秋田大学研究者 秋田大学研究者 棗千修准教授

Lab Interview

空間という観点で、データを扱いやすい形に

コンピュータとヒト中心の情報デザインを研究する

有川教授

 コンピュータに関する研究は、機能を中心に設計されることが多く、実用段階では「使いにくい」という結果に陥ることが多々あります。例えば、「スマホを買ったのに、操作が難しいから思うように使えない」といった経験はありませんか。本来の目的を果たす以前に、操作の段階で頓挫することは、ユーザー目線のデザインが適切でないゆえに起こると考えられています。
 そこで、ユーザーにとって使いやすいような「ヒト中心の情報デザイン」の探究が人間情報工学の1つの大きな柱となります。近年スマートフォンをはじめとしたさまざまなデバイスの普及により、それらを利用する機会は増えたものの、使い方が分からない・使いこなせないような事例が多くあります。その解決手段として「使いやすさ」が求められていますが、ヒト中心の情報デザインを考えるためには、コンピュータだけでなくヒトについても学び、ヒトがどういうものなのかを知らなければなりません。人間情報工学コースではその両方を学び、ヒトを取り巻く環境やツールとして、コンピュータのあり方を考えています。

 人間情報工学コースは、さらに細分化した研究内容ごとに4つの研究室に分かれています。有川研究室では「空間情報」をキーコンセプトに、「現実空間を対象として、デジタル情報をいかに正しく融合させるか」ということを研究しています。身近なもので例えると、地図情報や衛星写真、AR(拡張現実)にも空間情報学は活用されています。
 「現実の空間を表すために使われる図は地理学なら数万分の1、建築学なら数十分の1など、学問ごとに異なる常識的な見方や語彙などのコンテキストが暗黙的に使われているのですが、それぞれのコンテキストの違いにより、お互いのコミュニケーションが困難となっています。空間というユニバーサルな観点から情報表現をすると、異なる分野が互いに理解・連携しやすくなることが期待されており、空間情報学はこの枠組みの体系化と応用を目的としています」

「どこを見ているか」を観光に活かす

アイトラッカーは視線を白い円で可視化します

 少子高齢化が進む地方において、観光は地域を活性化させる原動力です。観光による地方創生の実現には「観光に関するデータの収集・分析」「コンセプトに基づく戦略の策定」が必要ですが、十分に対応できていない自治体が多いのが現状です。従来のアンケート調査では、回答者の性別や年齢に偏りが生じたり、集計に手間取ったりすることが問題点とされていました。そこで現在、客観的かつ定量的にデータ収集・分析する仕組みを検討しています。言い換えると、「どんな人が何を見ているのか」を機械的にデータ化し、分析しようという試みです。具体的には、観光パンフレット・看板広告・デジタルサイネージのレイアウト、観光情報施設におけるパンフレット棚・美術館における展示物のレイアウトなどを対象に、どのようなユーザーがどの部分に興味があり注目しているかをカメラを用いて計測し、データ化・解析を行い、デザイン改善へフィードバックする技術と枠組みの研究を行っています。
 人がどこを注視しているかは、「アイトラッカー」という機器で計測することができます。アイトラッカーはその名のとおり、眼球の方向を計測するため、高精度の視線計測を得意とします。また、アイトラッカーはディスプレイの下に設置するスクリーンベースタイプと、眼鏡のように装着するウェアラブルタイプの2種類があります。本研究ではスクリーンベースタイプのアイトラッカーを用いて、画面上に表示したパンフレット閲覧時の視線データから注目領域を抽出するシステムを検討しています。手順としては、アイトラッカーで計測した視線データから各ページ画面の注視点の座標・停留時間を取得します。そのデータを用いてページ全体の視線分布を推定し、ヒートマップ画像を作成することで、利用者がどこを注視しているのかを推測します。パンフレットの制作者に対し、閲覧者の視線がどこに注目するかを提供することでデザインの参考に役立ち、双方向のコミュニケーションを促します。

5人の視線を同時に計測

 研究に使用したスクリーンベースタイプのアイトラッカーは高精度の視線計測が可能ですが、計測時の立ち位置が固定される、1人しか計測できない、といった条件が付随します。そのため美術館や博物館など、複数の観覧者が自由に立ち歩くような状況では、別の手法を考えなければなりません。そこで、眼球の方向ではなく、顔の方向を計測するヘッドトラッキングという手法に着目しました。
 ヘッドトラッキングは、事前に用意された顔3DモデルとWebカメラに映った顔の特徴点を用いて、頭部の方向を計算します。その後、頭部姿勢に基づいた鼻の方向を視線の方向と捉え、観覧者の注視領域を導出します。アイトラッキングと違い、直接眼球の方向を計測しているわけではないので精度は低くなりますが、計測時の立ち位置を制限しない上に複数人の視線計測が可能です。ヘッドトラッキングによって得たデータから、経営者側はそれぞれの展示物に対する関心度を把握し、展示物のテーマ設定やレイアウトの改善などに活用することができます。

目的地まではARの矢印がご案内

矢印がカメラ越しの景色に

 デバイスを使って目的地までのナビゲーションを行う場合、その精度は使いやすさに直結します。GPSを用いた位置推定において、正常に電波が受信できても約3~5メートルの誤差が出てしまい、インドア(屋内)では電波は正常には受信できず、誤差は約10~300メートルと大きくなるのは一般的です。一方、カメラを使った光学空間センサーを使用することで、誤差はわずか数センチメートルといった高い精度ポジショニングを実現することが可能です。そのため高精度な位置情報を必要とするインドア・ナビゲーションの実現には、GPSではなくカメラを利用するのが適していると考えられます。
 カメラを用いたインドア・ナビゲーションの有用性を検証するために開発されたアプリでは、施設内(秋田大学鉱業博物館にて検証)に設置された案内板を、カメラで認識することで現在地を取得します。そして、目的地までの案内を行う「矢印オブジェクト」をアプリ上に表示します。ARを用いることで、館内の景観を損ねることなく、ユーザーの目的地に応じた直感的なナビゲーションを行えることが特徴です。
 また、位置情報の精度だけでなく矢印の出し方も、使いやすさに影響します。目的地までの方向を矢印オブジェクトで示す「方向指示システム」と、目的地までの経路に点々と矢印オブジェクトを配置する「経路表示システム」を比較し、どちらのシステムがユーザーにとって使用感が良いものか、さまざまな観点での比較検討が研究のテーマになっています。どちらも紙のフロアガイドマップ使用時と比較すると、目的地までの平均到達時間が短い、きちんと目的地までたどり着くことができた等の利点はあるものの、端末を注視してしまい周囲への注意が散漫になるという結果も得られたため、安全性についてはさらなる検討が必要であることがわかりました。現在は、現実空間に3次元CGオブジェクトを重畳表示するARに加えて、オーディオガイドも併用することにより、より安全で分かりやすいヒト中心ユーザインターフェースの研究開発を進めています。

アプリ開発を通して原理を学ぶ

 有川研究室に所属する佐々木一織さんは、有川教授の研究をもとに、秋田市で発行されているガイドブック『あきた羽州街道 時を超えた散歩道』をスマホアプリにしよう、という秋田市役所との共同プロジェクトに携わっています。観光ガイドマップのような、味のあるデザインや書き添えられた一言はそのままに、スマホのナビアプリのように自分の位置に応じた画面表示や、目的地までのルートを地図上に描画する機能を兼ね備えたアプリの完成を目指しています。

アプリのデモを行う佐々木さん

 アプリの機能は大きく3つに分かれており、1つ目はGPSセンサを用いてイラストマップ上に現在地を表示する機能で、その地点に写真やテキストを記録することができます。2つ目は観光スポットに近づいた際、その場所にまつわる音声ガイドが流れる機能、そして3つ目は、歩いた道のりや登録した写真・テキストを「お散歩データ」として記録・共有する機能です。お散歩データは、後からアプリ上で再生して見返すことができます。
 GPSセンサを用いてイラストマップ上に現在地を表示する機能、そのアルゴリズム自体が1つの研究テーマになっています。われわれが普段使うようなナビアプリの地図データは、実際の緯度経度と地図上の座標が紐付けられており、実際の地形との誤差はほとんどありません。しかし、観光案内用にデザインされたイラストマップではデフォルメ表現などが用いられており、GPSセンサから取得した緯度経度(機械中心現実空間データ)から、イラストマップ(人間中心認知空間情報)上のグラフィック座標を単純に求めることができません。
 研究ではこのような課題を解決するためのさまざまなアルゴリズムが議論されています。今回、その1つをアプリに実装したことで、イラストマップ上に正確な現在地を表示することが可能になりました。空間情報学は現実空間と脳内空間とのスムーズなコミュニケーションを対象とした研究だからこそ、このようなアプリケーションデザインを通して気づくような課題や解決策があるのです。

情報技術(IT)のエキスパートを目指して

 人口減少による人手不足を解消するためには、技術を駆使したサポートが必要です。情報技術(IT)もその一部を担っていますが、情報インフラは、電気や水、交通インフラとは違い近年になって発展した存在です。そのため、社会に対してのITの適切な組み込み方は模索中であり、幅広い視野で問題に切り込める人材が求められています。
 これらの背景から、IT教育については文部科学省も力を入れており、生涯教育としてIT教育を行う試みがなされています。「読み・書き・そろばん」という言葉がありますが、最近では「プログラミング・データサイエンス・AI(人工知能)」と言われるくらいに、IT教育は重要視されており、秋田大学としても重点化しています。
 人間情報工学コースでは、一般的に行われているIT教育から発展した「ITのエキスパート」を育成します。そして、「ITを社会に組み込み、いかに国を発展させるか」を考える立場として社会貢献を目指しています。
 「理論だけでなく実際にツールやサービスを作りながら、現実世界から問題を発見し、ユーザビリティ(使いやすさ、分かりやすさ)の原理を学ぶことを大切にしています。私たち有川研究室と、空間情報学という切り口で、一緒に問題解決に取り組みましょう」
 こうして有川教授は、今日も有川研究室の学生の皆さんとさらなるITのエキスパートを目指して研究に励んでいます。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科 数理・電気電子情報学専攻 人間情報工学コース
教授 有川 正俊 Masatoshi Arikawa
秋田大学研究者 有川正俊教授
  • 九州大学 工学部 情報工学科 1986年3月卒業
  • 九州大学 工学系研究科 情報工学専攻 修士課程 1988年3月 修了
  • 九州大学 博士(工学) 1992年12月 授与
  • 【所属学会・委員会等】
    国際地図学会 (ICA)、米国 地図学と地理情報科学学会 (CaGIS)、日本地図学会、情報処理学会、電子情報通信学会、日本バーチャルリアリティ学会、地理情報システム学会
  • @ラボ-有川研究室-