秋田大学研究者 寺境光俊教授

Lab Interview

ものづくりを支える基盤となる技術~高分子合成で新たな素材を追求する~

有機材料の合成と解析の研究

 秋田大学理工学部応用化学コースは、分子化学分野と化学工学分野の2つの分野に分かれています。分子化学分野の中には有機材料化学、無機材料化学、応用物理化学、界面応用化学の4つの研究室があり、その中の1つ、有機材料化学研究室に寺境教授は属しています。
 寺境教授は機能性有機材料の合成と機能解析をテーマとして、有機合成と高分子合成を分子レベルでデザインし、電子材料や医療、エネルギーなど幅広い分野に応用できる新しい機能性材料に関する有機材料化学の研究を進めています。

私たちの身の回りにあるさまざまな高分子材料

 高分子とは、数千個以上の分子が連結した巨大分子のことで「ポリマー」とも呼びます。高分子は固形材料などの『有機材料』、セラミックスと呼ばれる陶器やガラスなどの『無機材料』、鉄や銅などの『金属材料』の3つに分類されます。
 高分子合成による有機材料でいうと、スーパー等で野菜や果物などを入れるための容器やポリ袋、ペットボトル、CDやDVDなどの光学ディスク、携帯電話やパソコンのケース、化学繊維、接着剤、塗料、紙おむつや保冷剤のゲル材、自動車や新幹線、航空機部品など数えきれないほど私たちの身の回りに溢れ、生活に密着しています。それだけではなく、植物や木材といった自然界に存在するものもセルロースという天然由来の高分子からなっており、さらに言うと私たち人間も実はDNAやタンパク質など生物の細胞が作り出す高分子からできているのです。

石油製品のリサイクルが加速化

 ガソリンや灯油、軽油、重油などの石油製品は原油から蒸留という工程を経て造られます。石油製品の一つにナフサという液体があり、このナフサに熱を加えて化学反応を起こすと気体のエチレンやプロピレン、液体のベンゼンといったプラスチックの元となる製品原料(モノマー)を造ることができます。これらは水素と炭素でできた分子ですが、これを複数個結合させてポリマーにすることでポリエチレンなどの固体に変化し、それが有機材料の代表でもあるプラスチックの原料となるのです。
 このポリエチレンなどの「ポリ」という言葉にはギリシャ語で“たくさん”という意味があり、ひとつひとつのモノマーがたくさん繋がってポリマーになるというイメージを持っています。

 プラスチックの良いところは、熱で加工しやすいという点です。金型にプラスチックを流し込むと大量生産することができる上に、温度を上下させることで何度も溶かしたり固めたりすることができます。こういったプラスチックのことを熱可塑性(ねつかそせい)プラスチックといい、反対に再び熱を加えても柔らかくならない性質のプラスチックは熱硬化性プラスチックと呼ばれます。
 私たちも良く知るペットボトルのリサイクルもこの特徴を利用して行われています。ペットボトルはプラスチックと同じ分子からできているため、回収した後は粉砕して溶かされ、ペレットという粒状の小さなかたまりになります。それをさらに溶かして液体にした後、新たなペットボトルになったり、繊維や包装フィルムとして生まれ変わるのです。
 こうしたリサイクル素材だけで造られた洋服やインテリア雑貨はサステナブル社会として現在非常に注目されており、有名アパレルブランドなどでもリサイクル素材から生まれた糸を使用した洋服の製造・販売が加速化しています。

環境にやさしいプラスチック製品への取り組み

 近年、プラスチック製品が海に流出し、漂流して環境汚染となったり、自然環境で放置されると劣化して小さな破片となる「マイクロプラスチック」があります。
 これは分解されることなく半永久的に海中のゴミとして溜まり、海洋生物が餌と間違って摂取すると体内に蓄積されてしまうため、生態系や私たち人間への影響もあることから世界全体で取り組む問題となっています。そのため近年はレジ袋を使わない取り組みや、土壌環境や水環境などの自然環境で生分解されるプラスチックの研究開発も進んでいます。
 ポリ乳酸を原料に、土壌で微生物の働きによって分解され最終的には二酸化炭素と水に変わり自然へ循環されますが、海中では分解されにくいことがわかっています。海中で分解されるプラスチックについても研究が進んでおり、今後このような製品開発が進んでいくと思われます。
 しかし、「私たちの生活に欠かせないものとして溢れている様々なプラスチック製品が、環境破壊につながる“悪者”として扱われることがとても心苦しく、不本意に感じている」と語る寺境教授。技術を進歩させ使い方を工夫することによって、これまでのプラスチックのメリットとネガティブな部分をうまくバランスをとっていくような研究に繋げたいと続けます。

分岐高分子合成技術の研究

 有機材料は、炭素(C)を主元素として酸素(O)、水素(H)、窒素(N)などで構成される物質をいいます。その中のポリエチレン(C2H4)nは、最も簡単な構造をした高分子のエチレン(C2H4)が鎖状にたくさん連なった構造をしています。この鎖状の構造を木の枝のように分岐させ、他の物質と人工的に合成させる『高分子合成』という手法があります。この手法で構造を枝分かれさせたり、違う構造のものをデザインすることで、できる物質の特性が変わってくるのだそうです。
 たとえば、素材を柔らかくする分子と硬くする分子を順番に並べるとします。そうすると引っ張っても切れずに伸びる素材が生まれます。
 「素材の持つ利点と欠点を分子レベルの組み合わせでデザインすることで新しい物作りを目指している」と寺境教授は言います。
 寺境教授は20年以上にわたって分岐高分子の研究を行っており、多分枝ポリマーを簡便に合成する方法として世界で初めて『A2型、B3型モノマーからの多分枝ポリマー合成』について報告しました。そしてこの合成方法は現在広く世界中で使われているといいます。
 「どのようなデザインで思い通りの機能が発現できるのか、失敗の中にも新たな発見があったり、試行錯誤しながらの研究はとてもやりがいを感じています」

幅広い分野で社会に役立つ新しい高分子合成技術

体内で吸収されやすい材料

 有機材料化学研究室では、秋田大学医学部との共同研究として生分解性高分子材料の研究を行っています。生分解性高分子とは、「自然界において微生物が関与して環境に悪影響を与えない低分子化合物に分解される高分子」のことです。
 たとえば、すでに実用化されている“手術後に体内で吸収され、抜糸の要らない「吸収性縫合糸」という糸”も合成高分子の繊維が使用されています。寺境教授は生体内で分解吸収される伸縮性のある素材の生分解性高分子を研究し、この生分解性高分子の構造には血液中の血小板が表面につきにくくなるという性質があることを見出しました。
 従来は、血液と接触する部分に異物を入れると血液の流れが悪くなり血栓が生じるため、多量の抗血栓製剤を使用する必要がありましたが、生体内で生態組織と入れ替わり取り出す必要がないというメリットを活かすことで、新規生体埋め込み材料として人工血管、ステントグラフトのコーティング膜、癒着防止膜、細胞培養基材などの応用開発が期待できるそうです。最終的には患部が治癒してから酵素などで分解され、吸収されて無くなることが理想的ですが、体内ではどのくらいの時間経過で吸収されていくのかはまだ明らかにされていません。
 現在、秋田大学倫理委員会を通して医学部と連携しながら実用化に向けた研究を進めています。

寒冷地でも適応する工法の開発

 近年、高度成長期に整備された道路や橋梁やトンネルなどのコンクリート構造物はインフラの老朽化が問題視され補修や補強が喫緊の課題となっていますが、秋田県の事業として秋田複合材新成形法技術研究組合から寺境教授の元に炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の複合材料に利用できる樹脂の開発が委託されたといいます。
 コンクリート補修や補強をするために炭素性複合材料を貼り付ける工法があり、そこで接着するための樹脂がとても大事な役割をしているのが『寒冷地コンクリート構造物へ迅速施工が可能な炭素繊維シート融着補修工法』です。
 これは熱可塑性不織布に電磁誘導加熱(IH)を与えることで、柔らかくして接着剤として炭素繊維シートとコンクリートを融着させるものです。従来の融着方法は、秋田県のような積雪寒冷地では施工できませんでしたが、寺境教授の開発したその樹脂は過酷な寒冷地環境でも適応できるように技術的開発され、対象補修や補強部分への迅速な施工ができます。
 この工法は、令和3年3月に秋田県と民間施工業社の協力を得て秋田市と男鹿市の2箇所で実証試験を行い、秋田大学理工学部機械工学コース、そして土木環境工学コースと連携し、地域貢献的研究として社会に役立つ研究となっています。

実験の楽しさと不思議!から始まった研究者の道

 理工学部2年次の自由課目としてバイオエタノールの実習があります。バイオエタノールは、植物由来のバイオマス資源を発酵させ、蒸留してエチルアルコールを作るもので、原料としてサトウキビやとうもろこし、稲わらやもみ殻などがあります。
 寺境教授の実習は、原料に紙やダンボールを使い、化学処理したのちに発酵させてアルコールを作るというとても楽しくワクワクする内容となっています。紙からアルコールができるという一見信じられないと感じることでも、化学を知ることでできるのだそうです。
 複数のものを混ぜて色が変わったり、化合物ができたりするのが楽しくて研究者になろうと思ったという寺境教授。小学生の時に、水酸化ナトリウムに塩酸を加えると塩化ナトリウム(塩)と水ができるという理科の実験で、出来た塩を舐めた記憶が今でも鮮明に覚えているといいます。そして同時に、危険な液体を合わせて塩ができることが当時はとても不思議に思ったそうです。

 世界では化学技術がこれまでにないほどのスピードで進歩し、それに伴って技術者の必要性も高まっています。深い専門性と多方面への幅広い視野で論理的な思考力を身につけることが大切です。寺境教授のもとで学んだ卒業生は、多くの可能性と期待を持って私たちの生活を豊かにするものづくりの根底を支える技術者として多方面で活躍されています。
 「化学の技術を使った部品は電気、電子、自動車、素材など多分野にわたり“縁の下の力持ち”のように支える役割があります。化学そのものが最終製品になるのではなく、最終製品ができあがる上での重要な支えとなる基盤の技術といえるでしょう」と語る寺境教授。今後も新たな素材を求めて化学の楽しさを追求する研究は続きます。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科
物質科学専攻 応用化学コース
教授 寺境 光俊 Mitsutoshi Jikei
  • 早稲田大学 理工学部 応用化学科 1988年3月卒業
  • 早稲田大学 理工学研究科 応用化学 博士課程 1993年3月修了 博士(工学)取得
  • 【所属学会・委員会等】
    日本化学会化学グランプリ小委員会、有機合成化学協会、英国王立化学会、あきたサイエンスクラブ、日本接着学会、日本素材物性学会、化学工学会、繊維学会、アメリカ化学会、日本化学会、高分子学会、American Chemical Society 正会員
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