秋田大学研究者 秋田大学研究者 三島 和夫教授

Lab Interview

私たちはなぜ眠るのか?健やかな睡眠の意義を考える

睡眠と精神身体疾患の深い関係

 睡眠は、人間が生きていく上で欠かせない生命活動です。私たちは一生のうちの3分の1から4分の1の時間を睡眠に費やしています。しかし、一般成人の5人に1人は睡眠に関わる問題を抱えていると言われています。
 たとえば、現在、約80種類の睡眠障害(睡眠-覚醒障害)が知られていますが、不眠症や睡眠時無呼吸症候群など有病率が高い疾患が数多く含まれています。睡眠障害は高齢者の病気と思われがちですが、どの年代でも認められます。子供でも4~5人に1人は睡眠問題を抱えているといい、夢遊病や夜驚症(やきょうしょう)など子どもに多い睡眠障害も少なくありません。若い世代ではうつ病や統合失調症、パニック障害などのメンタルヘルス問題を原因とする睡眠障害が多く、年配の方では認知症による夜間徘徊などが社会問題となっているといいます。いずれも日常生活や社会生活に支障が生じ、生活の質が落ちてしまうことに繋がります。

 さらに、現代社会は24時間社会とも呼ばれ、夜勤(交代勤務)や夜型生活など、体内時計の変調による睡眠問題が増加しています。また、日本人の睡眠不足(睡眠負債)も深刻です。欧米諸国と比較すると日本人の睡眠時間は圧倒的に短く、しかも厚生労働省の調査では年々短時間睡眠者の割合が増加しているそうです。睡眠不足の影響は気付かないうちに心身にさまざまな影響を及ぼし、高血圧や糖尿病などの生活習慣病や、うつ病、認知症などの疾患のリスクを高めることもわかっています。こういった意味からも睡眠は私たちの心身の機能に関わるとても大事なものなのです。
 ところが、睡眠に関する研究は近年急速に進んでいるにも関わらず、その役割や重要性についての知見が知られるようになったのは比較的最近のことだといいます。
 三島教授が携わる脳科学は、基礎研究から治療や診断に関わる研究、公衆衛生的研究など幅広い分野を扱っています。その中でも三島教授は、睡眠障害や精神疾患の研究や社会における睡眠に関する認識向上と睡眠学を目指す専門職の教育、そして新たなモニタリング開発の研究をしています。

睡眠のメカニズム

 睡眠時というのは、脳全体が一様に休んでいる状態ということではありません。眠っている間にも脳の活動はさまざまに変化して、心身のメンテナンスと翌朝からの活動に備えた準備をしているのです。
 睡眠リズムは、疲労による「睡眠欲求」と体内時計の指示を受けた「覚醒力」のバランスで形成されています。そして、脳活動が比較的活発で夢見睡眠として知られている「レム睡眠」と大脳や身体の休息を主目的とする「ノンレム睡眠」の異なる2つの睡眠状態で構成されています。また、ノンレム睡眠は浅い睡眠から深い睡眠まで4段階(最近の分類では3段階)に分けられます。
 レム睡眠(REM sleep)は、目がピクピクと動く急速眼球運動(Rapid Eye Movement;頭文字を取ってREM)が見られ、睡眠中にもかかわらず脳は覚醒時に近いレベルで活発に働いています。夢を見るのも主にレム睡眠の時です。この時の頭の中では夢を見る他に、記憶の整理や定着が行われています。また、血圧や脈拍が変動し始め、心身ともに覚醒する準備状態となります。これに対しノンレム睡眠(non-REM sleep)は、日中に酷使した大脳は休息し、成長ホルモンが分泌されて細胞の修復や身体の疲労回復をしている状態を指します。
 眠りは、はじめに深いノンレム睡眠から始まり、その後徐々に浅いノンレム睡眠に移行します。その間に、約90分の周期でレム睡眠が現れます。このようなレム睡眠とノンレム睡眠の周期(睡眠サイクル)が3~5回繰り返され、心身が回復・調整された後に覚醒することで気持ちよく目覚めることができるという仕組みになっています。

良い眠りは身体と心の疲労回復

 人が充分に休養でき、疲労を回復するのに必要な睡眠時間を「必要睡眠時間」と呼びます。しかしこれには年代が同じ人でも3時間ほどの個人差が生じるといいます。たとえば同じ20代であっても、必要睡眠時間が6時間ほどの人もいれば、9時間以上必要になる人もいるということです。そして、3時間しか眠らなかったと言われるナポレオンのように必要睡眠時間が非常に短いショートスリーパーと呼ばれる人たちはきわめて稀です。実際にはショートスリーパーではない人が短時間の睡眠を繰り返すと、身体は休息できずに疲労が溜まりやすくなってしまいます。実はナポレオンも昼間によくうたた寝をしていたそうです。
 睡眠時間は短かった割に目覚めが良かったという経験はありませんか?これは、レム睡眠が終了して浅いノンレム睡眠に切り替わったタイミングで起きると良い目覚めを得られると言われているからです。この経験のある人は、このタイミングで目覚めたと考えられます。しかし、目覚めは良くても実際に睡眠が十分に取れているかということはまた別問題です。睡眠不足はそもそもその人の必要睡眠時間に対して睡眠が足りないことであり、睡眠の質も不眠の場合とは異なるのだそうです。

睡眠の構造(若者の場合)

 不眠症は寝る時間は充分ある中で『眠りたいのに眠れない』という疾患で、深いノンレム睡眠が減ってしまい、目覚めやすくなります。これに対して、睡眠不足の場合は深いノンレム睡眠が増加します。深い眠りが続くと良い睡眠と思われがちですが、睡眠不足の例からも分かるように実はそうではありません。適度なノンレム睡眠、レム睡眠がバランス良く現れないと私たちの身体は回復を感じづらいのだそうです。
 高齢になると夜間にトイレに行く回数が増えるなど不眠がちになりますが、日中に大きな支障が無いようであればあまり神経質になる必要はありません。ただし、不眠のために眠気や倦怠感などの不調があるようならば不眠症と診断され、症状が重い場合には治療が必要になります。特に、若いうちに不眠が出現して持続する場合、短期間で不眠症状が出現してきた場合には注意が必要です。メンタルヘルス疾患の初期症状を疑う必要があるからです。質の良い睡眠は健康生活の基本となるため、三島教授は「自分の睡眠状態を知り、自分に合った環境づくりを考えることは非常に大切だ」と語ります。

不眠症状の早期発見と睡眠分析による診断の重要性

 先述の通り、睡眠障害には80種類にも及ぶ疾患があり、症状や検査結果などから鑑別診断し、個別の治療が必要となります。その中には精神疾患との関わりが深いものも少なくありません。たとえばうつ病もその一つです。うつ病は気分の落ち込みや不安感、意欲が湧かないなどの症状があり、重症度によっては仕事を休まなければならないということもあります。うつ病患者の90%には不眠症状があり、5%は過眠症状があるそうです。興味深いことに、精神疾患の発症に先行して、すなわち早期兆候として睡眠に変化が現れるといいます。
 平成18年に自殺対策基本法ができ、内閣府主導で働き盛り世代の男性をターゲットとした自殺ハイリスク者の早期発見事業が始められました。その一つが全国で行われた『パパ、ちゃんと眠れてる?』という睡眠キャンペーンです。これは、不眠症状をキーワードにして、うつ病の早期発見と早期治療までのルートを構築する事業です。中でも、静岡県富士市が「富士モデル事業」として行った睡眠キャンペーンは大きな成果を挙げました。
 初めてうつ病になる人の半数は不眠から始まり、数か月程度でうつ症状が現れるといいます。再発する人では60%も不眠から始まります。うつ症状は自覚しにくいのに対して、不眠は症状が明瞭で、またかかりつけ医や産業医にも相談しやすいことから、このキャンペーンでは不眠症状が見られた場合には早めに受診するよう促し、うつ病が悪化する前に対策を取るといった狙いがありました。
 現在、うつ病はさまざまな治療法が確立されており、治療の組み合わせによって9割近くの患者さんはうつ状態から抜け出せるといわれています。しかし、完全にうつ症状がなくなる患者さんは3分の1ほどで、残りの患者さんは一部の症状を残したままであるなど回復の度合いはさまざまです。
 おおむね症状が回復しても、部分的に残っている症状(残遺症状)の中でもっとも多いのが不眠です。うつ症状が大部分なくなり、仕事に復帰できるようになっても、睡眠薬が手放せなかったり、日中に倦怠感や眠気が残り仕事に集中できないなどの影響を及ぼすこともあるそうです。また、残遺症状のある方はうつ病の再発リスクが非常に高く、不眠を単なるうつ症状のひとつとして見過ごすわけにはいかないのです。

 精神疾患の早期兆候として現れる睡眠障害がどのような症状で、いつ頃から出現するのかなど、精神疾患の治療においては睡眠を分析することが有益な方法だといいます。従来、患者さんの睡眠状態は問診によって診断していたそうですが、寝付く時間や睡眠の質までは正確に判断できなかったそうです。
 睡眠医療の専門施設では一晩の睡眠中の脳波や心電図、筋電図、呼吸状態、睡眠中の行動などを同時測定し、睡眠の質や睡眠障害の有無を正確に診断する睡眠ポリソムグラフィー(睡眠ポリグラフ検査)という特殊検査もあります。しかしこれは手間のかかる検査で多数の患者さんに実施することはできません。また、日常の睡眠環境での測定ではないため、その人の実生活での睡眠状態(睡眠障害)を正確に反映しているとは限りません。そのため、どうすれば在宅で簡便に負担が少なく睡眠状態を評価できるかという課題を抱えていました。
 しかし最近は、手首に装着するだけのデバイスや睡眠アプリなどで心拍数や体動などを計測し、睡眠の質をある程度分析できるようになりました。また、技術進歩により非常に小型で簡便に使える携帯型の睡眠脳波計も開発されています。

長期間リアルタイムで睡眠評価できるデバイスの活用

データ測定技術の発達

 三島教授は、精神疾患をもつ患者さんの治療経過中における睡眠の質や日中の覚醒度、生活リズムの変化を身体の一部に装着するデバイス(ウェアラブルデバイス)でモニタリングし、精神症状が完治するまでに、もしくは症状が残遺しているときに、どのような変化があるのかを比較する研究をしています。
 近年の情報技術の発展により、装着に手間取ることなく睡眠データを測定できるようになりました。分析に関しても、これまでは専門的なトレーニングを積んだ技師が約2時間かけて解析していたものを、AIが数分以内に多数同時に解析できる時代になったといいます。小型のウェアラブルデバイスは患者さんの生活状況を長期間モニタリングすることで臨床的予後を改善に導く、精神疾患治療の鍵になると言われています。睡眠データの測定はウェアラブルデバイスとの親和性が格段に高く、精神科のさまざまな臨床研究や治療の中でも特に活用が先行しているそうです。

睡眠‐覚醒障害の病態研究・治療戦略に関わる3要素

 長期モニタリングをしていくことで、患者さんの活動パターンまで見える化できるため、薬が効きすぎてしまう「持ち越し効果」の判断や、夜間の睡眠の質だけではなく、日中のどの時間帯に活動量をどれだけ保っていられるのかなど薬物療法の効果や副作用の判定可能になります。そしてAIによる機械学習によって、精神症状が悪化する際の危険兆候の可視化に結び付き、さらにそれをご本人や医師にフィードバックすることで再発防止にもつながります。不眠症の多くは睡眠薬での治療になるそうですが、薬の種類や適量、服用のタイミングなどの判断もしやすくなるといいます。
 また体内時計からの信号で体温が下がり、睡眠のスイッチがかかりはじめる時間を分析することで、薬の効果を最大に高める時間がわかります。三島教授もその時間に睡眠薬を飲むことを促し、加えて、ベッドタイムを睡眠時間+αに圧縮させるなどの認知行動療法を行っているそうです。
 「これまでは患者さん自らが記録した睡眠・生活リズム情報をもとに睡眠指導していたものが、ウェアラブルデバイスを用いることで客観的に、且つ詳細なデータに基づいて行うことができるようになります。これによって個人の睡眠状況やライフスタイルに合った薬物療法や認知行動療法を組み立てるなどオーダーメイド診療が可能になるとされています。そして近い将来、このようなウェアラブルデバイスによるモニタリングが実地臨床場面で実用化されるようになるでしょう」と三島教授は話します。

今よりも簡単に睡眠分析ができるように

 右の画像は三島教授が臨床現場での実用化を目指しているウェアラブルデバイスの精度検証のため、睡眠ポリグラフ検査との同時測定を行っている様子です。睡眠ポリグラフ検査では、睡眠中の脳波や呼吸、心電図、体動、血中の酸素飽和度などを計測し、パソコンにデータを送信します。睡眠判定デバイスには、スマートウォッチ型の活動量計、たとえば、手首装着型のFitbitや腰部装着型のMTNなどのほか、マットレスに置く非接触型センサーであるEarlySenseなどさまざまなタイプがあります。計測した体動や心拍数、体温などの生体情報から睡眠の深さを分析します。装着時の不快感はほとんど感じられないといいます。
 いずれのデバイスも、一般の方を対象とした計測データと信頼性についてはある程度保障されていますが、精神疾患の患者さんでの測定精度についてはデータがありません。三島教授の研究では、上記以外の候補も含めて臨床現場で活用しやすいデバイスの選定と精度検証、分析アルゴリズムの改良などに取り組んでいます。

誰にでも起こりうる睡眠障害を乗り越えるために

 2018年6月、日本のレセプトにも用いられているWHOの国際的疾病分類である「ICD」が1990年以来30年ぶりに改訂され、「ICD-11」が公表されました。その中には新たに独立して睡眠障害(睡眠-覚醒障害)に関する章も加えらました。厚生労働省による「健康日本21」でも休養・こころの健康づくりの中心課題として睡眠が取り入れられています。これからの時代、診療だけではなく、医学教育や一次予防活動、健康づくりのための生活指導などさまざまな場面で睡眠障害や睡眠問題に関する啓発は増えていくと思われます。
 三島教授が国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センターで勤務していた頃は、睡眠研究の中でも人間の睡眠や体内時計の生理機能やその分子遺伝的メカニズムなど基礎研究に携わることが多かったそうです。しかし母校である秋田大学に戻ると、患者さんや地域住民、行政との距離感が近く、一つの研究テーマにじっくりと時間をかけて取り組めることや、結果の見える仕事が着実にできるということを実感しているといいます。
 「デバイスによるモニタリングをはじめとして医療現場で高度なIT/IoT技術が援用される時代になりました。秋田大学でも医療DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しています。そのため、医療者もAIなどの情報技術やデータサイエンスに関する基本的な知識を身につけることが求められるようになっています。これからの精神医療では、専門家と手を組み、新たな医療技術を習得・向上していくマインドの涵養が重要だと医局の若手精神科医にも話しています」
 これまでも私たちの健やかな睡眠と健康を守るためにさまざまなメディアからも情報を届けてくれている三島教授。今後も未来の医療を見据え、あらゆる角度から研究を続けることで時代に順応した医療を提供してくれることでしょう。

研究室の学生の声

博士課程 3年
伊藤 結生 さん

 私がこの研究室を選んだきっかけは、精神科臨床に携わっている中で論文を読む機会があり、論文として発表されているような研究が実際にどのように計画および実行されているのかということに興味を持ったことでした。これまで多くの研究を行っている三島教授のもとで一緒に研究したいという思いがあり、一度精神科臨床を経てから大学院に進学しました。
 進学後は、外部の先生方とのWeb会議に参加させてもらう、三島先生ならびに他大学の先生方にも研究の助言をしてもらうなど手厚い指導環境で学ぶことができています。また、研究は学術的な側面の成長だけでなく、その結果を患者さんにフィードバックすることもできるので、自分の臨床にも活かされています。さらに睡眠はあらゆる精神疾患に深く関係しており、この分野の研究が発展することは精神疾患に大きな寄与をもたらすと信じています。
 当科では女性医師であっても三島先生をはじめとし多くの先生方に配慮していただけるため、家庭や育児との両立も可能であり、非常に恵まれた環境で働くことができます。より多くの先生方、特に女性の先生方が研究に携わってくれることを期待します。

博士課程 2年
小笠原 正弥 さん

 医学部の大学院は臨床医療の経験を積んでから入学する医師が多いですが、私は早くから医学研究に取り組みたいという志があり精神科に入局すると同時に大学院へ進学しました。三島教授の研究室はさまざまな研究を行っているだけでなく指導にも力を注いでいるため、医師経験が浅くこれまで研究に携わったことがない私でも主体的に研究テーマに取り組むことができています。
 私はウェアラブルデバイスを用いた睡眠分析の研究を行っています。ウェアラブルデバイスは在宅で日常生活により近い状態の睡眠を低コストで長期間に渡り測定することができるという利点があります。睡眠検査をより身近なものとして臨床医療で役立てられるように研究を進めて行きたいと考えています。
 近年の医療においてAI技術は積極的に取り入れられているため、今からでも勉強しておくと医療の世界で働く場合に必ず役立つと思います。私も研究から学び得たことを活かしながら、今後もよりたくさんの知識や経験を積んでいきたいと思っています。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 医学専攻
病態制御医学系 精神科学講座
教授 三島 和夫 Kazuo Mishima
秋田大学研究者 三島 和夫教授
  • 秋田大学医学部 1987年3月卒業
  • 秋田大学医学部 精神科学講座講師
  • 秋田大学医学部 精神科学講座助教授
  • バージニア大学全米科学財団時間生物学研究センター 研究員
  • スタンフォード大学医学部睡眠研究センター 客員准教授
  • 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 睡眠・覚醒障害研究部部長
  • 【所属学会・委員会等】
    日本睡眠学会理事、日本時間生物学会理事、日本生物学的精神医学会評議員、脳科学関係学会連合評議員、独立行政法人医薬品医療機器総合機構専門委員、東京都健康推進プラン21推進会議中間評価部会委員、日本学術会議第25期連携会員 (第二部) 連携会員、日本不安症学会評議員