秋田大学研究者 秋田大学研究者 長縄成実教授

Lab Interview

地球深部に宿るエネルギー資源~超臨界地熱発電の実現に向けて~

超高温掘削技術の研究

 地球内部のエネルギー地中熱を利用した再生可能エネルギーには地中熱ヒートポンプや地熱発電があり、これらは既に秋田県でも利用されています。
 地中熱ヒートポンプは、地下200mまでの比較的浅い深さの地中熱を利用して安定した熱エネルギーを取り出し、冷暖房や道路の融雪、給湯に利用されています。
 そして地熱発電は、地下1,000~2,000mに掘った坑井(こうせい)から150~300℃の熱水、高圧蒸気を取り出し、タービンを回して発電するシステムのことをいいます。
 長縄教授は、地下4,000~5,000mの深さの流体が溜まっている貯留層から、従来の地中熱や地熱発電よりも高エネルギーで、尚且つ水の臨界点である374℃、圧力221barを超える地熱流体を取り出す超臨界地熱開発の掘削技術の統合的な研究を行っています。

開発が急がれる純国産エネルギーの利活用

 世界の地熱資源量は第1位がアメリカ、第2位がフィリピン、そして第3位が日本となっており、日本は世界有数の地熱資源国となっています。では、地熱流体とはどのような場所にあるのでしょうか?
 石油は、数億年前の生物の死骸が海底や湖に堆積し、長い年月を経て地熱と地圧の影響を受けて石油に変化したもので、貯留岩と呼ばれる地層の隙間に貯留しています。これに対して地熱流体は、「火山」が重要なポイントとなります。
 日本という国は大陸プレートと海洋プレートのぶつかり合う場所に位置し、海洋プレートが沈み込むところで発生したマグマから、400℃を超える地熱流体が地下4,000~5,000mあたりに貯留している可能性がさまざまな探査で確認されています。それに加えて石油のように堆積した砂岩よりも、もっと頑丈で複雑な岩盤の奥深くに存在しているといいます。太平洋を囲む日本、フィリピン、ニュージーランド、カリフォルニアは環太平洋火山帯に属し、アイスランドも火山が多いため地熱資源量が多いのだそうです。
 中でも秋田県は地熱エネルギーの利用が活発なエリアです。鹿角市の大沼地熱発電所、澄川地熱発電所のほか、湯沢市には上の岱(うえのたい)地熱発電所や2019年5月に開設された国内で最も新しい大規模地熱発電所『山葵沢(わさびざわ)地熱発電所』があり、豊富な地熱エネルギーが発電に利用されています。
 また、同じく湯沢市にある小安峡大噴湯や川原毛地獄などは長年にわたり深く侵食してできたV字谷で、岩の割れ目から水が入り込み、地下のマグマでその水が熱せられ、高温の蒸気と熱湯が噴出する場面を間近で見ることができる珍しい地形となっています。
 そもそも地熱資源の適地は国立公園や自然公園に指定されている区域にあることが多く、発電所の建設が容易ではありません。古くからの温泉地帯では温泉源も考慮しなければならず、環境や周辺地域との調和を取りながらの開発が必要となります。しかし、発電時や熱利用時に地球温暖化の原因となるCO2を排出しないことや、自国での発電は海外からの輸入に頼ることのないエネルギー自給率の向上に繋がるというメリットもあるため、現在ではそれも少しずつ規制緩和されつつあるといいます。このようなことから地熱発電開発は日本のみならず、各国で技術開発が進められています。

耐久性と掘削能率に優れた掘削機材開発

 石油掘削技術と超臨界地熱発電の掘削は基本的には同じですが、温度や圧力などの違いから新しい技術開発が必要となります。掘削はビットという掘削工具を取り付けたドリルパイプを地上のやぐらから吊り下ろし、その自重を利用してドリルパイプを回転させながら岩盤を破壊するロータリー掘削で掘り進みます。
 実際の掘削では、ドリルパイプ1本分の長さ(約9 m)を掘り進むごとに、ドリルパイプを1本継ぎ足しながら地層を掘進していきます。そしてその坑壁が崩れないようにケーシングパイプという鋼管で保護していきます。
 従来の石油掘削に使用していたPDCビット(Polycrystalline Diamond Compact)は、地熱掘削の硬い岩盤には適合できないという課題がありました。そこで長縄教授は、機械的な破壊だけではなくベンチュリ効果と呼ばれる急減圧機構を組み込むことにより、熱衝撃で硬い岩盤掘削をアシストする「熱衝撃破壊掘削ビット(thermal-shock enhanced drill bit) 」を開発したのです。

 高温地層の掘削となる超臨界地熱掘削は、使用するさまざまな機器にも支障が生じてしまうため、冷却しながら掘削しなければいけません。そこで「泥水循環」の方式を利用します。

新たなドリルビットの開発も行っている

 これは泥水を地上からポンプでドリルパイプの中に送り込み、先端のビットのノズルから坑底に向かって噴出させ、破砕された岩の堀屑(ほりくず)を取り除きながら水流を利用してドリルパイプの外側を通して地上へ運搬させます。そして堀屑を取り除いた泥水を、再びパイプ内へ送り込み、冷却しながら掘り進むという方法です。この泥水の水温は地下で200℃くらいまで上がりますが、地下の高圧力の状態では沸騰することはありません。
 さらに、パイプには過酷な環境にも耐えられる仕様のセンサーが付いていて、温度や圧力、ねじれなどの計測も可能とします。こうして泥水循環でいかに効率良く冷却し、コンピュータシミュレーションを行いながら掘削するのです。長縄教授の研究室では、掃攻試験装置を用いて地下条件を再現し、熱流体の挙動解析や生産性の将来予測など実験や数値シミュレーションも行われています。

超臨界地熱発電の実現へ向けた資材開発

超臨界水・耐酸性材料試験用の高温高圧反応容器

 秋田大学は2017年からNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の超臨界地熱発電の実現に向けたプロジェクトの一つとして、調査井掘削に必要となる資材のセメント材及びケーシング材の研究開発の採択を受け、長縄教授も新たな資材研究にも取り組んでいます。
 セメントやケーシングは坑井の中で掘削から発電の実用期間まで40~50年にわたり過酷な環境下で安全を保たなければなりません。坑壁とケーシングの周囲を固定する従来の耐火セメントは500℃の高温度には不向きな上に、地下5,000mでは火山性の酸性ガスの噴出もあるためケーシングが腐食してしまいます。そこで超高温、高圧下でも安定した強度を保持するセメント材の開発と耐腐食性の強いケーシング材の開発が必要なのです。
 長縄教授の実験室では超臨界水・耐酸性材料試験用の高温高圧反応容器を導入し、実際の坑井と同程度の温度、圧力の条件下の容器にセメントの試験片を入れ、セメントの形状の変化や圧縮試験、強度試験などの基礎実験を行っています。
 今後、5年後までに実際に400℃の地熱水が出てくるのかという調査掘削をすることになっており、秋田県湯沢市の小安、岩手県八幡平の安比と葛根田、大分県九重町も資源量評価地域に選定されています。ちなみに葛根田は1995年に世界で初めて3,700mの掘削で500℃の地熱水が確認されているそうです。
 長縄教授は「日本の地熱資源保有世界第3位という恵まれた地熱水を有効利用して大容量の発電を目指したい」と言います。

 秋田市の八橋油田は、1930年代から日本国内の70%を産油していました。1950年代には国内最大の油田の地となっていましたが、時代と共にエネルギー源が変化し、現在の産出は微量となっています。長縄教授が取り組む地熱発電は操業までに長期間を要しますが、一年を通じて安定した量の発電が可能で、計画的な利用によって永続的なエネルギーとして期待されています。
 「掘削工学分野の研究には、機械力学、流体力学、材料工学、岩石力学、伝熱工学、化学工学、地質学、数値計算工学などのさまざまな分野の知見が要求されます。しかし秋田大学国際資源学部は、資源の研究開発として日本でも最先端資源学教育と研究ができる学部だと思います。また掘削工学分野の研究を行っている国内唯一の大学研究室です」と語る長縄教授。

 「資源開発をはじめとする地球深部の探究は宇宙開発にも負けないスリルと魅力に溢れています。地熱開発や掘削技術について興味を持ってくれると嬉しいです」と続けます。
 現在超臨界地熱発電開発は、温室効果ガス排出量を大幅に削減する革新技術の一つに位置付けられ、産官学一体となって2050年の実用化に向けて取り組む研究となっています。直接目には見えない地下で何が起きているのかを限りあるデータから解析し、いかに低コストで効率よく掘削するかという目標と共に、長縄教授は超臨界地熱発電実現に向けた熱く夢ある研究に今日も取り組んでいます。

学生の声

国際資源学部 資源開発環境コース 4年次
庄司 奈菜さん

 私は多角的に色々な面から調査したり、状態を把握できる研究に挑戦してみたいと思い長縄先生の研究室を選びました。はじめは資源について勉強したいということから国際資源学部を選んだのですが、最近は掘削にも興味を持ちました。
 将来は掘削でどの地層に対してどのようなアプローチをしたら良いか、地中のさまざまなトラブルについてその場で対応できる「掘削の井戸のお医者さん」のようなエンジニアになりたいと思っています。
 また、石油が採れなくなった場合にどのようにすれば採れるようになるのかということにも興味があります。エネルギー資源工学研究は幅広い分野で研究ができますし、難しいこともありますがどんな質問にも長縄先生がわかりやすく教えてくれるのでとても楽しいです。

大学院国際資源学研究科 資源開発環境コース 修士2年次
星野 暁さん

 私は長縄教授の地熱工学の授業を受け、地熱開発に興味を持ちました。掘削技術は地質学や流体力学など他分野の研究になりますが、研究設備も充実していると思います。現在は超臨界地熱発電のプロジェクトの一環として坑井の温度シミュレーションの研究をしています。
 海外資源フィールドワークとして中東のアラブ首長国連邦へ渡航して現地の大学で地熱の探査についての実習をしてきましたが、振り返るととても貴重な経験だったと思います。
 私も春には卒業し、社会人の仲間入りとなりますが、長縄教授の元で学んだことを最大限活かし頑張りたいと思っています。

大学院国際資源学研究科 資源開発環境コース 修士2年次
石岡 英二さん

 長縄先生の授業が楽しく、地熱に関してもっと研究してみたいと思いこの研究室に入りました。地下資源の超臨界地熱についての研究は、シミュレーションの研究の他に掘削についても興味があります。
 また、海外資源フィールドワークは現地での実習の他に色々なことを学べるチャンスでもあります。学生にはとてもメリットがある経験だと思います。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院国際資源学研究科 資源開発環境学専攻
教授 長縄 成実 Shigemi Naganawa
秋田大学研究者 長縄成実教授
  • 東京大学 工学部 資源開発工学科 1989年03月卒業
  • 東京大学 大学院工学系研究科 資源開発工学専攻 修士課程 1991年03月修了
  • 【所属学会・委員会等】
    石油技術協会、Society of Petroleum Engineers(SPE)(アメリカ合衆国)、日本国日本地熱学会、International Geothermal Association(IGA)(アメリカ合衆国)、Geothermal Resources Council (GRC)(アメリカ合衆国)
  • エネルギー資源工学研究室 掘削工学グループホームページ