代数学理論によりできないことを提言する~不可能性の証明~
五次方程式は解けないということの証明~「不可能生の証明」とは
高校での数学は、数学Ⅰ、数学A、数学Ⅱ、数学B、数学Ⅲなどで構成され、高校生の数学にも代数学と解析学、幾何学などがあり、代数学と呼ばれるものは一般的に方程式を解く学問だと言えます。方程式を解くという学問は12、13世紀頃から始まっていて、その歴史はとても古いのです。高校生の数学では、2次方程式は公式があって解くことが出来ますが、三次方程式、四次方程式を解くということになると、高校のレベルではかなり難しく大学での数学になります。
山村教授によると16世紀にイタリアのジェロラモ・カルダーノをはじめとする数学者たちが代数学の三次方程式、四次方程式における解法の公式を導き出し、その後五次方程式(一般に一変数の五次方程式は a5x5+a4x4+a3x3+a2x2+a1x+a0=0, (a5≠0) の形で表現される)を解こうとしましたが、当時は誰も解けなかったそうです。
一次、二次、三次、四次方程式までは公式が見つかったそうですが、五次方程式に至ってはなかなか解けないまま100年が経過しました。多くの数学研究者が努力しても解けないのはどういうことかということになり、「五次方程式は解けない」という結論にたどり着きました。
これはガロア理論といわれるもので、19世紀はじめのフランス人数学者エヴァリスト・ガロアの名前に由来しています。山村教授によるとガロア理論の最も知られている定理は「一般の五次以上の方程式には解の公式が存在しない」というものです。そして「不可能であることを証明する」ことがガロア理論の醍醐味であると山村教授は言います。
理工系の数理科学や数学と呼ばれる分野の学生が学ぶ内容の一つに、近年発達しているAIやスーパーコンピュータと呼ばれる最先端技術を使用したとしても解けない問題が世の中には存在する「不可能性の証明」というものがあります。これを研究するのが代数学であり、山村教授が最も興味のある研究テーマです。
代数学から学ぶ暗号理論~エニグマ暗号を解読したチューリング
代数学で学ぶ理論の一つに、暗号理論があります。暗号理論は大昔から研究されていて、第二次世界大戦中にアラン・チューリングというイギリスの数学者が、ドイツとイギリスの戦争中に、英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読したという話があります。
ドイツ本部とUボートの間の暗号通信には「鍵」と呼ばれるデータがあり、その「鍵」データを知っていれば、暗号文を復号して本当のメッセージを取り出すことが可能になりますが、鍵がないと解読できません。このドイツ軍のエニグマと呼ばれる暗号通信を解読したのが、チューリングです。
このエニグマ暗号機を利用した暗号通信を解読したという功績も大事ですが、コンピュータでできることとできないことを証明したというところに大きな功績があります。
いくら頑張っても解くことができない計算を対角線論法といい、それを考えたのがアラン・チューリングです。対角線論法は数学における証明テクニック(背理法)の一つで、その流れは山村教授と研究室の学生の研究テーマとなる離散数学などに繋がると言います。
また、離散数学は、原則として連続的ではない数学が並ぶ様のことで、値や数量がとびとびになっている離散的な構造を扱う数学のことで、 山村教授が研究している暗号理論や、オートマトンの理論、計算機科学(コンピューター・サイエンス)などを含む、幅広い分野が含まれる学問です。
代数系(群、半群、亜群)の構造の解析と関連するアルゴリズム
前述したガロア理論と呼ばれる学問は、代数方程式や体の構造を"ガロア群"と呼ばれる群を用いて記述する理論です。群、半群、亜群と呼ばれる概念があり、現代の代数学において極めて重要な概念になっています。
山村教授は、この群、半群(特に逆半群)、亜群(Groupoid)の有限表示と代数的構造の解明、そして、関連する語の問題やその他のアルゴリズム問題に取り組んでいます。逆半群と亜群による局所的な対称性と偏作用は数学において様々な応用があります。群の作用と比べると遥かに難しいものですが、研究対象として最も興味を持っているそうです。この群という研究は、基本的には対称性を調べる道具立てになると山村教授は話します。また、五次方程式は解けないという証明も、その対称性を利用しているといいます。
山村教授が研究テーマとして興味があるのは、対称性ではないが対称的なもの、フラクタル構造と呼ばれるもので「自己相似性」という特殊な性質を有している幾何学的構造のことを表し、具体的には「図形の全体をいくつかの部分に分解した時に全体と同じ形が再現されていく構造」のこと指します。
こうした時に山村教授が研究している半群(semigroup)と呼ばれる概念や、自己相似性を持つようなタイプの幾何学やフラクタル構造などの研究などが生きてくるといいます。
山村教授はアルゴリズムと呼ばれる、組合せ最適化問題を解決する群知能の研究も行っています。アリやハチなどの自然界の生物群の群行動を模倣した群知能を使うことで厳密な解を求めることが難しい組合せ最適化問題の近似解を効率良く求める研究です。群知能は人工知能の一つの分野と認識されていて、様々な組合せ最適化問題に応用されています。(※一部山村研究室HPより引用)
アルゴリズムの話で最も有名なのはユークリッドの互除法と呼ばれるもので、大きな数たちの最大公約数を素早く計算する方法です。その応用で一番近いのが公開鍵暗号と呼ばれるものの中で一番よく使用されるRSA暗号です。
RSA暗号には公開鍵と秘密鍵と言う2種類の鍵があります。この秘密鍵の作成にユークリッドの互除法をアルゴリズムとして使っているそうです。非常に難しい研究ですが、実はスマートフォンやパソコンから無線LANに接続する際の秘密鍵にRSA暗号は使われています。ユーザはほんの少しの手間で接続できますが、その中で未知数の計算が行われているのです。
チューリングマシンとオートマトンの科学
山村教授の研究テーマの一つに計算機科学があります。計算機とは何かというモデルとし、その原点にはチューリングマシンと呼ばれるものがあり、そのモデルは計算機と全く同等の能力を持っています。
そしてそれを少し弱くしたものにオートマトンと呼ばれる概念があり、どのような能力があるかという研究もしています。通常の計算機にはメモリー機能がありますが、オートマトンはそうしたメモリー機能のない計算機で、チューリングマシンより機能が制限されているモデルだそうです。
オートマトン理論と自動販売機モデル
オートマトン理論を説明するのに一番良く使われるモデルが自動販売機です。例えば120円のジュースを購入すると仮定し、お金を投入口に入れます。硬貨の場合は10円玉を1枚ずつ、あるいは50円玉を2枚入れて10円玉を入れるパターンのほか、100円玉を2枚または500円玉1枚を入れお釣りをもらったり、硬貨だけでなく1000円札を入れたりもできます。こうして120円払うにも様々なパターンがあり、それを自動販売機は理解しているのです。
ジュースを購入できる120円までお金が投入されると購入可能なジュースのボタンを点灯させ、ボタンが押されるとジュースを落下させる、キャンセルの時には投入されたお金をすべて戻す。こうした単純な情報処理のことをオートマトン理論といい、モデル化されたりします。
山村教授によると、海外では「オートマタ」という言葉がよく使われ、これはATMのことを指すそうです。ATMはオートマトンの概念を利用したものといえます。
オートマトンと群と暗号と鍵のはなし
山村教授がオートマトンの研究をしているのは代数学の群や半群と非常に強い繋がりがあるからだそうです。例えば、群におけるランダムなアルファベットや数字の文字列が多数与えられた時、その文字列が同じか違うかを判別するためにオートマトンとチューリングマシンを使うことで簡単に判別でき、逆にこの二つが無いと判別できないのです。
前述の「不可能生の証明」やどんなに頑張ってもできないことの証明はイメージしにくいかも知れません。しかし、これが何の役に立つかという話は暗号と鍵の話で例えることができます。
「施錠されたドアは鍵を持っている人は開けることができますが、持っていないと開けることができません。世の中で扱うデータも同様です。私たちの日常には色々なセキュリティで守られたデータがありますが、鍵となるパスワードが無いと開くことができません。その鍵がないと開けることができない、という証明が必要になります。そしてその鍵を探すことはできないのでこの製品は安全です、という証明になるのです」
山村教授によると、現在主流で使われているRSA暗号は最も高い強度を誇るアルゴリズムで、インターネットなどのセキュリティ対策には欠かせない暗号です。素数を掛け合わせた数字の素因数分解の仕組みを利用した暗号技術の一つで、10進数で2000桁ほどの合成数を素因数分解するのはとても難しく、スーパーコンピュータであっても1億年かけてもできないと理論的に証明されているので安全である、といえるのだそうです。
この技術は私たちの日常生活でも利用されていて、スマートフォンのアプリや第三者への情報漏洩や改ざんの防止に役立っています。
山村教授が高大接続プログラムなどで高校に出前講義に行き、このRSA暗号の素因数分解の話をすると、興味を持つ学生の方もいますが、理解が難しい学生の方が多いといいます。山村教授は他にも出前講義ではフィボナッチ数列やビットコインなどのブロックチェーンなどの話もしています。こうした出前講義などを通して数学に興味を持った方は、ぜひ山村研究室で数学を学んで欲しいと山村教授は言います。
そんな山村教授は幼い頃から数学が好きだったのかを尋ねてみると、「九九算」や「方程式」などの暗記が必要な数学は大嫌いだったと言います。しかし、図形の相似や証明問題などから数学に興味を覚え、そこから長い年月とともに今日まで様々な研究に取り組んできました。
どんなに頑張ってもできない事はできない、解がないという「不可能性の証明」。一般の方には縁遠く思えるこの難解な研究で、身近な社会への貢献を目指す山村教授の数学への興味と研究はまだまだ続きます。
(取材:広報課)
※掲載内容は取材時点のものです