系統的なルールを見出しながら、新しい金属材料を探る
まだまだ「新しさ」を秘めた奥深き金属の世界
人類の進化と道具の進化はほとんど一緒といわれています。狩猟に使う道具は木材や石から始まり、そして金属が使われるようになりました。金属の歴史は果てしなく古く、人類の歴史とは切っても切れない関係です。そんな長い付き合いにも関わらず、まだまだ新しさを秘めているのが、金属の面白いところであると肖准教授は話します。
金属学は15世紀頃から学問として形を成し始め、その後18世紀の産業革命の時代にはなくてはならないものとなりました。
「近代にはプラスチックやセラミクス等の新材料も登場していますが、金属の重要性は変わらず、まだまだ新しいことやおもしろいことが眠っていることに気付き、金属にフォーカスした研究に取り組んでいます」
肖准教授の所属は材料理工学コース。材料科学や材料工学という分野になりますが、この言葉自体もかなり新しい言葉で、その基盤となるのは金属学なのです。歴史的にも学問的にもベースとなっている金属は、やはり奥深さを感じます。
原子の並び方が生み出す新しい材料
鉄やアルミ等は私たちにとって身近な金属ですが、単体ではなく複数元素を組み合わせた合金と呼ばれる状態で使われています。例えば日本円の硬化は1円玉を除き、ほとんどは銅を用いた合金です。合金は純粋な金属よりも多様な性質を持っています。物の性質を左右するのにはいろいろなスケールの構造が大事となります。
金属を含むすべての物質は、細かく分解すると原子から成り立っています。原子は元素の最小単位で、原子核とそれを取り囲む電子で構成されています。原子にはたくさんの種類があり、それを全て表しているのが元素周期表です。現在約100以上あるこの原子の組み合わせによって、すべての物質は構成されています。もちろん私たちの身体も同様です。
この原子の並び方次第で、物質の性質がいかようにも決まってきます。例えば、鉄とアルミを混ぜるにしても、割合や熱処理の仕方によっても異なるといいます。刀を造る際、真っ赤に熱した金属を叩いて形にしながら水に入れて冷やすという作業を繰り返します。この工程を繰り返すことで金属は固くなり、刀として成形されていきます。
同じ素材でも、熱して叩いて冷やしてというプロセスを繰り返すことで、原子の並び方が変わり違った特性を持たせることができるのです。このような金属の特性は、同じ材料でも調理方法によって違うものができる「料理」に似ているといいます。鉄はほとんどのレシピが完成されていますが、まったく手を付けられていない元素でレシピを作れる可能性は大いにあります。
「私の研究テーマは物質探索。世の中で組み合わされていない元素の組み合わせで新しい金属材料を作り、元素の並び方と目に見える材料特性の関係性を調べています。明確な目標があって材料を作るというよりは、一般的なルールを発見し、整理して最終的には学術的な土台を作りたいと思っています」
この並び方を考え、理解することが大事であると肖准教授。整列の仕方、集合の仕方、原子配列のバリエーションは無限にあるのです。
常識をひっくり返した準結晶の発見
身の回りの物質、特に金属などの硬いものはほとんどが「結晶」の構造です。幾つかの規則正しいブロックがたくさん集合しているイメージです。結晶以外には、不規則な配列の「アモルファス」物質があります。代表的な物質はガラスです。つまり結晶を持たない液体が、常温で固体化した状態なのです。
このように固体の配列の仕方は2種類とされていましたが、1982年にイスラエルの材料科学者ダニエル・シェヒトマンによって結晶でもアモルファスとも異なる構造の「準結晶」が発見されました。結晶でもなく、アモルファスでもないこの構造は、単一の繰り返し単位を持たず、複数の単位を用いてふつうの結晶では持ちえない対称性、例えば五角形の対称性を維持したまま原子が配置されている特殊な存在として注目されました。
さらに、準結晶の中には「黄金比」に代表される無理数の規則が隠されており、数学的にも非常に興味深い構造です。黄金比はモナリザなどの芸術作品でも知られる、「人間が最も美しいと感じる比率」として広く知られていますが、準結晶の原子配列にもこの比率が現れています。この発見は、数学の力が大きく貢献したものであり、物理学と数学の境界を越えた新しい知見をもたらしました。
シェヒトマン氏は、当初準結晶の発見に対して多くの批判を受けましたが、現在では準結晶は新しい原子配列の一種として正式に認められ、2011年にノーベル化学賞を受賞しました。これは彼の基礎研究がいかに重要であったかを示すものです。
肖准教授の研究も、未解明の準結晶の謎に迫るものであり、原子がなぜ準結晶のように並ぶのかという根本的な問題に対して新たな知見を提供しようとしています。準結晶は結晶とは全く異なる特性を持つため、将来的には何らかの応用が期待され、社会に貢献する可能性を秘めています。
新しい合金を生み出す準結晶研究の挑戦
準結晶が発見されてから約40年が経ちますが、今でも新しい準結晶が次々と発見されています。自ら新しい物質を作り出すチャンスがあるというのが、研究の魅力であり、モチベーションのひとつであると語る肖准教授。実際に肖研究室でも新たな準結晶を発見しています。元素の組み合わせとしては、研究室オリジナルのものがあり、合金の分野にはまだ多くの未発見の現象が眠っていると考えています。
この研究における「新しさ」は、元素の組み合わせにあります。準結晶は、結晶のように単純な繰り返し単位を持たないため、その原子配列は非常に複雑です。特定の元素を組み合わせて合金を作り、それが「新しい」かどうかを評価するためにさまざまなツールを使います。例えば電子顕微鏡で観察すれば、原子の並び方が異なることが一目で分かります。原子の並びが初見のものであれば、それは「新しい」と判断できます。
新しい物質を見つけるためには、既存のデータや研究を十分に理解した上で「これは絶対に新しい」と判断できるものを選び、合成を試みます。もちろん実際に合成しても必ずしも成功するとは限りませんが、うまくいけば新しい物質が発見される可能性があるといいます。肖准教授はそういったプロセスを経て、新しい合金を見つけることに挑戦しています。そして、合成したものを丹念に分析し、その構造や特性を明らかにすることを目指しています。
電子顕微鏡で探る未知の結晶構造と材料特性
肖准教授の研究は、物質を合成し、原子レベルでその特性を理解することに焦点を当てています。そのための重要なツールとして、電子顕微鏡を活用しています。電子顕微鏡は、光の代わりに電子を使用し、通常の光学顕微鏡では見えない原子レベルの微細な構造を観察できるため、新しく作った物質の内部構造や原子の配列を詳細に調べることが可能です。
電子顕微鏡が利用できる背景には、量子力学の原理があります。電子は粒子でありながら波の性質を持つため、光と同様使ってレンズを作ることができ、原子レベルの観察ができるのです。これにより、原子の並びや結晶構造を把握し、その物質がどのような特性を持つのかを理解することができます。また、近年では原子の並び方だけでなく、元素種ごとの分布まで可視化することもでき、より詳細な分析が可能です。
肖准教授が研究に感じる大きなやりがいは、「1から新しい物質を作る」という挑戦です。金属は長い歴史があり、すでに多くの研究が進んでいますが、まだ手つかずの領域が残されています。新しい元素の組み合わせや結晶構造を見つけることで、未知の特性を持つ材料を作り出すことができるのです。
準結晶そのものではありませんが、最近、研究室の学生がある物質を発見したと言います。その発見は準結晶探索の重要な手がかりとなります。肖准教授の最終的な目標は、「準結晶がなぜできるのか」という問いに答えることです。これは物質科学の根源に迫る研究テーマであり、実験を積み上げることによってこのテーマの解明に貢献することを目指しているといいます。
新たな磁性材料を求めて
肖研究室が取り組む研究テーマのひとつに、スキルミオン(Skyrmion)が出現する材料の探索があります。スキルミオンは、磁性材料における渦巻き状の磁気構造で、次世代のメモリデバイスへの応用が期待されています。現在のメモリ技術は電力消費や高密度化に限界があるため、スキルミオンを利用した新しいメモリ材料の開発が注目されています。
肖研究室では、スキルミオンが出現する材料を探すために、さまざまな元素を組み合わせた新しい結晶構造を合成し、その磁気特性を調べています。特に、室温でスキルミオンが安定して出現する材料を見つけることが重要です。これが実現すれば、次世代のメモリデバイスに応用できる可能性が高くなります。
「スキルミオンの実験には研究室に所属する学生も中心となって参加しています。私たちは、理化学研究所で発見された材料を基に、元素の割合を調整して室温で機能する材料を作製することに成功しています。この研究は、単なる物質探索に留まらず、系統的なアプローチを通じて、新しいルールや規則性を見つけ出すことが魅力です。スキルミオンの材料開発は、まだ手付かずの領域が多く、今後の技術革新に大きな可能性を秘めています」
系統的なルールを見出しながらの物質探索は、一見すると地味で地道な研究かもしれません。しかしいつまでも「新しさ」を見せてくれる金属は、これからも肖准教授を魅了していくことでしょう。
研究室の学生の声
五十嵐 友基 さん
研究室では準結晶とスキルミオンという2つのテーマを扱っていますが、僕はスキルミオンを研究しています。研究では、金属を溶かして合金を作り、スキルミオンの特性を解析する実験を行っています。
実験は、アーク溶解やボールミルといった装置を使って行い、金属の組み合わせや割合を調整して、その特性を調べるという流れです。実際に手を動かして得られるデータを元に、どのような組み合わせが最適かを探し出します。
この研究室の魅力は、何よりも自由な環境にあります。実験のスケジュールは自分で管理でき、アルバイトや個人的な予定とも両立が可能です。例えば、他の研究室では朝から晩まで研究が厳しく管理されていることもありますが、ここでは自分のペースで進められ、やりたいことに集中できるのが特徴です。もちろん、実験の手順や結果に責任を持つ必要はありますが、自由度が高い分、自主性が求められるので、自然と自己管理能力が身につきます。
研究室の雰囲気はとてもアットホームで、他の学生たちとも仲が良く、困った時にはお互いにサポートし合う環境が整っています。先生も親しみやすく、指導を受ける際には気軽に質問できるので、研究に関する不安や疑問をすぐに解決できるのが助かります。
進路については、学部卒業後はそのまま大学院に進学し、さらに研究を深めたいと考えています。私にとって、この研究室での経験は、学びの幅を広げるだけでなく、自分の成長の大きな一歩となっています。
橋本 航 さん
私は準結晶の研究をしています。具体的には、銅、アルミ、スカンジウムを使って準結晶を作り、その形成条件を最適化することが目的です。準結晶は既に見つかっている金属構造ですが、私の研究では先行研究を基に、条件を少しずつ変えながら、準結晶がどのように形成されるかを詳しく調べています。この過程を通じて、より確実に準結晶を作るための条件を明確にすることを目指しています。
この研究室を選んだきっかけは、先生の基礎研究に強く惹かれたことです。授業で学んだ「結晶構造解析」や「固体物理」というキーワードに魅力を感じたことが大きな理由です。さらに、研究室のアットホームな雰囲気がとても居心地が良く、ここで研究を続けたいと思いました。
将来的には、この研究で得た知識や技術を活かして、企業での研究職に就きたいと考えています。大学卒業後は大学院に進学し、さらに別の大学で新しい環境の中で研究を深めたいと思っています。今取り組んでいる研究を、企業や社会に役立てる形で発展させていきたいという思いがあります。
研究の進め方については、先生からある程度の自由が与えられています。自分のペースで研究を進めることができるため、必要な時には夜遅くまで実験を頑張ることもあります。自分で計画を立てて進める自由と責任を持ちながら、日々研究を深めています。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです