秋田大学研究者 工藤由紀子教授

Lab Interview

看護技術の効果と安全・安楽を追求する

安心・安楽を重視した基礎看護の研究

 基礎看護学とは、言葉の通り看護技術の基礎を学ぶことですが、看護を受ける側も看護する側も安全・安楽・効率的に行わなければなりません。安楽には精神的安楽、身体的安楽、環境的安楽、社会的安楽などがありますが、看護教育での安全・安楽は心身に苦痛がなく、穏やかで心が満ちたりていることを言います。
 工藤教授は、看護技術のエビデンスに特化しつつも安全・安楽に重きをおいた研究をしています。

 基礎看護には患者さんの投薬や点滴、採血などの医療処置や診療の補助、清拭や療養生活のお世話などがあります。
 例えば、発熱時には後頭部や脇の下、足の付け根など大きな動脈のある部分を冷却して体温を下げる冷罨法(れいあんほう)という方法をとります。しかし、この行為は経験的に効果があるというのみで、皮膚の上から冷やすことで体温が下がるというエビデンスが検証されていなかったのです。これは患者さんにとって安楽なのか?という疑問の声もあり、工藤教授は冷却が深部温や血圧、心拍変動にどのような影響を及ぼすのか、また、冷罨法の有用性に関する看護技術のエビデンスを検証する研究も行っています。

看護職の健康と安全管理に関する研究

 抗がん薬はがん細胞の増殖や転移を抑える効果がありますが、正常な細胞に対しても作用してしまいます。そのため、この抗がん薬を取り扱う看護師が気流化した抗がん薬を吸い込んでしまうと、細胞に影響が起こる可能性があるのです。これを職業性曝露といい、医療従事者は正しい知識を持つこと、そして安全管理が重要になります。
 また、職業性アレルギーについても医療現場では注意が必要とされています。医療用手袋はラテックスというゴムが原料となっていますが、このラテックスがアレルゲンとして皮膚に接触することでじんましんや喘息などのアレルギーを引き起こす場合があります。さらに、手の滑りを良くするために手袋の内側に湿布されているパウダーが空中に飛散して吸い込むことでもアレルギーを誘発します。その対策としてラテックス不使用のゴム手袋にするとアレルギーの発生は減ったそうですが、高額なため症状のない人はラテックス手袋を使用するという医療現場事情があるそうです。
 また、歯科を受診した際に医師や看護師がラテックス手袋を使用していると口の粘膜からラテックスアレルギーの症状が出ることもあるため、自分が何のアレルギーを持っているかを知っておくことは大切です。そのため、学生にはこうしたアレルギー症状が発症する可能性と対策についてもきちんと認知することが必要だと工藤教授は言います。

多様な看護提供の場に医療技術・医療的ケアの安全性評価

 医療機関以外の場所で日常的に継続して行われる医療的ケアには喀痰吸引や経管栄養、気管切開部の衛生管理、導尿、インスリン注射などがあります。これらは医師や看護師にしか行えない行為ですが、在宅治療や介護施設など高齢化社会において法整備を求む声が高まり、現在は一部改正が行われ喀痰吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)は介護福祉士や理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、検査技師は一定の研修を終えると行えるようになりました。
 また、恒常的に医療的ケアを受けることが必要不可欠な児童(医療的ケア児)も年々増加しており、看護師が常駐している学校も増えてきています。さらに特別支援学校の養護教員や教職員も認定特定行為業務従事者として研修を受け、医師や看護師と連携しながら医療的ケアを行うことができます。医療的ケアは子供から高齢者までが対象となるため、喀痰吸引研修において指導にあたる看護師は年齢に応じた手技指導も求められるといいます。
 秋田大学医学部保健学科でも理学療法学や作業療法専攻の講義の他に、理学療法士会や作業療法士会から要請があれば基礎教育的な講義を行ったり、介護士が関連する病院の看護師と研修会を開いたりする連携体制が整っています。

 医療的ケアを行う人は感染防御学についての知識を持つ必要があると工藤教授は言います。医師や看護師は細菌や感染リスクなどの講義を受けていますが、介護士や理学、作業療法士は感染防御学が必須の科目ではないため、工藤教授はチューブの触れてはいけない箇所など清潔不潔の概念についての講義を行っています。
 病院だけでなく、在宅で介護するご家族や訪問介護士にも同様にリスクが潜んでいます。しかし、ご家族に感染の話をしたり、抗がん薬の投与中は洗濯物を別に洗うことやトイレは2回流すことなどを勧めたりすると逆に怖がられてしまい、指導しづらいということもあるそうです。医療従事者は医療的知識として教えていることが、ご家族や一般の方には意図せず恐怖心を抱かせてしまう傾向があるのです。
 工藤教授は研修指導を行う看護師にどのような点が指導しづらいのか、改善点はないのかというテーマで看護大学院生が聞き取り調査を行う検証にも携わり、安全・安楽な医療的ケアを確実に行える教育サポートにも取り組んでいます。

共同研究XR(クロスリアリティ)教材の研究

磁気式モーションキャプチャを用いた静脈採血手技計測システム

 工藤教授は看護学生が理解しやすい演習方法や、シミュレーターを用いた看護技術の習得に関する研究、自己学習支援を促す学習支援教材の開発も行っています。
 口腔や鼻腔から細い管を使った痰や異物の吸引や採血などは見えないところでの手技操作が必要です。採血訓練の際は採血訓練用腕モデルを使い、血管や注射器の針の動きが立体映像で視認できるようになっています。
 これは秋田大学ならではの医理工連携による共同研究で、人体や物体の動きを3次元で計測可能な磁気式モーションキャプチャを用いて効果的に可視化できる看護技術支援教材となっており、看護教員と学生の手技を立体的に観察することができるため、穿刺針動態の比較分析研究に役立っています。

高齢者の睡眠に着目した看護介入の研究

睡眠障害のある高齢者への手浴&ハンドマッサージの効果を検証する方法

 工藤教授は、代替医療的な行為がどのような効果があるのか、また、高齢者の睡眠にどのような影響を与えるのかという介入研究にも取り組んでいます。
 療養中は毎日入浴できない場合もあり足浴や手浴、座浴など部分浴をすることがあります。足浴はリラックス効果や睡眠促進、血流を増加させるなどの検証はされていますが、同じような技術でも手浴については検証されていなかったため、工藤教授は手浴の影響を測定指標から明らかにする研究を始めました。
 分析対象は健康な成人女性40名で40℃のお湯に10分間手浴してもらい、後90分まで追って検証しました。肩の血流量やサーモグラフィによる皮膚温、深部温計測やハートリズムスキャナーで交感神経と副交感神経活動の計測を行い、さらに快適感はビジュアルアナログスケールで調べました。
 その結果、皮膚温は0.5~1℃の上昇と30分程度の温熱保持効果があることがわかりました。また、一時的に心拍数が上がって交感神経が活発になりましたが、手浴中の副交感神経の働きは低下したそうです。しかしそれもすぐに回復し、快適感では主観的快適度の上昇が見られたそうです。

自律神経のバランスを分析できるセンサー計器

 

睡眠を測る腕時計型デバイス

 以上の効果により、工藤教授は分析対象を睡眠障害のある高齢者としました。高齢者の中には睡眠障害を持っている人が多く、睡眠薬を服用する方もいますが、転倒転落のリスクが懸念されています。また、睡眠が浅く中途覚醒など睡眠のリズムが崩れる方も多く見られるため、工藤教授は手浴に加えて代替療法のハンドマッサージの看護介入が睡眠にどのような効果があるのかを検証しました。
 睡眠障害のある65歳以上の女性28名に、夕食後40℃のお湯に5分間の手浴と20分間のハンドマッサージを行います。分析には腕時計型の睡眠を測るデバイスを6日間装着してもらい、手浴とハンドマッサージの介入後は自律神経のバランスを可視化できるセンサー型の分析機を指先にセットしデータを取ります。同時に客観的な心地よさも計測します。
 検証の結果、効率よく眠れる睡眠効率が良くなり、寝入るまでの時間(睡眠潜時)が短くなっていました。そして自律神経を分析すると心拍数が低下し、主観的な心地良さの上昇が確認されたのです。身体が温まると深部体温が上がり徐々に放熱され、その後体温が下がることで副交感神経が優位になります。するとリラックスした状態となり寝付きが良くなるのです。加えてハンドマッサージで心地良さがプラスされ、不安やストレスが緩和されて安心感が与えられたほか、患者さんとの信頼関係も関わっていると考えられます。寄り添う看護技術は安楽に繋がっているのでしょう。

感情の評価尺度

 安楽という主観的な感情尺度を言語化する研究デザインは難しいと言われています。安楽そのものを表現できる尺度が無いからです。
 10センチの定規を示して最大な苦痛を10とし、苦痛がない状態を0だとすると今の苦痛はどの程度かを示すビジュアルアナログスケールというものがありますが、安楽をこのスケールで評価するには難しいのです。
 工藤教授は今後、安楽とは何か?という定性化した言語表現から安楽を定量化できるスケールの評価方法と可視化についての研究に取り組むことも視野に入れています。

看護職のキャリアデザイン

 秋田大学医学部保健学科は、看護師のほかに保健師や助産師の資格を目指すカリキュラムもあり、2022年に創設された診療看護師(Nurse Practitioner:NP)を目指す学生も増えています。
 一般的に看護師は医師のような診療行為はできませんが、診療看護師は医師の指示のもと一部の診療行為が行える看護師です。診療看護師の資格を取れる国立大学院が少ない中で秋田大学保健学科大学院の受験倍率は高く、関東や関西、九州方面からの入学も増えています。また、過去に祖父母の在宅看護を見た経験がある学生が訪問看護師に興味を持つことも多いといいます。
 看護職のキャリアデザイン講座では、自分の看護職のキャリアの方向性や可能性も見出せるように助産師や国際的に活躍している方、看護師から教員になった方など多方面の職種の方を招いて体験談を聞き、看護職としてどのようなキャリアを築いていくかを考える授業があります。
 さらに、充実した学内演習設備やシミュレーション教育センターなど最先端医療実習を通して専門知識や技術を学ぶこともできるほか、地域医療に貢献する人材教育やグローバル化を視野に入れた海外研修も行っています。秋田大学医学部では、新しい取り組みもいち早くチャレンジできる体制ができているのです。 
 「看護職はさまざまな場所で働けることが強みでもありますが、命を守るという責任ある仕事です。秋田県の高齢化に伴い、地域医療や医療従事者の確保は大きな課題となっています。実習など大変なこともありますが、看護に興味のある方はぜひ入学してほしいです」と工藤教授は言います。
 患者さんにとって安心な療養生活を送れるように、また安全に看護ができる体制は必要です。最も大切な安全・安楽を通して地域医療を支える看護職の育成と、医療従事者の安全な環境づくりを目指す工藤教授の研究はこれからも続きます。

(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです

大学院医学系研究科
保健学専攻 看護学講座
教授 工藤 由紀子 Yukiko Kudo
  • 弘前大学 教育学部 特別教科(看護)教員養成課程 1995年3月卒業
  • 岩手県立大学 看護学研究科 博士前期課程 修士課程 2006年3月修了
  • 岩手県立大学 看護学研究科 博士後期課程 2010年3月単位取得満期退学
  • 秋田大学 医学系研究科 保健学専攻 博士後期課程 2019年3月修了
  • 【取得学位】
    岩手県立大学修士(看護学)
    秋田大学博士(保健学)
  • 【所属学会・委員会等】
    秋田県看護協会、日本看護科学学会、日本看護研究学会、日本看護技術学会、秋田医学会