ニューロモデュレーションを用いたリハビリテーションとヒトの心の解明
脳への電気刺激で、脳卒中後の片麻痺を改善
脳梗塞や脳出血になった方は、片側の手足に麻痺が残ることが多く、従来のリハビリテーションでは、どうしても回復に限界がありました。竹内教授が研究しているニューロリハビリテーションは、簡単に言うと脳の働きや機能を活かしリハビリテーションに応用する方法です。その中の1つにニューロモデュレーションと呼ばれる、頭に電極を付け微弱な電流を与えて刺激することで、脳の興奮性を変化させる方法があります。それにより、一度脳が損傷して運動機能を失ってしまっても、脳の働きを活性化させることで麻痺した手足を回復させることができます。ニューロモデュレーションを使ったニューロリハビリテーションは既に実用化されており、脳疾患後のリハビリテーションとして応用されています。
[写真1] 脳の様々な部位を、狙って刺激する
右の写真で竹内教授が指を置いているあたりが、脳の中でも手を動かしている部位「運動野」です。写真のような電極を頭部に付けて電流を流し、頭の興奮性を変化させます。この電気刺激はチリチリ、ピリピリする程度の微弱なもので、痛みはありません。
左右にある運動野以外にも、運動には小脳も関係しているため、そこにも電極を貼ることがあるそうです。また、右手で運動訓練を行ったら左手にも運動学習が生じる、「両側性転移」という現象があります。この現象をニューロモデュレーションでサポートし、リハビリテーションに応用する研究も進めています。
このように脳は様々な部位がいろいろな役割を担い、さらにネットワークを形成することで、行動や運動学習に結びついています。薬のような投薬治療だと脳全体に作用してしまいますが、特定の場所だけを特異的に変化させたい時に、ニューロモデュレーションは最適な手段と言えます。
脳は学習することで脳の働きがより良い形に変化する性質があります。これを脳可塑性といいます。高齢になればなるほどこの変化が起こりにくくなります。竹内教授は高齢者、特に記憶力が低下する認知症に関する研究にも力を注いでおり、記憶力をニューロモデュレーションで改善できるかどうかを研究しています。また、精神疾患治療への介入も検討しており、発達障害や自閉症に対する治療を、将来的に検討しています。
リハビリテーションだけじゃない、身近な現象の脳研究
VR酔いの改善に成功
近年、ゲーム業界やアミューズメント施設で流行しているVR。体験したことがある方は頭がクラクラした感覚を味わったことがあるのはないでしょうか。これは「VR酔い」と呼ばれるものです。
根本的なメカニズムは乗り物酔いと似ていますが、少し異なる点があります。乗り物酔いは実際の揺れが原因ですが、VR酔いは「揺れている感覚」と「目で見ている感覚」が異なることが原因です。
緩和させるには、この「感覚のズレ」を調整する必要があります。竹内教授は頭頂部(側頭頭頂葉接合部)に電極を貼り、脳の興奮性を調節することでVR酔いを改善することに成功しており、現在特許を申請中とのことです。
歩きスマホ時の脳活動を解明
[写真2] 脳の血流を可視化する装置
右の写真の装置では、脳の血流を見ることができます。頭部に装着し近赤外線を血管に当て、跳ね返ってくる光を解析することで脳の血流を見る検査です。得られたデータは無線でパソコンに飛ばすことができ、グラフ、数値として可視化されます。
この装置を装着したまま歩きながらスマホを操作する実験を行ったところ、右脳が活性化していると安定した歩行ができ、左脳が活性化しているとスマホの操作が上手にできる、というデータが得られました。歩きスマホ中の脳活動は、今まで研究されてきておりませんでしたが、スマホ操作と歩行への注意は、左右の脳で別々に処理されているということが解明されました。
「この装置は、他にも様々な脳の活動を見ることができます。例えばゲームをしているときの脳活動。対戦ゲームをしている時、相手がそのゲームをやったことがない場合、教えたりしますよね。その教え方と脳の活動を調べてみました」
その結果、先生役の方は「自分は上手に教えることができているか」と思う気持ちと「相手は上手にできているか」という気持ちの比較を、左前頭部で行っているころがわかりました。
このように脳疾患のリハビリテーションだけでなく、日常生活における脳活動やヒトの心の解明の研究も行っています。
心のメカニズムをリハビリテーション医療へ
相手の動作を物まねしたことは子供だけでなく大人でもすることがありますよね。その時にまねした人の気持ちがなんとなくわかったという経験は誰もがあるのではないでしょうか。そういったヒトの心に関わるメカニズムの研究が近年盛んになっています。ヒトの心に関わるメカニズムで特に有名な「ミラーニューロンシステム」という神経回路がヒトには備わっています。この脳内のシステムは、相手の意図を汲み取るなどの共感・共鳴する働きがあることがわかっています。相手の涙に共感してもらい泣きしたり、スポーツ観戦で興奮したりするのも、このミラーニューロンシステムが関係していると考えられています。
「ミラーニューロンシステムは、自分が手足を動かしたときに活性化して、なおかつ他人が手足を動かしているときにも活性化する神経回路です。こういった働きが、相手の気持ちを汲み取るのに関与しているのではないかと言われています」
ミラーニューロンシステムは様々な人間関係に影響しています。ひとつめは親子の関係性。お父さんやお母さんと子どもは、お互いの行動をまねることで、お互いの気持ちを分かりあったりすることはよく経験していることと思います。しかしながら虐待を受けた子どもや発達障害の子どもは、相手の気持ちを理解することが苦手なときもあり、ニューロモデュレーション治療を行うことで、相手の気持ちを理解しやすくすることでコミュニケーションをより豊かにできるのではと、竹内教授は考えます。
他には恋人・夫婦の関係性もそうです。恋人や夫婦も、お互いの気持ちを分かり合うものです。しかし、他人だと分からないことももちろんあります。そこで二人同時にニューロモデュレーションを行うことによってより相互の理解を進めていく、という研究も始めているといいます。
「恋人同士で肌が触れ合っている場合、例えば少しつねったとしても痛みをあまり感じないはずです。老夫婦のどちらかが病気になった時に、さすってあげたりすることで少し楽になったり。このように痛みに鈍感になる理由としては、安心感もそうですが、お互いの脳活動がシンクロしているという説があります。この状況をニューロモデュレーションによって人工的に作り出すことができれば、恋愛のメカニズムの解明にも近づくかもしれません。さらにはリハビリテーションのような人が患者を癒す医療に応用できるかもしれない。これが、今私が取り組んでいる一番のメインテーマです」
竹内教授が目指すのは、心のメカニズムをリハビリテーション医療へ応用していくことです。理学療法士が「手足に力を入れて」と言葉だけで伝えるのではなく、脳を刺激できるニューロモデュレーションでヒトの心をサポートしながらリハビリテーションを行うことによって、患者さんの理解がより進みリハビリテーションの効果が高まることを、最終目標にしています。ヒトの心の解明とニューロモデュレーションが、リハビリテーションのさらなる進化のきっかけとなりそうです。
研究室の学生の声
もともとはリハビリテーション科の医師で、脳卒中後の麻痺に苦しむ患者さんをなんとかしてあげたいと研究の道へ転換した竹内教授。研究者になってからは、自分の研究を行いたいという思いと、一流の研究者を育てたいという思いがあります。理学療法学専攻の学生にも、どんな研究にも取り組むことができる環境が用意されています。
一般的には「理学療法=怪我した後のリハビリテーション」のイメージが強くありますが、多くのことは脳につながっており、秋田大学では脳に関する研究も存分に可能です。竹内教授の研究室に所属し、ニューロリハビリテーションの研究に勤しむ学生の声を伺いました。
大学院医学系研究科 保健学専攻 理学療法学講座 1年次
鎌田 浩志 さん
理学療法は臨床、教育、研究が三位一体でなされるものであり、研究を通して普段の臨床や教育に還元できればと常々考えていました。その中でも私は回復期リハビリテーション、特に神経系理学療法に携わっていることから、竹内先生のもとで「経頭蓋直流電気刺激を用いた側頭頭頂接合部における姿勢制御機能の解析」というテーマで研究をしています。高齢化や脳卒中等様々な疾患でのバランス障害は今日の大きな問題となっていますが、姿勢制御を脳機能の面から解明し、臨床応用にも進展していけばと考えています。
理学療法士は責任を持ち続け、勉強し続けなければならない職業です。患者さんのために学び続け、その知識や技術を還元できる理学療法士を目指していきましょう。
医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
田原 昌紀 さん
ニューロモデュレーションを用いてリハビリテーションに重要な運動学習の研究を行っています。自分でプログラミングを作成したパソコン画面の表示に合わせて該当するキーボードを押す課題の間に、脳を刺激することで運動学習がどのように変化するかを評価する研究です。日本人は右利きの方が多いので、慣れない左手で行うことで、運動学習の変化をわかりやすくしています。
理学療法は小児の方にも各分野がありますし、脳卒中後の麻痺でリハビリテーションが必要になったりと、分野が広いので、極めようと思えばいくらでも極められると思います。高校生の皆さんには、興味がある分野を見つけ、スポーツ、脳疾患、小児と選択肢がたくさんある中で、自分の好きな分野を極めていただきたいと思います。
医学部保健学科 理学療法学専攻 4年次
溝江 亜子 さん
私の研究では、左右反転で動くマウスを使って、利き手ではない左手でパソコン画面の星をなぞる練習をします。次に頭を刺激しながら、利き手である右手で星を何度もなぞってもらいます。最後にまた左手で星をなぞります。この課題を用いて両側性転移というテーマで、どのくらい運動学習が進んだかを評価しています。刺激のパターンによって運動学習が変化することを観察し、運動学習がより進む刺激パターンを見つけ出し、リハビリテーション医療に応用したいと思っています。
私は、学んでいくうちに人の動きに対してどんどん興味が湧いてくるのが理学療法だと思っています。私自身、普通に生活している中でも、人の動きをよく見るようになりました。リハビリテーションでは人と接する時間も長いので、人と関わるという点においても楽しさとやりがいがあります。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです