秋田大学研究者 荻野俊寛准教授

Lab Interview

社会インフラを守る最前線の地盤工学と自然災害に対する意識改革の必要性

道路斜面の安定性や危険性を評価する地盤工学の研究

 近年、日本の天気予報では限られた地域で短時間に多量の雨が降る「集中豪雨」や、突発的で局地的に降る「ゲリラ豪雨」などの言葉を多く耳にするようになりました。さらに、数十年に一度の降雨量が予想される「大雨特別警報」が発表されたり、危険度を表す警戒レベルでは、最も高いレベル5が出されるのも珍しくないほどに災害も増えてきました。
 秋田県でも大小あわせて毎年のように大雨による土砂崩れや地すべりの被害は起きています。2013年には秋田県田沢湖田沢供養佛地区で豪雨による大規模の土石流が発生しました。この土石流は人家を巻き込み、死者6人という甚大な被害が出た災害でした。
 荻野准教授は、深さ数十メートルまでの範囲を主な対象とする地盤工学の研究を通して、豪雨による斜面崩壊、土石流、地すべりの発生による被害を未然に防ぐ研究をしています。また、高速道路関係会社と共同で道路斜面の安定性や危険性を評価したり、軟弱地盤上に高速道路や橋梁などを建設する場合の地盤対策も研究テーマとして掲げています。

 私たちが当たり前のように利用している高速道路や国道、県道は、もちろん初めから全てが水平の状態だったわけではありません。山と山の間を一から削ったり、盛ったりすることで数えきれないほどの道を建設してきました。
 建設の際、傾斜地や山などの斜面を削り取った部分を「切土(きりど)」といい、切土は地盤が硬く締まった状態がほとんどだといいます。しかし道路の脇側は斜面になっているため、削った後もしっかりと対策を取らなければなりません。
 反対に、斜面を平らにするために土や砂を盛った部分を「盛土(もりど)」といい、盛土はその名の通り斜面に土を盛っただけのため地盤が柔らかく、しっかりと地固めをしなければ雨などで地盤沈下を起こしたり、地震が起きた際に盛った土の層がずれて基礎を維持することが難しくなってしまうといいます。

切土や盛土のり面の危険性を可視化

切土のり面の事例

切土のり面の斜面の道路を二次元で可視化

 東北地方には高速道路会社で管理している切土や盛土のり面(切土や盛土によって造られた人工的な斜面)の道路は3万箇所以上あるそうです。
 荻野准教授は、機械学習いわゆる人工知能AIを駆使して、この切土や盛土のり面の豪雨に対する危険性を1箇所ずつ可視化するシステムを研究しており、このシステムは道路会社で管理している箇所と一致しています。
 一時的な集中豪雨や長期的な長雨の場合でも、降水量を計測して地表からどのくらい深いところまで水が浸透しているのかがわかります。境界線を越えると崩壊の危険があり、このシステムはそれをいち早く察知し示されるので、崩壊事故を未然に防ぐことができるのです。
 この人工知能には膨大な情報が必要で、実はこのビッグデータを集めることが大変な作業なのだそうです。少しずつ修正しながら何度も情報を覚えさせていくことによって、ある程度の予測、精度の向上が期待できるようになってきたと荻野准教授はいいます。

地盤工学の研究の側面からライフラインを守る

 高速道路は緊急時にとても重要なライフラインとなります。常に道路の安全を保つため、高速道路会社の方たちはもし道路で何かが起これば、24時間以内には復旧させなければいけないという強い使命感を持って作業しています。
 では、どのように復旧作業は行われるのでしょうか?まずは道路の土砂崩れの場合です。この場合、安全を確保してから土砂の撤去が始められます。この時一番危険なのは斜面に雨が浸透して地下水が上がってしまうことです。そのためにブルーシートを被せて、雨の浸透を防ぎます。さらに大型の土嚢を積むことによって、土砂崩れが起きても道路への被害を防ぐことができます。ここまでが24時間以内に行う応急の作業となり、その後、建設会社や土木会社のコンサルタントが設計し、石積みなどで排水性を確保したのちに完全に復旧されるのです。

生鼻崎で起きた土砂崩れの資料

 高速道路だけではなく県道でも土砂崩れはあります。男鹿市脇本の生鼻崎では、降水量は30ミリ、累計で155ミリにも関わらず、大規模な土砂崩れが起きました。男鹿地域は決して地盤が弱いわけではありませんが、かなりの丘崖(きゅうがい)だったことと、風化で脆弱していたため突発的な雨の影響で崖崩れが起こったと考えられています。
 他に秋田県でこのような現象が多い地域として鳥海山付近の由利本荘地域があげられます。この地域は何万年も前に鳥海山の噴火によって、脆弱な地質の山体が大規模な崩壊を起こす『山体崩壊』という現象に起因しているからです。鳥海高原は火山由来の非常に不安定で脆弱な土砂の堆積物で形成されているため、雨が多いと比較的多く被害が出る地域と言われています。積雪寒冷地の秋田県では春先の雪どけ水が多い時期には、雨、風、融雪がきっかけとなる土砂崩れや落石などの被害が多いのです。
 荻野准教授は、秋田県と国土交通省東北地方整備局との連携で学識経験者として安全対策委員会に参加しています。そこで大雨や災害の場合に道路を通行止めにする基準のルール作りを策定したり、現地に赴いて通行止め解除の判断をすることもあるそうです。
 「研究的な側面から災害の予防、防止に貢献できるのではないか」と荻野准教授は言います。

災害に対する危険リスクを日常的に意識することの重要性

 気象庁から発表される観測データで、降水ナウキャストや降水短期時間予報というものがあります。
 降水ナウキャストは、1時間先までの5分ごとの降水の強さを1km四方で予測するもので、降水短期時間予報は1時間の降水量を1km四方で予測したものが6時間先までは10分間隔で発表され、7~15時間先までは1時間間隔で5km四方で予測するものです。
 このように最新の予報を状況によって使い分けることによって、防災活動に有効な情報を得ることができ、外出時や雨の有無を知りたい時など、日常生活でも活用することができます。
 「秋田県でも斜面が高い山が多く、雨が降ればどこかが壊れるといってもおかしくないという危険リスクは常にあることを意識してほしい。災害に対する住民の方の意識改革は必要です」と荻野准教授は言います。さらに最近は災害に対する注目度も大きいので研究者として社会に貢献できる研究テーマを作っていくことが重要だと続けます。

月面の地盤の性質を推定する研究

 月の表面はどのようになっているかイメージできますか?ごつごつしたクレーターがある岩のようになっていると思っている方が多いのではないでしょうか。地盤工学の研究の一方で、荻野准教授は月面でのインフラ開発を見据えて月の地盤性質を推定するというワクワクするような研究もしています。
 月の表面というのは細かい砂の「レゴリス(個体の岩石の表面を覆う軟らかい堆積層)」に覆われています。1970年代にアポロ計画で月からレゴリスを持ち帰り、地球上にもある玄武溶岩が主成分であることが解明されていています。

 地球上の海の砂の大きさは、200~300マイクロメートル程ですが、レゴリスは50マイクロメータ(1ミリの1/20)ほどなのだそうです。砂というよりは粉のような非常にさらさらした粉塵のようです。月に隕石が衝突し、クレーターができたときに細かく砕けてこのような砂になったと言われています。地球では風や川などで流されて地盤の表面が削られていきますが、月は空気が無いのでレゴリスは動くことができません。レゴリスを顕微鏡で見ると摩耗が少なく鋭利な形状がわかります。実際に宇宙探検の際には、レゴリスが宇宙服に入り込んだり傷がついたり、また機材が故障したりしてかなり手を焼いたという話があるそうです。

 荻野准教授も本物のレゴリスを使用した実験をするのはあまりにも貴重なため、成分が似ている富士山の岩を加工して模擬土を作り、いろいろな実験に使用しています。この模擬土を用いて「月震」という月の地震が起きる時に生じるS波P波が月面を伝わる速度と大きさについて調査しています。月は地球のようにプレートの変動が無いので地震は起こらないと言われていたのですが、マグニチュード1〜2という微弱の月震は起きているといいます。
 弾性波の速度を測定できる試験機の円柱形の筒の中にレゴリスを入れて、水圧で月面の地盤と同じくらいの圧力状態を作ります。そこに微弱な地震波を発生させる素子を付けてレゴリスに地震波を発生させ、そこで伝わる時間と距離で速度を計測する方法で実験を行いました。この結果地表面では0mですが、地下3mでは70〜80m/秒の速度で伝わっていることが実験結果と計算から推測されました。これは地球上と比べるとかなり遅く、地球の1/3程度です。アポロ計画では実際に地震計を置いて計測していましたが、その実験結果と照らし合わせても今回の実験結果とほぼ同じデータを取ることに成功したのだそうです。

生活に役立つ最前線の道へ

 前述の研究自体も、高校生に土木工学の楽しさと興味を持ってもらうことを意識して荻野准教授が始めました。秋田大学のオープンキャンパスや県内の高校で出張講義をする際には、この実験結果や月の話もするといいます。その出張講義での月面の研究発表を聞き、とても興味を持ったという高校生がいたそうです。その学生さんは秋田大学に入って月の勉強をしたいと荻野准教授に伝えたことがあったというエピソードも語ってくれました。研究に興味を持って心に留めてくれたことへの嬉しさは忘れられないといいます。

 土木工学のイメージは現場第一主義的なイメージがあるかもしれません。しかし実は社会インフラを守るという生活に役立つ最前線に位置付いているといっても過言ではないのです。荻野准教授の元で学んだ卒業生は、社会からのニーズが高い土木技術者として、建設会社やJR、高速道路会社、電力会社などに勤め、社会インフラを支えています。
 「知識の詰め込みだけでは終わらないという意識を持って授業をしているのでワクワクするような研究をしたいという方はぜひ土木工学を選んでほしいと思います」
 荻野准教授は楽しさや期待を学生たちと一緒に持ちながら研究に取り組んでいます。そして荻野准教授が行ってきた広報活動などを通して高校生に向けて撒いた種は今後も着実に芽を出していくことでしょう。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院理工学研究科
システムデザイン工学専攻 土木環境工学コース
准教授 荻野 俊寛 Toshihiro Ogino
秋田大学研究者 荻野俊寛准教授
  • 1996年03月 北海道大学 工学部 卒業
  • 1999年03月 北海道大学大学院 工学研究科 博士後期課程 中退