秋田大学研究者 秋田大学研究者 島田洋一教授

Lab Interview

一流の専門家が秋田のスポーツとリハビリテーションを支える

脳卒中や脊髄損傷患者への機能的電気刺激(FES)

 リハビリテーションは本来、病気等によって機能が失われた患者さんの、残された機能をいかに生かすかというもので、新しく機能をつくることは不可能でした。しかしこのままの現状では、いつか限界がやってきます。そこで島田教授は、最先端のテクノロジーを用いてさらにひとつ上の機能をつくり上げることを目指して研究に取り組んできました。
 島田教授が1990年代から取り組む「機能的電気刺激(FES)」は、神経を電気で直接刺激して末梢神経に信号を送り、身体を動かす動作を再建する先進療法です。脳卒中や脊髄損傷患者さんは、後遺症として手足に麻痺が残りますが、脳や脊髄以外の神経である末梢神経は生きているといいます。人間の身体はあらゆるところへ電気を通すため、神経そのものを刺激すると筋肉も動きます。その原理を使って開発したこの技術は、1993年に秋田大学で第一号となる「高度先進医療」の認可を受けました。

医工連携によるリハビリテーションロボットの可能性

 脳卒中や脊髄損傷の患者さんなど手に麻痺がある方に対するリハビリテーションは、スタッフが直接手伝いながら手を動かす練習をするのですが、長時間付き添っての介助はなかなか困難であることが現状です。
 そこで、今まで「人の手」で行うことが基本だったリハビリテーションの現場に訓練量の増加を図るため、ロボットを導入する試みが注目を集めています。

歩行訓練用リハビリテーションロボット「AkitaTrainer」

 秋田大学理工学研究科、秋田未来株式会社との医工連携で開発された、歩行訓練用リハビリテーションロボット「AkitaTrainer 」は、機能的電気刺激(FES)技術と、ロボット技術の融合により誕生しました。理学療法士の介助がなくても、脳卒中の後遺症である片麻痺に有効な歩行訓練が可能です。今後は脊髄損傷による対麻痺患者さんも利用できるよう、さらなる改良が進められています。

卓上型リハビリマウス

小型軽量で持ち運びが可能

モニターを見ながら、点を追うように手を動かす訓練を刷る

 リハビリロボットのデメリットを挙げるとすると、大きくて重い、使用場所が限られるという点があります。そこでより手軽に使える卓上型のリハビリマウスが開発されました。
 リハビリマウスの下には前後左右に動く特殊なホイールが付いており、それぞれに回転の調節が可能なモーターが備わっているため、縦横無尽に動かすことができます。なおかつハンドルの下にあるセンサーが手の動きを感知し、コンピュータのプログラムがその動作を補います。
 例えば右手が悪い人の場合、リハビリマウスを使いモニター上の紫の線に沿って右手を動かすという課題を行います。少し押すだけでその動作を手伝ってくれるため、右手に負担をかけずに練習することができます。ゲーム感覚でできるように、秋田工業高等専門学校の学生さんがプログラムを作成しました。
 また、患者さんによって力の入れ加減や補助の度合の切り替えを可能にしていく必要もあるそうです。さらにはAR技術を取り入れ、実際の世界が透けて見えるシースルーのヘッドマウントディスプレイの中に目標点を示す形で、完全なバーチャルではなく、実際の世界と組み合わせた練習ができるシステムも製作中です。実生活の中でご本人が使うようなものを目標点として示す等、プログラム次第で様々な状況に合わせた練習が可能になります。

座位バランス計測装置

学生広報スタッフも試してみる

 こちらはスポーツ医学分野や高齢者のバランス訓練で用いる「座位バランス計測装置」です。従来の装置は、センサー付きの台を足元に置き、その上に立った状態で足元から全身のバランスを測るというものが主流でした。
 これに対し座位バランス計測装置は、装置の上に腰を掛けて足を浮かせた状態で測るため、純粋に身体の上体のバランスだけを測ることができます。この装置での計測は脚が浮いた状態を作る必要があり、高いところに座るのが困難な人のための昇降機能も付いています。
 計測が始まると、1秒間に1回座面が左右に5度傾く動作を30秒間交互に繰り返し、その間被験者は前を向いた状態でバランスを崩さないよう保持します。そして座面の下に付いた重さを量る高性能のセンサーが、被験者の重心の動きを記録し、その結果でバランスの良し悪しを知ることができます。秋田県のスポーツ強化指定選手は、全員この計測を行って自分のバランスを測っています。

医工連携は、皆さんの協力があってこそ

 このような装置の開発には、医師や学生だけではなく、全国の様々な企業や専門家のチームとの協力があってはじめて成り立っていると、島田教授と共に開発に携わった千田技師長は話します。
 「リハビリマウスの開発も、当初は秋田大学医学部、理工学部、秋田工業専門高等学校との間で行われていましたが、無線で動く画期的なデザインを作るにあたり、専門業者や秋田公立美術大学の先生など、様々な分野の方に協力いただきました。装置の開発を通して、自分たちだけでは実現できないことも、技術を持った方と協力することで様々なことが可能になるのだと体感し、ものづくりの楽しさを感じることができました。まさかこの年齢になってそんな経験ができるとは思わなかったので、とても楽しく開発に携わっています」
 医工連携事業には、秋田県内だけでなく東京の大学などもチームに加わっています。異業種の得意分野が連携することで広がる、リハビリテーションロボットの可能性に期待が膨らみます。

秋田だからこそ起こる事故と対策

 秋田県は言わずとしれた高齢化率No.1の県。一人暮らしのお年寄りやリハビリテーションを必要とする方がたくさんいます。さらに、老老介護(高齢者が高齢者の介護を行うこと)も今後ますます増えるといわれています。
 例えば冬になると増加する入浴中の事故。高齢者はちょっとした変化で血圧が変わってしまいます。自宅で入浴中に亡くなる方が多いのは寒い脱衣所からの熱い湯船への入浴による血圧変動による意識障害が要因です。特に一人暮らしの場合は発見が遅れ、救助することが困難です。
 現在島田教授は、高齢者の一人暮らしによる事故を未然に防ぐ「サイバーハウス」という施設を開発中です。サイバーハウスは、お風呂場やトイレなど、特に注意しなければならない場所、そして利用者の身体に付けたセンサーでデータを計測し異変を感じ取るという仕組みです。現在は健常者にモニターになってもらい、調査・検討を行っているそうです。

 入浴中の意識障害による事故は、湯船に浸かる文化を持つ日本特有のもの。さらに冬場、寒い地域に多い事故です。高齢者の多い秋田県は特に、目を背けてはならない課題です。
 「このサイバーハウスの一番の目的は、浴槽で意識を失い溺死してしまうという、一人暮らしの高齢者に最も多い事象をとにかく減らそうということ。将来的には県内にサイバーハウスを増やしていきたいと思っています」

自らもスポーツマンである整形外科医集団

 2018年夏、金足農業高校野球部の甲子園での快進撃は、秋田県民の記憶に今も色濃く残ります。選手らの血の滲むような努力はもちろん、その活躍の裏には島田教授らスポーツメディカルチームのサポートがありました。
 「夏の高校野球の大会期間中、秋田県代表チームには整形外科医1名と理学療法士2名を派遣し、帯同させています。このように整形外科医が選手の管理を行う取り組みを全国で一番初めに行ったのは実は秋田県で、その先駆けになったのが、我々秋田大学医学部附属病院です。金足農業高校が大活躍した2018年ももちろん、我々のスタッフが練習から試合まで、四六時中ケアをしていました。期間中はホテルに診察室を設け、体調面から身体のケアまで、全てを管理をするスポーツメディカルチームです」
 野球だけでなく、すべての競技の中高生の秋田県強化指定選手も全員健診を行っています。成長期は骨や関節が柔らかく、スポーツ障害が起こりやすいため、適切なケアが重要です。

 また、島田教授が会長を務める「秋田県スポーツ医学研究会」と共同で、北都銀行バドミントンチームや秋田ノーザンハピネッツ、ブラウブリッツ秋田等、県内のプロスポーツ選手のケアも担当しています。
 「秋田大学医学部附属病院の整形外科は、医師も皆スポーツ選手なんです。『ノーザンバイソンズ』という医学部附属病院の整形外科医で組まれたバスケットボールチームは『第89回日本整形外科学会学術総会』で全国優勝したり、秋田市の3x3の大会などでも優勝しています。
 駅伝でも田沢湖マラソン60代の部で当科のドクターが優勝した経験もあります。他にも剣道、サッカー、テニスなどあらゆる競技で好成績を収めたドクターが揃う、心強いチームです。私自身も、空手で全日本大会、国体に出場したことがあります。こうした様々な競技のスペシャリストを擁する秋田大学医学部附属病院の整形外科は、あらゆる分野で一流だと思っています」
 島田教授の持論は「スポーツ医学を極めるには、まずそのスポーツを極めること」。整形外科専門医でありスポーツマンでもある秋田大学の整形外科医たちが、これからも秋田のスポーツの根底を支え続けてくれることでしょう。

失敗は糧となる

 現在、秋田大学医学部附属病院整形外科と関連病院だけでも、年間1万人もの人が手術を受けるほど、秋田県は整形外科にかかる人が多いというのが現状です。
 「人は頭がしっかりしていても、身体が動かないと何もできなくなってしまいます。これまで色々な症状の患者さんをたくさん診てきて、動けないということはどれほど辛いことか、動くことがどれだけ楽しく幸せかということを身に沁みて感じています」

 島田教授は、少しでも多くの人に健康寿命を延ばしてもらうため、毎年北秋田市の阿仁地区で高齢者健診を行ったり、10年以上毎年市民公開講座を開いてロコモティブシンドローム(通称ロコモ)対策の講演をしたりなど、日々さまざまな研究や臨床を行っています。その一環として、秋田県スポーツ医学研究会のメンバーが代わる代わる、秋田魁新報に「エンジョイ!スポーツライフ」という生涯スポーツに関する記事を連載しています(第1、第3月曜日掲載)。高齢者のスポーツが盛んになっている中で、少しでも多くの高齢者の方々に、身体のケアをしながらスポーツを楽しんでいただきたいと話します。

 「そして、今の若い人たちに強く伝えたいのは、ひとつに絞るのではなく、多くのことにチャレンジして欲しいということ。たとえ失敗したとしても無駄なものはひとつもなく、必ず自分の糧になるということを覚えていてほしいです」
 最後に、自らもスポーツに勤しみ、臨床・研究・教育にも全力を注ぐ島田教授から若人への激励の言葉をいただきました。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科 医学専攻
機能展開医学系 整形外科学講座
教授 島田 洋一 Yoichi Shimada
秋田大学研究者 島田洋一教授
    社会活動
  • 公益財団法人日本障害者スポーツ協会
  • 日本パラリンピック委員会医学委員会 メディカルチェック部会委員
  • プロバスケットボールbjリーグ 秋田ノーザンハピネッツチーフドクター
  • サッカーJ3リーグ ブラウブリッツ秋田チーフドクター
  • 北都銀行バドミントン部チーフドクター