大切な使命です。
そしてこのテクノロジーを更に進化させた未来。スマートマイニングの普及によって人類の生活がさらに豊かになる、お金をかけずに安全にものが採れるという未来の実現を、川村教授は目指しています。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです