秋田大学研究者 柴山敦教授

Lab Interview

子どもがかかる生まれつきの病気は、遺伝的背景が強いんです

先天代謝異常症を早期発見「新生児マススクリーニング検査」

 身体の中では、アミノ酸や糖質、脂質など多くの物質の化学変化が起こっています。例えば、食べ物から摂取した栄養素などは、分解や合成を経てエネルギー源となり、不要になったものは排泄されるように、私たちの身体は作られています。この一連のはたらきのことを「代謝」といいます。
 遺伝によって次代に伝わる疾患は、遺伝子病と呼ばれています。中でも生まれながらにして、代謝に必要な酵素の働きが弱い症状は先天代謝異常症と分類され、先天性アミノ酸代謝異常症、糖質代謝異常症、脂質代謝異常症などがあります。症状としては、けいれんや嘔吐、運動発達障がい等が見られます。
 これら遺伝性の病気は早期に発見・治療することによって、障がいの発生を抑えることができると話す髙橋教授。現在、新生児のほぼ100%は、生後5~7日頃に「新生児マススクリーニング検査」を受けます。赤ちゃんのかかとから少しだけ血液を採取して専門の検査機関に送り、血液中に含まれる成分を分析して、酵素が正常に働いているかを検査します。分析に必要な期間は約1ヶ月で生後1ヶ月健診の頃には診断結果が出ることになります。新生児マススクリーニング検査により、先天性甲状腺機能低下症や、アミノ酸代謝異常症等、約20の先天性代謝異常を発見できるようになったといいます。日本では、年間100万人の赤ちゃんが産まれていますが、1万人に1人の割合(年間約100人ほど)で先天代謝異常症が見られるそうです。

難治性疾患「ライソゾーム病」の早期診断を目指す

 髙橋教授は30年程前、原因も治療法もわからない、遺伝子が関係していると言われる希少難病に興味を持ち渡米。その後も原因解明と治療法の研究、臨床に結びつくような研究に尽力してきました。
 中でも、「ライソゾーム病」という難治性疾患の研究に力を注いでいます。人の身体はたくさんの細胞でできていますが、そのひとつひとつには「ライソゾーム」という小器官があります。本来、ライソゾームに含まれる酵素は、不要になった細胞の掃除をする役割がありますが、遺伝子の異常により正常に働かなくなったり、機能が弱くなったりすると、分解されるべき物質が溜まってしまい、最終的には細胞の機能が悪くなってしまいます。

 難病とされ治療法がなかったライソゾーム病ですが、20年程前にようやく原因遺伝子が解明され、現在では治療も可能になってきています。しかし、その治療法はまだ完全ではなく、世界的にも研究者たちが切磋琢磨して研究が続けられているそうです。
 「異常が起こる酵素により、ライソゾーム病の症状は様々です。神経、内臓、骨の変形、低身長、運動発達障害など全身に症状が及ぶことがあります。ライソゾーム病は進行性の疾患なので、早期に治療を開始すれば、患者さんの予後も改善されます。新しい治療薬の開発も進んできているところですが、診断までに時間がかかることが多く、気づいた時には進行していたというケースもあります。特に神経異常は元に戻すことは難しいので、早期発見・早期治療が大切なんです」と髙橋教授。
 髙橋教授らは、全国から送られてきた患者さんの細胞の培養測定や酵素診断、遺伝子診断などの生化学的診断を行っていますが、検査場所が限定されていることなどが要因で、診断までには1ヶ月程の時間がかかるそうです。現在、早期発見に繋げるべく、全国各施設との共同研究が進められています。今後は、採血のみで診断できるような、簡単でスピーディーな診断方法の確立を目指しています。

手足の痛みを訴える乳幼児に救いの手 ~小児四肢疼痛発作症の原因を究明~

 「ヒトゲノム計画」(※米国や日本などの国際間協力によって実施)以後、遺伝子配列や機能が解明され、医学が進歩した今でも、「ネイチャー ジェネティクス」や「アメリカン・ジャーナル・オブ・ヒューマン・ジェネティクス」等の国際的な遺伝学の学術誌で、新しい病気の論文が発表されているそうです。髙橋教授は、このような未解明の遺伝性疾患についても研究しています。

 髙橋教授が発見し、解明、命名まで至った、遺伝が関係する、とある疾患を紹介します。
 昔から、乳幼児期に原因がわからずよく泣く子どもは疳(かん)が強い子だと言われていました。2010年、3才の女の子が関節の痛みを訴え、ご家族と共に髙橋教授の下を受診しました。他の病院でも原因がわからず困っていたそうですが、調べていくうちに、親や兄弟、親戚の中にも同じような症状を持った人がいることがわかりました。
 髙橋教授は、この痛みに遺伝が関係している可能性を見出し、京都大学の研究チームとタッグを組み、調査を進めました。まずは、昔からの遺伝学検査である連鎖解析という手法で、原因遺伝子が染色体のどの位置に存在するのかを検査したのですが、原因がわからなかったそうです。そこで、さらに進化した「次世代シークエンサー」という数千から数百万ものDNA分子を同時に配列決定することが可能な検査方法を試みました。次世代シークエンサーによって、短い時間でのタンパク質の構造や機能の解明、疾患の根底にある原因を追究することが可能になってきたのだそうです。
 髙橋教授ら研究チームは、同様の痛みを訴える全国23名の子どもたちと6家族の協力を得て、次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析、マウスモデル解析を行った結果、共通して「SCNA11A」という遺伝子に変異があることを明らかにしました。

 その後も病態解明に尽力し、2016年、髙橋教授らはこの疾患を「小児四肢疼痛(とうつう)発作症」(Infantile episodic limb pain)と命名しました。小児四肢疼痛発作症は、子どもが発症する遺伝性疾患であり、寒さや疲労が原因で手足の関節に鈍い痛み発作が起こります。数分から数十分の痛みを月に10~20回繰り返します。痛みは乳幼児期に始まり、思春期を迎える頃には痛みがほぼなくなるといいます。
 「原因となる遺伝子が特定されたため、遺伝子診断が可能になりました。疳が強い子だとか、学童期の成長痛などと見過ごされてきたため、潜在的な患者数は多い可能性もあります」と話す髙橋教授。この研究成果を生かし、小児四肢疼痛発作症に効く治療薬の開発研究も進められています。

遺伝に関する悩みは、「遺伝子医療部」へご相談ください

 小児科では、生まれつきの病気を診ることが多く、そのほとんどが遺伝子の異常により起こります。秋田大学医学部附属病院(以下「秋大病院」)には髙橋教授が部長を務める、遺伝子医療部があります。小児科医を含めた複数科のスタッフで、遺伝医療の進歩に対応し、遺伝に関する情報提供と心理支援を目的にしたカウンセリングを行っています。
 「遺伝子医療部は、遺伝子疾患の患者さんや、遺伝について不安や悩みを抱えている方のための医療です。カウンセリングの結果、遺伝子検査が必要な場合は他大学と連携したり、各診療科研究室や他施設への検索依頼を行い、患者さんの意思決定をサポートしています」

遺伝子ひとつひとつも、患者さんと同じように大切に扱います

 希少・未診断疾患の患者さんたちに対する、国を挙げての支援も盛んです。AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)では、医療分野の研究開発が常に円滑に実用化されるよう、大学や研究機関の研究を支援しています。AMED が主導するIRUD(未診断疾患イニシアチブ)では、日本全国の診断がつかずに悩んでいる患者さんの遺伝的解析をサポートし、その結果を症状と照らし合わせることで、珍しい・新しい疾患の診断の構築を目指しています。
 髙橋教授は、疾患の種類は問わず、遺伝子医療部へ相談してほしいと話します。

”小児科医は子どもの総合医である”

 髙橋教授率いる小児科学講座は、開設以来、秋田の小児医療への貢献、多岐に渡る学術的水準の高い研究、数多くの優れた小児科医を輩出するなど、秋田県の小児医療の中枢を担ってきました。研究室でも、先天性心疾患などの臨床研究が行われています。
 「臨床と研究は結びついています。まだ解明されていない病気や、改善すべき治療法、そして早期治療に繋げるための早期診断の方法を研究しています。間接的ではありますが、最終的には患者さんに研究成果が還元されるように、日々研究しているところです」

 小児科には、毎日子どもと関わるからこそ感じる、「辛さ」、そして「楽しさ」もあるようです。
  「子どもたちの病気を看るのは、辛いときもありますが、明るくそして可愛い子どもたちと関わって仕事ができることはとても楽しいです。私自身も子どもたちからエネルギーをもらっていると感じることがあります
 ”小児科医は子どもの総合医である”という髙橋教授の基本的姿勢は、これまでも、これからも変わることはありません。「何より、子どもたちの無邪気さが可愛いんです」と話す瞳は、優しくあたたかな愛に溢れていました。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
医学専攻 機能展開医学系
教授 髙橋 勉 Tsutomu Takahashi