秋田大学研究者 山名 裕子 准教授

Lab Interview

子どもの自由な発想を尊重する保育を

子どもが何かを分ける時

 小さな子どもの柔軟で豊かな発想に、大人は時折驚かされることがあります。特に3~6歳のいわゆる幼児期の子どもは、大人とは比べものにならないくらい自由な考え方を持つようです。

 山名教授は、幼児期の子どもの数量概念の発達を中心に研究してきました。数量概念とは「1、2、3・・・」と単に数えるだけでなく、「3の次は4」という数の順序を理解したり、モノの大きさや長さを比較したり、あるいはモノを等しく分けるなど「数の理解」のことをいいます。数量概念でも特にモノを分ける、ということに焦点を当て、何歳くらいからどのように身に付くのかについて研究してきました。
 研究方法としては、幼稚園や保育園の3~6歳の1,000人ほどの子どもと個別で話し、一つひとつの課題についてその子が「同じように分けることができるか、できないか」「どのように分けるのか」を検証するというやり方です。

 たとえば数人の子どもに飴をいくつか渡して分けてもらうことを想像してみてください。子どもによって分け方がまったく異なります。お父さんに多く分け、お母さんには少しだけ分ける子もいれば、お母さんは優しいからと多く分ける子や、好きなものは自分に多く分けたりする子もいます。
 「特に面白かったのは、3枚の赤いチップを2枚のお皿に分けてもらう課題を行った時です。普通に1枚ずつ分けると、チップは1枚余ります。その時『余る!』という子もいれば、お皿に1枚ずつチップを置き、余った1枚をお皿の真ん中に置いて『分けた!』という子もいたりと、余り1枚をどうするかは、十人十色だったのです。
 また、そのやり取りの前にチップが私の手元に何枚かあったことを知っている子どもは、『さっきのがあれば分けられたのに』『さっきのちょうだい』と言う子もいました。『もう1枚あれば分けられる』という考えは正しいけれど、『3枚のチップを分ける』という課題として見ると『できない』になってしまうのですが、自分なりに答えを出した子どもたちを、課題的には「できない」となるときは、悶々としてしまいました」
 6歳くらいにもなれば、どんな状況でも上手に分けられるようになるそうですが、山名教授は幼児期の子どもの判断に、幼児期ならではの柔軟で自由な発想と見い出し、大人の固い頭では、考えつかない面白さを感じています。

子どもは遊びや生活の中で多くを学んでいる

 子どもは鬼ごっこや砂場遊び、おままごと等の日常的な「遊び」の中で、結果として数量や色の概念を覚えていくといいます。
 また、子どもはモノを並べることを好む傾向があります。その中で色が同じものを見つけたり、「長い・短い」、「大きい・小さい」というような形態を理解していきます。並べる行為や、「どっちが長い」「どっちが大きい」「どっちが重い」などと比べる感覚がとても大切だといいます。
 山名教授は、とある男の子ふたりの可愛らしいやり取りを例に挙げます。
 「ある5歳の小さな男の子が、友達から『○○くんって、ほんとうにちいさいよね』と言われました。言われた子は怒るのではないかと思ったのですが、『そうなんだ。ぼくもどうしてかわからないんだ。でもぼくね、生まれたときは3,000グラムもあったんだ』と返したんです。その子は『生まれた時と比べると、今自分が大きくなっている』ことは理解しています。それに対して友達の男の子が『ぼくは10キログラムだったんだ!』と、その子よりも大きな数字を返していました」
 この数量の感覚は、大人の感覚とは少し違いますが、このように数量の「~より大きい・~より小さい」ということを理解していることが大事だといいます。この感覚が成長し、身の回り事象の理解に繋がっていくのではないかと、山名教授は考えます。

「数」から「算数」へ

 例えば1から100まで言うことができる子がいたとしましょう。しかしその子は数を必ずしも理解しているわけではなく、唱える行為が好きなだけかもしれません。大人が使う「数」と子どもの言う「数」は違うところがありますが、 このような数量概念が、小学校以降の算数の基礎になるのではないかと考えられています。

 小学3・4年生頃から、算数の授業はより抽象的になり(たとえば割合や分数、小数など)、イメージしづらくなります。先述の通り、幼児期から数の概念は養われています。しかしこれは「1+1=2」という計算ではなく、もらったら増える、あげたら減る、分けたら小さくなるという感覚です。小学生にもなると、自分の感覚を基に足し算や引き算などの計算問題ができるようになりますが、分数や小数というより抽象的な概念が登場することで、子どもは算数が得意になるか苦手になるかの岐路に立たされます。
 「抽象的な概念を早く教えると、早くから算数が理解できるようになるわけではなく、幼児期の豊富な経験が、抽象的な理解の助けになると考えています」

子どもが表わしたいことを受けとめる

 子どもは親や保育園・幼稚園の先生など、周りの大人が話す言葉を耳から感じ取り、言葉を発して覚えていきます。言い間違いが多いのは、発音しやすい言葉、しにくい音があるからです。サ行は音の出し方が特に難しく、「さ→しゃ」「す→しゅ」になってしまったりします。また、おやじギャグのように「洗濯機(せんたっき)」を「ケンタッキ」と言ったりなど、韻が似ていることから言い間違うこともあります。
 「子どもが発した言葉の意図や意味を大人が汲み取って会話するようにすると子どもはとても表現豊かになると思います。子どもが話したいことや話したことを大人が喜び、大人からすると拙い表現であったとしても変に言い直したりせずに、さりげなく子どもが表したい言葉で返すなど『受け止めつつ少しずつ直していく』というやり方で成長を見守ることが大切です」

イヤイヤ期の行動は、大切な成長過程

 2歳頃に訪れるイヤイヤ期は「今まで親がやってくれたことを自分でやりたくなるけどできない、でもやりたい」という心理の現れで、どの子にも起こるものです。逆にイヤイヤ期がないと、ずっと受け身でいることになってしまい、子どもの成長にはあまり良くないそうです。もちろん過度なしつけをしても良くありませんが、何でもしたいようにさせることもできません。やりたい気持ちを受け止めることは大切ですが、行為として制止させなければならないため、親にとっても接し方が難しい時期です。
「イヤイヤ期はワガママを言いたい時期ではなく、自分でやろうとする時期でもあるので、イヤイヤ期ではなく『やるやる期』かもしれませんし、あるいは子どもの様子から『ぶらぶら期』と呼ぼうという研究者もいます。子どもは何でも関わりたいという思いから、ぐずったりするのです。親が忙しい時に限ってぐずるのは、子どもが親のことをしっかり見ていて、決して困らせたい訳ではなく「ちゃんと私のことも見て!」ということを必死にあらわしているのかもしれません」

 また、箱ティッシュのティッシュペーパーを全て抜き取ってしまったり、ものを落として散らかしたりという子どもの行動は、その先どうなるのか「知りたい気持ち」から起こります。それを何度も繰り返すのは2歳前後の特徴です。おもちゃではなく、生活の中で使用するものに対して興味を持ち、「こうしたらどんな事象が起こるのか」を覚えていく、大切な成長過程です。

保育者は魅力あふれる仕事

 秋田大学教育文化学部学校教育課程のこども発達コースでは、座学だけでなく、同学部附属幼稚園や秋田県内の保育の現場に赴き、実習等を通じて子どもと共に過ごす機会を多くもつことで、実践力を磨きます。
 「こども発達コースは、子どもとの関わりがとても多いコースです。将来子どもに関わる仕事に就きたい方は是非いらしてください。子どもとの関わり方や理解の方法に正解はありません。様々な角度から考えるということを大切にし、多様な見方や考え方をこのコースで養ってほしいと思います」

 こども発達コースでは、卒業要件として幼稚園教諭免許、保育士資格、小学校教諭免許を取得するか、あるいは小学校教諭免許を取得するか選択することができますが、幼稚園教諭と保育士を目指す学生の方が多いといいます(2018年現在)。

 秋田だけでなく、全国的に保育士の人手は不足しています。こども発達コースのOB・OGは、頑張って保育者を続けている方がたくさんいます。

 「保育者をやめて、企業に再就職した卒業生や、保育士資格を取得したものの企業に就職した卒業生もいますが、子どもの声が聞こえる職場がいい、と保育施設に再就職した卒業生もいます。やっぱり子どもはとても可愛いですよね。子どもの声が聞こえる職場は幸せだと思います。子どもたちの成長を毎日感じられる、とても魅力あふれる職業だと思います」

子どもの主体性を育む教育・保育を…

 元々は小学校の先生になるのが夢だった山名教授。教育実習で小学2年生を受け持った時、算数の授業中に寝ていた児童に出会い、算数は一度つまずくとその先本当に解らなくなるので、理解してくれるのか不安になったことを覚えているそうです。山名教授自身も、幼い頃はモノを並べたり数えたりすることが楽しくて好きでしたが、算数は嫌いでした。「楽しかったことが“勉強”になると嫌いになるのはどうしてだろう?」いう疑問が、教育から研究へと切り替えるきっかけになったようです。第一に子どもが好きであること、そして教育実習時に感じた疑問や「理解すること」への興味が、現在の研究に繋がっています。
 大人になると子どもの頃の体験や記憶は忘れてしまいがちな反面、子どもに対しての要求が強くなってしまうことがあります。山名教授は自身の研究成果を社会へ還元すべく、秋田県内で保育者への研修会や、子どもに関する講演活動を行っています。子どもを取り巻く環境は様々であり、大人の理屈では動かないものです。子どもには子どもの世界があり、その世界を歪めさせることなく受けとめ、見守り、育てていくことが大切です。小さいうちからの塾通いや習い事など、早期教育への熱は高まる一方ですが、「遊び」の中で身に付く子どもの自由な発想を尊重する保育のあり方が、今後さらに求められそうです。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

教育文化学部  学校教育課程
こども発達・特別支援講座
こども発達コース
教授 山名 裕子 Yuuko Yamana
秋田大学研究者 山名 裕子 准教授
  • 美作大学 家政学部 児童学科 1995年03月卒業
  • 神戸学院大学 人間文化学研究科 修士課程 1998年03月 修了
  • 神戸学院大学 人間文化学研究科 博士課程 2002年09月 その他
  • 秋田大学 男女共同参画推進室長
  • 【所属学会・委員会等】
    日本発達心理学会、日本保育学会、日本教育心理学会、日本心理学会、異文化間教育学会、日本認知心理学会