秋田大学研究者 秋田大学研究者 小川泰正准教授

Lab Interview

地球規模の課題と向き合う~環境問題

汚染の定義を検証する

 小川准教授は、環境化学及び地球化学をベースに、化学と地学が融合した環境問題について研究しています。環境問題とは、人間の活動が要因で起こる地球環境の変化を言います。
 現在日本では鉱山汚染の問題はほとんどありませんが、明治時代初期から足尾銅山で発生した足尾銅山鉱毒事件は、有害物質が周辺環境にも影響を及ぼした日本初の公害事件でした。鉱山開発で出た廃棄物が原因で酸性水やヒ素などの有害な金属イオンが土壌や河川に流入し、健康や農作物へ影響を及ぼしたのです。四大公害病であるイタイイタイ病もカドミウムなどの重金属に汚染された米や野菜の摂取や飲水が発症の原因でした。
 小川准教授は河川や地下水汚染のほか、廃棄物に含まれる有害物質も研究対象としています。そもそも、汚染の定義とは何でしょうか。通常、比較対象よりも濃度が高い場合に汚染と言われますが、小川准教授はバックグラウンドの未汚染地帯を定義し、どこまで汚染されているかを考慮します。例えば同じような地形に河川がある場合、上流に鉱山がある河川とない河川では水質も似るため、比較することができます。こうした比較対象からどこまでが汚染かという区切りを明らかにすることが重要だと考え、実際に環境問題が起きている現場へ赴くことから小川准教授の研究が始まります。

SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)での関わり

 SATREPS(サトレップス)は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)が共同で実施している、地球規模課題解決と将来的な社会実装に向けて、日本と開発途上国の研究者が共同で研究を行うプログラムのことです。

 東欧バルカン半島に位置するセルビア共和国のボール銅鉱山は、セルビア国営企業として運営され、大規模な資源開発が行われていました。しかし環境対策が不十分なため、鉱業廃棄物である多量の泥状の廃さいと高濃度の重金属等の有害元素を含む汚染河川が鉱山下流の広範囲で認められ、この汚染河川は隣接する他国への環境汚染も懸念されていたのです。
 小川准教授はセルビアSATREPSで汚染地域を選択し、中でも特に汚染度の高い地域の環境評価実態調査に携わっていました。その上で環境汚染の境目となる値である「しきい値」の設定をセルビア政府に対して助言を行っています(2014年〜2019年)。
 また、現在は中央アジアに位置するタジキスタン共和国での高性能な乾燥地帯対応型地中熱ヒートポンプが実用化・普及することを目的にしたタジキスタンSATREPSプログラムが行われています。小川准教授はこのプログラムでも地下水分析グループリーダーとしてプロジェクトに関わっています。

玉川温泉水がもたらす環境問題

日本一の強酸性泉

 日本には多くの温泉があり、群馬県の草津温泉や北海道の登別温泉、大分県の別府温泉、秋田県の玉川温泉などは酸性温泉としても有名です。中でも玉川温泉の源泉の大噴 (おおぶき)はpH1.2という日本一の強酸性泉で、一源泉からの湧水量も日本一を誇り、98℃の源泉が毎分9,000リットル湧出しています。
 また、多くの酸性温泉は硫酸性型温泉であるのに対し、玉川温泉は世界でも珍しい塩酸・硫酸型温泉で、地下深くのマグマ中のマグマ水が地表に湧き出た温泉です。そのため温泉水には有害元素のアルミニウム(AI)、ヒ素(As)、カドミウム(Cd)、鉛(Pb)、そしてレアメタルのインジウム(In)、ネオジウム(Nd)も含まれているのです。

 そんな玉川温泉から車で1時間ほどの場所にある田沢湖は、日本一の深度(423m)と独特なルリ色の湖で有名な秋田県を代表する観光スポットです。かつて田沢湖では漁業が行われ、鮎やウグイ、クニマスなど数十種類の魚が生息し、特にクニマスは田沢湖にのみ生息する固有種でした。しかし、現在は魚が生息できない湖となってしまっています。なぜ田沢湖の環境がこんなにも変化したのでしょうか。

強酸性泉対策によって変化した田沢湖

 玉川温泉から流出する強酸性水は渋黒川を経て玉川へ流入します。河川流域では田畑が枯れ、魚介類も生息できず「玉川毒水」と恐れられていました。そのため江戸時代から様々な対策が取られてきましたが、強酸性の中和には大きな成果は得られなかったといいます。
 しかし1940年、電源開発と農業振興のため、強酸性の玉川河川水を人工的に田沢湖へ注水して希釈したものを再び玉川へ戻すという「玉川河水統制計画」が実行されると、農業用水に適した水質となり、下流域の土壌が中性化され農作物の収穫が望めるようになりました。ところがこの計画で田沢湖の水質は大きく変わり、全ての魚類が生存できない死の湖と化してしまったのです。

初夏の田沢湖の様子

 現在は「玉川酸性水中和処理対策」が取られており、大噴泉源から湧出した温泉水は人工水路を経由し、石灰石による水中和処理施設でpH3.5~4程度まで中和された後に渋黒川、玉川へ放水されます。水中和処理施設より下流には玉川ダムがあり、それによってできた宝仙湖や鎧畑ダムの秋扇湖を経て、見付田ダムの取水口から大部分の河川水は発電所を通じ田沢湖へ導水されています。そして田沢湖水は再び水力発電所を通して玉川へ放水される仕組みとなっています。

環境を少しでも良くするには

図1:玉川温泉中和処理施設(T-1地点)から抱返り渓谷(T-15地点)までの水質調査地点

 

図2:玉川温泉中和処理施設(T-2地点)から抱返り渓谷(T-15)地点までのpHと玉川温泉起源のアルミニウムの変化(調査日:2010年7月)とそのイメージ。T-2地点のアルミニウム量を1とした時の溶存成分、微細懸濁物、河床に沈殿したアルミニウムの下流に向けての変化量の割合を示している。

 小川准教授は河川や田沢湖の現状把握と環境修復のために、玉川温泉付近の中和処理施設から抱返り渓谷まで約60Kmの地点水質調査を行いました。通常河川水中に含まれる炭酸水素イオンは、水素イオンや水酸化物イオンと反応して河川のpHを一定に保つ反応(緩衝作用)があります。図1のように支流が合流することで化学反応が起こり、酸性河川中の水素イオンは少しずつ取り除かれて中性化されていきます。また、図2のように玉川温泉由来のアルミニウムは玉川付近ではアルミニウムイオンのような溶存成分として下流に流れ、宝仙湖では微細懸濁物となり湖底に沈殿していきます。
 宝仙湖~秋扇湖~田沢湖の区間でpHは大きな変化が生じていないのは、緩衝作用が働いているためです。さらに下流の生保内川内地点ではアルミニウムイオンがほぼなくなり、水素イオンが発生しないため中性へと変化していくそうです。
 田沢湖がきれいなルリ色なのは、この過程で水中に浮遊懸濁物として移動するアルミニウムが光を反射することで見える色だったのです。最近の田沢湖の水質はpH5.2にまで改善されてきたそうですが、玉川温泉は火山活動の影響で酸度が変化することに加え、アルミニウムイオン、水酸化アルミニウムによる河川水を酸性に保とうとする緩衝作用が働くため、以前のようにクニマスが生息できる水質環境へ改善するのは難しいと小川准教授は言います。

 しかし、田沢湖のみに生息していたはずのクニマスが遠く離れた山梨県の富士五湖の西湖で生息が確認され大きなニュースになりました。調べると田沢湖へ酸性水を引き入れる前にクニマスの卵を西湖へ放流した記録があったそうです。絶滅したと思われていた田沢湖のクニマスが命を繋いでいたのです。
 同時に、一度破壊された自然環境を取り戻すことがいかに難しいかを示しています。生物や環境への影響は長期に渡るため、この出来事は環境対策の重要性を教えてくれているようにみえます。

さまざまなアプローチで環境改善を目指す

 小川准教授は、この他に玉川温泉水に含まれる有害元素についても移動形態を解明し、人間環境への影響評価も行っています。玉川温泉の影響を検証するため、秋田県全域の河川水を採取して化学成分を測定し、地化学図も作成しました。秋田県中央や南部には玉川をはじめとする火山性酸性温泉があり、それが雄物川河口付近まで及んでいることも分かりました。
 さらに、田沢湖の水温や堆積物に着目した研究もあります。田沢湖の水深50m以下の水温はほぼ一定で約4℃となっています。夏は表層水と深層水では温度差がありますが、冬は温度差がほとんどなく、水は温度が低いほど密度が大きくなるといいます。そして密度差の大きい夏では湖水の循環は起こりにくく、密度差の小さい冬は強風により深層部の水は年に一度入れ替わっているそうです。小川准教授は、湖水の全交換の期間がどのくらいで起こるのかがわかれば田沢湖の水質改善にかかる年月が予想できると考えています。
 「湖底の堆積物には1940年に行われた政策の堆積物や江戸時代の鉱山開発時の重金属汚染の記録が残っており、田沢湖は江戸時代の汚染の危機を自然に乗り越えた可能性があります。これは自然作用による水質改善のヒントが得られるかもしれません。こうした化学的、陸水学的、地質学的アプローチから環境修復へ向けた研究を通して社会へ還元したいと思っています」

意識することからはじめてみよう

 環境問題に漠然と興味があった小川准教授は、東北大学で博士号を取得したのち、環境に関わるプロジェクトに参加するようになったことがきっかけで河川や土壌汚染の研究をするようになったといいます。
 世界では未だ多くの環境問題があります。小川准教授は、資源開発国で鉱山開発によって破壊された環境の修復のために田沢湖の水質改善に向けた研究がヒントになるのではないかと考え、今もなお尽力しています。
 秋田大学国際資源学部には、環境問題を学びたいとJICA(国際協力機構)を通じて小川准教授の研究室を希望する留学生が後を絶ちません。彼らの卒業後は小川准教授のもとで学んだ多くのことを活かし、母国で資源やエネルギーを人に害なく開発生産するエンジニアとして活躍することでしょう。小川准教授は、世界でどんな環境問題が起きているのか、今後の私たちの生活にどう関わってくるかなど、少しでも興味を持ってもらうことが大事だと語ります。それは自分の故郷や育った場所、現在住んでいる場所など、どこに対してでも構わないのです。
 「多くの人に環境問題への意識を持ってもらいたいと思っています。環境に興味がある方や秋田が好きな人、そして実際に秋田で起きている問題について一緒に研究したいと考えている方は一緒に取り組みましょう」
 環境問題に興味を持ち、一緒に解決に向けて進もうとする仲間が増えるほど研究やアプローチの方法も広がります。小川准教授はそうした人が少しでも増えてくれることを願いながら、今日も秋田県、そして世界の環境問題が少しでも修復されていくように様々な方法で研究に勤しんでいます。

研究室の学生の声

国際資源学部 資源開発環境コース 4年次
遠藤 瑠那 さん

 秋田県大仙市協和の畑鉱山はすでに開発が終了した旧廃止鉱山です。私は先輩から研究を引き継ぎ、BCR逐次抽出法を用いてこの土壌試料から溶出する重金属を調べています。分析方法を研究することに重きをおき、先輩の分析結果と自分の分析とを比較している段階です。
 逐次抽出法で使う抽出溶液を変更すると溶出する重金属元素の量がどのくらい変化するかを調査していますが、各溶液で抽出した場合、どの段階でどのくらいの量が溶出されるかという比較のほか、最終的に溶出しなかった元素が多いと評価自体が過小評価されていることになるため、それを防ぐ方法を検証しています。溶液の濃度を変えたり、16時間以上の抽出時間の調整や途中で加熱したりなど条件を変えて検証していきます。
 私は、地元で廃坑になった鉱山に関与する会社を見学した時に環境問題に興味を持ち、小川先生の研究室に入ろうと決めました。環境に対して関心を持つ企業も最近は増えていますが、将来は環境問題にしっかり取り組んでいる会社に就職したいと考えています。
 国際資源学部は様々な研究ができ、環境や実験操作に興味のある人は研究も楽しく進められると思います。実際に玉川温泉で試料を採取するなどアクティブなこともできます。今後は海外フィールドワークも再開されると思いますので、ぜひ国際資源学部で楽しい研究をしましょう!

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院国際資源学研究科
資源開発環境学専攻
准教授 小川 泰正 Yasumasa Ogawa
秋田大学研究者 小川泰正准教授
  • 慶應義塾大学 理工学部 応用化学科 1999年3月卒業
  • 慶應義塾大学 理工学研究科 開放環境科学 博士課程 2005年3月修了
  • 【所属学会・委員会等】
    プラズマ分光分析研究会、資源地質学会